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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

不登校の何が悪いのか?

2012/07/11 18:37:56  社会福祉
過日開催された 地域福祉センター仁伍主催の 仁伍こい祭り 借り物競争はとっても盛り上がりました。


 昨年10月、大津市の中学2年の男子生徒が飛び降り自殺をした事件について世論が再燃を起こしているようです。

 大津市教育委員会及び学校の厚顔無恥な対応に世論の非難が集中しているようですが、そもそもこの事例は特殊なものとして取り上げるべきものなのでしょうか。つまり、このような市教委や学校組織の機能不全は随分と前から何人もの児童の命を犠牲にしてきたのではないでしょうか。今に始まった特異な事件では断じて有り得ません。

 例えば、西日本新聞の社説の一部をご紹介しましょう。「いじめやそれに伴う責任を容易に認めたがらない学校や教委の隠蔽体質は6年前、福岡県筑前町で中学2年の男子生徒が自殺した問題を思い起こさせる。当時も事実解明は後手に回り、町教委が設けた外部の調査委員会に委ねた。教育界の頑迷ぶりは変わっていないようである。最大の問題は筑前町の事例と同様、学校がいじめをいじめとしてしっかり受け止めていなかった節があることだ」※1。

 また、若輩浅学が、大学時代に書いた論文から引用するだけでも同様の紹介はごまんとあるわけです。
「学校側、生徒には口封じ(中略)清輝君の自殺の翌日、市教委に『突然死』と報告」(毎日新聞1994.12.6)、
「(前略)間宮校長は認識の甘さを認めながら『本人の申し出がない限りいじめとは確定できない』と述べた」(朝日新聞1994.12.9)、
「(前略)『自殺の原因は何か』という質問に対して、同校長は『いじめが主原因だったと思うが、引き金は、自殺当日午後の金銭要求や、前夜や当日の朝にお父さんが厳しくしかりつけたり、諭したことなど』と発言していた。しかし、すぐに『あ、すいません。行き過ぎました。調査中です。』と表現を和らげた」 (東京新聞1994.12.10)。
「(前略)加藤校長は十四日夜、同校内で記者会見し、『原因はいじめではなかったと思う』と語った。(中略)加藤校長は十三日、『今から思えば、いじめだった』と発言した。ところが、この夜は『落書きは一度だけで、単なるいたずら。いすを投げつけたことも、突発的なけんかだった』と前言を撤回した」 (朝日新聞1995.2.15)。

 この度大津市で自殺した男子生徒のご遺族は、生徒が亡くなったことの意味を無駄にはしたくないとの思いから、同級生3人と保護者・市を相手取り、損害賠償を求め大津地裁に提訴されているようですが、今まで亡くなってきた子どもたちの死を無にしてきた帰結としてこの度の自殺があるとも認識すべきでしょう。

 これはある特定の教育委員会や学校で起こった特殊な事件などではなく、普遍的に社会構造の中に存在する社会病理であると共通理解するべきでしょう。

 自殺の形態には多様なそこに至るまでの経緯が存在するのでしょうが、この場合の自殺は、同級生から権利侵害を受け続け、それを学校側に救済を求めたにもかかわらず黙殺されたことによる帰結であったならば、周囲の社会環境によって自殺へと追い込まれたのが事実であると言えそうです。であれば、これは単なる自殺ではなく、「学校」によって殺された殺人であるとも言えます。いや、敢えてこれは殺人であると断定すべきであると認識しています。でなければ、この度の男児の死も荼毘に付してしまうことになるのではないでしょうか。責任の所在を明らかにし、次の進歩に繋げていかなければ、今後ますますこの殺人による被害は増大するに違いありません。

 大津市教委やその学校の体質からは、この度の事件に関する反省の気配は微塵も感じられません。つまり、“失敗”、しかもこの場合は、単なる“失敗”ではなく殺人事件同様の重大な過失によるものであるにも拘らず、反省しない、改善しない組織体質であれば、この機関と学校は永遠に変革を遂げることは無いでしょう。そんな学校に皆さん、大切な子どもを預けたいとお思いでしょうか。少なくとも私はご免蒙りたい。

 当然のことではありますが、私は思います。命を削ってまで、命を賭してまで、通わなければならない学校はこの世に存在しない。命を懸けてまで働かなければならない職場もおんなじだ。

 如上で申し上げた通り、これは特定の地域に固有の問題ではなく、普遍的な問題として、市教委や学校に存在すると捉えるべきです。また、その問題は旧態依然として変革の余地がないように見受けられます。もちろん一部の例外の存在があることは、どの分野でも同じこととして言えるのですが…。

 今如上の生徒と同様の境遇に立たされている子どもたちは全国に数多いることでしょう。そして、そこで共に悩む両親も。その方々に本ブログを通して私は声高に言いたい。「もう、そんな学校に行かなくても良いですよ!」と。そして最後にもう一言、皆様が思っていらっしゃるほど今の学校は決して素晴らしい所ではないのですから。


※1 「社説」 西日本新聞 2012年7月11日



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中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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