昨日今日の2日間、日本社会福祉士会の全国大会が岡山市内で開催されました。この2日間で様々な論議が俎上に載せられていましたが、その中に、生活保護制度に対するバッシングに社会福祉士としてどのように向き合うべきかが取り上げられました。つまり、このまま静観していて良いのか、何らかの行動を起こすべきではないのか、といったお話です。
実は以前から、大なり小なり、このような世論は存在しましたし、日常的に私たちの身近な議論としても存在し続けていました。若輩浅学ながら、私見をここでご披瀝しておきたいと思います。
タイトルの括弧書きの「贅沢保護」とは、野党第一党の女性議員が述べた言葉をそのまま引用しているわけですが、これは論じるまでもなく事実誤認であり、理論的にも破綻している発言であると認識しております。つまり、根本的には、相手にする必要のない発言なのではないでしょうか。
生活保護基準以下の生活状況にある方の内、生活保護を実際に受給されている方の割合として捕捉率という言葉があります。日本のその捕捉率は、20%以下であると言われています。即ち、日本の場合は、生活保護のセーフティーネットから漏れ落ちている人が現受給者の4倍もいらっしゃると推察できます。因みに、ドイツやイギリスの捕捉率は80%を上回っているとの報告があります。憲法上国が認める最低限度の生活が保障されていない多くの国民がいることを私たちはまず認識しておく必要があるでしょう。
そして、その上で、この最低水準の生活が「贅沢」だとおっしゃるのであれば、まずそのご発言をされている方の生活は驕奢・放蕩以外の何物でもないということになります。また彼女以外の同様のお考えをお持ちの方にも、是非とも提唱しておきたいことがあります。それほどまでに「贅沢」であるとおっしゃるのであれば、自らが受給者として生活してみられてはどうでしょうか。多くはそのような気もないくせに、「贅沢」だとおっしゃっているのではありませんか。自らがその立場にある場合の、その想像力の欠如した非常に無責任は発言と言わざるを得ない所以です。
マズローのヒューマンニーズの階層を鑑みても分かるように、所属や自尊、自己実現の欲求が人間には必要です。それが無い生活は、決して豊かな生活であるとは言えません。生活保護を受給している以上、これらの欲求を満たすことは然程容易なことではありません。残念ながら我が国の生活保護制度は、依然としてスティグマが払拭されないまま斯くの如き状況にある訳です。
その十分なセーフティーネットとして全ての方を掬いきれていない状況と、受給者に対するスティグマが依然として根強く存在する現状を鑑みれば、「贅沢保護」なる発言は、国民に対する冒涜以外の何物でもないことは安易に理解されるべきことです。また憲法は、権力の側が国民にその義務を果たすべきことが謳われているわけですから、この生存権は国民のと言うよりは、政府や権力の側が守るべき義務であるはずです。政治家の見識としても疑わざるを得ません。
しかしながら、「嘘も100回言えば本当になる」という言葉があるように、たとえそれが取るに足らない妄言であっても、それに対しては何らかの反論を加えるべきかと認識しております。だだし、そこに明らかな論理的思考レベルに格差のある場合は、あまり対等な議論を交わす必要は無いでしょう。同じ土俵に乗ることの陥穽があることも付言しておきます。
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