10年毎に区切りをつける発想は、十進法を選定しているからに過ぎない。よって、十進法を選定していない民族にとってみれば、10年とは然程大した意味を成さない。あるジャーナリストが確かその様な事をおっしゃっていました。それを今思い起こすと言うことは、その発想に自身も賛意を持っていることになります。しかしながら、マスコミが数多取り上げている「9・11から10年」の今についてここでは少し触れておきたいと思います。
私が最も着目するのは、ブッシュ氏の言う「正義の戦争」の「正義」にあります。「正義」とは一体何でしょうか?「普通」や「常識」においても同様のことが言えますが、それは「誰にとっての」ものなのかによって、その内実が大きく変化するのは自明の理でしょう。ブッシュ氏にとっては正義であっても、アメリカのある市民にとってはそうでは無いかも知れませんし、私たち日本国民にとっての正義も異なっていたはずです。中東の国々にとっては、どうであったのでしょうか。この辺りの検証は、この「10年の節目」にて清算しておく必要があるでしょう。
よく政治家が「国民のために」と言いますが、その際も、“どの層”の“何処に所属している”国民のためであるのかをしっかりと見据える必要があるのではないでしょうか。どこに負担を求め、どこを優遇しようとしているのか、私たち市民は矯めつ眇めつ見ていかなければなりません。
抽象的で、耳触りの良い言葉に流されることなく、それを具体的に再言語化していくことがジャーナリズムの使命であると認識していますし、延いてはそれは国民の責務であるとも認識しています。
社会福祉の現場においても、「利用者本位」や、「その人らしさの支援」、「権利擁護」、「尊厳の保持」、「自立支援」等の言葉が飛び交っています。クライエントを目の前に、どのような具体的実践が如上の実践に繋がるのかが理解できなければ、その実践は画餅に帰してしまうことになります。
私たち日本人は、特に、耳触りの良い抽象言語を、具体的な言語へと再定義をする習慣を持たなければなりません。そのようなことを省みながら今「10年目」を迎えます。
我々人類は バカ
過去・現在・未来 バカ
正義はあったのか バカ
正義は勝ったのか バカ
くり返し くり返し くり返し 歌う ※
※1 「皆殺しのメロディ」THE BLUE HEARTS 作詞・作曲 甲本 ヒロト氏
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