あらゆる学問は全ての人々を幸福にするものでなければならない。物心がついたときからそのように教わった記憶がありますし、そのことを信じて39年程これまで生きてきました。そんな私ですから、高等学校までの勉強が実にくだらなく思え、そのあり方に反発ばかりしていた嫌な思いがこと勉強においては残っています。その意味においては、大学で真なる勉強の機会を与えて頂いたことは此の上の無い幸福であったと自身の人生を振り返ります。
さて、科学も学問である以上は、ご多分に漏れず全ての人々を幸福へと導くものでなければなりますまい。しかし、現状はどうかと言えば、首をかしげたくなる事象が数多見られるのが現実ではないでしょうか。電磁波・合成洗剤・食品添加物の問題をはじめ、原子力の問題を見ればそれは明白です。そこで、素人ならではの疑問が湧いてきました。科学は、真に人々を幸せに導いているのだろうかと。
サンデル教授の影響で、ソクラテスの書籍を手に取ったり、また知人の勧めで魯迅の単行本を眺めたりしています。夏目漱石の『個人主義のすすめ』も昨今改めて読み返してみました。そして、ここに書かれている現実を鋭く捉えた本質的な主張に触れながらその凄さたるや、現代における知識人と言われる方々のそれと比べて大いに感化されるものがあることが再認識させられました。
以前のブログでも申し上げた通り、人類は科学の発展と共に、人文学の衰退が顕著なのではないかと改めて感じる毎日です。科学の発展と人文学のそれは反比例の関係にあるのではないかと。自身の人生や、自身の所属する社会、そこで感じる自身の考えや思いと向き合うことが欠如しているのがこの社会ではないかと考えるのです。それは、科学の発展による利便性と近代化によって喪失されているのだと。近視眼的な利便性を手に入れる前に、私たちは立ち止まって考える必要がある。その利便を手に入れることによって失うものは何かと。そして、その利便は世界中の全ての人々を幸福へと導くものなのかと。例えば、臓器移植の問題をどのように捉えるべきか。
そう考えれば、原発再稼働などという愚劣な発想には到達しないと思えませんか。これも以前申し上げたことですが、人間は本当に優秀な生物なのでしょうか。残念ながら、人文の衰退した人間は、地球にとって、いや宇宙にとっては非常に危険な生物でしかないように思えます。理念なきテクノロジーは暴走し、地球を必ずや駆逐することでしょう。その意において、人間は、恐竜より無能な生物であると断言できます。
「現生人類が地上に登場してまだ20万年ほどなのに、地球温暖化や森林破壊、水質汚染など急速に地球環境へ悪影響を及ぼしている。現在、毎日100種もの生物が絶滅しているとの推定もあり、『第6の絶滅期』と呼ぶ人もいる。地球史上、過去5回ある生物の大量絶滅に匹敵するというのだ。千葉工業大学惑星探査研究センター所長の松井孝典は言う。『天体が衝突してこないかを心配するより、恐竜がなぜ1億6000万年もの長きにわたって栄えることができたのか、彼らが残したメッセージを真剣に考えるべきだ』」※1。
※1 宮崎勇作『GLOBE』朝日新聞 2012年2月15日
因みに、恐竜が絶滅した要因は、巨大隕石の落下にあると言われています。であれば、これがなければ恐竜は更に長きに渡って地上に君臨したことになります。