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NPO法人 地域の絆

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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

共に生きることの責任

2014/12/24 11:09:40  社会福祉
 

 2011年8月に改正された障害者基本法は、その目的として、「全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現する」とする共生社会の確立を意図したものであると言われています※1。

 「共生」という言葉は、一見耳触りも良く、分野を問わず彼方此方で多用されているように見受けられます。しかし、「共生」において最も重要なことは、その内実であり、実質的な人々の暮らしの在り方にこそ本質があるものなのでしょう。つまり、共に生きると言うことは、その構成員たる全ての人々の人間としての尊厳が守られていなければならないことが実質として求められているハズです。ここで敢えて、「ハズ」と書くのは、現下の社会がそうなってはいない現実に目を向けることにこそ、この「共生」を考える意義があると思うからです。

 私たちの法人のクライエントの9割以上は何らかの認知症のある人たちです。いわゆる「徘徊」や「不安・焦燥」、「興奮・暴力」等の行動・心理症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)が顕著な方も当然に珍しくはありません。因みに、なぜ、「行動」「心理」の「症状」と捉えるのかは理解に苦しむところです。「社会」(Social)の要素は無いのでしょうか。医学会が定義した本BPSDの捉え方にも実は異論のあるところです。

 それはさておき、斯様な「症状」のあるクライエントが、地域で暮らす中で、当然に地域住民に“ご迷惑”をおかけすることも多々ある訳です。自動車の修理工場に入って車を叩いたり、菜園のお花を勝手に摘んだり、誤って他の家の敷地に入ろうとしたり、今までの経験の中で、枚挙に遑がないほどこの様な事例は挙げることが出来るでしょう。問題は、その時の対応の方法にあります。今まで私たちの法人職員には、経緯と事情の説明をするために地域住民の所に訪問には行ってもらうのですが、過失を認めるような謝罪はする必要はないと言ってきました。当然、社会における普遍的コミュニケーションの一環としての儀礼的な謝罪は必要だと思います。しかし、こちらが認める過失は無いと職員には伝えているのです。

 なぜか、それこそが真なる共生社会の在り方であると信じているからです。全ての人々の尊厳が守られた社会が共生社会であると叙述しましたが、「全ての人々」はその名の通り、それ以外の意味は無いのであって、障がいのある人も、児童も、要介護高齢者も、犯罪被害者も、そして、犯罪加害者であっても、文字通り全ての人々の事を指すハズです。斯様な社会こそが、多様性の認め合える真に豊かな社会であると自身は信じて憚りません。

 例えば、認知症のある人たちが、共生社会を生きると言うことは、その構成員たるその他全ての人々が、その存在を、そして共に生きることを認めなければ成立せぬことは自明の理でしょう。認知症のある方の内約7割はBPSDを有している訳ですから、認知症のある方と共に生きると言うことは、その他構成員全員がそのBPSDを受け止めていくと言うことになるハズです。障がいのある人々と、共に生きると言うことは、その様な“困難”を共有することを指すのではないでしょうか。それが出来ない現下の社会が、「共生社会」を声高に謳うことに思わず失笑してしまう自身がいるのはこの為です。だからこそ、そうある「ハズ」を、そうあるべき姿に変革していきたい思いがあるからこそ、過失を認める謝罪は不要だと職員さんには伝えるのです。

 さて、上記のようなメゾレベルのお話とは異なり、大きな禍根を残すであろう判決が昨今出され取り沙汰されていました。朝日新聞の社説によれば、「愛知県内で列車にはねられ死亡した認知症の男性(当時91)の遺族が、振り替え輸送にかかった費用などの損害賠償として約720万円をJR東海に支払うよう裁判で命じられた。 8月に名古屋地裁が出した判決は、介護の方針を決めていた長男に監督義務があるとし、死亡男性の妻(当時85)についても『目を離さず見守ることを怠った』と責任を認めた。 一方、介護の関与が薄いきょうだいの責任は認めなかった」とされています※2。

 「徘徊」によって、列車事故を起こして亡くなった認知症高齢者本人ではなく、その家族に対して司法が損害賠償の支払いを認めたと言うものです。真なる共生社会の議論が、いまこそ必要だと私は感じました。

 更に言えば、地域包括ケアと称して、家族で地域で支え合うことを強要しながら、では、政府は如何なるその責任を取ったと言うのでしょうか。判決では、家族による「見守り」義務が謳われているようですが、介護保険制度は、介護の社会化をその目的として創設されたものではなかったのでしょうか。本社説では、この判決に異論を唱えた上で、これが社会に与える影響を危惧しています。「介護に深くかかわるほど、重い責任を問われる。それなら家族にとっては施設に入れた方が安心。施設としてはカギをかけて外出させない方が安全――という判断に傾きかねない。年老いても、住みなれた地域で人間らしく暮らせるようにするのが、この国の政策目標である。判決は、そこに冷や水を浴びせかけた。高齢者の介護で家族が大きな役割を果たしているのは事実である。だが、法的にどんな責任を負うのかは別の問題だ。家族に見守りの注意義務を厳しく求めるあまり、『何かあったとき責任を取りきれないから病院や施設に入れる』という状況をつくってはならない」※2。

 失敗学を提唱している工学院大学の畑村洋太郎氏によれば、失敗を捉える要点として、「責任追及」ではなく、「原因究明」を挙げています※3。であればこそ、この失敗が再発防止や、その予知に活用され、社会に真なる科学的理解が促進されるであろうというものです。この問題を、家族の責任に帰することによって、社会が失うものもまた大きいことは想像に難しくはありません。

 しかし、本社説も諸手を挙げて賛同できるものではありませんでした。「家族の責任を問う以外に、何らかの社会的なシステムをもうけるべきだ。たとえば犯罪被害者には給付金を支給する制度がある。知的障害者については互助会から発展した民間の賠償責任保険がある。参考になるだろう。 要介護の認知症高齢者は、2010年時点で280万人。25年には470万人にまで増えると推計されている。事故への備えは喫緊の課題だ」※2。私が言わんとすることは、もうお分かり頂けるものと思われます。「全ての人々」の尊厳が守られる社会こそが、共生社会であり、一部の人々は事故を起こしやすいのでその人や、その被害者のみに保険を掛けたり、救済することが真なる共生社会の実現に繋がらないことは明白な事実です。斯様な取り組みは、新たな偏見とレッテル張りを促進することでしょう。

 これらの事例から「共生」とは何か、私は考えます。それは多様な人々と共に生きることの責任と覚悟を、その社会を構成する全ての人々が甘受することの重要性を説いているのではないでしょうか。多様な人々と共に生きることで生じる様々な対立・軋轢・妥協・忍耐等の問題を、人々が受け止めていくその過程が「共生」そのものではないかと思うのです。そうでなければ、認知症のある人の問題は、家族にその責任を押し付ければよいと言う如上の乱暴な論理に繋がるのではないかと危惧するものです。



※1 障害者基本法(2011年8月改正)(目的)第一条
※2 「社説 認知症と賠償 家族を支える仕組みを」『朝日新聞』2013年 10月 3 日
※3 畑村洋太郎『だから失敗は起こる』日本放送出版協会P.12-16 2006年8月


追記
本原稿を書き上げた後の2014年4月24日、本判決の二審判決が名古屋高裁でありました。私は二審で一審判決が覆ることを想定していましたが、逆に、私自身の思いが覆される結果となっています。判決では、その請求金額が半減し、別居中であった長男への請求を棄却したのみの“改善”であって、本質的には何の変化も見られないものが示されたのです。よって、本コラムは今日現在も継続して検証を重ねるべきテーマとなっています。


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中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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