先週7月26日〜30日までの間、認知症介護研究・研修仙台センターで開催された「2010年度 第1回認知症介護指導者フォローアップ研修」に参加していた関係上、自宅に帰ってから、約一週間分の新聞を一気に読み漁る羽目となりました。そんな中、以前から気に留めていたテーマが再び取り上げられていました。今日はそのことについて、思うところを述べておきます。
気になる記事は、「公用語化 大手企業で進む」といったもので、「『公用語を日本語から英語に変更している』。ネット販売、楽天の三木谷浩史社長は6月末の記者会見で、流ちょうな英語でこう切り出した。2012年末までに公用語化を完了するという。(中略)カジュアル衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング(山口市)は11年度に入社する新卒採用者600人のうち半数が外国人。外国人社員が加わる会議などは原則として英語で行う」※という内容です。
私は言語学に精通しているわけではありませんが、ただし多国の言語を話せる人が言語の出来る人だと誤った認識を持つレベルの者でもありませんが、日本語の特徴を鑑みてもこれは明らかにコミュニケーションツールという以上の文化的重要度の高いものであることは自明の如く認識しております。多様な表現方法と、奥行きの深さを有している日本語は、私たち日本人が誇れる文化でもあるのです。無論、私たち日本人が日本語を誇るように、イギリス人がイギリス語を誇ることも同様に尊重する必要がありますし、日本の場合、アイヌ語のことを鑑みると、そのことに対する猛省は不可欠な視点となるでしょう。
しかし、真の国際人とは、自国の文化や、風土、言語に対する誇りを携えた上で、「グローバルスタンダード」に立ち向かう人のことを指すことは、古くから一般的に言われてきたことではないでしょうか?であるからこそ、私は腑に落ちないのです。自分の出所を誇りに思えない人間が、果たして、他者を尊重し、多様化した国際社会から評価を受けることができるのか、疑問に思えてなりません。日本人として、日本文化としての日本語を尊重する姿勢こそが、他文化への尊重心を醸成し、延いては、国際社会への貢献に繋がって行くようにしか思えないのは、私の見識の薄っぺらさやも知れませんが。
「トヨタ自動車やソニーなどは『必要に応じて英語を使う』とはしているが、公用語化には消極的だ。ホンダの伊東孝紳社長は20日の記者会見で『日本人が集まる日本で英語を使うなんて、そんなばかな話はない。日本では日本語でやればいい』と否定的な考えを強調した」※。無論、総ての日本企業が、誇りを失おうとしているわけではないようです。
自身を尊重できない人は、他者を尊重できないという原則から見た如上の見解ですが、若輩はこの年になってようやくイギリス語の勉強を始めることにしました。日本における自身の実践をより深めるためには、自身の見識の幅を広げなければなりません。その抜き差しならない状況に追い込まれての判断です。つまり、人は、必要とあれば、自ら学び始めるということです。
※『中国新聞』2010年7月27日
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