幼年期私の記憶が定かでない折、伺ったことがあるようですが、私としましては生まれて初めて熊本に来ている感覚です。九州は暖かいという印象で来たのですが、駅に降り立った瞬間からその印象は覆されました。昨日は朝方氷点下2度まで下がったようです。地元の方によると、盆地であって、京都と気候が似ているとのこと。風邪をひかないよう戦々恐々としているところです。
全国小規模多機能型居宅介護事業者連絡会が主催するライフサポートワークの研修に参加させて頂くのが目的で熊本までやって来ました。現在殆ど行っていない大学院の修士論文で、小規模多機能型居宅介護のケアマネジメントを取り上げる予定ですので、このライフサポートワークの考え方及び実践方法の理解は避けて通れぬものと認識しておりますし、地域の絆における実践についても検討しなければならない課題であると考えてのことです。
二日間における講義の中で、最も重要なご指摘だと認識したことは、旧来の日本型ケアマネジメントではなく、ソーシャルワークに基づいたケアマネジメントを想定して、ライフサポートワークがつくられていることにあります。ケアワークとソーシャルワークを繋いだ言葉として、敢えてケアマネジメントという言葉を用いずにライフサポートワークという呼び方をしていると。
様々な定義がありますがソーシャルワークは、利用者の主体性を引き出しながら、その代弁機能を果たし、利用者のその時々の「ニーズ」に対応する社会資源の発掘・創出・開発を行うことにあると認識しております。つまり、社会的弱者や少数派と言われる方々の立場に立って、社会と対峙し、時に変革を行うことがソーシャルワークそのものであると考えます。
元々ケアマネジメントはソーシャルワークの一部であると認識しておりますので、ソーシャルワークに基づいたケアマネジメントを実践することは「本来」自明の理であるはずです。「本来」と書くのは、そのような認識がなされないまま、今までのケアマネジメントが実践されていることを敢えて皮肉に表現しているわけです。つまり、従来のケアマネジメントは、社会資源の把握程度の実践しか行っておらず、その発掘や創出、開発、延いては利用者の代弁機能の有効化が殆ど見られないのが現状であるとの認識です。利用者の「ニーズ」の充足化を第一義に考えているのではなく、今あるサービスの範囲内で如何にそれに対応していくのか、また今あるサービスで応えられない「ニーズ」に対しては「送致」してしまう、と言った発想でなされているのが現状ではないでしょうか。
ソーシャルワークの視点で行うケアマネジメントでは、利用者「ニーズ」に応えることを第一義と捉え、今ある社会資源では対応できないのであれば、利用者の立場に立って、社会資源の発掘・創出・開発を行い対応を図ることになるはずです。また、家族や地域住民の「ニーズ」と利用者の「ニーズ」に対立関係や乖離が見られる際は、あくまでも利用者「ニーズ」への対応を第一義としながら、その実践を行うために家族や地域住民が協力出来ることを共に探っていく必要があります。このような利用者中心主義の視点で、関係者の思いを調整していくことが本来の調整機能なのでしょう。二日間の研修ではおおよそこのような認識を得ることが出来ました。大先輩でいらっしゃる講師の先生方及び同じ受講生の皆様方に深く感謝申し上げます。
利用者の生活支援をケアと捉えるのならば、ケアの行き着く先は、社会資源の発掘・開発及び利用者の代弁機能にあります。利用者の「ニーズ」を最優先に考えれば、そこには如上の取り組みが不可欠となるからです。つまり、ケアの実践を突き詰めて考えれば、それはまちづくりへの実践に繋がることが理解されます。そして、福祉専門職が行うまちづくりの実践は、利用者の「ニーズ」に応えることに繋がるはずです。まちづくりから、もしくはケアから、別々の入り口から入ろうとも、その道程は何処かで必ずぶつかるはずです。
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