国の利益としての国益があるように、県の利益としての県益があるとすればそれを損ないかねない事件が起こっています。昨日付の朝日新聞※1によれば、「広島市で開催中の第26回全国菓子大博覧会・広島(ひろしま菓子博2013)で、主催者の実行委員会が電動車いすでの入場を拒否していたことがわかった。出展者が抗議したため、実行委は20日、平日のすいている時に限って電動車いすの入場を認めることにした」
とあります。また、「実行委は大会のウェブサイトで『会場内への電動車いすでの入場はできません』と明示。19日の開幕以降、電動車いすで来た2人の入場を断った」とのことです。そして、その理由として「実行委側は『急発進すると危険で、万一、災害時にバッテリー切れなどが起きると困る』と説明している」のだとか。
なるほど。本来であれば、電動車いすの方は全日利用が出来ないと言っていたのだが、土日の混雑する日にち以外であれば、入場をご許可いただけるのですね。驚愕の対応です。本博覧会の名称は、「ひろしま菓子博2013」となっていますが、直ちに「ひろしま」という文言を取り下げて頂きたい。こんなことに加担すれば明らかに県益を損ねることになるからです。しかし、「ひろしま」を取り下げるだけでは、根本的な問題解決にはなり得ませんので、この場をお借りして論駁しておきます。
気になって本大会ウェブサイトを見ています。大会の目的として、「『人の心を穏やかにする』、『人生を豊かに彩る』、『心と体を健康に保つ』という『人々を幸せにするお菓子のちから』を歴史、交流、生活・文化などの観点からPRするとともに、 広島開催にふさわしい『国際性』や『平和』の視点に立ったメッセージを発信する」と明記されています。「広島開催にふさわしい」「『国際性』や『平和』」の視点に依拠した大会。この事件を通して、改めて「国際性」や「平和」について考えて頂きたいという皮肉った問題提起なのかと思わされるほど、目的と乖離した対応ではありませんか。「国際性」とは、多様な国や民族、文化を尊重しながら対等な立場で連携を図る性質であると理解しております。また、「平和」とは、あらゆる人々の人権が尊重されることを究極的に意味するものであると認識しておりますが、若輩浅学の考えが大きく誤っているのでしょうか。つまり、大会の公式目的とは明らかに乖離した対応を取られていると言えます。この点をどのようにお考えなのでしょうか。
言うまでもなく、世界的潮流の中で、多少の犠牲はやむを得ない(「犠牲」の側の立場からすればこれは被害以外の何物でもないのだが)というスタンスをとっていた時代もありました。しかし、現在の潮流は、多少の犠牲も許さないという流れになってきています。恐らく、一部の犠牲を強いる社会は、全ての人々にとって真に閉塞した暮らしにくい社会であることが漸く理解されてきた結果ではないでしょうか。その意において、我が国はその潮流に完全に乗り遅れていると言えます。「ほぼ4年に1度、全国各地で開催されている日本最大のお菓子の祭典」としての大博覧会でこのようなことが平然と行われているのですから。
電動車いすの方は平日にしか入場が出来ない大博覧会。こんなことが海外で知られれば、国際的失笑を買うことになります。そうなればこれは県益どころの話ではありますまい。正に、「国際性」ではなく反国際性の営みそのものではありませんか。また、一部の人々を公然と排他・排斥しておいて、悪びれる様子もない姿勢からは、反人権すなわち反平和の祭典であるとも受け止められかねません。
因みに、電動車いすに日常的に乗っていらっしゃる方々を私もよく存じ上げている立場ですが、『急発進すると危険で、万一、災害時にバッテリー切れなどが起きると困る』との理由は的を射ていませんね。日常的に本人の正に「体の一部」として機能しているものをどれほど高い確率で誤操作することがあるのでしょうか。「急発進する」電動車いすを私は今まで見たことがありませんが、その発生率は、例えば子どもが急に走り出す「急発進」と比べてどちらが頻度が高く、どちらがリスクが高いのでしょうか。電動車いす利用者は、先ほど申し上げている通り、正にその車いすが「体の一部」そのものとなっているわけです。よって、それが機能しなければ大変お困りになられることは我々以上に、そんなことは言われるまでもなく認識をされているはずです。「バッテリー切れ」を起こさないように細心の注意は日常的に払われていますし、そんな状況に遭遇されている方もお見受けしたことがありません。要するに、利用拒否という答えが用意された状況下で、理由は後付けの関係にあるわけですね。
本大会の目的のその他の行を最後に引用しておきます。「広島県内だけでなく全国、海外から多くの人に来場してもらい、経済波及効果をより一層高め、地域経済の発展に寄与する」。
正に、経済至上主義と、平和と人権そして真なる国際性は反目する関係にあることが垣間見られる事件でもあったのです。
※1 『朝日新聞』2013年4月20日
コメント
コメントはありません