「今ほど息苦しく、世知辛い社会情勢は未だ嘗てない。だからこそ、人々に『笑い』が必要なんだ!」。出張先の東京で一人昼食をとっていると、他のテーブルから繰り返し聞こえてきました。話を聞いていると、どうもテレビ会社の番組制作にかかるお話の様です。世相を捉えることがその仕事であるテレビ会社でお勤めの方のご発言。やっぱりそうなのか、と改めて感慨深く思い始めました。
生まれた病院は広島ですが、間違いなく私は大阪で育ちました。生後間もない時期から、27歳まで大阪で暮らし育ちましたので、大阪文化の影響を多分に受けて現在の生き方が構築されていると言えます。15年ほど前に比べると大阪の様相も随分と変わりました。キタもミナミも更に高層ビル化が進み、今も尚発展途上の「進化」を遂げているように見受けられます。しかし、それでも、東京の目覚ましい「進化」には追いつくどころか、ますます突き放されているようにも見受けられます。なぜなら、15年ほど前は大阪の人間が東京に行っても今ほどの格差を感じなかったからです。それほど、東京は一極集中して巨大化を果たしていると言えそうです。
我が故郷広島県福山市はどうでしょうか。市町村合併を繰り返し肥大化してきた人口47万の中核市は今や停滞の一途を辿っています。今後大きな「進化」などまず望めますまい。当法人が事業所を開設させて頂いている島嶼部広島県江田島市はどうでしょうか。人口2万7千のこの基礎自治体では、負債が膨らみ、労働者人口の流出が顕著な状況で、「進化」の真逆の「退化」の一途を辿っているように見受けられます。
まちづくりにおいても、基礎自治体の自己責任論を宛がおうとしているのかも知れませんが、如上の自治体格差は、必ずしもそれぞれの基礎自治体の責任ではないように思われます。つまり、大都市に有利な社会政策が根本的な要因としてあるわけです。財力の乏しい基礎自治体に十分に手厚い配分を行わず、その結果として、地域格差が広がっているように思われます。
もちろんこれは、個人における格差にも全く同じことが言えるわけです。大企業の内部留保金は年々増大し、高額所得者も同様に増加を続けている一方、年収250万円以下の人々が増え続ける社会。個人においても、そして自治体間においても格差が急速に広がっています。
もちろん、「進化」と鍵カッコを付けている意味はお分かりでしょう。それが人類にとって、人々の生活にとって真なる進化となっているのかは甚だ疑問であるという意を含んでのことです。「退化」の意味も同様に。狭い地上に敷地いっぱいに高層ビルが立ち並び、地下にも同様に街が広がるこの空間を、豊かな空間として見ることが出来ないのは私だけでしょうか。私には、江田島市の空と海とそして、人々の関わりの方がより豊かに思えてなりません。
地域や組織、そして個人間で、いま急速に格差が広がっているのです。その帰結として、冒頭のテレビ局の方のご発言が生れているのだと私は考えます。帰りの新幹線の車中、如上の事を考え今これを打っています。車窓からは、我が故郷広島のまちが見えてきました。
コメント
コメントはありません