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NPO法人 地域の絆

NPO法人 地域の絆

中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

社会に何かを伝える「実践」を!

2010/04/25 12:00:00  社会全般
福山城の桜も既に散り落ちました。これからいよいよ情熱的な季節が始まります。
 「『新しい公共』づくりをめざした市民と民主党の政策形成プロジェクトIN広島」(【主催】民主党企業団体委員会)に少し遅れて参加しました。13時までは社団法人広島県社会福祉会の理事会に出席しておりましたので、ご宥恕いただきたく存じます。失礼致しました。
 遅れて会場に入ると「パネルディスカッション」が展開されていました。席に着くと間もなく、�螢好錺鸞緝充萃�役社長 海津歩氏のご発言が耳に留まりました。急いでPCを開いて書き残したメモを、振り返り読むと―――「社会にインパクトを与えなければ、その実践は自己満足に過ぎない。インパクトを与えて、実効を上げることを重要視して(私たちは)実践をしてきた」というものでした。
 もちろん口語表現ですから、「実効」は「実行」の意かも知れませんし、私の都合の良い解釈の仕方かも知れませんが、つまり、社会にインパクトを与える実践を通して、社会に実益を上げていくこと、もっと端的に言えば、実践を通して社会変革を遂げること、その事が出来ない実践は独り善がりの実践であるという意味に解釈しております。
 NPO・社会的企業・コミュニティビジネスにおける実践には、社会に何かを訴える要素が不可欠です。社会の課題を認識し、放置しておってもその課題が一向に解決しない中、「無いものを嘆くなら、つくればいい」と、志を持った人々が起ち上がって起業するのが如上の実践だからです。
 私は同じ意味において、社会に訴えるべき基軸を持たない芸術(アート)は、真の芸術(アート)ではないと認識しております。芸術に対してすらそのような視点を持っているものですから、NPOの活動は当然社会性の高いもので無ければならないという認識を持っております。海津氏のご発言は、自明のことではありますが、目の前の実践を積み上げる中で、次第に忘れやすい使命(ミッション)でもあります。その事を再認識させていただいたことに、深く感謝しております。
 そして、あるべき姿を語ることも実は大切な行為なのですが、それよりもあるべき姿を実践して見せることが至上であることも、このご発言は指しています。実践して見せること、これほど社会に対してインパクトを与える事柄はありますまい。
 これからのNPOや社会的企業には、社会の課題を変革する志と、その実践力が問われているのです。

社会福祉法人 守里会 デイサービスセンター 侶(とも) 訪問

2010/04/17 12:00:00  社会福祉
小規模多機能型施設侶 デイサービスセンター侶 管理者の城丸聖平氏。「朝の市」と背景には、施設と海が広がっています。城丸様本当に有難うございました。
 前回ご紹介させていただきました東京都小金井市にあります「NPO法人 地域の寄り合い所 また明日」と同様に、「認知症でもだいじょうぶ」町づくりキャンペーン2009(事務局 社会福祉法人浴風会認知症介護研究・研修東京センター)において「町づくり2009モデル」にて表彰された事業所です。
 特別養護老人ホーム守里苑・施設長の和泉 安津砂様及び管理者の城丸 聖平様に貴重なお時間を頂き、その実践についての教えを乞うことが出来ました。本日特別な取り計らいをしていただきました理事長の松木 香代子様と、ご多忙の折貴重なお時間を割いて下さいました和泉様、城丸様に深くお礼申しあげます。
 デイサービスセンター侶の実践をお伺いした際、そこに二つの優れた視点がある事に気がつきました。一つは、介護保険の事業所がまちづくりの拠点を目指した実践を行っていること。もう一つは、ただ単にまちづくりを行う発想ではなく、その中心に利用者の支援が位置づけられていることでした。
 デイサービスセンターの隣地にある畑づくりにおける協力を地域の方に依頼し、その後菜園活動時に地域住民がセンターで昼食をとられるようになり、その際料金を支払われるようになった。そのことが契機となって、利用者と地域住民が運営する地域食堂が生まれました。利用者の食生活に最もなじみのあるうどんと押し鮨をメインにした「定食」を提供されています。
 同じく毎週土曜日には、「朝の市」を開かれています。地域住民の方が作られた野菜・果物・お花・お漬物が売られており、地域住民の方と、職員さん、ご利用者が協働で朝市の運営をされていました。誰が何を作るのか?誰が店番を行うのか?一つの取り組みを通じて、様々な交流促進が図られていました。「認知症の利用者が安値で売ろうとするので、予め定価を高めに設定して下さる地域の方がいらっしゃるんです。利用者のためにそんな配慮をして下さることが嬉しいのです」管理者の城丸様が本当に嬉しそうに話されていたのが印象的でした。
 如上で「二つの優れた視点がある」と申し上げましたが、見学を終えてもう1つの視点を感じることができました。それは、志が高く、非常に精力的な職員さんの存在がそこにあることでした。私たち、地域の絆が大切にしているものを、同じ様に大切にされ、溢れんばかりの活力で実践をされている方々がここにいました。紆余曲折を経ながらも、同じ思いで実践を積み上げていらっしゃる「仲間」が瀬戸内海を挟んだここ高松にもおられたのです。おそらく、私たち地域の絆のこれからの課題は、このような全国の「仲間」と多く繋がって行くことと、地域の絆の中にいる職員の志を高めていくことにあると再認識することが出来ました。
 そのことを確認できたことが、本日の訪問における何よりも代えがたい「収穫」でした。
 社会福祉法人守里会の皆様、本当に有難うございました。今後とも、ご指導・ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

「朝の市」の果物や野菜 とっても新鮮でおいしそうです!

「朝の市」ではお花も売っていらっしゃいました。

近くの墓地には、全てのお墓にきれいな花が生けてありました。地域住民と施設利用者のご配慮だそうです。とっても、素敵な地域でした。

向いていないと諦めた才能は永遠に開花しない

2010/04/08 12:00:00  社会全般
今年の5月も、地域福祉センター仁伍で「仁伍こいのぼり」を開催します。もう直、写真のような光景が見られますよ。
 2010年2月2日の本ブログにて、『プロフェッショナル仕事の流儀』(NHKアンコール2010年1月26日放送)で取り上げられた鮨職人・小野二郎氏について叙述しましたが、感銘を受けた残りの一つについても忘れぬうちに記しておきます。
 修業についた当初、「生来不器用だった(小野)二郎は、何をやっても時間がかかり、どなられてばかりいた」のみならず、今でも、不器用さを自認した上で、お持ち帰りの折をきれいに包装できないと笑顔で話されていた逸話がありました。そして、―――不器用だからこそ、人の3倍練習し、人の3倍考える。人が考えない深いところまで、考える。だから、いいんじゃないかな?―――と話されたのです。
 人のもつ才能とは、それ程単純には推し測れないものだと常日頃から私は認識しています。少し取り組んだ時点では、ひどく向いていないと思われる人が、その後努力を重ね、その世界で超一流の実績を残される事例などは全く珍しくもありません。しかしながら、何に焦っているのか?少し取り組んだ後、向いているか向いていないかを時期尚早に判断をされるケースが多いように見受けられます。少しやってみて、向いていないと分かれば、向いている他の何かに時間を費やしたほうが賢明であると思ってはいませんか?
 習い事や、趣味等、少しの上達を最終目標においた活動であれば、如上の考えは的確な判断と言えるかも知れませんが、こと一生かけて極めたい専門性や仕事などにおいては不適切な判断と言わざるを得ません。物事を極めるためには、その構成を一旦ゼロまで解体し、自身の考えで再び構成し直し、新しい自分なりの方法を創出することが不可欠ではないかと若輩浅学ながら私は考えています。そのためには、躓きや苦悩が不可欠であると認識しています。この躓きや苦悩と面と向き合うことのできる人が、物事を極めることのできる人であると信じています。
 そこでは、やはり大前提として、そこに遣り甲斐や楽しみを見出せなければ、苦悩と対峙し続けることが出来ないと思いますので、その活動は本人にとって何と言っても「好きなこと」でなければならないともいえます。つまり、大切なのは、早期の段階での向き不向きでは断じてなく、本人にとって、遣り甲斐や楽しさを見いだすことのできる活動であることだと私は考えています。
 遣り甲斐を感じること、楽しめること、好きなこと、それらを簡単に諦める人が多い様な気がします。自分の声に耳を傾け、自分の信念を大切に貫くこと、この営みが、物事を極める第一歩であることは間違いありません。時には、周囲の雑音に耳を塞いで、自身の思いや考えに耳を傾けることをお勧めします。向き不向きの判断基準で人生の舵切りをすると、自身の中の隠された素晴らしい才能を開花させることなく生涯を閉じることになるやも知れないからです。
 向いているか向いていないか、ではなく、自分は何をしたいのか、どのように生きたいのか、そこを大切にすることが要諦であると、小野氏はご示教して下さっているように思われます。
 私の尊敬するジャーナリストの一人である故・筑紫哲也氏も下記のように仰られています。実は偉そうに叙述する私も、時折読み直しては、自身を鼓舞する毎日です。
 「人と会うのが苦手だった――と自分にとっての最新刊(『旅の途中』朝日新聞社刊)の冒頭に書いたら『信じられない』という反応が返ってきた。(中略)当人がそうやって人に会うことに興味を持ち、積極的にもなるまで、相当に時間も習練も必要としたことを断っておかないと、私がまるで外向的、社交的な人間に生まれついたような誤った印象を与えてしまう。引き合いに出すのが妥当かどうかはわからぬが、私が出会った偉大な俳優、そしてコメディアンすらが、本来の性格は内向的、シャイで、それを克服しようとすることがバネになって、名声を獲得していった場合が少なくない。根っから外向的、『根アカ』はそういう努力を要しない分、かえって表現に深みが欠ける、という関係があるのではないか」(『週刊金曜日』2005年11月18日 582号 「自我作古 フツーの子の暗黒」筑紫哲也氏)。

NPO法人 地域の寄り合い所 また明日(東京都小金井市) 訪問

2010/04/01 12:00:00  社会福祉
NPO法人 地域の寄り合い所 また明日 の森田ご夫妻。夜は大変おいしい焼鳥屋さんに案内していただきました。広島へのお越しを心よりお待ちしております。有難うございました。
 「認知症でもだいじょうぶ」町づくりキャンペーン2009(事務局 社会福祉法人浴風会認知症介護研究・研修東京センター)において「町づくり2009モデル」に選定・表彰された法人です。管理者の森田和道さんと代表理事の森田眞希さんはご夫婦です。高齢者・子ども・地域に対する高い志を胸に紆余曲折を経て2006年頃に現在の法人を立ち上げられたそうです。地域の絆とほぼ「同級生」の法人ですね。無論森田夫妻の実践は、私の個人的な実践よりも歴史が長く、「NPO法人 地域の寄り合い所 また明日」の前身の法人も運営されていたので、個人的には大先輩に当たります。
 森田さんご夫婦の実践を東京でお聞きした際、同じ志を持つ者の“匂い”がしました。それは、とっても良い香りなんです。この度お会いし、お話しをさせていただく中、やはり「同志」であることを実感致しました。私は「出逢い」とは、お互いに発した意見や、雰囲気がお互いを引きつけて巡り逢せるものだと認識していますが、ここにも確かな「出逢い」がありました。
 経済至上主義の中で、効率化と生産性が最重要視される中、見落とされてきた能力があります。そして、認知症高齢者や、児童、障害者の本来ある能力も同時に黙殺されてきたのではないでしょうか?
 「認可外保育施設虹のおうち」に通ってくる子どもの母親が、認知症デイサービスの利用者から「いつも頑張って、エライね」「いつも大変だねぇ」と声をかけられることで、ホッとする・元気づけられることがある。森田和道さんはそう教えて下さいました。私は思ったのですが、私たちが日々の生活や、忙しさの中で忘れてしまったものがここにあるのではないでしょうか。頑張ることが当然だと毎日汗をかいて私たちは頑張っていますが、他人に労をねぎらうこと即ち、気配り・思いやり・気遣いの大切さを忘れてしまっているのではないでしょうか。そして、そのような思いを声に出して相手に伝えることに気恥ずかしさを覚えており、思っていても中々口に出せないでいるのかも知れません。私たちよりも、確かに優れた能力がここにあります。
 また訪問中に、職員さんの誘いに中々応じない腰の重たい高齢者の方が、ゼロ歳児を自発的に追いかける姿を目の当たりにし、ここにも私たちには太刀打ちできない子どもの能力があるな、と感じました。
 高齢者・障害者・児童には、表面化していない隠された能力が沢山あります。それをひとつ一つ可視化していくことが、これからの私の専門職としての課題でもあります。そのことを通して、既存の能力の測り方に疑問を投げかけていく、延いては、私たちの生き方そのものの在り方を問うていく、そんなことを考えています。効率性と生産性を至上とした就労の在り方を続けている限り、障害者の就労支援は成し得ないと私は考えています。そこでは、私たちの就労の在り方自体が問われているのだと思っています。障害者の就労支援を真摯に突き詰めると、今現在の私たちの就労の在り方を変革していく必要性が生じるのではないでしょうか?効率性・生産性を第一義とした就労から、思いやり・支え合い・生活の質を重視した就労へと変遷していくことが望まれるのではないでしょうか?そもそも、人の能力を測るモノサシは、何千・何万もあると私は思っています。それを、生産性と効率化といったたった一本のモノサシでしか測っていないのが、現下の社会であるようです。多様なモノサシの中から、一本のモノサシを取り出し、それで全てを推し量ってしまう。このような社会では、個性の画一化が進み、他者を認め合う意識が希薄化してしまいます。社会福祉とは、利用者の側から世の中を見定め、社会を変えていくことがその役割であると端的に考えています。実はそのことが、利用者のみならず、全ての市民にとっての有益な社会構築へと繋がるはずです。
 少し迂遠してしまいましたが、そこに多様な能力があることをしっかりと見据え、「地域の寄り合い所」は運営されていました。また、専門職にはない能力を高齢者や子どもたちは持っていて、専門職には成し得ない支え合いがそこで生まれていました。
 そのような状況を目の当たりにし、森田和道さんに思わず問いかけてしまいました。「介護専門職の専門性って、極めれば極めるほど、利用者をダメにしてしまう側面がありますよね?実は専門性を特化させることに、若干の疑問を持っているんです」。それに対しての森田氏の答えは明確でした。「私たちは介護の専門職である前に、福祉の専門職であると思うのです。問題なのは、福祉の専門性が高まっていなことではないでしょうか」。そうです、ソーシャルワークの専門性。それが不可欠であると森田氏は語って下さいました。介護福祉士やケアワーカーにも、当然ケアマネジャーにも、ソーシャルワークの専門性が不可欠です。それが浸透せずに、利用者にだけ焦点化したアンバランスな支援の状況があることが問題なのでしょう。利用者の周囲には、家族が、地域が、社会があります。そのことの調整・介入にも私たちは関わっていく必要性がありますが、多くの専門職はそうではない現状が目の前の課題としてあるわけです。
 「地域の寄り合い」は、自然発生的に、非専門的に出来上がった法人では断じてありません。そこには社会福祉の専門性、ソーシャルワークの視点を持った経営者が、見事なコーディネート力を発揮し、地域のニーズや人と人とを紡ぎ合わせてきたからこそ成し得た実践でした。実際問題として、森田夫妻の志に、私自身忘れていた何かが引き出された感覚を覚えたのも事実です。森田夫妻の実践に深く感銘を受けました。貴重な経験を有難うございました。再会を是非とも楽しみにしております。今度は広島にお越しいただけることとなっております。感謝。感謝。
 これからの福祉専門職に強く求められるのは、ネットワーキングやコーディネーションの力なのかも知れません。
 それでは皆さん、また明日。

小金井市の枝垂桜

町中の至る所に桜の木がある素敵な地域です。
中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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