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NPO法人 地域の絆

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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

季節外れの「先輩から新入生へのメッセージ」

2011/10/20 12:00:00  社会全般

2年前に母校の新入生に寄せた文書です。

最近は船での移動が増えました。船首に見えるのは自衛艦ですね。
 「おめでとうございます」。入学の際によくいいますよね。でも、一体「何がめでたいのだろう?」。「新年明けましておめでとうございます」。これもよく聞きますが、めでたい意味が私にはよく分かりません。私はこんなことをよく考えていた学生でした。いわゆる「変わり者」です。そして、私は「変わり者」であることに誇りを感じていた学生でした。

 それが、今現在の私の実践(仕事)における重要な要素となっていることについて、新入生であられる皆様方にお伝えしたいと思います。その視点こそが、これからの大学生活で気づいて頂きたい要諦であると考えているからです。私は「先輩」面出来るほど、「できた」人間ではありません。「正しいこと」を話すつもりもありません。ある一つの考え方として、自分の意見を述べているに過ぎません。それを聞いてどのように捉えるかは、みなさん次第です。

 大学を卒業すると私は、高齢者デイサービスセンターの生活相談員の仕事に就きました。今地域では、高齢者のお一人暮らし、高齢者の夫婦のみの世帯が急増しています。高齢者を地域の中で支えるためには、専門職以外の地域住民の高齢者に対する理解や協力が不可欠です。皆さんの地域はどうでしょうか?地域住民同士がお互いのことをよく知り合い、助け合って生活されていますか?私の知っている地域は、地域住民同士、互いに関心もなければ、助け合いも全くない所ばかりでした。

 このままではいけない。福祉専門職が、高齢者が安心して暮らせるまちづくりに関与していかなければならないと思い、福祉専門職として「高齢者のケア」と「まちづくり」の双方に取り組みました。独立に至るまでの間、何度か職場を変わったものの、私の実践は組織の中で認めてもらえませんでした。組織の中で足掻いてみることで、少しは自分の理想とする実践が出来はしましたが、自身にとっては、誠に不満足でした。

 私が冒頭に述べた「変わり者」であることと、今の実践の成果には、実は大きな関連があると思っています。「変人」の対義語は、「普通の人」となるかと思われますが、「普通」って一体なんでしょう?大学生活において私は多くの本に出会いました。それも、全てノンフィクションの論文や、ルポルタージュばかりで、小説は一冊も読んでいません。「事実は小説よりも奇なり」という言葉がありますが、私は今ここにある現実に興味がありました。自分が、友人が、知人が抱えるあらゆる悩みや課題を克服する方法を知りたかったのです。ですから、おとぎ話の世界ではなく、現実問題をテーマに取り上げた本を好んで読みました。

 100人いれば100通りの「普通」がある。その時に気づかされました。普通、なんてこの世に存在しないことを。であるにもかかわらず、なぜ、皆は「普通」であろうとするのか。「普通」であることに安心感を覚えるのか。「実に面白い」と思いませんか。

 そして、「普通」とは、誰にとっての普通かも学びました。障害者にとっての「普通」では断じてなく、健常者にとっての「普通」です。それは、在日外国人の「普通」でしょうか?そうではなく、日本人の「普通」ですね。認知症高齢者の「普通」でも、子どもの「普通」でもないのです。

 つまり、多数派と言われるもしくは、大きな声を出すことのできる、大きな力を持っている人たちにとっての「普通」であって、小さな声、声なき声の少数派の人たちの「普通」では断じてありません。そのことをこの大学で学びました。

 だからこそ、「普通」に捕らわれない先駆的な実践が私には出来るのです。「普通」でないことに恐怖心はありませんので、平気で「普通」や「常識」を破ります。いわゆる偏差値教育に飼いならされたエリート諸氏は、記憶をインプットし、アウトプットする能力には長けていますが、独創性には、全く劣っている傾向が見られます。4つある選択肢の内、適切な選択肢を選ぶことは得意です。しかし、私は違います。4つの選択肢全てが適切でないので、答えはありません。もしくは、無ければ、もう1つ5つ目の選択肢を作ってしまえと思います。

 大学は、「自分の考えを確立する場」であると考えています。他者の考えを参考に、自分はどう考えているのか、自分の声に耳を傾ける勉強です。

 それは、高校まで学んできた偽勉強ではなく、真なる勉強です。なぜなら、勉強は全ての人が幸せになるためにするものです。勝ち負けを競い、誰かを蹴落としたり、蹴落とされたりするものでは断じてありません。全ての人が幸せになることは、非常に困難な課題ですが、それを成すために考えるのが勉強であり、学問であると私は考えています。多少の犠牲はやむを得ないのではなく、多少の犠牲も許さない、そんな生き方をするための勉強です。

 そのために大切なこと、それは「普通」や「常識」にとらわれず、自身が、自分の考えや、思いに耳を傾けること。そして、自分の考えや思いを人に伝えることだと私は思っています。 

 「正しいこと」を話すつもりはないと私は言いましたが、「正しいこと」を言わなければならないと思ったとたん、何も話せなくなりませんか?自分の意見を何重ものフィルターを通して、発することで、何の変哲もない「普通」の言葉になってしまいませんか?正しいか、間違っているかを一体誰が決めるのでしょうか?そうやって、皆自分の考えや思いを殺して生きています。それは、社会にとっての損失ではないでしょうか?

 「普通」や「常識」から思いっきりはみ出して、自分の言葉で書きましょう、話しましょう。そして、その言葉に責任を持ちましょう。この実践こそが、真に強靭なる社会人へと皆様を誘います。



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中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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