2011/02/18 12:00:00
地域密着型サービス『まちづくりに繋がるコミュニティケアの実践�Α�
前回より共生ケアとしてのコミュニティケア実践について叙述しておりますが、この度は、高齢者の居場所と役割づくりについてのお話です。高齢者と言っても、小規模多機能型居宅介護(以下「小規模」)の利用者のことではありません。「小規模」の利用者以外の地域に住んでいらっしゃる高齢者のことを指しています。「地域の絆」の各センターでは、非常に多くの地域高齢者が活動されています。
各センターで実施している地域交流事業と称した様々なイベントの運営に協力して下さっている方の半数は60代〜70代の方々です。ペットボトルキャップ・プラスチックトレーの回収や、庭木の剪定・草取り、建具の修理などにおいても地域高齢者より多くのご支援をいただいております。如上の高齢者の殆どは、介護を必要としない元気な高齢者ですが、中には、要介護1・要支援2といった要介護認定を受けられている方や、軽度認知障害(MCI)のある地域高齢者の活動が見られるのも特徴です。
最初のきっかけは、地域住民Aさん(要支援2)の来所でした。人のお世話をするのが生き甲斐だとおっしゃられ、特に掃除が得意で、センターの掃除のお手伝いがしたいと突然言って来られました。初めは、単に協力的な地域住民と認識し、快く活動に取り組んでいただいたのですが、どうも認知症があるようだとある時職員より報告を受けたのです。掃除のお手伝いをしていただくのはよいが、何度も繰り返し同じ指示を出しても伝わらない。地域包括支援センターに連絡を入れると、要支援2の方で、近隣にある居宅介護支援事業所のケアマネジャーが担当であることが分かりました。協議を重ねた後、当センターにおける週1・2回のお掃除ボランティアの活動が正式に始まりました。Aさんのケアプランの中に、介護保険以外のフォーマルな社会資源として位置付けられたのです。その後Aさんは認知症が進行し、他法人の介護サービスを受けると同時に当センターにおけるボランティア活動は終息しました。その後、Bさんという要支援高齢者が、当センター利用者を昔の歌を歌って勇気づけたいと、自ら定期的にボランティア活動に来られるようになったり、大正琴の元先生をされていた要介護1の高齢者が、大正琴の演奏をするため月に2回ほど来所されることもありました。
要介護・要支援高齢者が、利用者としてではなくボランティアとして来所している事実に、外部の方は非常に驚かれるのですが、「小規模」の対象利用者像と、収入面を鑑みれば、要支援の方や要介護1の方に登録を促進することは困難を要する場合もあるわけです。また、見守り及び軽微な家事支援程度で在宅生活の継続が可能となる要支援高齢者に「小規模」の登録が必要かといったアセスメント上の問題もあります。現に、当センターに通って来られている方々は、その殆どが、押し車・歩行器・杖等を用いて自ら自由に屋外の移動が出来る方々です。以前お伝えしましたように、「地域の絆」では要支援の方の登録も受け付けておりますが、アセスメントの結果、登録した方が良い利用者には登録を進め、ボランティア活動のための通所で十分な方には、そちらを進めております。
登録者25名の内、要支援の方が多く含まれればその事業所は赤字になります。これは制度設計上の問題ですから、どうしようもない事実です。だからと言って、地域の要支援高齢者を寄せ付けない対応をとる必要はありません。利用者としてではなく、地域住民として、遊びに来ていただいたり、お手伝いをしていただけば良いのです。それこそが、地域の中で居場所や役割が担える活動として、真の介護予防の取り組みに繋がります。当法人では、まだ経験はありませんが、ボランティア活動をされている要支援高齢者が、やがて「小規模」の利用者として登録することも考えられますし、それはすなわち、利用者の継続的支援に繋がると言えます。
下記に紹介する事例も、如上の発想で取り組みを行ってきたことによる産物と言えます。Cさん(要支援2)が食事作りと掃除のボランティアに毎日通って来られたことがありました。近隣で一人暮らしをされており、一人で一日中家にいると良くないことを考えるようになるので、自分の居場所と生き甲斐を求めて当センターにやって来られたのです。食事作りと、掃除、利用者のお話し相手をして下さるなど、人手としても職員は非常に助けられました。
また、元学校教師のDさん。「何でも良いからボランティアをさせてもらいたい」と突然やって来られました。厳格そうな方で、何をお願いして良いのか躊躇っていると、「草取りでもいいから、やらせて欲しい」とおっしゃられたので、有難く活動に参加していただくようになりました。この方も、毎日来られるようになり、やがてセンターの敷地には雑草一本生えていない状況に。問題となったのは、次にしていただく活動でした。管理者の提案で、元学校教師という能力を生かした活動として、地域の子どもたちを対象にした書道教室の先生役を担っていただけないかとDさんにお話をしたところ快く引き受けて下さいました。子どもたちに呼びかけを行った回覧板の文書には、Dさんの顔写真と呼びかけのコメントを載せました。私は当初、参加者はゼロになるのではないかと推測していたのですが、当初より5名の子どもたちの参加があったので正直驚きました。その後、子どもの人数が増え、教室の回数も増えていきました。夕方になると、お母さま方が子どもを連れて当センターにやって来られます。なぜ、子どもを連れてこられるのかをお聞きしたところ、「お年寄りの考え方や、学ぶ時の姿勢を子どもたちに触れさせたいから」といったご意見を多くの方から聞かされました。つまり、そもそもが、私や、管理者にはない能力をDさんはお持ちだったということになります。
このように共生ケアの場面においては、多様な人間関係の中からその能力が引き出され、それが誰かを支える社会資源となり、やがて地域を活性化させることにも繋がっていくのではないでしょうか。コミュニティケアの実践は、やはり、まちづくりに繋がっていると感じる毎日です。
2011/02/09 12:00:00
地域密着型サービス『まちづくりに繋がるコミュニティケアの実践�ァ�
「富山型」に代表される共生ケアや共生介護が謳われて久しい昨今です。これらの取り組みは、宅老所の取り組みに端を発していると言われていますので、小規模多機能型居宅介護(以下「小規模」)が制度化される以前の礎も宅老所の実践であることを鑑みると、「小規模」と同じ系譜をたどる存在としても位置付けることができます。コミュニティケアの一概念として、対象者を限定しないケアという視点があると認識していますが、その意味において共生ケアはコミュニティケアであると言えます。
今回は、共生ケアとしてのコミュニティケア実践についてご報告します。平野隆之氏によれば共生ケアとは、「�|楼茲里覆�で当たり前に暮らすための小規模な居場所を提供し、�⇒�用の求めに対しては、高齢者、子ども、障害者という対象上の制約を与えることなく、��その場で展開される多様な人間関係を、共に生きるという新たなコミュニティとして形づくる営み」※1とされています。
共生ケアについての「地域の絆」の取り組みは、全国の先駆的な実践には遠く及ばないものがあります。また、これを共生ケアと言えるのかどうか、微妙な点もあります。その要因は、やはり“度量の狭さ”にあるようです。高齢者ケアを中心に据えながら、どこまで児童や障害者のニーズに対応していくのか、不安を抱えながらの実践なので、思い切りの良さがないのです。しかし、私たちはそのことを一概に忌避してはおりません。高齢者ケアや認知症ケアは、非常に奥行きが深く、実践するにあたり経験の積上げと自己研鑽が不可欠です。その上、児童・障害分野の経験と技能をどこまで積上げるのかを鑑みると、何でもありの対応は困難であると考えました。そこで、主たる対象としての高齢者(認知症)ケアの質の低下を招かない範囲において、また、それらの質を向上させる範囲において、児童・障害分野のニーズにも対応していくという方針にまとめた次第です。ですので、職員はあくまで、高齢者ケアのプロフェッショナルを目指すことに傾注し、事業所に通所する児童・障害者に対しては、福祉専門職としての共通基盤の範囲で対応を行い、それでも対応困難な範囲においては、外部の児童・障害分野の専門職と連携を取って対応するということが基本的な方針となります。であるならば、私たちの共生ケアの実践は、外部の専門機関との連携があってこそ成り立つ実践とも言えます。
そもそも私たちが行う共生ケアの目的は、地域住民の信頼を勝ち取ることにあります。高齢者のケアや相談にしか対応しない姿勢ではなく、「地域の絆」に相談すれば、あらゆる福祉分野の対応や相談を受けることができるといった関係性を結ぶための実践でもあるわけです。そこで生まれた信頼関係を用いて、利用者が安心して暮らせるまちづくりを実践することが最終的な目的となります。その意味において、共生ケアとしてはあまりインパクトのない実践かも知れませんが、実践例をいくつかご紹介します。
「地域の絆」の各事業所には、高齢者に限定しない福祉の総合相談窓口を設けています。高齢者分野以外の相談で圧倒的に多いのが、児童の発達障害に関する相談です。小児科医院の医師より、不登校の傾向にある発達障害児のボランティアの受け入れができないか相談を受け、医師からの情報提供と、本人・家族との面接を経て、受け入れを行いました。その後、そのお子さんの友人が活動するようになり、現在では3名のお子さんの受け入れを行っています。また、家庭裁判所と連携し、触法少年・少女のボランティアの受け入れについても同様に実施しています。共通した対応としては、�ヽ萋袷阿防�ず本人・家族・関係者と面接を行い、活動内容に対する同意を得た上で活動を開始すること、�∨萋�、ボランティア日誌を書いて提出してもらうこと、�D蟯�的に本人・家族とモニタリング面接を行うこととしています。�,任蓮∨/佑伴�け入れる事業所の概要を説明し、法人・事業所として出来ることと出来ないことの説明と同意を得ることを要旨とします。また、家族にもボランティアとはいえ、事業所へ大切な子どもを預けても良いか否かの判断をいただきます。本人・家族の不安を払拭することも大切にしている視点です。�△鮃圓Π嫂泙蓮∋�童なりの活動の振り返りを行ってもらうことや、事業所で活動した証を残してもらうことで、やがて事業所が本人の居場所になるのではないかという期待、自分の思いを文章にする練習等がありますが、一番のねらいは、学校の出席日数が足りない際の代替出席として、当事業所のボランティア活動を認定していただくために用意したものでもあります。いずれの児童も、ボランティア活動に来るようになって、学校の出席率が向上したため、そのような活用方法に至ったことはありませんが、そのような思いで日誌を書いてもらいました。��においては、やりっぱなしの活動ではなく、活動経過の確認と、課題の把握及び対応策について協議します。職員の業務負担軽減と本人・家族の緊張緩和に配慮して、面接のためだけの日程調整は行わず、家族が送迎の際事業所に立ち寄った時などに、声をかけて面談を行います。そこで、活動が途絶えてしまいかねない事例のフォローや、事業所の負担が増えている際の調整を行っています。例えば、活動になかなか集中できない児童に対しては、自宅でお手伝いを行っている内容の聞き取りを通して、事業所での活動に取り入れるなどの調整を行うわけです。家でお風呂掃除と食器洗いを行っていると聞けば、それを事業所の活動に取り入れます。受け入れ日時の設定は、本人・家族の意向に沿って行っています。実績としましては、土日祝祭日、春夏冬休みの受け入れが多く、お子さんの状況にもよりますが、一日2名までの受け入れを基本としています。前述の通り、高齢者ケアの質が、低下しないもしくは、向上する範囲においての受け入れを原則としていますので、そこには職員の負担についての考慮も必要となるからです。
開設以来、課題を抱えた児童数名と関わりを持つ中、そこに共通の課題があることに気が付きました。�ー�分の居場所がないこと、�⊆�己有用感が持てないこと。�,蓮�学校や家庭、地域の中で、腹を割って話をすることができる他者を持っていない子どもが多いこと。�△蓮�他者から褒められた経験が圧倒的に少なく、自分は必要ない人間だと思う傾向が強い子どもが多いことを指します。
「小規模」の利用者(高齢者)を中心に据えたケアであったとしても、そこに共生ケアの視点を導入することで、地域の様子が見えてきます。その営みが、まちづくりへと繋がっていくのです。
※1 平野隆之氏 編著 『共生ケアの営みと支援 富山型「このゆびとーまれ」調査から』 全国コミュニティライフサポートセンター P.14 2005年10月
2011/01/16 12:00:00
地域密着型サービス 今朝の福山は氷点下5度。日中になっても然程気温が上がらぬ冷え込みでした。そんな中、朝8時前から仁伍町内会主催の「とんど火祭り及び新年互礼会」に参加させて頂きました。
熟達された大工さんが多くいらっしゃる仁伍町内のとんどは、煌びやかな佇まいで市内でも著名な存在です。しかし私は、煌びやかであることのみが仁伍とんど火祭りの誇りではないことをこの度の参加で再認識しました。
活動の中で、参加者ひとり一人に対して多様な居場所と役割が見られました。とんど火祭りという行事の中で、小さな集団がそれぞれの役割を担っているのです。とんどの準備をしている方、餅つきの準備をしている方、善哉・おつまみ・飲み物の準備をしている方、椅子やテーブルの設置をされている方、 備品を借りに出ている方等、それぞれが思い思いに各小グループ活動に参加できる状況にあり、その小グループ活動がとんど火祭り全体を織りなしている様でした。高齢者には高齢者の、子どもには子どもの、女性には女性のそれぞれの役割があるのです。仁伍とんど火祭りは、全住民参加型のイベントであると言えます。
つまり、イベントの運営がまちづくりに繋がるという発想、イベントの運営そのものが目的ではなくその営みを通じて地域住民同士が交流促進を図るという実践がここには見られます。イベントの運営を経て、住民がそれぞれの役割を担い居場所を確保しているのです。日本の歴史の中で、行事がまちづくりの一翼を担っていたことは周知の事実です。それに整合する実践であると言えそうですね。
注視すべきは、これらの実践を意図的には行っていないことにあります。無論、一部のリーダー的存在の住民はそうではないかも知れませんが、大きく戦略的に意図してなされている実践ではないと認識しております。むしろ、ごく自然に、当たり前のように実践されているのです。これは、長らく続いた歴史・伝統・文化の中から育まれた姿勢ではないでしょうか。行事を開始した先人たちは、どの様な思いでこの活動を始めたのでしょうか。地域のリーダーの話によれば、古い資料の中には、とんど火祭りの目的として「地域住民の交流促進」が一つ挙げられているそうです。それなりに意図され始動したことが伺えます。しかしそれは何処まで緻密に戦略を持って、実践が始まったのかは定かではありません。これは私の勝手極まりない推測ですが、おそらく、そこまで強い意図や戦略を持って始められたのではないものと認識しております。住民が一致団結してとんどを運営すれば、住民同士が仲良くなるだろうと。その様な思いだったのではないでしょうか。だからこそ、今至極自然に、住民に引き継がれた実践となっているのではないかと思うのです。その帰結として、リーダーが変遷しても久しく続いているのかも知れません。
斯くの如く、地域には奥行き深い財産と誇りがあります。おそらく皆様方の地域にも、誇り得るものがきっとあるはずです。そのことをしっかりと認識し、明日への実践に繋いで頂ける事を切に願います。
数人がかりで設置するテーブル��
これは本当に優れた叡智だと認識しております。既製品の長机ですと、これは一人で運んで一人で設置が可能です。この場合、個人作業になってしまうのですが、仁伍町内会の机は違います。写真の通り、協働作業で机の設置がなされるのです。
物がなくても、いや、物がないからこそ交流の促進が図れるのではないでしょうか?
見事としか言いようがありません。
数人がかりで設置するテーブル��
善哉・おつまみ・飲み物の準備をされる方々
主に子ども会の方々と、元女性会の方々が活動されています。
子どもと高齢者は焚火の準備をされています。
備品の設営をされている方々
子どもたちは車に乗って、とんど火祭りのアナウンス��
立派に呼びかけをしていました。住民に伺うと、読み文のたたき台は町内会で作成したが、実際の文章は子どもたちに考えてもらったとのこと。
子どもたちにも立派な役割があるのです。
子どもたちは車に乗って、とんど火祭りのアナウンス��
餅つきの準備をされる方々
それぞれに多様な役割があり、思い思いの場所で“仕事”をされていました。
短冊に願い事を…。
地域の小学生が書いた短冊。毎年恒例の実践ですが、「お母さんの病気がよくなりますように…」の短冊に、ひとりの住民が「あの子のお母さん体調悪いんだなぁ」と思わず反応されていました。
地域交流の営みがここにもあります。
地域住民と職員の交流��
職員も朝早くから参加し、地域住民との談笑が絶えませんでした。
地域住民と職員の交流��
イノシシのお肉を切っているのが、地域福祉センター仁伍の管理者・名越さんです。
子どもの役割が豊富です��
とんどの点火に合わせた太鼓を子どもたちが演奏。
子どもの役割が豊富です��
とんどの感想を子どもたちが披歴しました。堂々としていて、内容も立派なコメントでした。
とんどの点火です。来年も皆様にご多幸あれ!
緻密な計算に基づいて作られた竹酒の筒。
地域のリーダーにこれは知っといてもらいたいとお話をお伺いしました。
酒を注いだ際、ポンポンときれいな音が出るよう、竹の切り方と、穴の大きさを何度も試行錯誤し、現在の形に辿り着いたそうです。
その試行錯誤の際にも、住民同士が顔を合わせ、意見を出し合ったのでしょう。
これこそが、まさに日本の伝統文化としての行事の醍醐味なのです。
2011/01/09 12:00:00
地域密着型サービス
幼年期私の記憶が定かでない折、伺ったことがあるようですが、私としましては生まれて初めて熊本に来ている感覚です。九州は暖かいという印象で来たのですが、駅に降り立った瞬間からその印象は覆されました。昨日は朝方氷点下2度まで下がったようです。地元の方によると、盆地であって、京都と気候が似ているとのこと。風邪をひかないよう戦々恐々としているところです。
全国小規模多機能型居宅介護事業者連絡会が主催するライフサポートワークの研修に参加させて頂くのが目的で熊本までやって来ました。現在殆ど行っていない大学院の修士論文で、小規模多機能型居宅介護のケアマネジメントを取り上げる予定ですので、このライフサポートワークの考え方及び実践方法の理解は避けて通れぬものと認識しておりますし、地域の絆における実践についても検討しなければならない課題であると考えてのことです。
二日間における講義の中で、最も重要なご指摘だと認識したことは、旧来の日本型ケアマネジメントではなく、ソーシャルワークに基づいたケアマネジメントを想定して、ライフサポートワークがつくられていることにあります。ケアワークとソーシャルワークを繋いだ言葉として、敢えてケアマネジメントという言葉を用いずにライフサポートワークという呼び方をしていると。
様々な定義がありますがソーシャルワークは、利用者の主体性を引き出しながら、その代弁機能を果たし、利用者のその時々の「ニーズ」に対応する社会資源の発掘・創出・開発を行うことにあると認識しております。つまり、社会的弱者や少数派と言われる方々の立場に立って、社会と対峙し、時に変革を行うことがソーシャルワークそのものであると考えます。
元々ケアマネジメントはソーシャルワークの一部であると認識しておりますので、ソーシャルワークに基づいたケアマネジメントを実践することは「本来」自明の理であるはずです。「本来」と書くのは、そのような認識がなされないまま、今までのケアマネジメントが実践されていることを敢えて皮肉に表現しているわけです。つまり、従来のケアマネジメントは、社会資源の把握程度の実践しか行っておらず、その発掘や創出、開発、延いては利用者の代弁機能の有効化が殆ど見られないのが現状であるとの認識です。利用者の「ニーズ」の充足化を第一義に考えているのではなく、今あるサービスの範囲内で如何にそれに対応していくのか、また今あるサービスで応えられない「ニーズ」に対しては「送致」してしまう、と言った発想でなされているのが現状ではないでしょうか。
ソーシャルワークの視点で行うケアマネジメントでは、利用者「ニーズ」に応えることを第一義と捉え、今ある社会資源では対応できないのであれば、利用者の立場に立って、社会資源の発掘・創出・開発を行い対応を図ることになるはずです。また、家族や地域住民の「ニーズ」と利用者の「ニーズ」に対立関係や乖離が見られる際は、あくまでも利用者「ニーズ」への対応を第一義としながら、その実践を行うために家族や地域住民が協力出来ることを共に探っていく必要があります。このような利用者中心主義の視点で、関係者の思いを調整していくことが本来の調整機能なのでしょう。二日間の研修ではおおよそこのような認識を得ることが出来ました。大先輩でいらっしゃる講師の先生方及び同じ受講生の皆様方に深く感謝申し上げます。
利用者の生活支援をケアと捉えるのならば、ケアの行き着く先は、社会資源の発掘・開発及び利用者の代弁機能にあります。利用者の「ニーズ」を最優先に考えれば、そこには如上の取り組みが不可欠となるからです。つまり、ケアの実践を突き詰めて考えれば、それはまちづくりへの実践に繋がることが理解されます。そして、福祉専門職が行うまちづくりの実践は、利用者の「ニーズ」に応えることに繋がるはずです。まちづくりから、もしくはケアから、別々の入り口から入ろうとも、その道程は何処かで必ずぶつかるはずです。
2011/01/07 12:00:00
地域密着型サービス 1月7日(金)はコミュニティホーム仁伍開設以後の地域交流開始の日となりました。地域の絆では、地域交流は建物建設の1年前から始めるとの認識で実践しておりますが、この度の「はじめ」は開設した後の始動を意味するものです。
コミュニティホーム仁伍の所属する自治会、仁伍町内会では、住民が集うことのできる屋内空間として仁伍会館を有しています。しかし、仁伍会館は山の中腹にあり、長い階段を登らなければ館内に立ち入ることが不可能でした。特に高齢者の中にはこの階段を昇ることが困難な方もいらっしゃいました。そこで、懇親会の折老人クラブの会長に、そのような方のために、是非とも当ホームの法人研修室を活用していただきたいとお願いさせていただいたのです。法人研修室は3階にありますが、エレベーターがあるため階段の昇降が困難な方でも安心してお越しいただくことができ、また、当法人としても法人理念を鑑みると地域の方に積極的にご利用いただくことを地域支援の足掛かりとしたい旨、会長に打診させていただきました。すると早速、2・3日後に会長様より、次回の老人クラブの新年互礼会に使用させてもらいたいとご連絡をいただき、1月7日にご利用の運びとなりました。法人としては喜ばしい限りです。
地域の方が、このように日常的に施設を出入りしていただくことで、私たちは地域住民の人柄や思いに触れることができます。そのことを継続する中で、地域住民の「ニーズ」を把握することが出来るものと考えています。ここで、「ニーズ」と括弧付きで書いたのは、ニーズとは何か?ということに対する答えを自身は持ち合わせていないからです。ニーズは、地域の成熟度や発達段階、そしてその時々に変化するものであり、可変的で流動的なものであると解釈しています。だからこそ、日常的な関わりが必要不可欠であり、地域の方が日常的に施設に訪れるという行為は、新たな「ニーズ」の把握に繋がり、それに応じて対応及び実践内容を変化させていくことが地域支援の要諦であると近頃は認識しているところです。ですので、この関わりの中で、私たちが地域のためにできることを更に深めて学び、それを実践に変えていくことが求められて行くのでしょう。だからこそ、今日の実践はその「はじめ」に過ぎないのです。
会の中には、当ホームと併設の地域福祉センター仁伍の利用者も参加されています。施設は自治会に所属しているわけですから施設利用者も地域住民です。地域の中で、主体的に役割のある存在として関わりを持たせていただくことは、地域ケアの一環としても非常に大事な取り組みです。また合わせて、地域住民と職員との関わりも量・質ともに増えることとなります。今回は、法人本部の神原が祝辞を述べさせていただきました。
私たちに気を使われてか、多くの住民がエレベーターを活用して3階に来られました。帰りは、ほろ酔いの方もいらっしゃったためか、更に多くの方がエレベーターで玄関に降りられていました。また、帰り際4月の定例会のご予約もいただき職員一同大変喜んでおります。
このような日常的な繫がりに甘んじることなく、それはそれで日々大切に紡いでいきながらも、住民の思いや考えを肌で感じ、その時々のニーズに応じた実践へと繋いで行く、変化させて行くことがこれからは求められるのだと理解しているところです。焦る必要はありませんが、一歩ずつ確実に地域支援の在り方を熟成させていければと考えております。その営みこそが、利用者が安心して暮らせる地域づくりへと繋がるのです。
法人本部職員による祝辞
貴重な機会をいただけたこと、老人クラブの皆様に感謝申し上げます。
多くの方にご来所いただけたこと深くお礼申しあげます。
絨毯の上でできる全天候型カーリング 皆様ご熱心にされています。
利用者も参加されています。非常に集中された表情をされていますね。
私たちのまちづくりの中心には利用者がいらっしゃいます。
次回のご来所、心よりお待ち致しております。ご利用有難うございました。