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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

本質を失した「介護職」報道

2014/05/15 01:26:58  社会福祉
 最近発売されたばかりの『週刊東洋経済』(2014年5月17日号)を手にしています。「誤解だらけの介護職 もう3Kとは言わせない」と題した特集が組まれているからです。約40頁にも及ぶ大々的な特集となっています。人材マネジメントにおける具体的な実践例も示されており、そのこと自体は有意義であると思って読んでいましたが、本質論としては大きな問題を有する特集であると私は認識しました。つまり、ソーシャルワーカーとしては看過できない内容であると思われます。その理由を含め、以下叙述をしておきます。

 まず大前提として、言わずもがな、福祉や介護の仕事の素晴らしさについては、日々強く私も認識している所です。特に産業界の仕事と比較すれば、社会的使命や役割、責任がより実感できる数少ない仕事であると言えます。市場原理や競争原理に強く晒されている産業界の仕事では、組織や個人の利益が最優先される傾向があり、社会的責任や使命感は希薄化される状況にあります。自社製品よりも他社製品の方が優れていると自覚しながらも、自社製品を顧客に勧めざるを得ない環境や、自社製品を用いて顧客が傷つくことも想定されるでしょう。一方、私たちの仕事は、専門性を踏まえた実践を展開する限りにおいて、不幸な人々を生み出しにくい構造下にあると言えます。クライエントの暮らしの質を高めることに焦点化した実践を行うことこそが主たる仕事と言えるのですから。

 社会的責任や使命感の強い仕事。つまり、全ての人々の暮らしにおいて必要不可欠な仕事である以上、私たちの仕事は公益色の強い仕事であると言えますし、であればこそ、この仕事は、公的責任において維持・促進されるべき性格を有していると考えられます。北欧をはじめ、多くの欧州諸国では、社会保障の位置づけのもと、政府の責任においてこれらのサービスが提供されているのは周知の事実です。我が国においても、生存権や幸福追求権を鑑みれば、当然に、政府の責任においてこれらサービスの質は担保されることが大前提としてあるはずです。

 これらの事を踏まえた上で、本特集について検討を行います。特集では、まず、「介護職の賃金水準がほかの職種と比べて際立って低いといえる統計的な材料はない」と論じます※1。厚生労働省の賃金構造基本統計調査を見れば、他職種と比べてその差は明らかではあるが、介護保険制度が始まってまだ14年であるので勤続年数の浅い人々のデータが殆どを占めていると言うのです。「そこで、勤続年数と年齢を考慮して賃金カーブを作成してみると、(中略)全産業計との差はぐっと縮まる」と結論づけています※2。経験年数の浅い人のデータが殆どであると論じながらも、如何にして、経験年数と年齢を考慮したデータを作成したのかがそもそも不明ですし、この「賃金カーブ」の作成根拠は全く示されていません。

 加えて、「そもそも介護職の離職率は決して高くはない」と断じます※3。「確かに介護職の離職率は、全産業の平均と比べれば2~3ポイント程度高い状況が続いている。しかし逆にいえば、数ポイントの差にすぎないともいえる。(中略)だがほかのサービス業と比べるとむしろ離職率は低く抑えられているとさえいえる」のだとか※4。学生アルバイト等の雇用形態が当てはまりにくい福祉・介護分野と、そうではない宿泊・飲食サービス業や娯楽業とを比較すること自体に問題があると思われますし、2~3%の差が僅かであると断じる根拠もよく理解が出来ません。

 他方、同じ報道機関であっても、例えば、毎日新聞では次のような件を引用することが出来ます。


 「介護労働者の賃金は他業種に比べて低い。全国労働組合総連合のアンケート調査(昨年10月)では、手当を除く正規職の平均賃金は20万7795円。厚生労働省調査の全産業平均(29万5700円)を約9万円下回る。
 長らく介護は主婦による家事労働とみなされてきた。職業としての確立が遅れ、低賃金から抜け出せない。介護労働安定センターによると、介護職の離職率は17.0%(2011~12年)で、全産業平均(14.8%)を上回る。求職者1人に働き口がいくつあるかを示す2月の有効求人倍率は2.19倍。全産業平均(1.05倍)の2倍だ」※5。


 また、本誌で示されているこれらが事実であるならば、今まで、いや、今現在も、政府や全国各地で議論を繰り広げている福祉・介護職員の低賃金や低定着率に対する取り組みは全く不要であると言えるでしょう。本当にそうなのでしょうか。この様な根拠の浅薄なデータや理論をもとに、介護職は低賃金ではなく、離職率も高くはないと報じられることに私は強い違和感を抱かざるを得ません。

 そして、本特集では、全国の素晴らしい個人や組織の実践が数多描かれています。中には、「介護業界は賃金が低いといわれるが、私は20代で横浜に一戸建ての家を建てることができたし、仲間たちも30代で購入。年収700万~800万クラスもいる。努力次第で収入はついてくる」といった実践家のコメントも載せられているのです※6。

 私は、これら先駆的な個別の実践自体は素晴らしいと心底感服していますし、今後もこれらの取り組みは広がっていくべきだと切望しています。そこのことを前提としながらも、頑張って成果を上げることのできた一部の成功例を取り上げて、これら福祉・介護人材の問題を、組織や個人の取り組むべき課題へと帰結させる論法に猜疑心を抱いてしまうのです。当然に頑張っている人々は称賛に値します。この中には、私の知っている人たちも多く取り上げられていますのでその事には全く以って異論はありません。

 しかし、特別に頑張っていなくても、先駆性や開拓性を有さずとも、全ての福祉・介護職の暮らしを守っていくことが重要であると私は考えます。社会問題を捉える上で必要な視点は、ミクロ・メゾ・マクロ領域でそれぞれの要因を抽出することにあると認識しています。ましてや、前段で確認した通り、私たちの仕事は、公益性の高い営みであり、これらは政府の責任においてその質が担保されるべき前提を論じたところです。であるならば、マクロ領域たる政策や制度における課題の抽出と対策こそが急がれるはずです。この特集で最も欠けている視点は、まさにこのマクロ領域の分析であり、全ての要因を個人と組織に帰している点において、ミクロ・メゾ領域の議論に終始した論調であると断定できます。

 執拗に確認しておきますが、個人の心の持ち方の工夫や事業所努力は当然にあってしかるべきです。しかし、その質の担保における本質的な責任は政府にあるはずだと言いたいのです。その視点が欠如しているという意味において、残念ながら本特集は本質を欠いた代物であると断言できます。

 どのような人々がこの特集を編集したのかが少し気になり、「編集部から」の欄に目を向けました。すると、「来年度の報酬改定に向けた議論が始まったタイミングで、『介護職の給料は低くない』と書くことにためらいもありました」とあるではありませんか※7。つまり、この特集が介護報酬の引き下げに繋がる可能性があることを認識した上で、編集及び発表に踏み切ったと言うことです。尊敬すべき友人から教わった事があります。知識人は、講じた「状況」に対してではなく、その「結果」にこそその責任を有するべきであると。このことは、マスメディアの役割にもそっくり当てはまります。如上の報道が、何に利用され、どのような結論へと導かれるのか。その想像力こそが、特に、現下の報道機関には求められていると私は考えます。

 いみじくも、福祉新聞の次の行を彷彿しました。


 「麻生太郎・財務大臣は22日の経済財政諮問会議で、特別養護老人ホームの介護報酬を適正化する考えを明らかにした。収支差率が高く内部留保が多額な半面、常勤介護職員の賃金が低いとし、『この点は2015年度予算編成の重要課題だ』とも述べた。会議後の会見で甘利明・経済財政担当大臣が麻生大臣の発言を紹介し、『収益を賃金に還元すべきという提言だと思う』とした。介護報酬の引き下げ圧力が高まるのは必至。15年度の介護報酬改定に向けた厚生労働省の審議会は4月28日に始まる。それに先駆けて財務省が給付増をけん制する狙いがあると見られる。諮問会議は6月に経済財政運営の基本方針(骨太の方針)をまとめる」※8。


 個人や組織の素晴らしい実践を称賛すること自体は忌避すべきことではありません。しかし、その「称賛」の影で、この「称賛」を隠れ蓑にして、大事な本質を捉える観点が稀釈されるのであればこれは大いに問題です。私たちは、ミクロ・メゾ領域の実践に終始することなく、マクロ領域の視点と実践をも意図する必要があります。この度の特集に対して、批判が顕在化していない現象を鑑みれば、まさに、このことこそが我われ福祉・介護人材の弱点であることが確認できます。



※1 『週刊東洋経済』2014年5月17日 P.48
※2 『週刊東洋経済』2014年5月17日 P.46
※3 『週刊東洋経済』2014年5月17日 P.51
※4 『週刊東洋経済』2014年5月17日 P.49
※5 「介護職 低い賃金で疲弊 相次ぐ離職『仕事夢ない』」『毎日新聞』2014年4月27日
※6 『週刊東洋経済』2014年5月17日 P.52
※7 『週刊東洋経済』2014年5月17日 P.117
※8 「介護報酬の引き下げ圧力高まる 麻生・甘利両大臣が言及」『福祉新聞』2014年4月28日



Date 2014/05/15
中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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