本日県下の社会福祉士の皆様の前でお話する機会を頂戴しました。そこで私は、「社会福祉士の倫理綱領」(以下、倫理綱領)の重要性をお伝えさせて頂きました。本倫理綱領こそが、社会福祉士がソーシャルワーカーたる生命線となり得るからでした。
因みに、全米ソーシャルワーカー協会(NASW)の1981年定義を基に、私はソーシャルワークを以下の様に定義しています。「�\験莢歛蠅鯤�えている人々(クライエント)に直接支援を行うこと、�▲�ライエントが生活しやすい社会システム(家族・地域・社会の構造)を構築するよう働きかけること、��クライエントのニーズを中心に、クライエントと社会システムとの関係を調整すること、�だ�府・行政に対して、クライエントのニーズを代弁したソーシャルアクションを行うこと。如上の4つの仕事を通して、クライエントが生活しやすい社会を構築し、延いては、全ての人々が暮らしやすい社会を創出する専門性の総体である」。
如上の定義は、一般的なソーシャルワークの定義を鑑みた際、決して特異な内容ではなく、実践家や研究職の皆様においても比較的普遍性の高い内容になっていると認識致しております。であればこそ、国家資格たる社会福祉士のその法における定義に疑問を抱かざるを得ません。法において社会福祉士は以下の様に定義されています。「『社会福祉士』とは、(中略)社会福祉士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもつて、身体上若しくは精神上の障害があること又は環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導、福祉サービスを提供する者又は医師その他の保健医療サービスを提供する者その他の関係者との連絡及び調整その他の援助を行うことを業とする者をいう」※1。また、同法「第四章社会福祉士及び介護福祉士の義務等」においては、「社会福祉士及び介護福祉士は、その担当する者が個人の尊厳を保持し、自立した日常生活を営むことができるよう、常にその者の立場に立って、誠実にその業務を行わなければならない」※2ことや、「社会福祉士は、その業務を行うに当たっては、その担当する者に、福祉サービス及びこれに関連する保健医療サービスその他のサービス(次項において「福祉サービス等」という。)が総合的かつ適切に提供されるよう、地域に即した創意と工夫を行いつつ、福祉サービス関係者等との連携を保たなければならない」※3と義務付けられています。
皆さんもお分かりの通り、本定義におけるこれは、ソーシャルワークと大きく乖離したものであると認識することが出来るのです。クライエントに対する「相談」「助言」「指導」及び関係機関との「連絡及び調整」もしくは「連携」が描かれているだけではないでしょうか。社会システムや社会政策等への働きかけを度外視した、ソーシャルワークの定義を矮小化したものであるとも言えます。つまり、上記定義による�△鉢い�全く描かれていないのです。
社会福祉士のmissionとも言われ、また冒頭の倫理綱領にも色濃く描かれている権利擁護には、次の3つの視点が欠かせないと自身は日々考えています。�仝⇒�侵害から守る(予防する)ことを支援する、�⊆�己決定を支援する、��そのための社会環境を整えるために社会変革を行う。例えば、不適切なケアや虐待・拘束等の権利侵害から守り、「主体者としての位置づけ」を守るために自己決定を最大限尊重することを支援することが、�,鉢△任△蝓△海�2つが権利擁護の起点となる考え方であると認識しています。しかしながら、これらを遂行するためには当然に、周囲の社会環境を整える必要が強くある訳です。自助機能のみでは、自らの生活課題を克服できない状況下にあるクライエントの�,鉢△鮖抉腓垢襪燭瓩砲蓮△修譴鮗存修垢襪燭瓩亮匆餞超�の整備が欠かせない。つまり、社会変革やソーシャルアクションの視点がその実践の要諦として認識されます。昨今ケアワークの世界においても、パーソンセンタードケアが久しく謳われています。そこでは、�,鉢△砲弔い洞�く言われているのですが、��の実践については書かれていません。��の実践なくして、�´△亮汰�は成し得ないにも拘らず…。私は、ここにケアワークの限界を感じています。
そう考えて行けば、ソーシャルワークの生命線はソーシャルアクションとその結果としての社会変革であることが理解されます。逆に、そこが希薄化すれば、ソーシャルワークの実践は画餅に帰すことになるでしょう。また、「身体的・健康的自立」に多大な影響力を有する医療専門職と対等な連携を促進するにおいても、それこそが、ソーシャルワーカーの強みとなることが確認できます。若輩の定義する�△鉢い領琉茲蓮∨寨茲楼緡顛Δ亮汰�領域では無いからです。それだけ、�△鉢い亮汰�が、ソーシャルワーカーの要諦となることを改めて確認しておく必要があるのです。
さて、斯様に考えると「社会福祉士及び介護福祉士法」に定められる社会福祉士とは、ソーシャルワーカーでは無いことが理解されます。ソーシャルワーカーの国家資格としての社会福祉士という流れを促進するためには、本法を改正するしかないと理解しております。ソーシャルアクションや社会変革を明文化することを切望いたしますが、それが叶わないにしても、段階的な議論として、「社会資源の把握・発掘・創出・開発」等の文言を明記することを求めたいと思っております。真なるソーシャルワーク実践の出来る社会福祉士を育成するためにも、これは最低限不可欠な取り組みになると考えている所です。
如上に叙述した様に、法においては斯くの如き不備があるものの、実は倫理綱領では、社会変革や社会正義の視点が明確に描かれています。本倫理綱領は、国際ソーシャルワーカー連盟が定義する有名な「ソーシャルワークの定義」をその中心に据えたものとなっています。「ソーシャルワーク専門職は、人間の福利(ウェルビーイング)の増進を目指して、社会の変革を進め、人間関係における問題解決を図り、人々のエンパワーメントと解放を促していく。ソーシャルワークは人間の行動と社会システムに関する理論を利用して、人びとがその環境と相互に影響し合う接点に介入する。人権と社会正義の原理は、ソーシャルワークの拠り所とする基盤である」。その意味において、日本社会福祉士会の正会員及び正会員に所属する個人の会員は、本倫理綱領を承認しなければ入会が出来ませんので、社会福祉士会に所属する社会福祉士は当然として、倫理綱領を承認している社会福祉士はソーシャルワーカーであると言えるでしょう。現時点では、この倫理綱領を承認している事こそが、社会福祉士がソーシャルワーカーたる所以であると言えるのです。であればこそ、本倫理綱領は斯様に重要であるとお伝えした次第です。
ここでの最大の問題は、なぜこのようなことが広く議論されていないのかにあるのでしょう。若輩なりに分析をしておりますが、例えばスウェーデンでは、ミクロ・メゾ・マクロ領域の実践に一貫性が見られるようですが、日本の場合は3つの領域がそれぞれの思惑で動いており、その考えに一貫性が見られぬ部分があるのではないでしょうか。また、特に、個別支援におけるミクロ領域での実践家が、マクロ領域を想定した実践を行っていない場合が多く、結果として、それがクライエントの権利擁護に繋がっていない事象も散見されます。やはり、個別支援を実践しているソーシャルワーカーには�△鉢い鮠錣貌�の中に抱きながら、その取り組みを促進して頂きたいものです。敢えて、執拗に付言しておきますが、社会福祉士がソーシャルワーカーであるためには、この倫理綱領が要諦であり、その理解と実践こそが生命線であると言うことです。
最後に、社会正義とは何か?と言う問題が残っています。ここを曖昧模糊とさせながら実践するのも忌避されるべきでしょう。なぜなら、またもや正義の名の下に、アメリカのシリアに対する武力行使が成されるかも知れないことに想像力を及ぼす必要があるからです。正義とは何か?この問題を十二分に議論せずして、ソーシャルワーカーに社会正義の実践は成し得ないでしょう。
「おろしたての戦車でブッ飛ばしてみたい
おろしたての戦車でブッ放してみたい
何かの理由がなければ 正義の意味にゃなれない
誰かの敵討ちをして カッコ良くやりたいから
君 ちょっと行ってくれないか
すてごまになってくれないか
いざこざにまきこまれて
泣いてくれないか」※4
ソーシャルワークの社会正義にとって何がその「何かの理由」になり得るのか。醒めた頭による熟慮の機会が今求められています。
※1 社会福祉士及び介護福祉士法 (定義)第二条第一項
※2 社会福祉士及び介護福祉士法(誠実義務) 第四十四条の二
※3 社会福祉士及び介護福祉士法(連携) 第四十七条第一項
※4 THE BLUE HEARTS「すてごま」作詞・作曲:甲本ヒロト
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