2010/01/25 12:00:00
地域密着型サービス 小規模多機能型居宅介護には、4つの機能があると言われています(図1)。医療依存度の高い方や、認知症の方の在宅支援を行うためには、きめ細やかで、臨機応変な対応が求められます。そういった支援を具現化するために、4つの機能を有機的・総合的にサービス化していくことになります。
大切なことは、これら4つの機能を縦割り、細切れに提供しないと言うことです。小規模多機能型居宅介護が制度化された経緯を鑑みても、4つのサービスをすべて顔なじみの利用者・職員、施設の中で、受けることが求められていますし、30分単位の訪問介護や、6〜8時間の通所介護と言った硬直化したサービスではなく、本当に必要なサービスを必要な時間だけ提供させていただく柔軟性や、その柔軟化した4つのサービスを更に柔軟に一体的・総合的に提供していくことが望まれます。
制度の創設当初に比べるとあまり見受けられなくはなったものの、「通いサービス」のことを「デイサービス」、「訪問サービス」のことを「訪問介護」、「宿泊サービス」のことを「ショートステイ」と表記されている事業所パンフレットをたまにお見かけします。この表記は正確でないばかりか、利用者・家族、またはそこで働く職員の意識に大きな誤解を与えることに成りかねません。また、これらの4つのサービスについての「定義」は、厚生労働省の省令や解釈通知といったものにも一切表記がありません。つまり、「通所介護」や「訪問介護」、「ショートステイ(短期入所生活介護)」の様な、サービス内容や時間等における細かい制約がないものと受け止めることができます。
通所介護で言えば、4〜6時間、6〜8時間といったサービス提供時間に準じて報酬単位数の設定が成されており、6〜8時間というサービス提供時間内に、医療機関への受診や、定期的な買い物等の外出は原則禁止されています。6〜8時間というサービス提供時間内に、介護報酬に該当するサービス以外のサービスを受けることは想定していないためです。しかし、小規模多機能型居宅介護の「通いサービス」は違います。2時間でも「通い」であるし、10時間でも同じ「通い」の扱いになります。そのため、帰宅願望のある認知症の方が一旦帰宅してから、再度通ってこられたり、近隣の利用者が自宅と事業所を何度か往復されるなど、一日複数回の利用が可能となります。かてて加えて、「通いサービス」を利用中に、事業所を抜けての診療受診や、買い物等への定期的外出も可能となるわけです。
地域の絆の利用者の方で、サービスの利用を拒否されているものの、軽度から中等度の認知機能の障害で、専門職による支援が必要な方がいらっしゃいました。初めは「訪問」から開始し、職員との関係性を一定程度構築できた時点で「通い」を開始しようと試みましたが、お迎えに伺っても当日になると拒否され中々上手くいかないケースがありました。見守りで少し様子を見ていると、本人が困られた際食事や入浴を目的に、自身で押し車を押して来所されるようになりました。この場合のケアプランの位置づけでは、「通いサービス」の提供頻度は、「ご本人の気の向いた時」とさせていただきました。このような「通い」の在り方も可能となります。また、地域の絆では、事業所ごとに年3〜4回の地域行事の運営を行っており、その際には、全登録利用者(25名)や家族への参加を呼び掛けています。緊急時や、「登録者全員を集めて催しを兼ねたサービスを提供する場合」(解釈通知)は、「一時的にその利用定員を超えることはやむを得ないものとする」という厚生労働省令に基づいたものであり、「通い」「訪問」「宿泊」における定員を硬直化させないことで、臨機応変で、柔軟なサービスの提供が可能となります。
何度も述べるように、事業所運営においては、これら4つのサービスを一体的に提供する視点が重要になってきます。あくまで、稀に耳にする話ですが、「訪問サービス」の職員を専属で訪問要員としてのみ配置している事業所もあると聞きます。これでは利用者の生活の全体性を捉える事が困難となり、情報共有の不備や、職員意識の混乱を招く結果となりかねないと考えます。「通いサービス」「訪問サービス」「宿泊サービス」の人員を専属で配置する必要はなく、時間帯に応じて、それぞれ決められた人員配置を行うこととされています。日中の人員配置においても、「それぞれのサービスに固定しなければならないという趣旨ではなく、日中勤務している小規模多機能型居宅介護従業者全体で通いサービス及び訪問サービスをおこなうこと」(解釈通知)とされています。
また、地域の絆では、提供した4つのサービス内容を一体的に把握するため、サービス毎に記録を分けていません。「通い」「訪問」「宿泊」「支援」(ケアマネジメントかかる内容)と項目欄に記載するだけの区別で、利用者生活の時系列に合わせて1枚の記録用紙に記入するようにしています。
このように、�〕�用者の生活の全体を捉え(身体的・精神的・社会的な視点で行う)、�⊆匆饑験莨紊離法璽此丙い辰討い襪海箸簗槁犬箸垢襪海函砲鯒聴�し、��4つのサービスを柔軟に、かつ一体的に提供して利用者の在宅支援を実践することが、私たちに課せられています。
図1 小規模多機能型居宅介護における4つの機能を有機的・総合的に運用を!
2010/01/18 12:00:00
地域密着型サービス 本ブログにおいて今までは、主として地域密着型サービスとしての取り組みや、考えを述べてきました。これからは、遅蒔きながら、小規模多機能型居宅介護に絞って話を展開していきます。
小規模多機能型居宅介護は、厚生労働省令にもあるように「居宅において自立した日常生活を営むことができるよう」支援していくことを目指した在宅ケアを基本方針としています。長期宿泊や、居住を前提として運営されるべきものではありません。昨今では、高齢者専用賃貸住宅や、住宅型有料老人ホームを併設して、居住機能を設けている事業所も急増していますが、「利用者が住み慣れた地域での生活を継続することができるよう、地域住民との交流や地域活動への参加を図りつつ」(厚生労働省令)サービスの提供を図ることを鑑みると、利用者の地域性への配慮は不可欠に思います。つまり、併設する居住施設に入居している利用者は、やはり、事業所のある日常生活圏域内に住んでいた利用者でなくてはならないと私は考えます。自宅で生活が困難なために、住み替えを行ったとしても、その住み替え先は、「住み慣れた地域での生活」が継続できる範囲の地域内になければならないと思うのです。でなければ、「在宅」の定義が非常に曖昧模糊としていき、特別養護老人ホームが「施設」で、高齢者専用賃貸住宅が「在宅」だという区分に無理が生じてくるはずです。小規模多機能型居宅介護と居住機能を併設した事業所は、「ミニ特養」と化してしまう恐れがあり、そうならないためにも、利用者の地域性に最大限配慮し、在宅の担保を堅持する必要性を感じます。
地域の絆では、利用者が住んでいる地域にこだわった支援を行っています。利用者が住んでいる地域には、様々な人間関係があります。行きつけの商店やお店、隣近所のお付き合い、習い事の先生や生徒の関係など。そのような関係性を維持・活用した支援ができるのも、「利用者の住み慣れた地域」に私たちがこだわり続けているからだと考えます。昔から仲の良い近隣住民に、要介護状態になった夫婦世帯の見守りをお願いしたり、近隣住民に、散歩の付き添いや、軽微な家事支援をお願いすることもあります。
住み慣れた地域に利用者が住み続けることに対して、下記の効果があると私は信じています。
�〕�用者が住み慣れた環境の中で、暮らし続けることができる。
�⇒�用者の支援を専門職だけではなく、地域住民・商店・企業・学校等の総力戦で実践する必要性が生じる。
�C楼茲涼罎諒〇祺歛蠅�地域住民に明確化される。
�だ験莢歛蠅鯤�えている他者を、自分のこととして考えて行動する契機になる。
�ッ楼莉嗣韻領呂撚魴茲靴覆ぬ簑蠅髻∋堋�村及び都道府県、国レベルの問題として捉える契機になり、結果として、政策への問題意識が向上する。
�γ�もが自分らしく、安心して暮らせる地域づくり、延いては、日本全体の社会システムの再構築に繋がる。
確かに、過疎地や、山の中腹にある団地やニュータウンに在住のケースや、より強度な見守りやケアが必要なケース等、住居の住み替えが有効なケースが増えています。家族機能の低下もその一因でしょう。その際には、是非「利用者が住み慣れた地域での生活」が継続される範囲内の地域へ移り住むことを提唱したいと思います。
利用者が「役割を持って家庭的な環境の下で日常生活を送る」「食事その他の家事等は、可能な限り利用者と」(厚生労働省令)職員が共同で行うことを鑑みても、対象利用者は認知症高齢者であることは明白です。地域の絆における利用者を分析しても、97%の方が認知症です。また、診療報酬の改定後(2006年度)病院の平均在院日数は急激に減少し、医療依存度の高い利用者が在宅で増加傾向にあり、その受け皿としても小規模多機能型居宅介護は期待されています。地域の絆でも、胃瘻造設の方や、末期癌の方、IVH中心静脈カテーテル留置の方、導尿の必要な方などの、受け入れを行っています。厚労省の解釈通知上は、「看護師又は准看護師は、常勤を要件としておらず、毎日配置していなければいけないということではない」となっていますが、看護職は常勤の配置が望ましく、また、1名ではとうてい不安であり、2〜3名の体制で臨んでいます。また、協力医療機関は、24時間365日体制のある総合病院と、身近に相談できる医院・診療所の双方からの協力が望まれ、その体制づくりが求められます。
創設以降、対象利用者は中重度の方と厚労省も示している通り、報酬設定を鑑みても、上記のような利用者を対象としなければ、経営が成り立たないのが現状です。施設の新築・改修等にもよりますが、人件費率を考えると月額550万の収入を切れば、経営は難しくなると私は考えています。であれば、おのずと平均要介護度が3の利用者を受け入れていかなければなりません。
効率と効果のことを考えると、要介護3の方の在宅支援は動線のことを考えても、人手がかかります。収支のやりくりをしていくためには、�/Π�の質の向上、��業務の効率化、��車で5分圏内の利用者の利用促進、が不可欠です。�,蓮⊆舛旅發で�知症ケア・医療的ケアの実践可能な人材育成、�△蓮�日常的な業務改善の取り組み(動線短縮や、ミスの削減、効果的情報共有システムの確立等)、��は、日常生活圏域の中でもさらに、近隣にお住まいの利用者に利用していただくことで、訪問・通いサービスにおける移動時間の短縮化を行い、より密度の濃いケア・サービスの提供に繋げることが目的です。特に、訪問のことを考えると、車で片道30かかる利用者宅へ訪問した場合、移動時間だけで往復1時間かかかってしまい、一方、車で片道5分の利用者だと、往復10分の移動時間で済み、その分、訪問回数を増やすことや、訪問時間を延ばすことも可能となります。また、より近隣の地域住民との交流も促進され、その効果は非常に大きなものがあります。
建物については、様々な設置基準がありますが、市町村によって解釈の仕方が大きく異なりますので注意が必要です。各面積の数値を、壁芯面積で測定するのか、内法面積で測定するのかは非常に曖昧です。ちなみに、厚労省の基準では介護保険施設は絶対的に内法面積で、その他の施設については、特に基準を設けていないとしています。
大学の恩師より、先輩から新入生に向けての原稿依頼を頂戴し、草稿を過日お送りした所です。大学に入ったばかりの新入生に何を伝えるべきか、自身の経験をもとに助言をしてやって欲しいとのご依頼です。約2400字程度の原稿でしたが、言いたいことを一言で言い表すならば、「読書は馬鹿者をつくり、作文は正確なる者をつくる」(フランシス=ベーコン)となります。
受験勉強に偏重した今の教育、少なくとも私の経験では、試験の問題となっている文章や、教科書に書かれた文書の意味を的確に読解し、要約する能力が強く求められていたように感じています。国語や社会に関わらず、的確に読解・要約することが評価の対象になっていたかと記憶します。私などは、自分の意見がとめどなく溢流し、それを思いとどめることができず、その考えを解答用紙に書ききれず苦慮したものでした。無論、専ら良い点数を頂いた記憶はありません。
そのことを僻んで申し上げるのではありませんが、社会人として、もしくは、もう少しマクロの視点で国際競争に「負けない」強靭な社会人を育成するには、読解力を研ぎ澄ますよりは、自分の意見を他者に説得力を持って伝える力、説明力を向上させる必要性を感じています。如上の教育カリキュラムの「成果」もあってか、読解力はあるが、説明力に欠けている人が日本人には多いようです。特に、自分の思いや、考えを、自分の言葉で他者に伝えることが不得手な人が多いのではないでしょうか?
であるからこそ、読書をするという受け身の勉強よりも、作文をする能動的な取り組みの重要性を、フランシス=ベーコン氏は言われていたのだと推察しています。もちろん、読書は自身の人格形成には欠かせない営みですが、それは、何を学びたいのか?どのような人間になりたいのか?自身の問題意識が確立していることで、更に大きな学びが得られることが前提ですから、やはり、その基礎には、自身の考えや思いが確立しておらねばなりません。であればこそ、読書より、作文を・・・。となります。
そして、勉強や、学問とは、次のことをもって理解するように、説明しました。他愛のない、センパイの戯言かも知れません。
「大学は、『自分の考えを確立する場』であると考えています。他者の考えを参考に、自分はどう考えているのか、自分の声に耳を傾ける勉強です。
それは、高校まで学んできた偽勉強ではなく、真なる勉強です。なぜなら、勉強は全ての人が幸せになるためにするものです。勝ち負けを競い、誰かを蹴落としたり、蹴落とされたりするものでは断じてありません。全ての人が幸せになることは、非常に困難な課題ですが、それを成すために考えるのが勉強であり、学問であると私は考えています。多少の犠牲はやむを得ないのではなく、多少の犠牲も許さない、そんな生き方をするための勉強です」。
2010/01/09 12:00:00
地域密着型サービス 運営推進会議における地域の絆での取り組みと、そこから見えてくる課題について前回の続きです。
会議の内容としまして、「事業運営の状況」「利用実績」「サービス(ケア)の内容」の報告・説明を前半部分に行います。まずは、2ヶ月間における事業所の情報公開を行い、それに対して意見を求める流れで進めています(図1)。
「事業運営の状況」では、事業所全体的な運営の課題や取り組みについて報告します。例えば、就労支援の場として、発達障害の方をボランティアとして受け入れる取り組みを開始することや、家庭裁判所と連携し、触法少年のボランティアを受け入れること、地域の高齢者を先生として、地域の子どもたちを対象に書道教室を始めること、ボランティアのポイント制度を開始すること、介護報酬における市町村独自加算を開始すること等、事業所の運営方針に関わる事項を説明し、時には同意を求めることも行います。
「利用実績」では、「通い」「訪問」「宿泊」及び「登録」利用者数の日々の実績を2ヵ月分表にまとめて情報公開を行い、大きく2つの項目をご確認いただきます。� 崢未ぁ廚陵�用者数が、「登録」利用者数の3分の1以上を常時維持しているか、��長期宿泊利用者数及び長期宿泊の理由。�,蓮�厚生労働省令にある「指定小規模多機能型居宅介護は、通いサービスの利用者が登録定員に比べて著しく少ない状態が続いてはならない」に対して、同じく厚労省Q&Aの「著しく少ないとは、登録定員のおおむね3分の1以下が目安となる」を、�△蓮◆崕蒜颯機璽咼垢両絽造論澆韻此⊇電戮諒�であれば、運営推進会議に対し報告し、評価を受けることを前提として、ほぼ毎日宿泊する形態も考えられる」(同じくQ&A)に依拠した項目です。
「サービス(ケア)の内容」に関しては、地域住民を対象にしたイベントの開催状況や、利用者の外出支援、日々の活動状況を写真の入った配布資料で説明します。「事故及びひやり・はっと」や「苦情処理」の中で、全ての利用者に通じる普遍的な事例の報告も行います。また、ここでは前回の会議で、参加者から受けた課題に対する対応策(決定事項)の実施評価も行います。例えば、あるご家族の方から、職員が記録する連絡帳の内容が、家族の求めるものになっていない、具体的な記録が少ない、といったご指摘を受けて、連絡帳の記録マニュアルを作成することと、連絡帳の記録についての専門職としての目的・意義・留意点を確認する勉強会を開く決定事項を行います。その実施した2ヶ月後の評価をここで改めて受けるのです。改善して良くなった、と支持されることもあれば、まだ、不満があると再調整を求められることもあります。無論、参加者の言い分を一方的に呑み込むだけではなく、それが出来ない事業所の事情も説明し、構成員の方にも主体的にその対応策を考えていただくようにしています。このようにして、連絡帳の書式が改善されたり、新たなマニュアルが完成したり、職員の研修会開催の機会に繋がるなど、事業所のサービス・ケアの質の向上に繋がる話し合いがなされています。運営推進会議もご多分にもれず、会議の基本は、物事を決定することと、決めごとに対する評価を絶えず行っていくことにあります。その基本を常に意識しながら会議の運営を行っております。
そして、会議の進行に当たって、一番私たちが心がけている点は、事業所職員ばかりが話しすぎないことです。参加者の話を聴くことを常に心がけます。ですから、「質疑応答及び意見・要望の拝聴」に多くの時間を割いています。そこでは、家庭で介護をされているご家族の苦労話や、介護者の思いを聞くことができ、事業所職員もそのことで、家族の気持ちや、自分たちが今まで知らなかった自宅での利用者の様子をうかがい知る事が出来ます。ここでは、利用者・家族⇔事業所・職員の単純化した対立関係の構図に陥らないよう地域包括支援センター職員、行政職員、地域住民に敢えて意見を求めるようにもしています。かてて加えて、地域住民と事業所の対立構造が防げることもあります。実際に地域の絆であった事例ですが、運営推進会議以外の場で、自治会長に避難訓練を事業所と自治会で協働実施したい旨のお願いをしたところ断られていたのが、運営推進会議の場で、家族や行政、地域包括支援センター職員の意見をいただきながらお願いしたところ、ご承諾いただけたこともありました。
また、運営推進会議のもう一つの目的である地域住民と行政、専門職、利用者・家族による協働のまちづくりの視点を鑑み、「地域の課題について」の議題を毎回設けるようにしています。この議題を設定しなければ、事業所におけるサービス・ケアの質の向上のみの議論に終始し、単純な、家族会との協議の場と化してしまうからです。
ここでは自治会長・民生委員の方を中心に、地域活動をしていて困っていることをお話いただきます。それに対して、地域包括支援センター職員や行政職員が、助言を行ったり、要望として持ち帰られることもあります。例えば、一人暮らしの90歳の女性が、介護保険のサービスを利用したいと要望があるが、自立判定が出ているためサービスが利用できないケースがあるとの民生委員の発言に対して、近くにふれあいプラザがあり、毎週火木土の9時〜16時まで開所しているので、是非利用してもらいたいと行政の方からの意見が出ることや、そのようなケースで地域包括支援センターの訪問が開始されることもありますし、小規模多機能の市町村独自加算を開始することで、小規模多機能以外の外部サービスが利用できなくなっている苦悩を行政職員に家族が話されることも見られます。
運営推進会議における直近の目的は、事業所内外におけるネットワークの構築にあります。そして、地域の中で生活課題を抱える利用者を支援するためにも、ネットワーク構築の成否は、我々の生命線です。是非とも、運営推進会議を外へのネットワーク作りの礎にしたいものです。
図1 地域の絆における 運営推進会議の構成
「無関心」であることの罪
年始の自室大掃除の際、学生時代ジャーナリストに憧れて以来ためにため込んでいるスクラップファイルを整理していると、マザー=テレサの訃報に関する記事が目に留まりました。マザー=テレサには、数多くの名言が残されていると聞きますが、私の記憶に最も残っている言葉は、「愛の反対は憎しみではなく、無関心」というもの。この言葉はあんがい奥深く、G.ジンメル(100年前のドイツの社会学者)の言うところの「排除されていないものは包括されている」の意味と内容的に一致するものであると認識しております。
つまり、学校でいじめにあっている子どもと、いじめている子ども、両者を傍観している子どもの「3者」という捉え方はそこには無く、傍観している子ども(「排除されていないもの」)は、いじめている側に「包括されている」と捉えますので、両者を傍観している者は、いじめる側に加担していると捉えられます。これは社会学的には、常識的な見解であると私は認識しております。
つまり、大きな力と声を出すことのできる一部の人たちに対して、声を出さずに傍観しておっては、その声が普遍化してしまい、その結果、声の小さい・力のない少数の人々の声はかき消されてしまうということです。
その意味においても社会福祉従事者の使命は、声なき声・小さな声の代弁者として、普遍化されている大きな声に対し、異議申し立てをすることにあると認識しています。ただ無関心に傍観していることは、少数の小さな声を、無意識とは言え排他・排斥してしまう罪責を負いかねません。「無関心」であることは罪であることを、自身もここで、今一度再認識したいと思います。
―――彼女(マザー=テレサ)は訪日した際に、次のような言葉を残したという。「日本人は物質的には豊かです。しかし、弱い人や貧しい人に無関心です」(1997年9月14日毎日新聞「社説」より)。