広島県福祉・介護人材確保等総合支援協議会(事務局は広島県社会福祉協議会 広島県社会福祉人材育成センター)が今年3月にまとめた「福祉・介護人材に関する実態調査」の報告。調査の目的では、「福祉・介護職場における人材確保・育成・定着の現状と課題や,福祉・介護従事者の就労状況等の実態を把握するため」※1とあります。構成員の一人として関わりがありますので、調査結果については当然に通覧させて頂いております。その中で、昨今のブログでも取り上げていることと関連するであろう箇所に目が留まりました。それは、事業所従事者に対する「利用者の方等について,悩み,不安,不満等」に関する質問項目におけるその結果でした。本項目は、介護施設従事者と障がい者施設従事者の双方を対象に訊いたものです。少し覗き込んで見たいと思います。
まず、介護施設従事者の結果としては、「利用者に適切なケアができているか不安がある」の回答が最も多く48.1%でした。そして、次に多かったのが「介護事故(転倒・誤嚥その他)で利用者に怪我をおわせてしまう不安がある」(34.7%)で、その次が「利用者と家族の希望が一致しない」(21.4%)でした。障がい者施設従事者の結果では、「利用者に適切なケアができているか不安がある」の回答がやはり最も多く49.2%。次いで、「利用者は何をやってもらっても当然と思っている」(21.3%)、その次に「介護事故(転倒・誤嚥その他)で利用者に怪我をおわせてしまう不安がある」(21.1%)となっています。
やっぱりそうかと心当たりがありながらも、若干驚愕したのが、「介護事故(転倒・誤嚥その他)で利用者に怪我をおわせてしまう不安がある」と「利用者は何をやってもらっても当然と思っている」、「利用者と家族の希望が一致しない」と言う感想を抱いている従事者の多さでした。特に介護事故に対する不安の数値は、クライエントの直接ケア・支援に関わる時間と頻度のより多いであろう介護職員に高い値を示していました(介護施設従事者が43.2%《全職種34.7%》障がい者施設従事者が34.1%《全職種21.1%》)。調査の趣旨から鑑みれば、これらの結果は、介護職の離職・定着に一定の影響を与えていると捉えることが出来るでしょう。
社会福祉基礎構造改革以後、福祉・介護の分野にも市場原理が色濃く導入されてきました。クライエントは、「お客様」と呼ばれ、顧客化・消費者化が促進されて今があります。市場原理の下、顧客は獲得の対象であり、囲い込みの対象と化して行きました。そこで、地域における連携・連帯の意識も希薄化してきたのでしょう。顧客・消費者化したクライエントと、そのサービス提供事業者は、産業界同様に消費者対企業の対立構造に陥りつつ見受けられます。
スウェーデンの高齢者住宅に訪問した際、現場の責任者に昨今介護事故が遭ったと言う話を聞きました。事例を詳しく聞くと、恐らく日本においては介護過誤として、施設側に責任が問われるであろう事故であると判断しました。そこで、ご本人・ご家族に対する説明や謝罪はどの様に行っているのか?と伺ってみたのですが、意味が分からないと少し怪訝な反応が返ってきました。責任者によれば、なぜ、謝罪や詳細な説明が必要なのか、分からないと言うわけです。自らが、自らの意志で歩いて転倒しただけなのに…、と。その後、その高齢者住宅における従事者の人員配置を詳しく見てみると、恐らく日本の高齢者グループホームのそれと同じか手薄い人員配置にありました。にも拘らず、職員さんの表情は皆穏やかで、ゆとりすら感じられました。皆さんの職場では如何でしょうか。
この調査結果と合わせて考えられることは、日本の福祉・介護現場は市場化が進んだため、介護職が事故に対する斯様な恐怖を抱くようになったと言うことかも知れません。消費者対企業の様相が、当分野にも蔓延っており、福祉経営者は事故に過敏に反応するようになりました。その圧力が現場にかけられ、結果、介護職の不安を醸成しているのではないでしょうか。かてて加えてその先には、介護職の離職率の上昇と、サービスの質の低下、延いては、クライエントの生活の質の低下が見込まれるのです。リスク回避に対する現場の過剰な対応が、時にクライエントの生活者としての自由を奪ってしまう可能性にも注視が必要です。
暇つぶしのために何気なく購入した雑誌には、いみじくも消費者対企業における訴訟費用が今後「最大コスト10兆円の可能性」があると論じています※2。つまり、対立構造の深化が信頼関係を阻害し、その帰結として余分なコストが発生すると言うことなのでしょう。もちろん、財界に象徴される大企業と消費者の様に著しくパワーバランスの欠いた関係においては、消費者の権利擁護の視点は不可欠であって、大企業が斯様に余分なコストを負担したくないのであれば、消費者の権利を重んじた商品やサービスの開発が求められて然るべきことは言うまでもありません。しかし、約8割が中小企業で構成されている福祉・介護施設においても、また、その社会保障における公的責任の議論もなくして、同様な対立構造が生じる事には強い懸念を抱いているものです。
結局のところ、折り合いや合意を目指さない対立構造は不毛そのものなのでしょう。例えば、若輩は当然ながら10代の頃より反原発論者ですが、しかし、それでも、そこを目指すための現実的な合意と戦略が不可欠であることぐらいは理解が出来ます。以前読んだ本で、著者は思い出されないのですが…、原発反対派が「原発は絶対に安全なのか?」との問いに、推進派は「絶対に安全である」と答えるしか無かった、よって、原発政策には安全神話が確立したとの経緯が描かれていました。やはり、排除関係にある対立構造は不毛に等しいと繰り返し思うのです。前出の岩本氏の次の行を紹介します。「どんな商製品・サービスも『絶対』と言えるものは存在しないにもかかわらず、日本では企業も消費者も、『絶対大丈夫』ということを前提に売り買いするきらいがある。本来は、どんな商製品・サービスも『こんな条件ならここまでは大丈夫』といったものであり、それを契約の際に明確にすることが、企業と消費者とのコミュニケーションにおいて重要である」※2。
話を福祉・介護分野に戻します。社会保障の市場原理化が顕著な事象として昨今、医療機関や介護施設の「紹介事業」のことが取り沙汰されています。医療機関や介護施設に患者や入居者を紹介するビジネスが横行しており、厚労省は実態調査に入っているのだとか。しかしながら、次の行にあるようにそもそもこうなることは想像に難しくは無かったはずです。「これまでにも医療機関は患者獲得のために、電話帳に広告を掲載したり、鉄道駅に広告看板を設置したりするなどの宣伝行為を行ってきた。こうした広告費にも診療報酬が投入されていることを考えれば、紹介料だけを問題とするのは疑問ともいえる」※3。如上の事象と冒頭の調査の結果は、どこまでを市場化させて、どこからを公的責任において行うのか、その本質的議論を蔑ろにし、ただただ惰性にその身を任せて、市場化に流されていった帰結が顕在化したものに過ぎないと自身は考えます。今まさに、社会保障における本質的な議論が求められています。
最後に、クライエントとソーシャルワーカーは対立関係にあるのでしょうか。一見この愚問とも言える質問に、私たちはどのような答えを用意しているのでしょうか。如上の市場原理に晒されている私たちの職場で、一体何が起こっているのか、社会構造をマクロな視点で確かに捉えた上で、現実における葛藤の中での実践が今執拗に求められています。クライエントの権利擁護は、全ての国民の福祉の向上にそれが帰結する、この事実こそが、真なる私たちの誇りであり、拠り所であると言えます。
※協会ホームページ。
広島県福祉・介護人材確保等総合支援協議会「平成24年度 福祉・介護人材に関する実態調査」2013年3月29日
※2 岩本 隆「集団訴訟の影響をシミュレーション 最大コスト10兆円の可能性」『WEDGE』ウエッジP.49-51 2013年10月
※3 『週刊 高齢者住宅新聞』2013年9月18日
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