「通って、泊まれて、家にもきてくれる」「住み慣れた家で24時間365日の安心」「臨機応変な対応、自立支援、医療の安心」特定非営利活動法人 地域の絆

Googleサイト内検索
NPO法人 地域の絆

NPO法人 地域の絆

中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

他者の実践と思考から教えを乞う

2011/06/06 12:00:00  社会福祉

 第19回日本社会福祉士会全国大会・社会福祉士学会(京都大会)の二日目は、分科会から始まりました。私はD分科会「地域支援」に参加をさせて頂き、多くの実践事例に触れる中、気づきや学びを何点か頂くことができました。この様な場は自身の学びの場ですので、極力質問をさせて頂く中で、学びを深めるように心がけております。

 まず一つの視点として、小規模多機能型居宅介護の現状と課題についてのご発表がありました。利用者にとって、慣れ親しんだ環境がつくれるか否かが、その運営の成否であることを認識することができました。また制度上の課題も浮き彫りになっており、この辺りも再認識させて頂いた次第です。

 私の方と致しましては、昨日の湯浅氏の言葉にならって、「制度の守り手」に甘んじるのではなく、行政と利用者と事業所でローカルルールを作っていく実践が求められているのだと認識し、そのような事例が無いかご質問させていただきました。小規模多機能型居宅介護の良いところは、厚生労働省令に細やかな守るべき基準が明示されていないことにあります。つまり、保険者と利用者、事業所が、市民にとって有益なシステムに変えていくことができる素地があるわけです。なので、既存のルールに縛られることで不満を表出するのではなく、ルールを守ることで機能不全に陥るのではなく、それを逆手にとって、ルールを変えていく、システムを変革する実践が求められていると思っております。それこそが、ソーシャルワークに基づいた組織運営に繋がるのではないでしょうか。質問させて頂いたからには、自らの実践の戒めとさせて頂きたく存じます。

 また、社会資源の創出の実践についてもご教示いただけました。多様なニーズに多様な社会資源を創出した実践で、その実践内容に触れ感服致しました。これは、地域の絆でももがいていることであり、中々一筋縄ではいかない現状があります。

 社会資源の創出をするためには、まず、クライエントや地域住民のニーズをもとに行わなければなりません。そこで、一つの課題は、地域住民のニーズをどのように把握するのか。その方法論が難しい点にあります。そして、もう一つの課題として、色んなニーズが抽出されていく中で、どのニーズを仮説的・暫定的に、ニーズと定めるのか、という問題があるのです。もちろん、やってみないと分からないところがあるのですが、仮説的に暫定的にニーズを特定しなければ、社会資源の発掘・開発・創出には繋がらないと考えております。この辺りの実践のヒントを頂けたと感謝しております。

 地域福祉計画に基づいた個別支援と地域支援の実践研究では、個別支援と地域支援の実践の中から、地域福祉計画では挙げられていない地域課題を認識することができたとご報告がありました。素晴らしい実践であると感銘を受けました。

 そのことについて、市町村全域の地域性と、その圏域内であっても管轄地域の地域性は異なるものだと認識していますので、地域福祉計画におけるニーズと、担当地域におけるニーズに齟齬があるのを前提として、その理由を質問させていただきました。�々埓�がより深くニーズを捉えることができていなかったのか?��行政と発表者の捉えている地域性に齟齬があったのか?

 そのご回答は、地域福祉計画の策定委員の専門性によって、抽出されるニーズが異なっているのではないかとのことでした。なるほどまさに、ニーズは捉え方によって変化するということなのだと認識した次第です。捉える専門性によって、捉えるニーズは変わってくる。捉え方によって、ニーズの抽出精度は変化するということなのでしょう。やはり、実践の中においては意識化や意図した実践を展開しなければ、私たちの知りたい情報や思いは捉えることができないのだと認識致しました。

 午後の基調講演では、大阪大学総長の鷲田 清一氏がご登壇されました。最も感銘を受けたのは、出来ることと出来ないことの関係性についてのお話しでした。

 鷲田氏によれば――――今の社会では、何かが出来ないということは、マイナス点でしかない。出来る方から見たら、出来ないことはマイナスかも知れないが。出来ない方から、出来る方を見た場合。出来ない仕組みの方が見えてくるのではないか?出来ないことを出来ない方から考えることで、その仕組みの方が見えてくる。
援助は、出来ないことを出来るようにすることはもちろん重要なのだが、さらに重要なのは、出来ないことを出来ないことにさせないことではないか。出来ないことを出来ないことでなくすることではないか―――とのことです。

 クライエントが生活課題を抱えている際、それはなぜできないのかをクライエントの側から見ることで、出来ている側(社会)の課題が見えてくるということでしょう。そして、出来ないことを出来ないことにさせないとは、そのように社会が条件整備をおこなうことで解消することが第一義であると自身は認識したところです。要するに、「出来る」「出来ない」は飽く迄「出来る」側の視点で分別されているので、「出来ない」側からの点検も必要であるとのご指摘ではないでしょうか。

 また、―――出来ないことを出来ることに変える道と、出来なくなることで初めて出来るようになることのシーンが開けてくる道もあるのではないか?「出来る」を基準に考えると、出来ないことを欠損と捉えてしまう傾向がある。すると援助者は、出来ないことに対してしてあげるという視点になってしまう。“欠損”のある方に対して、援助者は、してあげる立場なのだろうか?出来る人が出来ない人を、強い人が弱い人を支援する立場で考えられがちだが、そのような一方的な関係は殆どない。ケアの反転が現実では沢山おこっているのではないか?―――ともおっしゃられます。

 分刻みで多忙な職務の中で、グループホームの玄関でご利用者と顔を合わせることがあります。何気ない一声を掛けられ、そして、その緩やかな時間の流れの中で、自身が癒されているのを感じることが多々あります。ケアをする立場の者が、実は、ケアをされている現象がここにあるのです。その様な多様な関係性が存在する社会こそが、健全な社会と言えるのでしょう。

 多くの志高い実践者の実践内容に触れ、古参の研究職の教えに触れる中で、また一つ二つの大きなヒントを得ることができたと感謝しております。本ブログは、時にはこのように自身のためのメモ書きとしても機能しております。今日感じたことをありのままに、吐露しておいて、少し時間を空けて再読する。同じ文脈を捉えていても、その文脈から取り出せる内容は、もちろん私の成長度に応じて異なります。ですので、数年たって本文を読んだ時、きっとまた違った内容を取り出すことができるのです。

 もちろん、私が成長していればの話ですが…。




コメント

コメントはありません
中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
カテゴリ
<<2011年06月>>
MonTueWebThuFriSatSun
12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930
最新エントリ
最新コメント
ブログリスト
当サイトで使用されている全ての画像および文章を無断で複製・転載・販売することを堅く禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。
Copyright 特定非営利活動法人 地域の絆 All Rights Reserved.

▲