Facebookを初めて1年以上になりますが、所謂お「友達」が時に有益な情報を提供して下さることが一つの大きな魅力でもあります。「有難い」ことに本日も驚愕の事実を知ることが出来ました。「兵庫県小野市の福祉給付制度適正化条例案が原案通り成立する見通し」との毎日新聞の記事なのですが、どうにも本条例は「生活保護費や児童扶養手当について、パチンコなどでの浪費を禁じ、市民にも通報を求める」ものらしく、「条例案は不正受給や困窮者支援に関する通報だけでなく、パチンコなどギャンブルでの浪費も禁じ、常習的に浪費している受給者に関する通報を市民に求めている」、「全国でも珍しい具体的な使途規制の条例となる」のだとか※1。
条例自体は「全国でも珍しい」のでしょうが、実は関連記事を調べると類似の事例が数多あることに更なる驚きを抱きました。例えば、大阪府寝屋川市では、「生活保護不正受給防止等への取組(生活保護適正化ホットライン)」を設けています。市のホームページによれば、「生活保護制度は、資産や能力等すべてを活用してもなお最低生活を維持できない世帯に適用される制度です。収入の未申告や居住実態の虚偽のほか、認めていない車の保有、医薬品の転売、暴力団員の受給などの不正は認められません。寝屋川市では、生活保護制度の適正・厳正な運営を行うため、(中略)市民の皆さんからの情報を受付けています。総合センター内に専用電話、メールおよび窓口を設置し、2名の専門の職員が情報を受付け、調査を行い、不正等を確認した場合には、保護費の返還や必要な指導および保護の停止・廃止を行うとともに、悪質な場合は法的対応も含めた厳正な処分をいたします」とあります。
小野市と寝屋川市の取り組みは、端的に、生活保護受給者の生活行動に対する市民の監視要請ということになるでしょう。「不正受給」は確かに許されぬ行為であります。しかし、「不正」は生活保護受給者にのみ発生するものでは無く、政治家や官僚、大企業のトップを含めた広く市民の中にも起こり得るものでは無いでしょうか。それを生活保護受給者に対してのみ市民に監視要請を求めるところに私は差別や排除の論理を感じずにはいられません。これらの行為が、明白な差別であり排除の理論で成り立っている事実に気づかないのであれば、あまりにも人権感覚に疎すぎるのではないかと自身は考えます。が、これが基礎自治体によって進められている事実を通して、その鈍麻された人権感覚が社会の中で普遍化・常識化している現実を突き付けられた感があります。
また、生活保護水準以下の生活をされている方の内生活保護を受給されている方の割合とされる捕捉率は、20%〜30%代と我が国は先進国の中で最も低い水準を維持していると聞きます。斯くの如き、生活保護は、受給者に対してスティグマを与える傾向にある中、如上の措置を行政が行うことにより、またそれが全国的な気運となり蔓延することによって、自ら受給申請を行わない人々が増えることも想像に難しくないはずです。この様に他者に対する想像力を喪失した社会は、誰にとっても息苦しく、暮らしにくい社会であると言えるでしょう。
Facebookで知り得た本情報を「有難い」と述べたのは、自身の人権感覚を測る「教材」としては優れたものであること、そして、改めてこのような流れに加担しないことを肝に銘じることが出来たこと、この二つをもって素直に「有難い」と感じたからです。
そして、この様な差別や排除の理論における「差別する側」「排除する側」に加担しない方法は一つしかないことも10代より知り得た事実として抱いています。社会学者ゲオルク=ジンメルによれば、「あらゆる現実的な共同社会の実際の量的な限界づけにもかかわらず、重要な一連の限界づけが存在する。その内的な傾向は、排除されていない者は包括されているということである。一定の政治的、宗教的、身分的な円周内において各人は、たいていは自発的ではないにしても、彼の生存によってあたえられた一定の外的な諸条件を満足させ、ただちに『それに所属している』と考えられる。たとえば国家領域のなかに生まれた者は、特別な状態が彼を例外としないばあいは、幾重にも複雑な国家団体の成員である。一定の社会階級の所属者は、自発的あるいは非自発的に局外者とならないばあいは、もちろんその階級の社会的な因襲と結合形式のなかへ引き入れられる」※2とあります。ここではつまり、社会的弱者や少数派の様に社会から排除されている側と、そうで無い側に人々を大別することが出来るということを示しています。また、排除されている側に対して無関心に傍観している人たちは、排除する側に包括されていることになると言っているのです。まさに、「愛の反対は憎しみではなく無関心」であると言うことにも通ずる理論ではないでしょうか。であれば、答えは明白。「差別する側」「排除する側」から脱却するためには、傍観者に留まることなく、否と大きな声をあげるしかありません。
一ソーシャルワーカーとして、そして社会構造の一端を担う一人の人間として、自らが「誰か」を排除しないために大きな声をあげる場が私にとっての本ブログなのかも知れません。
※1 「<生活保護費>浪費禁止条例、成立へ 市議会委、全会一致で可決 兵庫・小野市」『毎日新聞』2013年3月26日
※2 ゲオルク=ジンメル著 居安正訳 『社会学 社会化の諸形式についての研究(上)』白水社 P.409 1999年10月