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NPO法人 地域の絆

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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

失言と本音の関係

2013/08/02 20:17:10  社会全般
 
 閣僚をはじめとした政治家諸氏の「失言」は今に始まったことではありません。かつては、首相の「単一民族」発言に始まり、女性を「子どもを産む機械」と「失言」した大臣もいらっしゃいました。昨今では、大阪府知事による「慰安婦」発言や、先の副総理による「ナチス」発言が取り沙汰されています。そして、これらの「失言」は世論の批判を受け、多くが本人にとって渋々撤回や謝罪という形で処理されていきます。

 さて、ここで素朴な疑問が浮かばれます。そもそも、「失言」とは何か?という日本語の捉え方に発展する疑問です。一般的に「失言」とは、言うべきではないことを、うっかり発してしまうことやその言葉であるとされています。「言うべきではない」とは、ある人前で、ある場所などの周囲の状況に応じてそうするべきではないと言っているのであって、「本心」や「本音」とはおよそ関係のないものであることが理解されます。つまり、「失言」の撤回は、必ずしも「本音」の撤回にはなり得ず、そして、その場合の「謝罪」は欺瞞的なものに過ぎないと言えます。「本心」や「本音」は結局のところその本人にしか認識できぬものなのですが、その「失言」の多くが渋々撤回されている事実を鑑みた時、周囲の状況と乖離した形で、本心や本音が思わず露わになったのが失言であると言えなくもありません。

 周囲の状況に慮ることなく、そこから乖離した発言を安易にしてしまうことには、恐らく驕りであったり、慢心があるのかも知れませんが、大事なのはそれが本心であり本音であるのかその如何によるのでしょう。自身の事を俎上に載せて顧みても、失言の多くは「言うべきではない」場面において本音を漏らしてしまったことに端を発しているようです。また、如上の「失言」者のその後の対応を見る限りにおいても、それらが限りなく本心・本音に近いものであることを窺い知ることが出来ます。

 斯様に失言とは、往々にして、普段からの考えや思い、更には本心や本音を表しているものであり、それが支援者に囲まれる等の話しやすい環境と相まって思わず露呈するものなのでしょう。その意において、失言こそが、その人の本質を突いているとも言えます。自戒の念を込めて、正にその本質が問われていることをここで確認しておきたいと思います。

Date 2013/08/02
中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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