2008年にベストセラーとなった 『悩む力』(姜尚中氏)を今再読しています。いつまでも記憶に残っている優れた著書は、最低でも2度は読むことにしています。優れた著書は、自身の成長及び置かれている状況によって、読み取れる内容が大きく異なると考えているからです。
「強制収容所に入れられた体験を持つことでも知られる精神医学者V・E・フランクルは、『Homo patiens(苦悩する人間)の、価値の序列は、Homo faber(道具人)のそれより高い』『苦悩する人間は、役に立つ人間よりも高いところにいる』と述べています」※1。
「いまでは『まじめ』という言葉はあまりいい意味で使われませんし、『まじめだね』と言われるとからかわれているような気分になります。でも、私はこの言葉が好きですし、とても漱石らしいと思います。すべてが表面的に浮動するような現代社会に楔を打ちこむような潔さがあると思います。
まじめに悩み、まじめに他者と向いあう。そこに何らかの突破口があるのではないでしょうか。とにかく自我の悩みの底を『まじめ』に掘って、掘って、掘り進んでいけば、その先にある、他者と出会える場所までたどり着けると思うのです」※2。
なぜ私が今この部分に引っかかるのかと言いますと、これは私たちの仕事と深く関係のある箇所だと思うからです。私たちの仕事は、目に見える「結果」や「成果」が日々得られるとは言い難い仕事かも知れません。目の前の認知症高齢者に懸命にアプローチを試みても、その「成果」が目に見えて分かりづらい仕事です。そもそもどのような「成果」を私たちは求めて利用者に関わっているのか。そのことすら問われる仕事です。利用者ご本人が求めていらっしゃる「成果」と私たち専門職が求めている「成果」が異なってはいないか。迷い・悩みながら行う仕事です。
私たちは、利用者の生活に関わる仕事、利用者の人生に携わる仕事をしています。他者の生活や人生に携わることで、恐れや不安を抱くこともあるはずです。そして、他者のそれだからこそ「正解」は何処にもありません。あくまで、その時その時の「答え」を察して導き出し、これで良いのか不安を抱えながら、実践するしかないのです。それが私たちの仕事です。
しかしながら、不安や恐れ、迷いを抱かずしてこの仕事は行うべきものではありません。他者の人生に対する畏敬の念を抱きながら、ある意味恐る恐る携わるべき仕事なのだと思います。一見良い「成果」が見られたとしても、これで本当に良かったのか?一抹の不安を常に抱きながら実践するべきものでしょう。であるからこそ、「間違い」にもいち早く気づくことができ、「修正する」ことが可能になるのです。
予てから、私はこの仕事は悩まない人には向いていないと思っていました。他者の生活を、人生を、簡潔に決めつけてしまうような人には向いていないと。しかし、その実践は暗中模索の状況に陥りやすいことも事実です。如上の通り、不安と迷いからの脱却が困難であり、「成果」が見られないことから達成感が得られ難い傾向があるからです。私は、この辺りの支持体制を、組織や制度の中で支えていく仕組み作りが不可欠であると認識しています。このことは今後の課題としてあるわけです。
それでも敢えて、私たちの仕事は悩むことにこそ意義があると考えます。そして、そこから逃げ出すことなく、「まじめ」に向き合うことで、専門職として、一人の人間として成長できる気がしています。表層的・皮相的なものが蔓延る市井の中で、「まじめ」に悩むことは人類にとって今非常に大切なことだと認識しています。そんな中で、私たちの仕事は、その実践を通して、その大切な「悩む力」を培うことのできる素晴らしい仕事であると言えるのではないでしょうか。
悩むことを通じはじめて、自分と向き合い、そして他者と向き合うことが出来ると本書は教えてくれているのです。
※1 姜尚中氏『悩む力』集英社新書P.10 2008年7月
※2 姜尚中氏『悩む力』集英社新書P.42 2008年7月
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