2011年10月26日〜30日まで、宮城県石巻市にある地域包括支援センターの活動支援に伺わせて頂きました。3月11日から8カ月が経とうとする時期。遅すぎる訪問でした。宮城県には認知症介護研究・研修仙台センターがあり、認知症介護指導者として大変お世話になっている方々の多い地域です。その他平素よりお世話になっている方々が暮らしています。一刻も早くお伺いしなければならなかったのですが、若輩の段取り不足から今日に至りました。
この度は、仮設住宅にお住いの方々への戸別訪問とそのコミュニティの調査に携わらせて頂きました。「活動支援」と表現するには烏滸がましいばかりか、却って、現地の職員さんの手を煩わせてしまったのではないかと恐縮しているところです。それでも、現地の職員さんが根気強くお付き合いくださったのは、この教訓を他の地域でも生かしてもらいたいとの思いからではないかと推察しています。自らが被災し、それでも、他の地域を慮る姿勢に敬意を表したいと思います。
他者の思いを察して知ること。人の痛みを想像し、共感しようとする姿勢。今市井にはこの大切な営みが減退しているのではないかと再認識した5日間でした。他人の気持ちは、100%を理解することなど不可能です。しかしながら、私たち人間には想像する力や疑似体験をする力が備わっているわけですから、その力を用いて、他者の気持ちの60%や70%を理解していくことが可能です。これは、その力を用いて知ろうとしなければ、いつまでたっても理解することはできませんし、強い気持ちで知ろうと思ったところで100%には至らない代物でしょう。ここで私が強く感じていることは、現下の社会では、この「知ろうとしない」人々が多くなっているのではないかと言うことです。
いくつか例を挙げて、振り返り考えてみたいと思います。写真にあるように、街中には「がんばろう!」「がんばれ!」なる看板や垂れ幕が到る所に掲げられていました。8ヶ月が経とうとしているにも拘らずその被災状況は想像を絶する状況にありました。惨憺たるありさまとは、まさにこのことを言うのでしょう。そこに来て、「がんばろう!」なるメッセージの発信は、受け手の想像力を欠いたものではなかろうかと感じて掲示物を眺めていました。メッセージと言うのは、受け手の状況やその捉え方にまで想像力を巡らせて発しなければ、受け手には届きますまい。つまり、そのメッセージは不毛となるばかりではなく、時に受け手を傷つけることもあるのでしょう。
同じ被災地においても、災害に対する受け止め方は様々だと認識しました。前を向いて歩こうとされている方、家族を失い未だ「自分だけが生きていて良いものだろうか」と苛まれていらっしゃる方。傍で受け止め支えてくれる他者がいるか否かによって、その状況は大きく変わって来るであろうことは用意に察しがつきます。また、それは、被災時の喪失体験とも密接な関係性があるようにも感じました。築数百年の大切な家が目の前で津波に流されていくことを目視した方。押し寄せる波から命さながら逃げ延びた体験を持つ方。津波は全く目にしておらず、地震のみを体験された方。それぞれの、被災体験によってもその捉え方が随分異なると感じました。しかし、そのような多様な経験と思いを持つ方々がいらっしゃることを私たちはしっかりと共通理解しておく必要があるでしょう。「被災者」は、一言で語れるものではありません。そこには、ひとり一人の異なる体験と思いがあることを知る必要があります。
生活課題を持っている方々にとっては、仮設住宅は住居の体を成してはいません。両股関節人工骨頭置換の高齢者にとってみれば、足が思うように上がらないことで、浴槽の出入りが出来ない状況にありました。浴室に十分な空間が無いことと、浴槽が深いこと、手すりの位置が無造作であることが原因でした。動作が緩慢である高齢者にとってみれば、玄関の出入りに時間がかかり、結果として、風除室が無いことで風雨の吹き曝しを被ることにもなります。仮設住宅内における全ての通路がアスファルト舗装されている訳ではなく、砂利を敷いただけの設えの所もあり、その際地表の形状は凹凸が顕著で歩行不安定な住民にとっては転倒のリスクが高まります。外灯が整備されている箇所と、非整備の箇所があり、日没時間の早い東北では、夕方以降転倒のリスクが高まるであろう箇所も存在しました。ここにも、提供者と、使用者の二つの視点に乖離があることが伺えます。とにかく、増設して増やせばよいと設置した側と、実際にそこで生活をしている側との思いの乖離が認知できます。これも、立場や視点が変われば物の見え方が変わる代表例かも知れません。本件に関しては、当初は各自が30,000円程度の自己負担を行って、風除室の設置と改修を行っていました。現在では、今後の寒さ対策から、風除室を自治体負担にて設置することが決まっています。その際に、すでに改修した箇所も全て撤去し、画一的に再改修するのだそうです。既設を行った住民にとってみれば、自身の生活にあった設え、例えば便利な棚の設置等、が撤去され画一的なものが取り付けられることに不満を持たれている方もいらっしゃいました。提供者と使用者の乖離がここにも垣間見られます。
本日地元のあるブロック紙を手に取りました。紙面の内容は、中国地方のブロック紙である中国新聞とは随分様相を異にしています。やはり、原発や震災関連の記事が色濃く打ち出されていました。ここにも、被災当事者と被災非経験者の立場や視点の乖離が見受けられます。
他者の思いや痛みを察して知る力を、もう少し私たちは培っていかなければなりません。そう言う自身も、当事者に対する聞き取りの際、経験していない被災状況に対する想像力が足りないと反省しました。もっと、想像力が高ければ、もっと共感して話をお伺いすることが出来たのではないかと自問自答を繰り返しました。
その他活動全体を通して感じたことは、復興の遅さにあります。そして、その遅さの原因は、総体的なビジョンを示し切れていない政府、そして、埒の明かない政府の政策決定をいつまでも待っている地方自治体のビジョン提示力の弱さにあると感じましたし、数名の住民もそのように語られていました。
その人の環境におけるストレングスの視点で鑑みれば、やはり、地域性を担保した状況での移住が総体的には正の機能を起こしていたように思われます。地域性の担保されている仮設住宅と、そうでない住宅とでは、地域住民の互助・共助機能に主観的ではありますが有意差が見受けられました。地域性が担保されていない住宅では、隣に若い男性が住んでいるにも拘らず、高齢のため換気扇の蓋がはまらないまま放置されているケースもありました。私がその蓋をセットしながら、「お隣の方に頼んだりは出来ないのですか?」とお伺いすると、「知らない人ばかりなので、そこまでは出来ません」とお答えになられました。人は皆、環境におけるストレングスを有しています。その強みを度外視した処遇・対応を行うことは、その後、そのことに対する何らかの(おそらくはフォーマルなものによる)支援が必要になることを意味します。現地のフォーマルな社会資源には限界が来ています。何度も同じ場所へ繰り返し訪問することなど不可能な状況です。であれば、ひとり一人の環境のストレングスたる地域性・共同性を担保した対応が強く求められることが再確認されました。
この活動を通して、他者の思いや気持ちに思いを馳せること、そのことの重要性を再認識させて頂きました。若輩を受け入れて下さった地域包括支援センターの職員様、調査にご協力いただきました現地の皆様、そして、寝食を共にさせて頂きました全国の社会福祉士会のお仲間、この手配をして下さった事務局の皆様、最後に、私を自由に送り出して下さった特定非営利活動法人 地域の絆 全職員さんに対し深くお礼を申し上げたいと思います。
視点や立場が変われば物の見え方、捉え方が異なることは自明の理です。であればこそ、私たちはそこに異なるもう一つの考えや思いがあることを絶えず認識して生きていく必要があります。特に私たち福祉専門職は、生活課題を抱えていらっしゃる方々の視点で、社会を捉え、その変革へのアプローチを行う職種です。そのことに対する想像力の欠ける人はこの仕事は向いていないと自身は認識します。
如上の地元ブロック紙を読んでいると、以下の文面に目が留まりました。
「とりわけ、障害のある人たちは環境の変化が苦手だ。不自由な暮らしの中でさまざまな困難に遭い、つらい思いをしているに違いない▼再生に向かう地域社会は、障害のある人にも生きやすいものにしなければならない。彼、彼女たちのアート(「障害者アート」)が見せてくれる多様な世界観を尊重できる私たちでありたい」※括弧内は中島が挿入。
如上のお話が理解できる読者であれば、何も説明の必要はないでしょう。当事者の思いに対する想像力、それこそが私たち福祉専門職の生命線です。では、ジャーナリズムの生命線はどこにあるのでしょうか。
お世話になった石巻市渡波地域包括支援センター外観
職員さんの前向きさと、ご熱心さに感服致しました。センター長は、私と同級生で、地域福祉に対する思いのとってもお熱い方でした。イケメンです!
同じセンターを担当させていただいたお仲間
ペアのお仲間 静岡県社会福祉士会の小出拓治さん
息の合うお仲間で、とってもやり易かったです。感謝・感謝。
私は頭がボッサボッサ。ちなみに早朝です。
3つの地域包括支援センターにて2人1組で活動
宿泊施設をお借りして、皆さんで寝食を共にさせていただきました。全国から様々な立場の方が集まり、大変勉強になりました。
これは、朝の食事風景ですね。
深夜にまで及ぶ勉強会
こちらは、夜の勉強会。
机の上にあるのは・・・・、全て教材ですね。
元小学校の校舎で宿泊
今は、社会福祉法人ふれあいの里 ラボラーレ登米という障害者の支援施設になっております。長い期間、大変お世話になりました。深くお礼申し上げます。
牡鹿半島の一集落
初日に被害状況を見て回り、想像力を高めました。
言葉にならない状況
それでも、想像力を駆り立てました。少しでも、ちょっとでも、皆様の思いに近づけるように…。
そのような気持ちで訪問させて頂きました。
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