現在私は、県立広島大学の大学院に通っております。ケースマネージメントの研究を行うのが目的ですが、多くの先生方より、たくさんのご示唆をいただき刺激の多い毎日です。
障害学の横須賀俊司先生のお話の中で、江戸時代に知的障害者は存在しなかった旨のお話がありました。当時は、読み書き計算ができる人の方が圧倒的に少なかったからです。そして、先生は、近代化が進むにつれて、資本主義の論理が導入されてから障害者を「収容」する排除行動が見られるようになったともおっしゃられました。
一方、久しぶりに大学の恩師である八木晃介先生の講演を過日拝聴しました。被差別部落が急速に貧困に陥ったのは、近代化が進んでからだとの話がありました。
お二人のお話を合わせて考えると、排除の構造は、資本主義やそれにまつわる競争原理が、少なくともその一因であることがうかがえます。
小泉政権以降の新自由主義という名の、超競争原理社会が、現代の「排除の構造」と如何なる相関性があるのかを、私たちは注視せねばならないのかも知れません。
なぜなら、私たち社会福祉専門職が目指すのは、排除ではなく、包摂だからです!