専門職とは、自らの実践を言語化できる人の事を言う。予てからそう思って仕事をしてきました。例えば、皆さんは、「ケアとは何か?」を専門外の人々に分かりやすく自身の言葉で説明が出来るでしょうか。それが出来ずに、私たちは、ケアを仕事としていると胸を張って言えるでしょうか。クライエントの尊厳を守る支援・その人らしさの支援・自立支援等々、私たちの現場には美しく・煌びやかな言葉が沢山あります。目の前のクライエントの「尊厳を守る」ために私たちは具体的に何をしなければならないのか、「その人らしさ」とは何か、「自立」とは何を指しているのか、これらが説明できなければ其々の支援は成し得ないものと思われます。厳しい見方をすれば、説明できないということは、単に“言葉遊び”をしているだけとも捉えることが出来ます。
島宗理氏は、「分かること」の定義として、以下の条件を挙げています。
「受講生全員に対して、私の授業では次のようなことができたときに『分かった』とみなすということを説明することにしている。
◇その定義を言えるようになる(丸暗記でもOK)。
◇その定義を自分の言葉で言い換えられるようになる。
◇その定義にあてはまる例と例外を区別できるようになる。
◇その定義の例を自分で考えられるようになる。
『分かった』ことをここまで具体的に定義すると、『分かっているけど説明できない』と主張する学生はいなくなる」※1。
つまり、言語化して説明できないということは、理解していない・分かっていないということを示しているのです。また、理解していないことを実践するのは至難の業ではないでしょうか。煌びやかな言葉を唱えれば、その実践が出来る訳ではありません。その言葉の意味を理解し、組織で共通理解を図った上で、実践と検証を繰り返しながらその実践は成されて行くものなのです。
また、言語化には、もう一つ別の要素もあるようです。奥川幸子氏によれば、「臨床実践家の成熟過程」として、4つの段階を挙げていますが、まさにこの言語化が出来る成熟度の段階は、最上位4段階のうち3段階に該当すると言われています。因みに、第1段階は、「基本の習得と他者の人生へ介入することへのエチケットを身につける」段階、第2段階で、「基本の見直しと成熟期で、徹底した自己検証と言語化作業の時期」、第3段階が「真のプロフェッショナルへの到達」の段階であり、「臨床実践のダイナミクス(目に見えない、かたちにならない世界)を根拠だてて映像的に言語化でき、異なる職種や分野への伝達も可能になる」とし、最後第4段階において「対人援助専門職を超えた世界へ」到達した段階となり、「〈もうひとりの《私》=チェッカー〉の誕生により、自分自身の支援に信頼を持てる」ようになると説明があります※2。第4段階は、いわゆるセルフ=スーパービジョンが出来る段階とも読めますが、そう考えれば、これは誰もが到達できるものでは無いのかも知れません。しかし、第3段階の専門職は、到達可能性も含め、全ての人々に是非とも目指して頂きたいと思います。
かてて加えて、言語化するということ、説明するということは、人材育成の場面においても重要な要素になると言えます。実習生や新入職員に対して、実践の根拠や理由が説明できなければなりませんし、その説明は分かりやすいに越したことはありません。もちろん、敢えて熟慮してもらうために、説明を割愛する場面もあるでしょうが、それは、説明能力が無い事とは意味が異なります。いわゆる中堅職員や管理職は、職員を育成することが主な仕事となります。その役割においてこそ、実践の根拠や理由を理解し、それを他者にも理解してもらえる説明能力が求められているのです。
また、池上彰氏も、汎用性の高いカタカナや「○○性」「○○的」といった「便利な言葉」を敢えて使わないことが、人々の理解を促進すると述べています。「カタカナ用語を他の表現で言い換えてみる。そうすることで、その用語やそれにまつわる事柄の理解がいっそう深まることでしょう。『利便性』という言葉は便利ですが、この言葉を使うことで、具体的な事柄は何も伝わらない可能性が出てきます。この言葉を使う人は、踏み込んだ思考をしていないことがあるということです。便利な言葉を使っていると、使う人が思考停止になってしまう恐れがあることを、知っておきましょう」※3。
こちらも、福祉現場には、「徘徊」「○○拒否」「離設」等のたいへん“便利”な言葉があります。例えば、クライエントがある時間帯ににこやかな表情で、談話室から各居室、そして浴室に行って玄関から外出したとしても「徘徊」とひと言で言い表すことが出来るのですから。しかし、同じ「徘徊」という言葉でも、クライエントのその時々の状況や思いは異なります。その微妙な変化を感じて理解をする努力を怠れば、私たちは、良質なケアを提供することは出来ないでしょう。であるにも拘わらず、私たちは、この“便利”な「徘徊」という言葉を実に多用しています。そして、池上氏が述べるように、この「徘徊」を記録や会議で多用すればするほど、その時々に変遷するクライエントの状況や思いから私たちが遠ざかっていくように思うのです。ですので、私たちの法人では、これらの言葉をなるべく使わない会議や記録を職員に求めています。
この様に私たちの実践現場は、煌びやかで美しい言葉と、全ての事象を一言で表現できる便利な言葉で溢れ返っています。そのひとつ一つの言葉の意味に対する熟慮を怠れば怠るだけ、私たちの実践は、クライエントの思いから乖離し、自己の研鑽及び職員教育にも支障を来してしまうことになります。逆説的に言えば、そこを熟慮する力、言語化力が身につくことによって、自らの専門性の向上と、職員の人材育成、更には、クライエントのニーズへの接近が可能となることは紛れもない事実であると言えるのです。
※1 島宗理『インストラクショナルデザイン教師のためのルールブック』米田出版P81-82 2007年6月
※2 奥川幸子『身体知と言語 対人援助技術を鍛える』中央法規 P451-456 2008年8月
※3 池上彰『「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える! 伝える力』PHPビジネス新書P.147-148 2010年12月
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