ありきたり・素人的な表現と笑われるかもしれないが、最近終わりのあることの素晴らしさを実感している。同じくありきたりな表現でこの世のあらゆる物・事柄には終わりがあるのだが、このありきたりな感覚が実社会ではなんだか稀釈されている様に思われる。
終わりがあることは素晴らしいことであって終わりがあるからこそ人間は輝いて生きられる。
結婚や恋愛・仕事も同じでそれは永遠に続くと約束されているものでは断じてない。だからこそその間、人は生き生きと輝いていられるのである。
恋愛や結婚の話で言うと連れ合いと永遠に一緒にいられる訳ではない。死別にせよ破局にせよ必ず終わりが訪れる。だからこそ今お互いを大切にして生きていけるのだと思う。結婚すれば死ぬまで夫婦であると言う時代は終わったが、まだその義務感・「常識」の呪縛から社会は解き放たれてはいない。結婚すればお互いがお互いの永遠の連れ合いとなる様なそんな感覚がどこかに残っていたりする。お互いがお互いの永遠に約束された連れ合いであると実感した時、人・その関係はときめきも輝きも失う。終わりがあるという大前提があるからこそ今この時を大切にしたいと考えるし、相手を大切にしたいと感じるのである。そういったことを考えると、一般的に結婚より恋愛にときめきがあるのはその終わりがあることがより実感される為であると言えなくもない。人生も同じで「いつかは死ぬ」と実感して初めて自分が信じる後悔のない道を力強く生きて行けるのだと思う。
終わりがあることを実感して生きて行くと、色んな事に感動できるし物事がきらめいて見えてくる。ときめきが生まれる。「終わりがあることの素晴らしさ」と書く所以である。