育成方法の検討
人材マネジメントにおける育成の視座
本連載中、人材マネジメントの中心には育成があることを執拗にお伝えしてきたつもりです。育成のための求人であり、育成のための採用、配置、評価、処遇であると。ここで特に強調しておきたいことは、評価は育成のためにあるという一点です。私の周囲にいる人材育成の専門家も皆口を揃えてその様に認識されていますが、一般的には、評価は処遇のためにあると思われがちではないでしょうか。評価と処遇が強く結びつき連動しているのが普遍的なあり方かも知れません。しかし、冒頭にあるように、地域の絆では、評価と処遇は全くとは言いませんが、あまり強く連動させてはおりません。そこに私たちの育成に係る基本的な視座が見て取れます。
産業界でも、好景気な時代においては、専ら、評価と処遇を強く連動させる手法が取られてきました。「いい結果を出しなさい!そうすれば給与を倍にしてあげるから…」。そんな時代があったものです。しかし、いま不景気の中、産業界においても、高い評価を与えたとして、全ての社員に高水準の処遇を保証することが難しくなっているのが現状です。この様に処遇水準に際限があることが顕著な場合、それを評価と連動させるには危険が伴います。なぜなら、社員の評価が上がっても、それに見合った処遇の保証が十分に出来ない状況が発生するからです。もはや、処遇の水準を高めることで社員のモチベーションを向上させる情勢ではないことが理解できます。
福祉・介護業界においても、介護保険制度に則って実践を行っている限りは、どれだけ質の高いサービスを提供しても、一定以上の収入を得ることは不可能です。つまり、質の高いサービスを提供する為に職員を育成し、高い評価を与えたとしても、それに見合う処遇体系を維持することは容易ではありません。如上の不景気中の産業界と似通った状況があるわけです。斯かる私たちの業界においても、評価と処遇の連動性を高めれば、評価に処遇が追い付かない状況が生まれ、却って職員の不満が増大することにも成りかねません。
では、評価は必要ないのかと言えば、そんなことは無いわけです。専門職として、組織人として、求められる人物像を示し、そこに近づくための指標を示すことは組織として最低限求められることでしょう。ただし、その指標は、処遇のためにあるのではなく、育成のためにあることをしっかりと明示する必要があると私は考えているのです。つまり、専門職・組織人として職員を育成するために評価は存在し、その為に今どのような組織性と専門性が具体的に必要なのかを示すことで、職員のキャリアアップを法人として支援する姿勢が求められています。そのことを通して、社会福祉理念や法人理念の体現者として、社会に貢献できる人材を育てていくことが評価の目的であると。その様に地域の絆では、捉えているものです。
ですので、育成の中では、求められる人物像及びそれを到達してもらうための指標が不可欠となります。地域の絆においては、資料①のように「求められる職員像」を職員に明示していますし、それらを実践するための評価項目(組織性と専門性各300項目)を用意しています。「求められる職員像」に近づくため、今やらなければならないことを評価項目で明示し、「求められる職員像」に近づくことを法人として支援します。結果として、「求められる職員像」に近づくことのできた職員は、どの福祉分野でも通用する専門性と組織性を身につけた人材になることが出来ますし、自己実現に大きく近づくことが可能となるでしょう。
福祉人材の育成はOJTが基本
福祉・介護分野における人材育成に当って最も重要なことは、OJTであると私たちは認識しています。特に認知症ケアの現場では、その場面を見せて、その後説明を加え、意味づけを行うことを反復しなければ、人は育たないと認識しています。そこで大事になってくるのは、OJTの実施ができるOJTリーダーの育成ですが、これも一朝一夕に育つものではありませんので、日々のOJTを大切にしながら時間をかけて育てる必要があります。特に、新規事業の立ち上げの際は、このOJTリーダーを確保して事業運営を行わなければ、何年経っても人が中々育たない事態が生じますので注意が必要です。これは飽く迄も私の経験則ですが、5名の出勤職員に対して最低でも1名以上のOJTリーダーの配置が必要です。OJTリーダーの定義は、5年以上の経験者であり、その間勤勉に専門性を高めてきた職員をイメージしています。経験年数ではありません。どのような姿勢で業務に携わってきたのかが問われている訳です。
実効的・効果的な人材育成の在り方
ここでは管理職の立場でも可能なOJTの方法を幾つかお示ししたいと思います。
一つ目は、報告書の書き方を指導することです。報告書と言っても多様なものがありますが、ここでは、経営の要諦でもある苦情処理・インシデント及びアクシデント・破損等の報告書が重要であると伝えておきます。「失敗は成功の母」と言われるように、これらの報告書を分析することは良質な経営のヒントになると認識しておりますが、それと同等に、これらの報告書を用いた職員に対する指導・教育が重要であると考えるからです。
「状況」「要因分析」「対策」といった流れで、報告書を作成しますが、記入された内容の精度を指導します。重要なのは特に「要因分析」で、「利用者」「職員」「環境」の3つの視点で分析し、個別具体的な分析結果を書いてもらいます。実は、これが中々書けないのです。なぜかと言えば、やりっ放しの実践が多く、立ち止まって自らの実践を分析することや、深く考えて実践することに欠けた職員が多いからでしょう。当法人では、書けるまで、つまり、その視点が芽生えるまで、何度も指導を行います。その結果、6ケ月から1年程度で多くの職員は再提出なく書けるようになります。これが出来るようになれば、利用者の行動についてもその背景にある要因を分析する習慣が自然と身に付き、日々考えて仕事をする職員が増えます。結果、ケアの質も向上すると認識しています。
二つ目のご紹介。利用者の尊厳の保持が叫ばれて久しい昨今です。当法人においても、権利擁護に関する研修等を行っているところですが、OJTにおいては、利用者への接し方に3つのルールを課しています。①利用者と敬語で話す、②目線を同じ高さかそれ以下にして話す、③命令形の「○○して下さい」を使わずに、依頼形である「○○していただけますか?」を使う。人間が同時に覚えることができ、且つ瞬時に想起出来る項目数は3つであると私たちは認識しています。ですので、様々な業務の目的は3つまでにして表現する等、3を上限に多くの決め事を行っているところです。3つであれば、自己評価も他者評価も瞬時に可能になります。また如上は具体的な項目ですから、誰の目から見ても出来ているか否かが明らかです。現場に滞在する時間の少ない管理職であっても、その都度評価が可能なやり方ではないでしょうか。
最後に、「便利な言葉」を使わないことを私たちは指導します。私たちの業界に溢れている「尊厳の保持」「その人らしさの支援」「利用者本位」「自立支援」等を自分の言葉で説明できるようになることを求めているのです。専門職の発達に欠かせないのが、実践の言語化であると言われています。如上の抽象的言語を実践レベルの言葉に置き換えることが出来なければ、その実践は成されないものと認識できます。「その人らしさ」や「尊厳の保持」とは何かと問われて、答えられなければ、その人はその実が分からぬまま援助活動を実践していることになります。それでは、いつまでたってもその実践が成されるはずもありません。例えば、ケアマネジャーに、「貴方にとってのケアマネジメントとは何を指しますか?」と問うた際、それに答えることが出来なければ、そのケアマネジャーは、自分の職務を理解せずに日々業務についていることになります。そこを常に、言語化させるよう、文書や面談の中で指導をしています。もう一つ言えば、「徘徊」「離設」「不穏」「入浴拒否」といった抽象的言語も排すよう現場には指示を出しています。ひとつは、これらの言葉が本当に利用者の状態を如実に表しているのかに疑問を持っているからです。もうひとつ大事なことは、では、今朝の「徘徊」と昼間の「徘徊」の行動の背景にある要因は同じなのか?といった疑問に依拠しています。人の生活であれば、そんなことは有り得ないのではないでしょうか。であれば、その違いを具体的に捉えて、実践する必要があります。私たち福祉専門職は、援助活動という関わりの中で、その時々の利用者の思いを察して知り、その思いをもとに援助活動を展開する専門職であるはずです。画一的な実践に繋がりかねない抽象的言語は排していくべきではないでしょうか。
組織性と専門性、二つの指標による育成
福祉・介護人材においては、二つの指標で職員を育成する必要があります。専門性とは、社会福祉専門職として必要な価値・知識・技術を向上させるためのものであり、延いては、他法人でも通用するスペシャリストを養成することにも繋がる指標となります。組織性では、法人理念という目的遂行のため、目的と方法を共有化し、効果的・効率的に組織を動かすこと、また、職員間の相乗効果を促進することが求められています。
換言すれば、専門性では専門職の育成を、組織性では組織人の育成を担う形になります。その双方の視点で育成する必要があるわけです。我々の業界では、専門性の教育は当たり前になされていますが、組織性の教育が等閑にされている感を抱きます。また、大学や養成校のカリキュラムにあっては、専門性10の組織性0の配分となっているのではないでしょうか。
例えば、利用者や家族に対して、気持ちの良い挨拶の出来ない職員に良いケアが出来る訳がありません。地域包括ケアを実践するに当たって、来客者の対応や、電話の応対が真面に出来ない職員に、外部連携が図れるとは考えられません。利用者の生活は24時間365日繋がっているものですから、私たちの仕事においてもその継続性が不可欠です。週40時間の労働時間でその情報を繋いでいく、情報の伝達と共有が欠かせません。であるにも拘らず、情報を伝達しない、もしくは、記録を読んで情報を共有しない職員がいれば、その生活支援の質は低下します。
如上のように、専門性と組織性は相互作用の関係にあり、両者の視点における育成が不可欠です。特に、昨今では、組織性が等閑になっている傾向がありますのでご留意ください。
人材育成のまとめ
人材育成の在り方は、その法人が置かれている規模等の環境によってその内実を変えざるを得ない状況があるようです。大規模法人には、人事部等の人材マネジメントの担当部門が設けられ、人材育成を担う専属の職員が配置されているようですし、小規模法人では、現場の中でそれがシャドーワーク化されていることが多いようです。
いずれの法人においても使える方法としては、①職員教育に有効な業務を優先順位化、特定し、そこに焦点化した指導を行うこと、②人材育成に繋がるルールを設け、それを順守させること、③業務を活用したOJTという視点ではなく、OJTのための業務という視点で業務の導入を考えてみる、の3つがあるように考えています。