新聞紙面によれば「菅義偉官房長官は28日午後の記者会見で、同日発表の2月の全国の消費者物価指数(2010年=100)が、生鮮食品を除いたベースで前年同月比1.3%上昇し、9カ月連続でプラスとなったことについて『デフレではなくなってきていることが確認される内容だ』と評価した」※1とあります。当文では、このことが真に「評価」に値するべきものなのか、ソーシャルワーカーの視点で検証してみることにします。
円安による輸入価格の上昇に伴って食材費や燃料費は高騰の一途を辿っています。目標物価上昇率(2%)とそれが相俟って、消費増税後の4月以降の物価上昇率は前年比3%以上になることが報じられています。一方で、労働者の賃金は、「連合の3月24日時点の集計では、勤続年数などに応じてあがる定期昇給を含めた企業の賃上げ率は2.23%(1187組合)。中小の交渉が今後まとまれば、賃上げ率は低下する見込み」※2と分析が成されている訳ですから、物価の上昇に人々の賃金の上昇が追いついて行かない現実を窺い知ることとが出来るでしょう。
また、企業の賃上げ率2.23%も実態を反映していない数字であると私は捉えています。そもそも給与や賞与の増減が事前に提示される企業は、労働組合が整備されている大手企業であることは言うまでもありません。よって、2.23%の上昇は一部の大手企業の賃上げを示すものでしかないのです。中小企業のそれは下手をすれば支給日まで分かりませんので、これらの数字に反映されることなど有り得ないのです。また、地方銀行の支店長や行員と話をすれば、少なくとも地方における中小企業の景気は上昇していないことが理解されます。
つまり、一部の人々の所得が上昇していく中、多くの人々の所得は停滞傾向にあるということです。そこにあって、「バブル期以降、国内では体験していない物価高に、家計が直面する」※2のです。つまり、その帰結として想定されるのは、経済格差の更なる増大であり、経済的困窮者の増加であることは言うまでもありません。そこに加えた形で、生活保護費の引き下げ(2013年8月から)や生活保護法の改悪(2014年7月)が成されて行けばこの増加する人々の安全網すらも危うい状況となります。このことだけを捉えても、4月以降の状況は、ソーシャルワーカーにとっては暗澹たるものになることが決定的と言えるでしょう。「評価」するなど、とんでもないお話です。
これら人々の暮らしの課題のみならず、医療・社会福祉経営においても危機的状況に直面することが確定的です。特に介護分野においては、要介護高齢者の増加によって事業拡大が求められている訳ですが、事業展開をなそうにも、設備投資費の高騰によってそれが難しくなっています。
一般的な物価上昇の中でも、建設工事費は、公共事業の拡大と相俟って、異常な程の高騰ぶりを見せています。建設資材と人件費の高騰が主な要因ですが、資材だけでも以下の様な需要の拡大が認められます。セメント21.4%増・生コンクリート18.8%増・木材12.4%増・普通鋼鋼材13.5%増・形鋼14.6%増・小形棒鋼7.8%増・アスファルト17.6%増(いずれも前年比)※3。
如上のアベノミクスで恩恵を受けた、もしくは受けることの予測される大手企業などは、この状況下でも更なる設備投資が可能なのかも知れませんが、中小企業であったり、収入の上限に定めのある医療・福祉分野においては大きな痛手となっています。実は、大手企業であっても、小売業などは出店計画の見直しを行っている訳ですから、医療・福祉分野におけるそれは今後更に顕著となることでしょう※4。診療・介護報酬では、消費増税分に係る一部諸経費に対する上乗せが成されましたが、本税分と目標物価上昇率(2%)分に対応すべき職員の賃金上昇を想定した上乗せは成されていません。このことによって、職員の賃上げが成されることは難しくなっています。もともと既に厚労省のデータにもある様、一般産業界と比べ、男性で年収が150万円程度減収傾向にある福祉・介護分野においてこの実態は以後大きな禍根を残すことになるでしょう。福祉・介護人材の確保と定着に更なる困難が生じることが確定的となるのですから。
そもそも、自然環境の著しい破壊と“投資回収率”の悪さに起因する反省から、公共事業の見直しが成されて来たにも拘らず、この時代錯誤の政策に回帰すること自体理解に苦しみます。また、今求められているのは、新しいものをゼロから建設することではなく、学校の耐震化不足に代表されるような既存の建物の耐震強化や維持する為の改修こそをその中核に据えるべきではないでしょうか。そう考えれば、新規建設などは、未来に対する投資であるとは決して言えず、むしろいずれそれを維持するために膨大な再投資を行うべき“債務”と言えるかもしれません。事実、地震が少ないなどの理由があるものの欧州には驚くほど古い建物が存在し、またそれを現在でも活用していることに誇りすら抱いている向きがあります。
都市部に出張していつも思うことなのですが、老朽化した膨大な建造物群をどの様に建替え・維持していくべきかは、またこれら建造物とどのように向き合っていくべきかも含めて、我が国の社会構造や価値規範といったマクロな視点で整理すべき事項だろうと考えるのです。しかし、今の公共事業の拡大に、このことに応え得る大義は見受けられません。その意味において、確たる理念や方針なき公共事業の拡大こそが、アベノミクスの特徴であるとも言えます。
既知の通り、視点を変えれば物事の捉え方は変わります。その意味において、報道機関の立ち位置によってアベノミクスの捉え方も様々です。大手企業の躍進や賃上げばかりを囃し立てる報道機関は、冒頭の官房長官と等しくアベノミクスを「評価」しているのでしょう。その意味において、この様な報道機関は、ジャーナリズムからは乖離・凋落している存在であると判断が出来ます。つまり、アベノミクス報道は、各報道機関におけるジャーナリズムのあり方を測る絶好の評価指標になり得ると思うのです。
それは、ソーシャルワークから捉えた際も同様のことが言えるでしょう。ソーシャルワーカーから見たアベノミクスは、多くの人々の暮らしの質を貶め、私たちの所属組織を衰退させ、私たちや仲間の暮らしをも危ぶませていると言えるからです。そして、社会構造に働きかけるべきソーシャルワーカーにとって、これからのあるべき社会を問う大義不在の代物であるとも言えるでしょう。いずれにせよ、アベノミクスの成果などは、ソーシャルワーカーにとっては、その逆機能を果たすべき障壁に過ぎないことが確認できます。
※1 2014年3月28日『日本経済新聞』
※2 2014年3月29日『朝日新聞』
※3 「主要建設資材月別需要予測2014年3月分」2014年2月10日 国土交通省
※4 『日本経済新聞』2014年3月9日「小売り・外食企業が2014年度の出店計画を見直す。建築資材の値上がりに建設技能者の不足が重なり、商業施設の建設費は5割近くも上昇。イオンは大型ショッピングセンターの出店数を従来計画より2〜3割抑え、セブン&アイ・ホールディングス傘下のスーパー、ヨークベニマルは半分にする。入札の不調が相次ぐ公共工事に続き、民間企業にも建設費高騰の影響が広がってきた」。