遂に今月より生活保護費の大幅な減額が始まりました。社会保障費(約75兆280億円)の内生活保護費の占める割合は約3兆5千億円の3.47%であり、また世間で取り沙汰されている不正受給の被害金額は173億円だそうです。しかしこれは、生活保護費全体の0.5%に過ぎないと言われています※1。またその不正の内訳の7割以上が収入の申告漏れであり、思い違いや誤解による過大受給も多分に含まれていて、その多くが悪質であるとの捉え方は間違っています。
ここで、敢えて「過ぎない」と表現するには大きな理由があります。斯様な不正受給に対する批判的な流れから生活保護費の削減が目論まれてきた訳ですが、全体から見れば“僅かな”不正を非難することによって、生活保護制度の根幹を揺るがす本末転倒性に警鐘を鳴らすべきと考えるからです。同時期に生活保護費を下回る最低労働賃金の問題が取り沙汰されていますが、この生活保護費はまさに最低労働賃金とも連動しており、全ての国民の生活を守る最後の砦と言われるに相応しい理念で成り立っています。不正行為は許されざるものです。しかし、不正は生活保護受給者に特異なものでは断じてなく、政治家や官僚、企業のトップも不正を行うことがあります。また、不正の発生はその機会との相互性が言われている訳であって、つまり、不正がしやすい機会を減退させていくことも同時に求められています。生活保護課のケースワーカー1人当たりの担当数は約93世帯(2012年度平均・標準は65〜80世帯と想定)と言われています。そこで生活保護受給者に対する十分な支援や不正の防止策が図られているとは考えにくい。そのような施策の在り方にも、不正を誘発する要因があると言えるのではないでしょうか。
不正が許されないことは子どもでも理屈として分かっています。しかし、私たち大人がすべきことは、その不正の背景や本質を理解することであり、ある人の起こした不正を不必要に追及することによって、その不寛容性の中で喪失するものがあることに想像を膨らませることにあります。なぜなら、不正を起こした誰かの不幸は、私たちの不幸ときっと何処かで繋がっているからです。
私が危惧するのは、誰かを排除する社会であり、不必要なバッシングを浴びせる社会が深化することにあります。誰かに向かって飛ばしたバッシングは、いつか必ず自らに向かって飛んでくることでしょう。不寛容な社会は、却って、私たち自らの首を絞める作用を引き起こすことを忘れるべきではありません。この度の生活保護費の減額は、まさにその代表的な教科書として注視すべきものと言えます。
※1 『朝日新聞』2013年6月21日。
※2 『朝日新聞』2013年3月11日。
「不正の内訳は、就労で得た収入の無申告が最も多く45%。年金の無申告が25%と続く。このほか、親族から得た仕送りを申告していなかったり、交通事故の示談金を申告していなかったりした事例があった。不正が見つかったきっかけで多かったのは、自治体による照会や調査で90%だった」。
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