経営者になるに当たって、周囲より、孔子の「論語」を読むことを勧められ、何度か手に取って読んでいます。社会福祉専門職として、これからの日本の社会構築と言ったマクロな視点に拠って立てば、この「論語」は然程重要な位置には立っていないと若輩ながら認識しているところです。それでも、一経営者として、一専門職として、自身を律し、成長へと導くには有効な示唆が多分にあると自覚し、時折手にするようにしています。
「教育とは、理想を語ることである」私の周囲にいらっしゃる古参の専門職の言葉ですが、そのことを胸に、私はことあるごとに理想を語るよう努めています。当法人においては職員教育のために、そして、教育機関に出入りする際は学生に対する教育のために。また、当法人では、理想が語れる職場風土を大切にしています。
何時も何処でも述べていることですが、今出来ていないことが問題でははく、それを目指そうとしないことが問題だと毎日考えています。恥ずかしいことは、今出来ていないことではなく、今出来ていないことに居直ったり、開き直ったりして、それを改善しようとしないその姿勢にあります。逆に言えば、今出来ていなくとも、そこに悩み、省みて、その改善に日々努める姿勢は尊いものだと思っています。
ですので、理想や理念を語ることは非常に大切な営みと言えます。但し敢えて気を付けないといけないと思っている事柄が次の件に含まれています。
「論語 憲問 第十四
子曰わく、その言のこれ怍じざるは、則ちこれを為すに難し。
【通解】
先生はおっしゃった。
『自分の口にした臆面もない広言をはずかしいと思わないようでは、広言したことを実行するのは難しい』※。
つまり、理想や理念を語るだけで、それが実現できたと錯覚しては本末転倒ではないかと。法人内の職員教育や、教育機関内の講義において理想を語る際、出来ていない現実を顧みながら、些かの不安や恥ずかしさを覚える自分が存在します。余りにも崇高な理念や理想の前に、本当に実現できるのだろうかと言った不安や、現実とのギャップによる恥ずかしさを感じるのは否めない事実です。しかし、それでも、率先垂範の姿勢で、弛み無くそれを語り、実践する姿勢を示していこうと努めています。トップがそれを示せない様では、経営理念を遂行することも、またそれに近づくことすら儘ならないと認識しているからです。
ただここで大事になってくるのは、出来ていない現状から目を背けないことにあります。現状における課題や弱みを真摯に受け止め、その要因分析と対策を一つ一つ丁寧に積み上げて行く姿勢が求められるのでしょう。出来ていないことを自覚せずして、夢に近づくことは出来ません。そして、出来ていない現状を悩み、時には恥じる気持ちがあればこそ、対応策と改善点が見えてくるはずです。
理想を語って恥ずかしく思ったり、不安を感じることは大切な営みです。それは、出来ていない今の現状をしっかりと認識できているからでもあります。また、現状の課題や弱みの把握なくして、理想に近づくことは出来ません。
出来ていないことを自覚し、現状の課題と弱みに向き合うことは、理想や理念に向かって歩み出す最初の第一歩なのかも知れません。
※野村克也氏『野村の実践「論語」』小学館P.60 2010年11月
2011年10月26日〜30日まで、宮城県石巻市にある地域包括支援センターの活動支援に伺わせて頂きました。3月11日から8カ月が経とうとする時期。遅すぎる訪問でした。宮城県には認知症介護研究・研修仙台センターがあり、認知症介護指導者として大変お世話になっている方々の多い地域です。その他平素よりお世話になっている方々が暮らしています。一刻も早くお伺いしなければならなかったのですが、若輩の段取り不足から今日に至りました。
この度は、仮設住宅にお住いの方々への戸別訪問とそのコミュニティの調査に携わらせて頂きました。「活動支援」と表現するには烏滸がましいばかりか、却って、現地の職員さんの手を煩わせてしまったのではないかと恐縮しているところです。それでも、現地の職員さんが根気強くお付き合いくださったのは、この教訓を他の地域でも生かしてもらいたいとの思いからではないかと推察しています。自らが被災し、それでも、他の地域を慮る姿勢に敬意を表したいと思います。
他者の思いを察して知ること。人の痛みを想像し、共感しようとする姿勢。今市井にはこの大切な営みが減退しているのではないかと再認識した5日間でした。他人の気持ちは、100%を理解することなど不可能です。しかしながら、私たち人間には想像する力や疑似体験をする力が備わっているわけですから、その力を用いて、他者の気持ちの60%や70%を理解していくことが可能です。これは、その力を用いて知ろうとしなければ、いつまでたっても理解することはできませんし、強い気持ちで知ろうと思ったところで100%には至らない代物でしょう。ここで私が強く感じていることは、現下の社会では、この「知ろうとしない」人々が多くなっているのではないかと言うことです。
いくつか例を挙げて、振り返り考えてみたいと思います。写真にあるように、街中には「がんばろう!」「がんばれ!」なる看板や垂れ幕が到る所に掲げられていました。8ヶ月が経とうとしているにも拘らずその被災状況は想像を絶する状況にありました。惨憺たるありさまとは、まさにこのことを言うのでしょう。そこに来て、「がんばろう!」なるメッセージの発信は、受け手の想像力を欠いたものではなかろうかと感じて掲示物を眺めていました。メッセージと言うのは、受け手の状況やその捉え方にまで想像力を巡らせて発しなければ、受け手には届きますまい。つまり、そのメッセージは不毛となるばかりではなく、時に受け手を傷つけることもあるのでしょう。
同じ被災地においても、災害に対する受け止め方は様々だと認識しました。前を向いて歩こうとされている方、家族を失い未だ「自分だけが生きていて良いものだろうか」と苛まれていらっしゃる方。傍で受け止め支えてくれる他者がいるか否かによって、その状況は大きく変わって来るであろうことは用意に察しがつきます。また、それは、被災時の喪失体験とも密接な関係性があるようにも感じました。築数百年の大切な家が目の前で津波に流されていくことを目視した方。押し寄せる波から命さながら逃げ延びた体験を持つ方。津波は全く目にしておらず、地震のみを体験された方。それぞれの、被災体験によってもその捉え方が随分異なると感じました。しかし、そのような多様な経験と思いを持つ方々がいらっしゃることを私たちはしっかりと共通理解しておく必要があるでしょう。「被災者」は、一言で語れるものではありません。そこには、ひとり一人の異なる体験と思いがあることを知る必要があります。
生活課題を持っている方々にとっては、仮設住宅は住居の体を成してはいません。両股関節人工骨頭置換の高齢者にとってみれば、足が思うように上がらないことで、浴槽の出入りが出来ない状況にありました。浴室に十分な空間が無いことと、浴槽が深いこと、手すりの位置が無造作であることが原因でした。動作が緩慢である高齢者にとってみれば、玄関の出入りに時間がかかり、結果として、風除室が無いことで風雨の吹き曝しを被ることにもなります。仮設住宅内における全ての通路がアスファルト舗装されている訳ではなく、砂利を敷いただけの設えの所もあり、その際地表の形状は凹凸が顕著で歩行不安定な住民にとっては転倒のリスクが高まります。外灯が整備されている箇所と、非整備の箇所があり、日没時間の早い東北では、夕方以降転倒のリスクが高まるであろう箇所も存在しました。ここにも、提供者と、使用者の二つの視点に乖離があることが伺えます。とにかく、増設して増やせばよいと設置した側と、実際にそこで生活をしている側との思いの乖離が認知できます。これも、立場や視点が変われば物の見え方が変わる代表例かも知れません。本件に関しては、当初は各自が30,000円程度の自己負担を行って、風除室の設置と改修を行っていました。現在では、今後の寒さ対策から、風除室を自治体負担にて設置することが決まっています。その際に、すでに改修した箇所も全て撤去し、画一的に再改修するのだそうです。既設を行った住民にとってみれば、自身の生活にあった設え、例えば便利な棚の設置等、が撤去され画一的なものが取り付けられることに不満を持たれている方もいらっしゃいました。提供者と使用者の乖離がここにも垣間見られます。
本日地元のあるブロック紙を手に取りました。紙面の内容は、中国地方のブロック紙である中国新聞とは随分様相を異にしています。やはり、原発や震災関連の記事が色濃く打ち出されていました。ここにも、被災当事者と被災非経験者の立場や視点の乖離が見受けられます。
他者の思いや痛みを察して知る力を、もう少し私たちは培っていかなければなりません。そう言う自身も、当事者に対する聞き取りの際、経験していない被災状況に対する想像力が足りないと反省しました。もっと、想像力が高ければ、もっと共感して話をお伺いすることが出来たのではないかと自問自答を繰り返しました。
その他活動全体を通して感じたことは、復興の遅さにあります。そして、その遅さの原因は、総体的なビジョンを示し切れていない政府、そして、埒の明かない政府の政策決定をいつまでも待っている地方自治体のビジョン提示力の弱さにあると感じましたし、数名の住民もそのように語られていました。
その人の環境におけるストレングスの視点で鑑みれば、やはり、地域性を担保した状況での移住が総体的には正の機能を起こしていたように思われます。地域性の担保されている仮設住宅と、そうでない住宅とでは、地域住民の互助・共助機能に主観的ではありますが有意差が見受けられました。地域性が担保されていない住宅では、隣に若い男性が住んでいるにも拘らず、高齢のため換気扇の蓋がはまらないまま放置されているケースもありました。私がその蓋をセットしながら、「お隣の方に頼んだりは出来ないのですか?」とお伺いすると、「知らない人ばかりなので、そこまでは出来ません」とお答えになられました。人は皆、環境におけるストレングスを有しています。その強みを度外視した処遇・対応を行うことは、その後、そのことに対する何らかの(おそらくはフォーマルなものによる)支援が必要になることを意味します。現地のフォーマルな社会資源には限界が来ています。何度も同じ場所へ繰り返し訪問することなど不可能な状況です。であれば、ひとり一人の環境のストレングスたる地域性・共同性を担保した対応が強く求められることが再確認されました。
この活動を通して、他者の思いや気持ちに思いを馳せること、そのことの重要性を再認識させて頂きました。若輩を受け入れて下さった地域包括支援センターの職員様、調査にご協力いただきました現地の皆様、そして、寝食を共にさせて頂きました全国の社会福祉士会のお仲間、この手配をして下さった事務局の皆様、最後に、私を自由に送り出して下さった特定非営利活動法人 地域の絆 全職員さんに対し深くお礼を申し上げたいと思います。
視点や立場が変われば物の見え方、捉え方が異なることは自明の理です。であればこそ、私たちはそこに異なるもう一つの考えや思いがあることを絶えず認識して生きていく必要があります。特に私たち福祉専門職は、生活課題を抱えていらっしゃる方々の視点で、社会を捉え、その変革へのアプローチを行う職種です。そのことに対する想像力の欠ける人はこの仕事は向いていないと自身は認識します。
如上の地元ブロック紙を読んでいると、以下の文面に目が留まりました。
「とりわけ、障害のある人たちは環境の変化が苦手だ。不自由な暮らしの中でさまざまな困難に遭い、つらい思いをしているに違いない▼再生に向かう地域社会は、障害のある人にも生きやすいものにしなければならない。彼、彼女たちのアート(「障害者アート」)が見せてくれる多様な世界観を尊重できる私たちでありたい」※括弧内は中島が挿入。
如上のお話が理解できる読者であれば、何も説明の必要はないでしょう。当事者の思いに対する想像力、それこそが私たち福祉専門職の生命線です。では、ジャーナリズムの生命線はどこにあるのでしょうか。
お世話になった石巻市渡波地域包括支援センター外観
職員さんの前向きさと、ご熱心さに感服致しました。センター長は、私と同級生で、地域福祉に対する思いのとってもお熱い方でした。イケメンです!
同じセンターを担当させていただいたお仲間
ペアのお仲間 静岡県社会福祉士会の小出拓治さん
息の合うお仲間で、とってもやり易かったです。感謝・感謝。
私は頭がボッサボッサ。ちなみに早朝です。
3つの地域包括支援センターにて2人1組で活動
宿泊施設をお借りして、皆さんで寝食を共にさせていただきました。全国から様々な立場の方が集まり、大変勉強になりました。
これは、朝の食事風景ですね。
深夜にまで及ぶ勉強会
こちらは、夜の勉強会。
机の上にあるのは・・・・、全て教材ですね。
元小学校の校舎で宿泊
今は、社会福祉法人ふれあいの里 ラボラーレ登米という障害者の支援施設になっております。長い期間、大変お世話になりました。深くお礼申し上げます。
牡鹿半島の一集落
初日に被害状況を見て回り、想像力を高めました。
言葉にならない状況
それでも、想像力を駆り立てました。少しでも、ちょっとでも、皆様の思いに近づけるように…。
そのような気持ちで訪問させて頂きました。
「自己責任論」について社会で最も脚光を浴びせたのは、小泉純一郎元首相でしょう。アメリカがこれも論理的に破綻した戦争を仕掛けた帰結として、国際社会への貢献度の高い日本人数人がテロ活動に巻き込まれた際、元首相が発せられたのがそれでした。
当時から思っていたのですが、敢えて強く今以下のように認識しています。「自己責任論」は論理的に成立するのか?
若者が仕事に就けないこと、耐震力の低いマンションに住んでいること、多重多額債務に陥っていること、福島の第一原発の周辺に住んでいたこと、東日本大震災の被災地に住んでいたこと、ホームレス状態におかれていること、これらは全て個人の責任で解決しなければならない問題なのでしょうか。
では自己責任論を全うして生きている人は、世の中に存在するのでしょうか。元首相は自己責任論の体現者なのでしょうか。誰が考えても分かるはずです。無人島で一人生活をしていらっしゃる方を除いて、誰ひとりとしてその体現者は存在しません。無人島のお一人暮らしでさえ、実は様々な文明の力を用いていることが多くこれも厳密に言えば自己責任論の体現者とは言えないようです。
問題は大きく二つあります。一つは、論理的に破綻している言葉がよく用いられていること、二つ目に、それを政府の側がよく口にされることです。国や、民族、地域と言った社会の中で生きている以上、自己責任論は何処にも存在しません。その言葉が多用されていること自体、残念ながら我が国の民度の低さを国際社会に示すことになりやしないかと危惧しております。政府がこの言葉を用いることは、政府自身がその「自己責任」を放棄しているという意味においても、二重の論理的破綻を招いています。
資本主義社会の力学的必然として、社会から排他・排斥される方々が次々と生み出されます。その方々を、しっかりと公的に支援をしていくことで、社会のある種“公平性”が担保されるのだと私は理解しております。人間には得手不得手がありますし、その能力や特性を生かせることは社会構造や時勢と強い因果関係があります。その意味において、時代に応じてその波に乗れた人は勝ち組になりますが、その波にのまれた人は負け組となるのです。
運動会の競走等で、皆一緒に同着するといったことをやっている学校が多く存在しましたが、これは平等の発想からは逸脱していると私は考えています。人の能力を測る物差しは、何千・何万通りもあって得手不得手があって良いのだと思っていますし、むしろ、それぞれの能力が発揮できる社会を構築するべきであるとも考えます。
しかし、経済至上主義社会においては、時勢の中心的な偏った能力が求められており、その能力を有したものが“勝つ”社会であると言えます。逆にその能力を備えていない人間は“敗者”となる様です。その時々の中心的な能力を備えている者が“勝ち”、その能力を備えていない者が“負ける”のです。
その様な本社会において、“平等性”や“公平性”を担保するために必要な発想が、累進課税であり、社会保障なのでしょう。つまり、“勝った”側は時代の趨勢に乗って利益を得たのだから、その時代の構成員たる“負けた”側に対して、何らかの負担をする必要があるのだと。大手企業の役員等がその人個人の能力だけで、それだけの収入を得ているとは考え難いと私は思います。それを支える社会や、構成員の存在があって初めて高額所得者となっているはずです。であれば、そこに対して還元することは普遍的なことであると私は認識します。
つまり、政治はその再分配を適切に行う機関であり、“負けた”側に手を差し伸べる機能を担わなければならないはずです。そのことが機能して初めて、この社会は“平等”であると言えるのかも知れません。その機関の筆頭が、自己責任論を唱えることはやはり、おかしいと言わざるを得ません。自己責任と言う言葉自体が論理的に破綻していると私は思いますが、百歩譲ってそれを度外視して考えても、自己責任で“負けた”方々を救済するのが政治であるはずです。それをしない政治は、そもそもその「自己責任」を果たしていないことになります。
斯くの如き「自己責任論」なる言葉は、今後更に注意を重ねて使わぬようにしようと考えている昨今です。
2年前に母校の新入生に寄せた文書です。
「おめでとうございます」。入学の際によくいいますよね。でも、一体「何がめでたいのだろう?」。「新年明けましておめでとうございます」。これもよく聞きますが、めでたい意味が私にはよく分かりません。私はこんなことをよく考えていた学生でした。いわゆる「変わり者」です。そして、私は「変わり者」であることに誇りを感じていた学生でした。
それが、今現在の私の実践(仕事)における重要な要素となっていることについて、新入生であられる皆様方にお伝えしたいと思います。その視点こそが、これからの大学生活で気づいて頂きたい要諦であると考えているからです。私は「先輩」面出来るほど、「できた」人間ではありません。「正しいこと」を話すつもりもありません。ある一つの考え方として、自分の意見を述べているに過ぎません。それを聞いてどのように捉えるかは、みなさん次第です。
大学を卒業すると私は、高齢者デイサービスセンターの生活相談員の仕事に就きました。今地域では、高齢者のお一人暮らし、高齢者の夫婦のみの世帯が急増しています。高齢者を地域の中で支えるためには、専門職以外の地域住民の高齢者に対する理解や協力が不可欠です。皆さんの地域はどうでしょうか?地域住民同士がお互いのことをよく知り合い、助け合って生活されていますか?私の知っている地域は、地域住民同士、互いに関心もなければ、助け合いも全くない所ばかりでした。
このままではいけない。福祉専門職が、高齢者が安心して暮らせるまちづくりに関与していかなければならないと思い、福祉専門職として「高齢者のケア」と「まちづくり」の双方に取り組みました。独立に至るまでの間、何度か職場を変わったものの、私の実践は組織の中で認めてもらえませんでした。組織の中で足掻いてみることで、少しは自分の理想とする実践が出来はしましたが、自身にとっては、誠に不満足でした。
私が冒頭に述べた「変わり者」であることと、今の実践の成果には、実は大きな関連があると思っています。「変人」の対義語は、「普通の人」となるかと思われますが、「普通」って一体なんでしょう?大学生活において私は多くの本に出会いました。それも、全てノンフィクションの論文や、ルポルタージュばかりで、小説は一冊も読んでいません。「事実は小説よりも奇なり」という言葉がありますが、私は今ここにある現実に興味がありました。自分が、友人が、知人が抱えるあらゆる悩みや課題を克服する方法を知りたかったのです。ですから、おとぎ話の世界ではなく、現実問題をテーマに取り上げた本を好んで読みました。
100人いれば100通りの「普通」がある。その時に気づかされました。普通、なんてこの世に存在しないことを。であるにもかかわらず、なぜ、皆は「普通」であろうとするのか。「普通」であることに安心感を覚えるのか。「実に面白い」と思いませんか。
そして、「普通」とは、誰にとっての普通かも学びました。障害者にとっての「普通」では断じてなく、健常者にとっての「普通」です。それは、在日外国人の「普通」でしょうか?そうではなく、日本人の「普通」ですね。認知症高齢者の「普通」でも、子どもの「普通」でもないのです。
つまり、多数派と言われるもしくは、大きな声を出すことのできる、大きな力を持っている人たちにとっての「普通」であって、小さな声、声なき声の少数派の人たちの「普通」では断じてありません。そのことをこの大学で学びました。
だからこそ、「普通」に捕らわれない先駆的な実践が私には出来るのです。「普通」でないことに恐怖心はありませんので、平気で「普通」や「常識」を破ります。いわゆる偏差値教育に飼いならされたエリート諸氏は、記憶をインプットし、アウトプットする能力には長けていますが、独創性には、全く劣っている傾向が見られます。4つある選択肢の内、適切な選択肢を選ぶことは得意です。しかし、私は違います。4つの選択肢全てが適切でないので、答えはありません。もしくは、無ければ、もう1つ5つ目の選択肢を作ってしまえと思います。
大学は、「自分の考えを確立する場」であると考えています。他者の考えを参考に、自分はどう考えているのか、自分の声に耳を傾ける勉強です。
それは、高校まで学んできた偽勉強ではなく、真なる勉強です。なぜなら、勉強は全ての人が幸せになるためにするものです。勝ち負けを競い、誰かを蹴落としたり、蹴落とされたりするものでは断じてありません。全ての人が幸せになることは、非常に困難な課題ですが、それを成すために考えるのが勉強であり、学問であると私は考えています。多少の犠牲はやむを得ないのではなく、多少の犠牲も許さない、そんな生き方をするための勉強です。
そのために大切なこと、それは「普通」や「常識」にとらわれず、自身が、自分の考えや、思いに耳を傾けること。そして、自分の考えや思いを人に伝えることだと私は思っています。
「正しいこと」を話すつもりはないと私は言いましたが、「正しいこと」を言わなければならないと思ったとたん、何も話せなくなりませんか?自分の意見を何重ものフィルターを通して、発することで、何の変哲もない「普通」の言葉になってしまいませんか?正しいか、間違っているかを一体誰が決めるのでしょうか?そうやって、皆自分の考えや思いを殺して生きています。それは、社会にとっての損失ではないでしょうか?
「普通」や「常識」から思いっきりはみ出して、自分の言葉で書きましょう、話しましょう。そして、その言葉に責任を持ちましょう。この実践こそが、真に強靭なる社会人へと皆様を誘います。
物事の顚末には、必ず因果関係があるとの認識を永らく持って生きてきました。つまり、成功や失敗の背景には必ずその要因・原因があると。偶然に成功したり、失敗することは原則的にはあり得ないとの考えを重要視していますので、例えば見えない世界のオカルト的なお話には全く興味がありません。特に、失敗を体験した際はその要因分析を非常に大切にしています。地域の絆の苦情処理票(当法人内では「さわやか処理票」と呼んでいます)や、インシデントレポートの全てに目を通してはその要因分析を行う毎日です。そこに地域の絆の弱点や盲点、課題が見えてきますので、そこを修正することでこそ、法人の成長が図られるのです。いや、それを真摯に受け止め対応策を講じることでしか、法人の発展はあり得ないとさえ考えます。まさに、「失敗は成功の母」であり、「ピンチはチャンス」であるのです。
日清食品と言う会社は、親戚が勤めているということもあって、個人的には身近に感じている会社です。今日の新聞では、世界初のカップラーメンが発売されて40年が経つ旨が書かれていました。そこには以下の様に、日清食品の創業者故安藤百福氏の仕事に対する姿勢が描かれています。
「丼と箸で食べるという常識をどう覆すか。寝ている間も枕元に紙と赤鉛筆を置き、ひらめきを書き留めた。『一心不乱に考える』が発明の原点だったという。即席という言葉の裏の、壮絶な努力と試行錯誤の積み重ねを思う▲敗戦後の冬空の下、湯気が上がるラーメン屋台にできた人だかり。人々の満たされた笑顔に胸打たれ、安藤氏の挑戦は始まった。『いつ眠るのか不思議だった』。実験小屋での父を息子の宏基氏は振り返る」※1。
いみじくも今日の中国新聞。日本銀行広島支店長の米谷達哉氏のコメントに次のような件があります。
「科学における偉大な発見や発明も、ダイナマイト、ペニシリン、エックス線など最初のきっかけは、ちょっとした偶然から始まっているものが多いという。
こうした『偶然に幸運な予想外の発見をする才能』をセレンディピティー(serendipity)というが、それは決して単純な偶然ではない。『幸運は常に用意された人にのみ訪れる』とはフランスの細菌学者パスツールの言葉である。つまり、1回しかない偶然の中に普遍的な意味を読み取るためには、読み取る側の意識の中にそのための準備ができていなくてはならないのである。(中略)偶然訪れた機会をチャンスとして捉え、ものにしてやろうという鋭い観察力と強い目的意識があったからこそと考えられる」※2。
「一心不乱に」日常的な努力と準備を貫徹した安藤氏の発明を、偶然の産物から生まれたと考える人とは私は馬が合いそうにありません。「日常的な努力と準備」と抽象的な表現で書きましたが、それは自身の夢や希望、目的を達成するために毎日熟慮することではないかと若輩浅学ながら考えているところです。より深く、深く掘り下げて物事を考え抜くこと、苦悩から逃れることなくそれと真摯に向き合って悩み抜くことにこそ、そのヒントが隠されているような気がしています。
福島原発事故において、除染作業が遅々と進みません。除染における費用の総額は、数十兆円から百兆円は下らないと一部メディアからは報じられています。森林や河川を一体どのように除染すればよいのか、課題は山積している様です。この失敗は、偶然の帰結でありますまい。ましてや、偶然で片づけられる状況でも断じてありません。
失敗の因果関係を深く掘り下げて考え抜き、批難から逃れることなく、その声に真摯に向き合い悩み抜く姿勢が求められています。でなければ、いつかはやって来るであろう「偶然に幸福な予想外の発見」の機を私たちは逸してしまうことになります。
※1 「天風録」『中国新聞』2011年9月18日
※2 米谷達哉氏「今を読む」『中国新聞』2011年9月18日