「通って、泊まれて、家にもきてくれる」「住み慣れた家で24時間365日の安心」「臨機応変な対応、自立支援、医療の安心」特定非営利活動法人 地域の絆

Googleサイト内検索
NPO法人 地域の絆

NPO法人 地域の絆

中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

論理的に破綻している自己責任論

2011/10/24 12:00:00  社会全般
今仙台に来ております。明日から石巻市内に入り、日本社会福祉士会の支援活動に参加させていただきます。

 「自己責任論」について社会で最も脚光を浴びせたのは、小泉純一郎元首相でしょう。アメリカがこれも論理的に破綻した戦争を仕掛けた帰結として、国際社会への貢献度の高い日本人数人がテロ活動に巻き込まれた際、元首相が発せられたのがそれでした。

 当時から思っていたのですが、敢えて強く今以下のように認識しています。「自己責任論」は論理的に成立するのか?

 若者が仕事に就けないこと、耐震力の低いマンションに住んでいること、多重多額債務に陥っていること、福島の第一原発の周辺に住んでいたこと、東日本大震災の被災地に住んでいたこと、ホームレス状態におかれていること、これらは全て個人の責任で解決しなければならない問題なのでしょうか。

 では自己責任論を全うして生きている人は、世の中に存在するのでしょうか。元首相は自己責任論の体現者なのでしょうか。誰が考えても分かるはずです。無人島で一人生活をしていらっしゃる方を除いて、誰ひとりとしてその体現者は存在しません。無人島のお一人暮らしでさえ、実は様々な文明の力を用いていることが多くこれも厳密に言えば自己責任論の体現者とは言えないようです。

 問題は大きく二つあります。一つは、論理的に破綻している言葉がよく用いられていること、二つ目に、それを政府の側がよく口にされることです。国や、民族、地域と言った社会の中で生きている以上、自己責任論は何処にも存在しません。その言葉が多用されていること自体、残念ながら我が国の民度の低さを国際社会に示すことになりやしないかと危惧しております。政府がこの言葉を用いることは、政府自身がその「自己責任」を放棄しているという意味においても、二重の論理的破綻を招いています。

 資本主義社会の力学的必然として、社会から排他・排斥される方々が次々と生み出されます。その方々を、しっかりと公的に支援をしていくことで、社会のある種“公平性”が担保されるのだと私は理解しております。人間には得手不得手がありますし、その能力や特性を生かせることは社会構造や時勢と強い因果関係があります。その意味において、時代に応じてその波に乗れた人は勝ち組になりますが、その波にのまれた人は負け組となるのです。

 運動会の競走等で、皆一緒に同着するといったことをやっている学校が多く存在しましたが、これは平等の発想からは逸脱していると私は考えています。人の能力を測る物差しは、何千・何万通りもあって得手不得手があって良いのだと思っていますし、むしろ、それぞれの能力が発揮できる社会を構築するべきであるとも考えます。

 しかし、経済至上主義社会においては、時勢の中心的な偏った能力が求められており、その能力を有したものが“勝つ”社会であると言えます。逆にその能力を備えていない人間は“敗者”となる様です。その時々の中心的な能力を備えている者が“勝ち”、その能力を備えていない者が“負ける”のです。

 その様な本社会において、“平等性”や“公平性”を担保するために必要な発想が、累進課税であり、社会保障なのでしょう。つまり、“勝った”側は時代の趨勢に乗って利益を得たのだから、その時代の構成員たる“負けた”側に対して、何らかの負担をする必要があるのだと。大手企業の役員等がその人個人の能力だけで、それだけの収入を得ているとは考え難いと私は思います。それを支える社会や、構成員の存在があって初めて高額所得者となっているはずです。であれば、そこに対して還元することは普遍的なことであると私は認識します。

 つまり、政治はその再分配を適切に行う機関であり、“負けた”側に手を差し伸べる機能を担わなければならないはずです。そのことが機能して初めて、この社会は“平等”であると言えるのかも知れません。その機関の筆頭が、自己責任論を唱えることはやはり、おかしいと言わざるを得ません。自己責任と言う言葉自体が論理的に破綻していると私は思いますが、百歩譲ってそれを度外視して考えても、自己責任で“負けた”方々を救済するのが政治であるはずです。それをしない政治は、そもそもその「自己責任」を果たしていないことになります。

 斯くの如き「自己責任論」なる言葉は、今後更に注意を重ねて使わぬようにしようと考えている昨今です。



この記事にコメントする

名前※
メールアドレス
タイトル※
コメント※
添付画像
中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
カテゴリ
<<2011年10月>>
MonTueWebThuFriSatSun
12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31
最新エントリ
最新コメント
ブログリスト
当サイトで使用されている全ての画像および文章を無断で複製・転載・販売することを堅く禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。
Copyright 特定非営利活動法人 地域の絆 All Rights Reserved.

▲