すぐに辞めない職員を採用するコツ
~人材育成の要諦は採用にある~
採用の目的
人材マネジメントの中心には「育成」があります。特に私たちの業界では、そのことを強く意図した実践が求められているのです。そのことを再認識していただきながら本号では、「採用」についての考え方と、その方法について触れてみたいと思います。初回でお伝えしたように、人材マネジメントには6つの項目(求人・採用・配置・育成・評価・処遇)があります。連載とは言え、紙幅に制限ある中、敢えて1項目に過ぎない「採用」について紙面を1号分割くにはそれなりの理由があります。それは、人材マネジメントにおいて最も重要な「育成」の要諦は「採用」にあると考えるからです。
私たちの業界は、恒常的な人材不足であると言われています。そこには大きく2つの理由があると思われます。①単純に人手が足りない、②有能な人材がいない。①と②はもちろん相互作用の関係にあることは容易に理解できるでしょう。求人をかけた際、多くの人が応募して下さらなければ、①人手が足りませんし、分母が少ないと“選考する”余裕がありませんから、結果②有能な人材の“獲得”は出来ません。しかしながら、私たちは人材育成を考えた際、採用時には②に焦点化した活動が求められているのだと認識しています。つまり、人手が足りないから兎に角人手の確保を…、などと考えずに、有能な人材の確保を第一義に選択する必要があると思うのです。ここで言う「有能」は何を示すのかと言えば、法人が求める人物像のことを指すのでしょう。法人がその理念を遂行するために必要な人物像と整合性の高い人材を基本的には「有能」な人材と認識すべきでしょう。
採用時に最も大切にしなければならないのは、第一に人手の確保ではなく、法人が求める人物像に合致した人材の確保なのです。なぜこのようなことを冒頭より、執拗にお話するのかと言いますと、この採用という人材マネジメントの“入口”の部分で、しっかりと“篩にかけて”おかなければ、後の「育成」で大変な労力を費やしても成果が出ないという状況が発生してしまうからです。単純に言えば、打っても響かない人間をザルのように採用しておいて、後の育成で「人が育たない」と嘆いていてもそれは本末転倒ではないかと考えるのです。もちろん、人手の確保は重要です。私たちには法定人員がありますので、その確保へは尽力が必要です。しかし、法定人員を切らない範囲であれば、どれだけ忙しくともじっと堪えて我慢して必要な人材が来るまで待つことも重要ではないかと言いたいわけです。
表題にも挙げております通り、「すぐに辞めない職員を採用する」には、「すぐに辞める職員を採用しない」方法しかありますまい。それは、法人が求める人物像を明らかにし、それに合致した職員を一定の労力と時間を投入して、採用することでしか解消できないのではないでしょうか。つまり、採用の目的は、法人が求める人物像と整合性の高い人材を採用することにあります。そのための具体的方法を以下に叙述してみます。
採用のポイント(基本的な考え方)
地域の絆では採用面接時には所定の評定表を用いて、18項目からなる調査項目をもとに質問を行っていますが、中でも重点項目として下記の4項目を位置付けています。
➊第一に、経営理念に対して高い共感を有している。
➋他者に対する配慮や、気配りが出来る等思いやりの精神を持っていること。
➌専門職及び社会人として、職務に対して前向きで、意欲の高い精神を持っていること。
➍上記の価値はもちろん、それを実施する能力として、実践力を持っていること。
➊が最も重要で、同じ方向に走るバスに一緒に乗れる人を採用することにしています。組織の中で色んな価値観のある人がいても良いとは思っていますが、大局では同じ価値を共有できる人以外は排しても良いと考えています。端的に言えば、利用者本位ではない提供者本位の価値や考えが端々に出ている人はまず採用しません。多様な考えや価値観が職場内にあっても良いと考えますが、大局は同じ方向を向いている必要があります。つまり、例えば45度から1度の誤差も無いその角度を向きなさいという話ではなく、少なくとも前180度の範囲は同じ方向を向いて欲しいと言うことであって、逆に後へ180度から360度向いている人は「合わない」(採用しない)と言った考えです。右斜め前でも、左斜め前であっても同じ前を向いてさえいれば、喧々諤々と議論を重ねながらも必ずや前に進むことが出来るでしょう。しかしながら、一人でも後ろを向いている人がいれば、前後ろと対角線上に引っ張り合う形となり、互いに一生懸命頑張っても前にも後ろにも進まない現状が生じてきます。これは、目的を持った組織の在り方からは逸脱した様相でしょう。そうならぬ為にも同じ“前”を向いている方を採用するように心がけているのです。“前”の指標は当然、法人理念となるわけです。
➋では、察する力があるかどうかを測ります。私たちのクライエントは、自分のやりたい事や困っている事を口に出して訴えてくる事例は非常に少ないですね。関係性や、判断能力、コミュニケーション力に課題があるためそのように帰結するのですが、であればこそ、私たちにはその思いや考えに、気づいて、察することが求められるのです。認知症のBPSDも端的に表現すれば、ご本人の思いと環境との齟齬から生じているわけですから、クライエントの思いを察して知った後、周囲の環境を整えて差し上げることが大変重要です。そのような力があるのかどうか、またその可能性があるのかを探ります。
➌当法人では、意欲の高い人材を登用することにしています。例えば、その人材が管理職としての業務をこなすことが出来るか否かは、実はやってみないと分からないところがあります。その際にも大事にしているのは、意欲が高いか否かを見ることです。意欲が高いと成功率は向上すると経験則から認識しているからです。少なくとも、意欲が低いと成功率が低下することは間違いありません。
またこれは、プロ意識とも連動している事でして、地域の絆ではプロ意識を持っている方しか採用しないことにしています。プロの定義は、「目標をもってその実現のために弛まぬ努力を日々重ねている人」としています。つまり、今出来ているかどうかを問うているのではありません。今出来ていないが、いつ何時までに、目標を達成したい、だから今あることを一生懸命に学んでいるといったその姿勢をもって判断を行っています。逆に言えば、ある程度の高い専門性を有していても、その日々の研鑽を怠っている人はプロではないと認識します。そのような姿勢を持っている、もしくは、持とうとしているか否かを見させて頂きます。
➍は考え方としては、単純なことですね。口だけ良いことを言って、実際に行動しない人はいらないと言った考えに依拠した項目です。
採用の方法
如上までは、考え方についてのお話をしてきましたが、これからはそれをどのような方法に基づいて行っていくのかについてお話します。
地域の絆における採用の流れは、「採用フローチャート」に示す通りですが、求人を受付後、まず代表理事及び現場責任者の立ち会いによる面接及び筆記試験を行います。面接試験は上記評定表に基づいて、法人理念及び概要、業務内容についての説明と、評価項目の内容を把握するための質問を行います。
筆記試験では、一般常識(漢字・諺・敬語・礼儀作法)と事例問題(BPSDに対する対応問題)、心理テスト(持続性を測る問題)を用意しています。またその際、法人理念を読んでいただき後に感想をお伺いするようにしています。
面接試験を合計60分、筆記試験を30分と設定しています。これは、常勤・非常勤等の雇用形態に拘わらず同様の方法で採用活動を行っています。私たちの専門性は、結果ではなくプロセスを問われる仕事です。そこで重要になってくるのは、専門職として適確なプロセスが成されているか否かにあります。その証拠を残す作業として、またこれからの実践(プロセス)に向けて、記録が不可欠となっています。昨今では、外部の方々とも、メールや手紙等の文書によるやり取りが増えています。また、社会人としての基本的なマナーやコミュニケーション力が無ければ、専門性を学ぶ以前に課題があることが事前に分かります。そのようなことを測る材料として、一般常識に関する筆記試験を行っています。事例問題では、決して答えの無い問題を考えて頂き、受験者の感性を見させていただくようにしています。先ほどの➋で挙げていた察する力、気づける力があるかどうかをみる指標にさせて頂くのです。同じく筆記試験の中で、法人理念を読んでいただき、感想を述べて頂くのは、➊の理念を共有できる人か否かを測るためです。当法人では、理念を画餅にしていないので、共感・共有する自信が無いのであれば“辞退”して頂くことをお勧めしています。理念を第一義に法人運営をする以上、共有・共鳴出来ない人を採用しても、それは法人にとっても、また、採用された本人にとっても不幸であるとしか言いようがありませんので。
そして、その中で採用の可能性のある方に今度は、3日間の体験ボランティアにお越しいただいております。ボランティアの目的は大きく4つあります。①未経験者に福祉・介護の仕事について理解して頂く、②経験者に対して、当法人の業務特性について理解して頂く、③受験者の体験後の意向を大切にする、④当法人の選考データーにする。
①では、経験が無くこの職務にイメージが持てない方に対して、そのイメージを持っていただき判断して頂くことを勧めています。②についても同様で、経験があっても法人や事業形態によって業務内容は随分と異なります。その違いを理解した上で最終判断をお願いしています。③では、体験を通して、雰囲気や風土が肌に合わないと感じられた方や、向いていないと考えられた方には、容易にご辞退が出来る様受験者のご意向を大切にしています。最後の④については、➍を測る材料にもしているところです。
如上の長いプロセスを経て、採否の通知は出されることになります。それでもなお、採否の通知を即日出すことはありません。短くても2・3日、最長で1週間後に通知を出すことにしています。そこにも下記の4つの理由があります。①受験者が、再検討・再認識する期間を設ける、②法人が、適性の可否を判断する期間を設ける、③上記期間を通して、採用された受験者は、“選ばれた者”としての認識を強め、新任時より高いモチベーションが期待できる。また、法人理念と整合性の無い受験者の採用辞退を促進できる、④結果として、精度の高い採用結果が見込める。
人材不足が顕著である私たちの業界では、面接時に即日・即時採用をするケースがあるとよく伺います。その場で即答して頂ければ、受験者もその時は嬉しいに違いありません。しかし、職務に就いた後、自身のモチベーションが下がった際などにひょっとすると心をよぎるやも知れません。「あの時人手が足りなくて、誰でもよかった中で私は採用されたのではないか?」と。また、自明のことですが、人はモノではありません。私は人を一人採用することは、法人として大変な責任を負うことになると強く認識しております。であるからこそ、採用を大切にしているともいえます。採用試験では、こちらのビジョンや思いを懸命に説明し、受験者のお話を傾聴します。そして、如上の多様なやり取りの中で、双方の意向を尊重した上で、慎重に結論を出すのです。それこそが、これから重要なパートナーになり得る受験者へのせめてもの誠意であると認識しています。
以上地域の絆における採用の在り方について、基本的な考え方とその方法についてご説明させて頂きました。連載タイトルにもあるようにこれは「中島流」であり、一つのやり方に過ぎません。環境因子は法人によって様々ですから、部分的に使えるものがあれば使うと言った姿勢で捉えて頂けましたら幸甚に存じます。ただ一つ執拗に強調するべきことは、人材マネジメント上採用は重要なプロセスであるということです。職員が90名程度の法人規模だから可能なのかもしれませんが、どれだけ多用であっても採用面接には必ず代表理事が立ち会うのが当法人の採用スタイルです。私自身の実践の中でも、職員採用は組織運営の重要なファクターであると認識しております。人と人とが初めて出逢う時、その時間は何事においても掛け替えのない場面であると言えるのかも知れません。
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