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NPO法人 地域の絆

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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

新自由主義の底が見えてきた介護

2013/10/08 19:53:47  社会福祉
 朝日新聞の「限界にっぽん」と言うコラムをご存知でしょうか。非正規労働者やホームレスの視点から現下の社会を捉えたという点では、優れたルポルタージュであると毎回拝見しております。その第5部からは、「アベノミクスと雇用」が掲載されていて、1回目と2回目は、我らが社会福祉分野を取り巻く情勢が描かれています。1回目の要旨は、「介護業界が熱いまなざしを送る大型M&A(企業合併・買収)の交渉が大詰めを迎えている」とし、破綻した大手介護事業者を「ファンド」等が安く買い取り、本来の価格に暖簾代(プレミアム)を上乗せて高く売るという実態を論じています。暖簾代の相場は、「年間のもうけの5~6年分」から最近では「10年分」と言われているのだとか。その陰で、クライエントと介護職員の生活が不安定な状況に晒されていると報告するものです※1。2回目では、企業買収の結果、運営会社の変遷と共に混乱を来たす入居者の生活に焦点が当てられています。運営会社が変更すると共に、利用料の賃上げを強要されるケースや、入居者及び家族が反対すると事業の撤退を行うと切り返す運営事業者のやり取りを実例・実名を挙げて取り上げています※2。自身にとってこれらは、遂にここまで来たかと、実感を与えてくれる報告でした。無論、「ここまで」の道程は当初より予測が経っていたという意味であって、驚愕や落胆は若輩としては一切感じ得ないものです。社会保障に市場原理が導入された定向進化が“順調”に進んだ帰結として如上を捉えるからです。

 我が国における社会福祉分野で新自由主義が導入された走りは、1997年11月より検討が行われた社会福祉基礎構造改革からでしょう。その後、2000年の介護保険制度の創設を皮切りに、サービス提供事業者の福祉多元主義化、つまり、株式会社等の営利法人の参入促進が始まりました。その後、介護保険制度を皮切りに、イコールフッティングと言う名の下に、社会福祉法人の既得権域が切り崩されて来たのです。例えば、社会福祉施設職員等退職手当共済制度における助成の見直し等はその顕著な例であろう。つまり、どんなに綺麗ごとを羅列しても、社会福祉基礎構造改革や介護保険制度の導入はコスト・コントロールこそが第一義であった事が結果論から見て判断でき得るわけです。

 例えば、スウェーデンでは、福祉サービスの提供者を民間委託をしてもそれはコスト・コントロールにならないとコミューン職員から聞いたことがありましたが、我が国の場合は、民間委託することによってそれが、まさにコスト・コントロールに繋がっているのです。どういう意味かは銘々説明するまでもありませんが、要するに、民間委託をすることによって、公務員の給与体系ではない安価で、非常勤・非正規といった“効率”の良い人件費の設定が可能となるためであるようです。つまり、公務員の給与水準では対応できないことを、民間に委託してより安価にやらせることが我が国における民間委託の本意であるのでしょう。

 「介護の社会化」や「措置から契約へ」と煌びやかな成句が前面に押し出される水面下で、安上がりの福祉は促進されてきました。競争原理によって、失ったものは、福祉理念と連携意識でした。競争原理によって、業務の効率化が強調され、“顧客獲得”のための競争意識が顕在化し連携の意識が希釈されていきます。得ることが出来たものは、社会福祉サービス利用者やクライエントたる対象者の消費者・顧客化が促進された結果、一部専門技術と接遇といったサービスの質(産業界における同様の意においてのつまり真の専門性とは齟齬あるもの)が高まったことではないだろうか。そう天秤にかけると、得られたものより失ったものの方がより大きいと総括することが可能であると若輩は考えます。

 競争原理において、質は担保されるとの見方が大方でありましたが、果たしてそうなったのでしょうか。無論、サービスの量が急速に整備され、一定のサービスの質も担保されるに至っています。しかし、それは、競争原理が導入された帰結としてあるのかは不明です。つまり、競争原理に因らずとも、福祉専門職教育を真摯に行っていけばその結果は、サービスの質の向上に帰結する訳であって、それが市場原理の導入に因るものかは判別できないのではないだろうか。例えば、介護報酬の設定では、質の高いサービスを行えば、その報酬が高まるわけでは全く無く、介護報酬の評価に反映されているのは、僅かに有資格者や常勤比率、専らサービス提供時間ぐらいのものでしょう。特に、サービス提供時間こそがその主たる評価となっているのが現状です。また、対人援助サービスにおけるその質を測る指標は設定が難しい。なぜなら、対人援助活動においては、とどのつまり、マニュアル化は不可能であるからです。マニュアル化出来ない領域の実践が出来る専門性の高い人材を育成するには、時間と労力とそして金がかかります。そこにそれだけの、投資をしても、介護報酬では評価を受けることは無い。ましてや、需要は右肩上がりの当業界において、供給側は選ばれるための努力を然程強いられることがない。介護報酬すなわち、売上高が変わらぬのに、人材育成のための経費を捻出して行けば、経費がかさむ。結果として、収益にそれが結びつかない。であれば、人材育成は程ほどにした方が、収益率がよいと民間企業が判断するのは自明の理であると言えるのではないでしょうか。

 また福祉多元主義化の一つの要所としては、株主の利益が想定される株式会社の参入を認めたことにありました。つまり、介護報酬と言う税金と社会保険料を財源としたその収入を株主に配当することが認められたわけです。会社で働く、介護職員等に還元されるのであればまだしも、それが株主に配当されるのです。自身は、介護保険事業がそこまで余力ある事業であるとは到底思えません。つまり、職員に十分な配分が成されない中、株主にその“配分”が配当されることになるのではないだろうか。その様な、危機感を本特集は駆り立ててくれるのです。もちろん、このことをもって株式会社批判を展開するのは最も愚劣な行為と言えるでしょう。大手株式会社の経営者に社会性の高いビジョンと実践を展開されている方が存在することはよく知るところです。社会福祉法人やNPO法人においても、社会性を度外視した実践を繰り返すところもある訳ですから、これらは、構造上の問題を指摘しているのであって、個別性を度外視したものではないことは付言されるべきでしょう。

 斯くの如く鑑みれば、社会福祉基礎構造改革や介護保険制度の創設は、そもそもサービスの質を高めることが目的ではなかったのでしょう。サービスの質を高める方法は、市場原理に依らずとも、他に方法が無い訳ではあるまい。所属組織内におけるOJTを中心に据えた人材育成に時間と労力を費やす事こそが、その近道であることは疑いの余地がありません。それが、制度的な動機づけが成されていないことを鑑みれば、やはり、コスト・コントロールが第一義であった事は紛れもない事実であります。社会福祉基礎構造改革その後15年が経過した「現在地」を確認すれば、やはり、介護報酬は年々低下の一途を辿っています。昨今興味深い論文を目にしました。介護保険制度導入前の措置制度下におけるサービス利用者が、2000年4月以降どのように介護保険サービスに繋がったのかを検証したものです。それによれば、「(措置制度下の)旧サービス利用者のうち、(要支援・要介護認定の)申請をした者は約半数であり、申請した者には、疾患を有する者やIADLが自立していない者がより多かった。このことから、措置制度下では要支援・要介護状態でなかった者が多く含まれていた可能性がある」「旧サービス利用者のうち、介護保険制度導入後も介護保険サービスを利用していた者は、3割程度に留まっていた」(括弧内は中島)※3との結論づけが成されています。つまり、措置制度下でサービスの利用者であった人々の内、約3割の人たちが介護保険制度下の利用者になっているという事実。直言すれば、約7割の利用者のサービス抑制が“成功裡”に終わったことを物語っているものです。

 今後かてて加えて、消費税増税とインフレターゲットが導入されます。その結果、事業所経営は益々圧迫されることになるでしょう。法人間競争は更に激化し、生き残りをかけて“薄利多売”を行うこと、経費の削減を実践することこそが唯一の生き残る道となります。その様なシナリオの帰結として、現場で斯様な現象が起きていたとしても、これはある意味当然の帰結として起こっていると言えるのです。

 さて、如上の動きに対して、どういう方策が考えられるのでしょう。皆さんはご存じでしょうか。私たちの仲間が全国に約400万人は存在することを。連合の組合員数は、675万人前後との報道が過日なされていました。国民の福祉の向上のために、一団結すれば、我々もそれなりの動きが出来るのでしょう。また、障がい者数は元より、要介護高齢者は今後2035年まで増加の一途を辿ることが予測されています。特に、介護分野における我々の仲間は確実に増加するのです。全労働者人口は減退の一途を辿るその中においてである。その際に、最も留意するべきことがあるでしょう。それは、全ての国民の福祉の向上、これこそがその旗印になると言うことです。業界の、専門職の利益を前面に掲げた運動なり活動は、恐らくもう大時代であり、斯様な活動や運動にはもはや夢や希望を抱くものではありますまい。


※1 西井泰之・松浦新・大鹿靖明・横枕嘉泰・松田史朗・西崎香・吉田拓史「限界にっぽん 第5部アベノミクスと雇用 1 老人ホームを青田買い」『朝日新聞』2013年9月29日
※2 西井泰之・松浦新・大鹿靖明・横枕嘉泰・松田史朗・西崎香・吉田拓史「限界にっぽん 第5部アベノミクスと雇用 2 『なぜ突然値上げするのか』」『朝日新聞』2013年10月7日
※3 松田智行・田宮菜奈子・柏木聖代・森山葉子「介護保険制度導入前後における在宅サービス利用の変化」『日本公衆衛生雑誌』第60巻・第9号 日本公衆衛生学会 P.586-594 2013年9月



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中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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