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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

介護報酬マイナス6%改定論から透けて見える国民の暮らしに対する政府の姿勢

2014/10/09 12:08:36  社会福祉
 厚生労働省(以下厚労省)は、施設・在宅サービス事業所の「経営実態調査」の結果をさる3日発表しました。同結果を踏まえて、財務省の諮問機関たる財政制度等審議会は、介護報酬を2015年度に全体で6%以上引き下げるよう本日(2014年10月8日)提言すると各紙で報じられています。

 各紙による上記の根拠としては、「特養の利益率は8.7%で、一般の中小企業(2〜3%)を大きく上回っている。1施設あたりの内部留保は最大3億2300万円と試算され、見直しの必要性が指摘されている」ことや、「特別養護老人ホーム(特養)を独占的に運営している社会福祉法人の利益率を中小企業並みに下げ、税金と保険料、自己負担分から成る介護報酬(年間約10兆円)を6000億円以上圧縮したい考え」などと報じられています※1。

 これら要旨の一つは、特養を運営する社会福祉法人の利益率が中小企業に比べて高率であること、内部留保が一施設当たり最大約3億円で総額2兆円にのぼることがその根拠とされていること。そして、今一つは、これらが非課税法人である社会福祉法人を対象化した方針であるということです。

 アベノミクスに始まり、特に地方の中小企業はその低迷化が顕著であります。その中小企業と、人々の生存権を司る社会福祉法人のそれが同じであって良いのでしょうか。もちろん私は何も、中小企業はどうでも良いと言うつもりはありません。大企業優先の現在の政策に警鐘を鳴らしながらも、中小企業の経営安定化に対して政府は強い責任を有するべきだと述べておきたいと思います。

 私が言いたいことは、人々の最低限度の生命と暮らしを守る仕事をしている法人経営が決して脆弱であってはならないということです。そうでなければ、社会福祉法人といえども、彼らは、生き残りをかけて効率性と生産性を優先して、人々の生存権と尊厳の保障という本来の仕事から逸脱した道をとることになる恐れがあるからです。この様な、市場原理とは相容れない分野をそうでない業界と比較対照すること自体に強い違和感を抱かざるを得ません。

 当然に当の社会福祉法人自体にも問題はありました。多くの社会福祉法人が本来の存在意義を離れ、営利法人と同等に同じ土俵で相撲を取りだしたことにも大きな問題があったのです。もちろん、これは政策的誘導によって、乗ってはいけない土俵に引き出されてしまったと捉えることもできます。しかし、長年社会福祉実践に携わってきた実践家として、社会福祉経営者として、人々の尊厳と暮らしの「モノ化」に繋がる市場原理化に対峙することなく、むしろ、この流れにどっぷりと浸かって共に流されてしまったことに対しては、多くの社会福祉法人が猛省すべきことではないかと私は考えます。

 これら多くの社会福祉法人の責任を踏まえながらも、「乗ってはいけない土俵に引き出された」政策要因もここで示しておく必要があります。いみじくも、つい先日開催された厚労省の第5回社会保障審議会福祉部会において、公益社団法人全国老人福祉施設協議会参事の福間勉委員が示した資料から興味深い調査結果が目に飛び込んできました。社会福祉法人の社会貢献活動は、2001年以降に設立された法人の方がその実施率が明らかに低いというものです。本調査結果では、「生活困窮者等(何らかの支援を必要とする人々)への支援の実施状況」におけるほぼ全ての項目において、2000年以前に設立された社会福祉法人の方が、2001年以降に開設のものよりも、支援の実施率が高いことが示されています。特に、「社会福祉法人減免」や「利用者負担の軽減」といった経済的な支援や、「定期的な訪問」、「家事援助サービス」、「配食サービス」、「緊急時にかけつけるサービス」といったきめ細やかな暮らしの支援、そして、「福祉・介護相談」、「子供に対する学習の援助」、「家計収支等の相談・助言」、「福祉・介護機器の斡旋・貸出」、「日用品・被服の支給」、「宿泊施設の供与・食事の提供」という幅広い人々を対象にした支援に大きな“有意差”が見られています※2。これらは一体何を物語っているのでしょうか。2000年と言えば、社会福祉基礎構造改革と介護保険制度の創設の時期です。これらは、社会福祉制度に、市場原理が色濃く注入された時代であると言えます。つまり、この折、社会福祉分野に営利法人が本格的に参入し、その市場化と競争のもとに晒された社会福祉法人は、本来の職務を逸脱するべく、その流れに巻き込まれて行ったことが窺えるのです。実は、社会福祉分野の市場化こそが、社会福祉法人の本来の職務を逸脱させ、社会福祉法人の存在意義をも貶めることに帰結したと言えるのです。

 この様な状況下において、政府はイコールフッティングという名のもとに、民間事業者との公平な競争を担保するために、社会福祉法人の“優遇された”職員の賃金体系や退職金(社会福祉施設退職手当共済)を切り詰めてきました。何度も言うのですが、民間事業者を社会福祉法人並みに“優遇する”ことでも公平性の保持は可能なのですが、その様な議論は皆無でしたし、全くそうはならなかったのです。これらの出来事を通じて、私たちは、この「イコールフッティング」の真意を見抜くこともできます。

 以上の様に加速度的に、市場の構造に押し込められた社会福祉法人は本来の社会的責任を益々稀釈してきたのだと考えられます。この様な負の定向進化を経て、今度はその財政状況を一般企業と比較検討する段階に至っているのが、この度の財務省の提言であると私は捉えています。そして、これは、社会福祉法人にのみかかる問題ではなく、社会福祉分野に何処まで市場原理を導入すべきであるのか、その最終判断に関係する重要な議論となると思います。既に飛び越えた“一線”を、更にもう一歩飛び越える段階に来ているのです。これはおそらく、私たちの社会福祉分野が、市場化における最終段階、終末期に差し掛かったとものと認識すべきでしょう。

 斯くの如く、現下の社会では、社会福祉法人も、企業化を進めなければその維持も発展も難しくなっています。その為には、民間並みの会計制度や財政状況の強化が不可欠となるでしょう。一般会計の教科書などによれば、常時留保すべき現預金の額は、最低でも1月の売上高の1.7〜2倍程度が目安であると言われています。一般的な「特養」規模の施設であれば、1施設だけでも、最低1億円前後は必要となるのではないでしょうか。また、これら内部留保の使い道は、原則、災害時や経営不安定時における職員の給与保障のためのものであるはずです。この様な意味合いにおける内部留保が担保されていない不安定な企業に誰が進んで入職するというのでしょうか。その意味においても、社会福祉法人の内部留保が高額でけしからんということにはならないと私は考えます。

 かてて加えて、私が問題視することは、「介護の現場は人手不足が深刻で処遇改善への加算は拡充するが、それ以外では平均で6%のマイナス改定を求める」※3とあるように、法人の収入を減らした上で、介護職員には処遇改善の加算を別途増額することにあります。ここには、法人会計における事業収入と職員給与の一体化を度外視した発想が根底にあると言わざるを得ません。法人会計における法人収入と職員給与は当然重要な位置づけであり、これらが不可分一体の体系をなすことは自明の理ではないのでしょうか。法人の収入たる介護報酬を上げ、それを職員給与に還元しない法人と、そうでない法人などは、それこそ、政府の求める市場原理下で十分に淘汰され得るものであり、法人収入と職員給与を政府が二分するような指針を出すこと自体が欺瞞であると私は思います。特に、労働者の“売り手”市場と言われている本分野において、職員給与を削減していけば、人材の育成どころか確保すら覚束なくなるのは目に見えています。むしろ、法人全体の売上と職員の給与を分離するこれら政府の施策によって、法人内における共通理解は阻害され、そして、組織内での連帯ではなく対立をより促進する結果へと導かれることになるでしょう。権力が民衆を統制する際の常套手段は、「分割支配」であると言われて久しい※4。これらの政府の方針は、少なくとも事業者と職員、そして、この波及効果として、サービス利用者や家族をも巻き込んだ再分断化に作用すると私は読んでいます。この様な政策の陥穽にはまってはなりません。私たちは、これら問題の本質を見抜く力をもっと身につけるべきです。

 併せて、各紙における“誤報”についても警鐘を鳴らしておきたいと思います。「調査結果は、政府が3年ごとに行う介護報酬改定の基礎データとなる。全体的に高めの利益率だった背景には、介護職員の処遇改善を主な目的とした前回プラス改定(2012年度)の効果があったとみられる」※5。「マイナス改定になれば06年度以来、9年ぶりとなる」※3。執筆した記者に問いたい。3年前の改定のどこがプラス改定なのですか。3年前の改定は、厚労省の発表によれば1.2%のプラス改定でした。しかし実際は、従来から介護報酬外に存在する「介護職員処遇改善加算の創設」が含まれてのことですので、実質的に大きなマイナス改定であったと言えます。この様に政府の発表をそのまま報じる報道機関は、既に本来のジャーナリズムから逸脱していることもここでは付言しておきたいと思います。

 以上に叙述したように、私たちの社会福祉分野では、人々の尊厳や暮らしの保障とは相容れない市場原理の浸食が顕著であります。その政策的誘導の下に、社会福祉法人をはじめとした社会福祉事業者は、本来の社会福祉の理念と使命を減退させてきました。特に、社会福祉法人の多くは、イコールフッティングという名目で、その“恩恵”を削り取られ、営利法人との激しい競争下に晒され続けてきました。その結果、数多の社会福祉法人では、人々の権利擁護や社会貢献にかかる活動を稀釈させざるを得なくなったのです。これらの要因は、もちろん多くの社会福祉法人自体にもあるものの、政策的要素が本質としてあったことは明らかです。そのような状況をつくり出しておいて政府は、社会福祉法人に対して社会貢献活動が少ないと攻勢を仕掛け、利益率や内部留保の問題を指摘しているのです。政策的になるべくしてなった今の社会福祉の状況を、その政策的責任を省みず、社会福祉法人の在り方にのみ焦点化して責任の所在を問うているのです。そして、この責任追及は、社会福祉分野における更なる市場化の促進を強めていくことになるでしょう。

 現政権は消費税の増税と同時に法人税の減税を推し進めています。このことは、社会保障費の確保のための消費増税が全くの欺瞞であったことを示しています。そして、その流れの中にあって、この財務省の提言は、まさに、その姿を実に忠実に体現しているものとして捉えるべき現象なのです。


※1  『読売新聞』2014年10月7日
※2 公益社団法人 全国老人福祉施設協議会「社会福祉法人(老人福祉施設)における地域福祉活動について」 第5回社会保障審議会福祉部会 資料4 2014年10月7日
同P.7「<法人設立年別>
○ 法人の設立年と生活支援サービスの実施状況の関連については、ほぼすべての生活支援サービスについて、「介護保険施行前(2000 年以前)に設立された社会福祉法人」の方が、施行後(2001 年以降)に設立された法人に比べて、サービスを実施している割合が高かった。
○ 介護保険制度の導入を境に、法人の設立年によってサービス提供の実施状況に差が生じたことは、慈善・博愛と捉えていた福祉事業に対し、「措置から契約へ」と経営が質的に変化したことによって、社会福祉事業者のあり方が変容しているのではないか。設立年をはじめ、介護保険制度創設の影響による社会福祉法人の質の変化も勘案した議論が必要ではないか。
○ 2001 年以降に設立された介護事業行う法人は、介護事業以外の地域の福祉ニーズにも目を向け、生活支援サービスの提供によって地域福祉に寄与する社会福祉法人としての使命を果たすことが求められる。
○ 社会福祉法人ごとに歴史と理念が異なる中で、改めて社会貢献・地域支援事業に積極的に取り組む姿勢を育むことが重要である」。
※3 『日本経済新聞』2014年10月7日
※4 著・パウロ=フレイレ、訳・三砂ちづる『新訳 被抑圧者の教育学』亜紀書房2014年1月P.229 「少数者が多数者を支配するとき、抑圧するときのやり方は、多数者を分割して、それを維持するようにすることである。これが少数者の権力を継続させるために不可欠の条件となる」。
※5 2014年10月3日『朝日新聞』




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中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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