物事の顚末には、必ず因果関係があるとの認識を永らく持って生きてきました。つまり、成功や失敗の背景には必ずその要因・原因があると。偶然に成功したり、失敗することは原則的にはあり得ないとの考えを重要視していますので、例えば見えない世界のオカルト的なお話には全く興味がありません。特に、失敗を体験した際はその要因分析を非常に大切にしています。地域の絆の苦情処理票(当法人内では「さわやか処理票」と呼んでいます)や、インシデントレポートの全てに目を通してはその要因分析を行う毎日です。そこに地域の絆の弱点や盲点、課題が見えてきますので、そこを修正することでこそ、法人の成長が図られるのです。いや、それを真摯に受け止め対応策を講じることでしか、法人の発展はあり得ないとさえ考えます。まさに、「失敗は成功の母」であり、「ピンチはチャンス」であるのです。
日清食品と言う会社は、親戚が勤めているということもあって、個人的には身近に感じている会社です。今日の新聞では、世界初のカップラーメンが発売されて40年が経つ旨が書かれていました。そこには以下の様に、日清食品の創業者故安藤百福氏の仕事に対する姿勢が描かれています。
「丼と箸で食べるという常識をどう覆すか。寝ている間も枕元に紙と赤鉛筆を置き、ひらめきを書き留めた。『一心不乱に考える』が発明の原点だったという。即席という言葉の裏の、壮絶な努力と試行錯誤の積み重ねを思う▲敗戦後の冬空の下、湯気が上がるラーメン屋台にできた人だかり。人々の満たされた笑顔に胸打たれ、安藤氏の挑戦は始まった。『いつ眠るのか不思議だった』。実験小屋での父を息子の宏基氏は振り返る」※1。
いみじくも今日の中国新聞。日本銀行広島支店長の米谷達哉氏のコメントに次のような件があります。
「科学における偉大な発見や発明も、ダイナマイト、ペニシリン、エックス線など最初のきっかけは、ちょっとした偶然から始まっているものが多いという。
こうした『偶然に幸運な予想外の発見をする才能』をセレンディピティー(serendipity)というが、それは決して単純な偶然ではない。『幸運は常に用意された人にのみ訪れる』とはフランスの細菌学者パスツールの言葉である。つまり、1回しかない偶然の中に普遍的な意味を読み取るためには、読み取る側の意識の中にそのための準備ができていなくてはならないのである。(中略)偶然訪れた機会をチャンスとして捉え、ものにしてやろうという鋭い観察力と強い目的意識があったからこそと考えられる」※2。
「一心不乱に」日常的な努力と準備を貫徹した安藤氏の発明を、偶然の産物から生まれたと考える人とは私は馬が合いそうにありません。「日常的な努力と準備」と抽象的な表現で書きましたが、それは自身の夢や希望、目的を達成するために毎日熟慮することではないかと若輩浅学ながら考えているところです。より深く、深く掘り下げて物事を考え抜くこと、苦悩から逃れることなくそれと真摯に向き合って悩み抜くことにこそ、そのヒントが隠されているような気がしています。
福島原発事故において、除染作業が遅々と進みません。除染における費用の総額は、数十兆円から百兆円は下らないと一部メディアからは報じられています。森林や河川を一体どのように除染すればよいのか、課題は山積している様です。この失敗は、偶然の帰結でありますまい。ましてや、偶然で片づけられる状況でも断じてありません。
失敗の因果関係を深く掘り下げて考え抜き、批難から逃れることなく、その声に真摯に向き合い悩み抜く姿勢が求められています。でなければ、いつかはやって来るであろう「偶然に幸福な予想外の発見」の機を私たちは逸してしまうことになります。
※1 「天風録」『中国新聞』2011年9月18日
※2 米谷達哉氏「今を読む」『中国新聞』2011年9月18日
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