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NPO法人 地域の絆

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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

暮らしと生活

2014/11/14 15:36:26  社会福祉

 社会福祉専門職の職務は、クライエントの生活支援であると言われて久しいと認識しています。ですから、「生活」という言葉は、私たちの専門領域や職場では沢山溢れているようです。また、「生活」に似た言葉に「暮らし」があります。私は、「生活」よりも「暮らし」の方が幅広い概念を有していると考えています。辞書を引いて捉えても、生活は、生計を立てるための活動という意味合いが強い言葉に思えます。一方、暮らしは、「一日一日を過ごすこと」の意味が色濃く、何かのために活動をしていなくとも、そこにいるだけで、ぼーっと過ごすだけでもよい印象を抱くことができます。だから、生活よりも暮らしの方が、より幅が広いのだと解釈しているのです。

 暉峻淑子氏によれば、「私の祖母や母の時代には『生活』という言葉はあまり使われていませんでした。(中略)庶民の生活は、ふつう「暮らし」と言われていたようです」※1とあります。また、「人間もまた自然の一部であり、自然に寄り添って、自然の恵みや脅威の中で生きてきた人達の暮らしぶりが『暮らし』という言葉にこめられているようで、私はこの言葉がとても好きです」※1とも感想を述べています。

 その日暮らしと言う言葉がありますが、この言葉に照らして鑑みれば、「生計を立てるための活動」という心証はあまり抱きません。ただのんびり、そこにいるだけ、という印象の方が強くあります。そこにいるだけ、そこに存在するだけでも良いという、人々の存在に対する肯定感の強いこの暮らしと言う言葉を私も好んで使っています。生きているだけで、そこにいるだけでよい。そのような肯定感を醸し出す言葉だからです。

 また、「およそ室町時代から、『暮らす』という言葉は、時を過ごすことから、しだいに『生計を立てる』意味に変わってきたと言われ」、「明治時代になると、生計という漢字を暮らしと読ませて、ほぼ現在と同じように、暮らしとは生計・生活の意味で使われて」いたと暉峻氏は叙述しています※1。社会構造に経済が色濃く導入されて以降、「暮らし」が「生活」に変わったとも見て取れます。技術革新や競争、効率化に象徴される経済の原理と人々の「暮らし」には相容れないものがあるのかも知れません。

 よって、昨今のブログでは、専門用語に近い意味においては「生活」を、その他の意味では専ら「暮らし」を用いています。あとは文脈に応じて使い分けていますが、どちらでもよい場合はなるべく「暮らし」を用いる事としました。生きているだけで、そこにいるだけでいい。この様な価値観を地域に広げて行ければと思ってのことです。


※1 暉峻淑子『豊かさへ もうひとつの道』かもがわ出版P.73-76 2009年4月


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中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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