「これまでの倫理は、『自己自身のみを問題とする自己完成を目指す倫理』と『他者への献身という能動的倫理』の二つを真の意味で一つに結合することができなかった。しかし生への畏敬の倫理においては、『自己に対する真実の倫理は、それと気づかれぬうちに他者への献身の倫理に移っていく』」。(『人間と生命』「シュヴァイツァーにおける生命観」河野真氏監修 田路慧氏編集 ふくろう出版 P.118)
もう一つ、フリーのルポライターである鎌田慧氏から、引用してみる。「自分だけの成績があがれば、自分だけがいい学校にはいれれば、自分だけがいい会社にはいれれば、自分だけの生活がよくなれば、自分の家族だけよくなれば、自分の会社だけ発展すれば、そして、自分の国だけが豊かな、そして強い国になれば。こうして、ぼくたちは、まわりのひとの不幸に気づかず、隣国のひとびとを不幸にしても平然としているようになる。
日本はそのようにして、不幸な歴史をつくってきたし、みんなが不自由な時代を送ってきた。他人を不自由にして、自分が自由になれることなどけっしてありえない」(『ぼくが世の中に学んだこと』ちくま書房)。
私は社会福祉の専門職であるが、私の社会福祉に対する価値はこの文章から生まれている。他人を不自由にする社会を自らが構成しておいて、その中で自分が自由になれることなど決してありえない。この自明の理が、私の社会福祉における立ち位置である。
自分が「豊か」な生活を送るために、他者の「豊か」さを追求することが社会福祉の原点であると考える。認知症の方が安心して暮らせる地域をつくることで、自分も安心して認知症になれることと同じであり、本文章たちと、私の社会福祉に対する立ち位置には、一定の整合性を感じている。
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