近頃私の尊敬してやまない古参者との再会を果たしました。喜ばしい限りですし、まだその余韻に浸っている様な毎日です。また、示唆に富んだ様々なお話を伺うことができ、深く感謝もしているところです。
その中で記憶に清明として残っている事柄が幾つかあります。一つは滅私奉公のお話。元来滅私奉公とは封建的マイナスの意味合いが強い言葉ですが、自身を守るためにもこの発想が必要な時もあると彼は仰られました。組織人共通の悩みとして、縦軸と横軸のバランスを取りながら組織の歯車として働かなければならぬ現実があるわけです。「○○したいのに出来ない」「◎◎したくないのにしないといけない」様々な葛藤を抱えながら、職務を全うしなければならない。特に、優秀な人材ほど、様々な意見や気づきを持っているためその葛藤に駈られ易く、燃え尽きてしまう事があると。
そんな時、敢えて自分の意思や思いを黙殺し、目の前の仕事に没頭する。もしくは、大局の中の歯車として、自身の仕事を捉え直して、そのことに徹する。社会や組織の役に立っていることを実感しながら、目の前の仕事を、私心を捨てて潔く受け止める。そのような営みを通じて、実は自分を守ることが出来ると仰られるのです。
無論全ての組織、全ての過程において滅私奉公が必要でないことは自明の理でしょう。滅私奉公というマイナスイメージの凝着している考えも、状況や見方に応じてプラスに作用することがあるということです。ご多忙の極に達する中、自身を守られる術を、負のイメージの強いこの言葉から見出されたのだと、感慨に浸ってしまいました。
また、「専門職とは自身の限界を知っている人」であると言うのも古参者の口癖です。ジェネラリストソーシャルワークが謳われ出して久しい昨今ですが、社会福祉分野の専門性も今や従来の福祉分野から司法・教育分野まで多岐に渡っています。どの分野でも通用する共通の基盤を持ちつつも、「餅は餅屋」を自覚した実践が不可欠となるはずです。自身の得意分野と限界を理解すること、そしてその限界を補ってくれる他者・他機関と連携を図り利用者の支援を行うことが求められているわけですから、当然の発想と言えばそうですが、実践の中でつい忘れがちな原理原則かも知れません。そう言えば、ある先生から、自分の弱さを自覚しているからこそ、人は外部と連携を取ろうとする。ネットワークを作る第一歩は自分の弱さを自覚することから始まるとご教示いただいたことがあります。
私は元来コツコツと積み重ねることが苦手なタイプです。FFS理論等のタイプ分析でも、顕著にそのことが表れています。「飽きっぽい傾向があり、コツコツと几帳面に取り組むことを苦手」とするのだそうです。もちろんこれに対して恥ずかしながら自覚があります。
だからこそ、私は多くの方と様々なお話をすることが大好きですし、それが私の生命線だと認識しているのです。如上の様な素晴らしい諸先輩が私の周りには沢山いらっしゃいます。時に何気ない話から、時に叱咤激励、指導を受けながら、多様な感化を頂戴します。その方の経験や生き様を肌で感じることが出来るからです。
そして、それは私にとって、どのような本や教科書よりも優れた“教師”なのです。
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