今朝の福山は氷点下5度。日中になっても然程気温が上がらぬ冷え込みでした。そんな中、朝8時前から仁伍町内会主催の「とんど火祭り及び新年互礼会」に参加させて頂きました。
熟達された大工さんが多くいらっしゃる仁伍町内のとんどは、煌びやかな佇まいで市内でも著名な存在です。しかし私は、煌びやかであることのみが仁伍とんど火祭りの誇りではないことをこの度の参加で再認識しました。
活動の中で、参加者ひとり一人に対して多様な居場所と役割が見られました。とんど火祭りという行事の中で、小さな集団がそれぞれの役割を担っているのです。とんどの準備をしている方、餅つきの準備をしている方、善哉・おつまみ・飲み物の準備をしている方、椅子やテーブルの設置をされている方、 備品を借りに出ている方等、それぞれが思い思いに各小グループ活動に参加できる状況にあり、その小グループ活動がとんど火祭り全体を織りなしている様でした。高齢者には高齢者の、子どもには子どもの、女性には女性のそれぞれの役割があるのです。仁伍とんど火祭りは、全住民参加型のイベントであると言えます。
つまり、イベントの運営がまちづくりに繋がるという発想、イベントの運営そのものが目的ではなくその営みを通じて地域住民同士が交流促進を図るという実践がここには見られます。イベントの運営を経て、住民がそれぞれの役割を担い居場所を確保しているのです。日本の歴史の中で、行事がまちづくりの一翼を担っていたことは周知の事実です。それに整合する実践であると言えそうですね。
注視すべきは、これらの実践を意図的には行っていないことにあります。無論、一部のリーダー的存在の住民はそうではないかも知れませんが、大きく戦略的に意図してなされている実践ではないと認識しております。むしろ、ごく自然に、当たり前のように実践されているのです。これは、長らく続いた歴史・伝統・文化の中から育まれた姿勢ではないでしょうか。行事を開始した先人たちは、どの様な思いでこの活動を始めたのでしょうか。地域のリーダーの話によれば、古い資料の中には、とんど火祭りの目的として「地域住民の交流促進」が一つ挙げられているそうです。それなりに意図され始動したことが伺えます。しかしそれは何処まで緻密に戦略を持って、実践が始まったのかは定かではありません。これは私の勝手極まりない推測ですが、おそらく、そこまで強い意図や戦略を持って始められたのではないものと認識しております。住民が一致団結してとんどを運営すれば、住民同士が仲良くなるだろうと。その様な思いだったのではないでしょうか。だからこそ、今至極自然に、住民に引き継がれた実践となっているのではないかと思うのです。その帰結として、リーダーが変遷しても久しく続いているのかも知れません。
斯くの如く、地域には奥行き深い財産と誇りがあります。おそらく皆様方の地域にも、誇り得るものがきっとあるはずです。そのことをしっかりと認識し、明日への実践に繋いで頂ける事を切に願います。
数人がかりで設置するテーブル��
これは本当に優れた叡智だと認識しております。既製品の長机ですと、これは一人で運んで一人で設置が可能です。この場合、個人作業になってしまうのですが、仁伍町内会の机は違います。写真の通り、協働作業で机の設置がなされるのです。
物がなくても、いや、物がないからこそ交流の促進が図れるのではないでしょうか?
見事としか言いようがありません。
数人がかりで設置するテーブル��
善哉・おつまみ・飲み物の準備をされる方々
主に子ども会の方々と、元女性会の方々が活動されています。
子どもと高齢者は焚火の準備をされています。
備品の設営をされている方々
子どもたちは車に乗って、とんど火祭りのアナウンス��
立派に呼びかけをしていました。住民に伺うと、読み文のたたき台は町内会で作成したが、実際の文章は子どもたちに考えてもらったとのこと。
子どもたちにも立派な役割があるのです。
子どもたちは車に乗って、とんど火祭りのアナウンス��
餅つきの準備をされる方々
それぞれに多様な役割があり、思い思いの場所で“仕事”をされていました。
短冊に願い事を…。
地域の小学生が書いた短冊。毎年恒例の実践ですが、「お母さんの病気がよくなりますように…」の短冊に、ひとりの住民が「あの子のお母さん体調悪いんだなぁ」と思わず反応されていました。
地域交流の営みがここにもあります。
地域住民と職員の交流��
職員も朝早くから参加し、地域住民との談笑が絶えませんでした。
地域住民と職員の交流��
イノシシのお肉を切っているのが、地域福祉センター仁伍の管理者・名越さんです。
子どもの役割が豊富です��
とんどの点火に合わせた太鼓を子どもたちが演奏。
子どもの役割が豊富です��
とんどの感想を子どもたちが披歴しました。堂々としていて、内容も立派なコメントでした。
とんどの点火です。来年も皆様にご多幸あれ!
緻密な計算に基づいて作られた竹酒の筒。
地域のリーダーにこれは知っといてもらいたいとお話をお伺いしました。
酒を注いだ際、ポンポンときれいな音が出るよう、竹の切り方と、穴の大きさを何度も試行錯誤し、現在の形に辿り着いたそうです。
その試行錯誤の際にも、住民同士が顔を合わせ、意見を出し合ったのでしょう。
これこそが、まさに日本の伝統文化としての行事の醍醐味なのです。
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