「通って、泊まれて、家にもきてくれる」「住み慣れた家で24時間365日の安心」「臨機応変な対応、自立支援、医療の安心」特定非営利活動法人 地域の絆

Googleサイト内検索
NPO法人 地域の絆

NPO法人 地域の絆

中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

ジャーナリズムとNHKの関係

2014/02/07 23:46:30  社会全般
 仮に社会福祉にド素人の福祉経営者がいたとして、その経営者が「クライエントの人権などどうでも良い」と公然の場で発言したらどうなるだろうか。

 いわゆる組織のトップには色んなタイプがあります。現場からの叩き上げや、幹部候補からの昇進者、経営に精通した者の招聘など。つまり、これだけ企業の複合化が進捗した社会において、基幹業務のド素人が経営者になることは珍しくはありませんし、基幹業務の管理・責任を組織体制で担保できておれば、それは忌避すべきことでも無いように思います。しかし、幾らド素人とは言え、冒頭の様に、その原則論や本質、理念を否定し、蹂躙する様な視点を持っておれば話は全く変わってきます。言うまでもなく、如上の発言をした福祉経営者など即刻クビにすべきでしょう。そうしなければ、斯様なサービスを提供する組織などから、誰もサービスを利用しないことに帰結するだけです。早期に倒産の危機が訪れるでしょう。

 先月25日のNHKの会長就任会見における籾井勝人会長の発言は、この事と平仄の合う話ではないでしょうか。報道によれば、籾井氏の発言の要旨は以下の様に挙げられています。

・(国際放送では)政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない。
・(慰安婦問題について)戦争地域にはどこでもあった。ドイツやフランスにはなかったと言えるのか。(韓国は)日韓条約ですべて解決していることをなぜ蒸し返すのか。おかしい。
・(尖閣諸島などは)日本の明確な領土。国民にきちっと理解してもらう必要がある。
・(靖国神社参拝について)総理が信念で行かれたということで、それはそれでよろしい。
・秘密法は政府が必要と説明しているので、様子を見るしかない※1。

 世の中に唯一無二の正義などありません。また、事実も一つではありません。100人いれば100通りの正義と事実があることこそが真理であると自身は考えてきました。その意味において、「公正中立や不偏不党、客観的な報道」は“言葉遊び”に過ぎず、この真理が分かっていないという事に帰結するのではないでしょうか。では、ジャーナリズムが担うべき役割とは何か。それは、社会の中で黙殺・度外視・抑圧・蹂躙され続けている人々の声をひとつ一つ丁寧に掬い上げて世に発表することにあるはずです。100人いれば100通りの正義と事実があるにもかかわらず、100の言い分は同等には取り扱われていないのが現下の社会の現状です。むしろ、一部の大きな声を発することのできる人々の見解が、社会を席捲し、それが唯一無二の正義であり、唯一の事実であると捉えられています。

 そして、重要なことは、その一部の「大きな声」の論理が、その他多くの人々の暮らしを蔑ろにしている事実にあります。3.11より以前。原発は安全だと叫ばれていましたし、その一部の「大きな声」に国民は騙されていました。「原発は安全」こそが、「正義」であり、「事実」であり、そして、「普通」や「常識」であったのです。しかし、一方で、原発の危険性を指摘し続けた一部の人々も存在したのです。例えば、昨今手にした舘野淳氏の『廃炉時代が始まった この原発はいらない』(リーダーズノート新書)を読めばこれは明らかです。本書は、11年前に朝日文庫から出版されていたものですが、殆ど売れることなく即刻廃版となっていました。時の、「正義」「事実」「普通」「常識」からかけ離れていたことが大きな要因です。つまり、その当時、本書は、「反正義」であり、「虚偽」であり、「異常」かつ「常識外れ」な存在であったと認識します。本書を読む限り、舘野氏はその当時から、福島第一原発の危険性を指摘していましたし、その具体的な事故の予見も成されていたようです。本書は3.11後に復刻した訳ですが、それ以前からこれらの黙殺・度外視・抑圧され続けていた少数派の理論をジャーナリズムが真摯に報道し、そして、人々が社会の在り方を考える熟慮の機会にそれを用いることが出来ていれば、今の福島の悲劇は生まれなかったと断言できます。その意味において、その一因ではあるものの、福島第一原発の事故は、ジャーナリズムの不在が起こした事故であるとも言えます。

 この様にしてみれば、仮に真実や真理なるものがあったとして、それに限りなく接近するためには、多様性を限りなく認めると言うことが前提条件としてなければならないと理解できます。しかし、そうであれば、1億2千万程もある国民の多様性を全て理解した上での報道など出来ないことも一方で浮き彫りになるはずです。やはり、「不偏不党」や「公正中立」な報道は幻想なのかも知れません。その中にあって、それでもこの不偏不党や公正中立そして、真実・真理への飽く無き接近を志すのならば、取るべき道は一つではないでしょうか。いわゆる社会的弱者や少数派と呼ばれている人々の論理と立場を率先・意図して取り上げていくことしかありますまい。

 100人いれば100通りの普通や常識がある訳ですが、この世の中には、それが一つしかないかの様相ではないでしょうか。そして、この場合の「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのかを見定める必要があります。一部の「大きな声」を発することのできる人々の理論を中心とした所謂多数派にとっての「普通」や「常識」であって、我われのクライエントのそれで無い事は明らかでしょう。この様な、権力の側や多数派に多分に偏向したものが、現下の社会における「常識」や「普通」であることは疑いの余地がありません。

 であれば、ジャーナリズムの担うべき役割は明白です。権力の側と多数派に偏向した「普通」や「常識」に対して、そうではないその他の事実を強調・意図して報じていくことで、全体の不均衡を是正していくことにあると私は思います。「その他の事実」とは、いわゆる社会的弱者や少数派、即ち、私たちのクライエントから見た事実であり、3.11前における反原発論者から見た事実を指します。原発の問題を見ても明らかなように、権力の側や多数派は、自ら見た事実を誇大・捏造する力を有しています。一見「不偏不党」「公正中立」に見える「常識」や「普通」も、既に彼らの側に大きく偏向していることは間違いありません。そこで、ジャーナリズムには、自らの事実を誇大・捏造する力を有していない社会的弱者や少数派の側に立った報道が求められることになります。つまり、社会的弱者や少数派の側に立った報道を行うことがジャーナリストの使命なのです。このことは、ソーシャルワーカーの使命とも親和性が強く、実践内容の違いこそあれ、マクロにおける着眼点は全く同じだと自身は考えてきました。

 話を戻しますが、如上の会長発言は、まさにこのジャーナリズムを粉砕・蹂躙するものであると言えます。本来、権力とは一定以上の距離を保ちながら、少数派の側に立った報道を行うべきジャーナリズムの立場とは、真逆の理論と立ち位置にあることが明らかにされたのですから。よって、社会福祉経営者が、クライエントの人権を蹂躙する発言を公然と行うことと整合性が合うのです。であれば、これはまさに「即刻クビ」になるべき問題です。

 いみじくも、その他「NHK経営委員2人の節度を欠いた言動や行き過ぎた主張が、問題になっている」そうです。報道によれば、「そのうち哲学者の長谷川三千子氏は、朝日新聞社で1993年に拳銃自殺した右翼団体の元幹部について、昨年10月にこの自殺を礼賛する追悼文を発表していた。メディアに対して暴力で圧力をかけた刑事事件の当事者を称賛していると読める文章だ。憲法が規定する象徴天皇制を否定するような記述も見られる。また、長谷川氏は今年1月に新聞で、少子化対策として女性が家庭で育児に専念し、男性が外で働くのが合理的という内容のコラムを発表して、議論を呼んだ。一方、やはり新しく経営委員になった作家の百田尚樹氏は都知事選で特定候補を応援する街頭演説で、南京大虐殺や真珠湾攻撃、東京裁判などについて持論を展開した。そして、『中国・韓国の顔色を見ながら政治をする人は不必要。彼らは売国奴』と言い、自分が応援する以外の候補を『人間のクズみたいなやつ』と呼んだ」※2。

 社会的弱者や少数派の人権を守る立場にあるジャーナリズムに真っ向から挑戦を挑む経営陣。このNHKという組織からジャーナリズムの灯が絶えるのはもう時間の問題かも知れません。そうでなくとも、NHKはドキュメンタリー番組にこそジャーナリズムの観点が色濃く表現されていたものの、ニュース番組においては政府寄りの報道が顕著でした。恐らく、現場ではジャーナリズムの誇りを有した人たちが、頑張って番組を制作しているのだと推察されます。そこに、この経営陣が居座ることになれば、最後の砦たる彼らの動きにも止めが刺される恐れがあります。そして、このNHKを筆頭に、その他の民放も同じ流れを辿って行くものと思われます。まさに戦前の様相を帯びてくるのではないでしょうか。それを断固阻止するためにも、自身は彼らを「即刻クビ」にすべきだと思います。

 「そんな力は私たちには無い?」。本当にそうでしょうか。先の報道で示されている通り、「NHKの2014年度予算の事業収入は6629億円で、その97%が受信料」とあります※1。もはや、この様な反ジャーナリズムの感覚を有する経営陣が整っているNHKなどに受信料を納める必要などありますまい。辞任をしないのならば、全国民を挙げて受信料の支払い拒否をすべきでしょう。そもそも、受信料を国民から徴収しておいて、その会長の任命に、国民が関われない過程があること自体が問題です。せめて、受信料を納めている国民の投票によって、経営委員や会長は選任されるべきではないでしょうか。

 特に、ニュース番組に政府寄りの偏向が顕著であること、受信料を納めても会長を選任できる権利等を含め何の権利も行使出来ないこと、NHKの番組を殆ど見ていなくても受信料が徴収されること、その他多くの理由がありますが、やはりNHKの受信料は納めるべきものではないのでしょう。




※1 「時時刻刻 経営委、進退は問わず『政治的中立、信頼揺らぐ』NHK会長の発言問題」『朝日新聞』2014年1月29日
※2 「社説 NHK経営委員 不適格なのは明らかだ」『毎日新聞』2014年02月06日



この記事にコメントする

名前※
メールアドレス
タイトル※
コメント※
添付画像
中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
カテゴリ
<<2014年02月>>
MonTueWebThuFriSatSun
12
3456789
10111213141516
17181920212223
2425262728
最新エントリ
最新コメント
ブログリスト
当サイトで使用されている全ての画像および文章を無断で複製・転載・販売することを堅く禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。
Copyright 特定非営利活動法人 地域の絆 All Rights Reserved.

▲