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NPO法人 地域の絆

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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

「ペイアズユーゴー原則」の陥穽

2010/09/27 12:00:00  社会全般
コミュニティホーム仁伍 いよいよ外壁が立ち上がって来ました。11月20日には竣工の予定で、工事は順調に進んでいます。
 菅政権が打ち出している「ペイアズユーゴー原則」。最近よく耳にしませんか。このように政府が新たなキーワードを掲げた際、ついつい猜疑心を持って見てしまうのは私の性格が捻くれている所為かも知れません。「歳出増等を伴う施策の導入・拡充では、それに見合う安定的な財源を確保しなければならない」※意味だそうです。

 また同じく政府は、全省庁の政策的経費を概算要求段階で前年度より原則10%カットする方針を打ち出しています。

 財政難の顕著な我が国において如上の視点は、必要不可欠な取り組みとして多くの方が肯定的な捉え方をされているものとお見受けしています。財源が限られている中、支出を抑え、やむを得ず新たな支出を行う際はその財源を確保した上で実施すること。子どもにも分かりやすい道理かも知れません。

 しかし、少し近視眼的過ぎやしないかと私は考えます。各省庁であったり、自治体の各部署内において、無駄を削減することは非常に重要な視点ではありますが、各省庁・部署を跨いだ総体的な理念・ビジョン・方針がなければ持続可能な社会構築には繋がりません。本来であれば、総体的な理念や方針の下、財政投入する部分と削減する部分を明確化し、効果的施策の下、総体的な無駄の削減が成されるべきでしょう。つまり、部署によっては赤字覚悟で財政投入すべきものがあるはずだと申し上げたいのです。費用対効果の高いものや、市民の生活基盤を支えるために必要不可欠なものはたとえ赤字になってでも財政投入すべきであるのは自明の理ではないでしょうか。極端な話、赤字になるからと言って、病院や消防署、警察署はいらないと言う人はいないはずです。費用対効果の高いものとしては、まちづくり活動を行う市民団体への助成や、コミュニティビジネス、社会的企業、NPOへの支援が考えられます。

 国家レベルにおいてこの国をどの様な国にしていくのか。自治体レベルにおいてこのまちをどの様なまちにしていくのか。その理念・方針・ビジョンを分かりやすく明示することなくして、部門毎に支出の削減を実践しても、長期的に更なる財政難を招き入れるだけです。

 ペイアズユーゴー原則は、よって総体的な視点で成されるべきですが、それより以前に、まずは総体的ビジョンを誰にでも分かりやすく明示することが求められているのです。

※『介護ビジョン』2010年10月号 日本医療企画 P19

日本福祉図書文献学会 弟13回 全国大会

学生時代にお世話になった京都駅。昔とは全く様変わりをしています。
 京都ノートルダム女子大学で開催されました。第7回日本高齢者虐待防止学会広島大会の分科会でお世話になった三好明夫先生にお誘いいただき参加することが出来ました。また、二日前広島市内でお会いした学会代表理事の中川るみ先生とも再会を果たし貴重な時間を頂戴しました。

 現在NPOを立ち上げて、これから共生ケアの実践に取り組もうとされている非常に志の高い実践家・研究職の方とも交流が果たせ、今後に繋がるネットワークをつくれたようです。嬉しい限りです。

 閉鎖された各地域内の実践も重要なのですが、その枠を超えて地域間の連携を取ることで、各地域の実践は更に発展していくことはソーシャルキャピタルの概念で説明されているところです。

 この様に、地域の枠を超えたネットワークづくりが今年度の私の目標です。

ケアの第一線で職務を担う専門職との交流

2010/09/21 12:00:00  社会福祉
3連休の初日。朝7時台の福山駅の新幹線ホームです。既に沢山の人がホームで電車を待っています。
 日本ホームヘルパー協会が提唱する「ヘルパー憲章」(1982年)では、「私たちホームヘルパーは、常に研鑽に努め、在宅福祉の第一線にある者として、自ら資質向上に努めます」とあります。まさに、第一線を担うに相応しい実践をされている方々と交流の機会を頂きました。日本ホームヘルパー協会が主催する「中部ブロック研修会」に参加のため和歌山市(県民交流プラザ和歌山ビッグ愛)に伺いました。地域の絆における地域支援実践に対する重要な示唆をご講演の中で何度となく頂いた厚労省の君島淳二先生のご講演もカリキュラムにあり、思わず和歌山まで走った次第です。

 交流を通して強く感じたことは、継続して第一線を担っていくためには、思いや志はやはり不可欠であるということ。無論、思いや志だけでは、残念ながら利用者の権利擁護の実践は成されません。そこには専門職としての理論とデーターが不可欠です。しかし、情動性も重要な要素であって、人の心は他者の心によって動かされる側面も十分にあるわけです。何かその様な、原点に改めて触れることが出来た気が致しております。本当に良い機会をいただけました。

 そして、強い思いと志を持たれた参加者の多くは、優しかったし、温かかった。私は一人で伺ったのですが、懐広く仲間に入れていただき、共に過ごして、とても癒されました。ホームヘルパーはそんな人間力をお持ちの方が多いということに気が付きましたし、そのような人間力をお持ちの方でないと成り立たない職務ではないかと再認識したところです。

 歯に衣を着せ過ぎて、結局何が言いたいのか良く分からぬ役所の答弁とは違い君島先生のご講義はこの度もご多分に洩れず明快でした。特に、行政の方のお話から、理論や思いを受け取ることは殆どありませんが、先生の理論や思いを私たち地域の絆では受け継いだ実践を現に行っています。「地域はあるものではなくつくるもの」「地域住民の信頼を勝ち取るために必要なのは、専門性でも理論でもなく専門職の『汗』である」といったお話は、地域の絆における地域支援の「心」となっています。

 私の今年度の目標は、県域を越えた同じ志を持つ方々とのネットワークづくりにあります。その意味におきましては、また一歩前に踏み出せた気がしています。

JR和歌山駅東口にて

 西口の方が人の往来やお店も多く市街地化していました。

 西口と東口の往来が、特に重たいキャリーバックを持った私には非常に困難な状況でした。その意味においては、上下運動の一番少ない乗り物は、やはり路面電車でしょう。高齢者や障害者にとっても優しい乗り物と言えます。同じ人口規模の仙台市と広島市を比べても、地下鉄化した仙台市に比べ、広島市の誇れる良いところかも知れませんね。

 人間関係は希薄化を感じず、お店の方の対応も業務的ではなく、人懐っこさを感じました。政令市化しても、田舎の良さも残しているそんな「まち」ではないかとお見受けしました。

「自殺と精神疾患に関する対策」の促進と経済的指標

2010/09/11 12:00:00  社会全般
過日、認知症介護研究・研修仙台センターに伺いました。台風が迫っており、飛行機が飛ぶのかやきもきしながら旅立ちました。空の便って、やっぱり天候に左右されやすいのが難点です。
 1998年度より10年以上に渡り、年間3万人以上の自殺者を生み出す我が国は、世界より、「自殺大国」という汚名を着せられています。大体一本のブログを書くのに私は20分程度要していますから、この本文を書き出して書き終えるまでの間に、わが国では一人の方が自殺をされている計算になります。果たして、そんなことがあっても良いのか。許されることなのか。福祉専門職として、よく自問自答する事柄です。

 発生率の高さと、その数の多さから鑑みると、これは明白な社会問題です。社会構造が人々をそのような悲劇へと導いていると言えます。その構造のあり方を変革しなければ改善し得ない問題であるとも言えるでしょう。「求職者向けにハローワークで心の健康相談に応じられる体制を整備」※1するなどは、無効だとは申し上げませんが、対処療法にすぎぬ施策であると認識しております。自殺をされた方や、精神疾患の方々の対処能力・ストレス耐性・コミュニケーション力に問題があるのではなく、むしろ社会がそのような方々を生み出していると鑑み、その構造にメスを入れていくことがより本質的な問題解決へと繋がるような気がしています。

 素人考えでは、格差社会や、地域力の低下、医療・社会福祉体制の不安定化、セーフティーネットや年金問題を含む社会保障制度の不備等が大きな要因となると分析していました。

 ところがもう一つ、9月7日夕方〜8日にかけて報道された「自殺・うつ 経済損失 2.7兆円」※2の記事を読んで、実はある要因に気づくに至りました。各記事では「日本国内の自殺とうつ病による経済損失は年間2兆7千億円」※2とし、「具体的な数値を示すことで、自殺と精神疾患に関する対策を推進する狙い」※2と書かれています。また、「今後、自殺やうつ病がなくなった場合、2010年での国内総生産(GDP)の引き上げ効果は約1兆7千億円に上るとの推計も公表した」※1とのこと。本発表は、「長妻氏(厚生労働大臣)が指示し、推計は国立社会保障・人口問題研究所」※1が行ったものです。これら一連の調査や発表の意義深さは自明の如く感じるのですが、やはり私は腑に落ちません。

 人の命はお金では測れないという、大前提が稀薄化しているようにしか思えないのです。要するに、GDPが上がろうが下がろうが、人の命を大切にしなければならないという自明の理が崩れているように見受けられます。
 
 厚労省が、経済的損出を発表することで、「自殺者と精神疾患に関する対策」※2を推進することを戦略化していることには理解が出来ます。問題なのは、そうでもしなければそれが「推進」できない社会の構造にあるような気がするわけです。まさに、経済至上主義の中、全ての指標を経済で推し量り「善悪」を判断することに限界が来ていることを示唆する事例です。

 たとえ経済的な効果が見込めなくとも、人の命は守らなければならない。この至極当たり前の共通認識に、社会全体が立ち返る必要性を感じています。いみじくも、まちづくりのために読み漁っているソーシャルキャピタルの本には以下のように書かれていました。少し長くなりますが、引用しておきます。

 「人間の価値観、つまり経済学でいう嗜好は相対的なものであり、時とともに変化する。(中略)内風呂があたりまえの世界では、風呂があったからといって効用が上昇することはない。つまり風呂を作ってGDPが上がっても人々の効用は改善しないのである。内風呂を車や住宅に置き換えてみても同じである。物質的豊かさは重要だが、ある水準を越えると相対的なものになり、必ずしも人々の満足度の改善をもたらさない。(中略)こうしてみると、逆に、本来満足度を高めるはずの消費も、他人と比較してしまいかえって不幸になることさえある。「誇示的消費」の競争が起これば、豪華な装飾品を購入しても友人がさらに豪華なものを購入すれば、かえって敗北感を味わうだけかもしれない。(中略)いずれにせよ、GDPは増えても、幸福度は増えないどころか減少するのかも知れない。つまり、幸福感や満足度は社会・経済の変化に応じて変化し、しかも相対的なものである。これは多くの庶民にとっては自明のことだが、経済学では自明ではない。内風呂や車、宝石などの財(goods)が増えれば人々の満足度は必ず増すというのが伝統的経済学の基本的な考え方である」※3。

※1『中国新聞』「自殺・うつ 損失2.7兆円」2010年9月8日
※2『日本経済新聞』「自殺・うつ 経済損失2.7兆円」2010年9月7日(夕刊)
※3稲葉 陽二氏『ソーシャル・キャピタル 〜「信頼の絆」で解く現代経済・社会の諸課題〜』生産性出版 P.20-21 2009年12月


末節的問題としての「相部屋」「個室」論争

2010/09/05 12:00:00  社会福祉
広島県呉市の音戸大橋の麓より。向こうに見えるのは、現在建設中の第二音戸大橋。
 表題のことはひどく昔から議論のあることで、個室化議論が始まった折は、「寄り添うケア」が基本の認知症の方に、強制的に個室に入っていただくことは良いことではないと言った議論がありました。また昨今では、個室は利用者の負担額が多く低所得者が利用できない側面や、現下の職員配置においては職員が小間切れとなって対応するだけで、職員の負担が増加していることが指摘されています。

 ユニット型と「相部屋」(定員4人以下)を併設した特養について、「厚労省は併設した施設についてユニット型の部分を相部屋として報酬請求するように通知」※していたところ、「埼玉県などは『低所得者対策として、個室より費用負担が軽い相部屋を併設した特養が必要だ』とし、国に報酬請求の解釈変更を要求。国の通知は技術的な助言で、報酬を定める根拠として弱いとする指摘もあり、厚労省は判断を変えた」※とあります。その上で「厚労省は近く社会保障審議会の分科会で提案するが、相部屋の併設を容認したとの印象を与えるだけに、個室化推進を求める関係者の反発を招きそうだ」※と紙面上では解釈されていました。

 さて、ここには全く質の異なる2つの問題が存在します。まずは、そのことを峻別して議論を行うべきではなかろうかと考えます。一つは、利用者にとってはどちらが良いのかという議論、もう一つは、低所得者が個室を希望しても入居ができないことに対する議論。

 一点目は、然程難しい問題ではないでしょう。利用者にお伺いすれば良いのです。判断能力の低下された方に対しては、どの様に判断するのか?これこそが、福祉専門職の拠って立つ権利擁護の視点が不可欠となる場面です。つまり、言語以外のコミュニケーションを用いたり、過去の生活歴の中での行動・考え・嗜好をヒントに、本人がどちらを選択するのかを、周囲の家族も交えて考える。「正解」は出ないものの、迷いながら、日々修正をかけながら当面の「答え」を出していく作業。この様な営みを持って対応するしかありません。であれば、個室・相部屋という二つの選択肢をサービス提供者側は用意しておく必要があります。その際の要諦は、それを選ぶのは利用者であるという大前提です。

 二点目の議論は、低所得者用に相部屋が必要だという発想ですが。この発想は、権利擁護の実践と真逆の視座に立脚しています。つまり、利用者の意向を度外視して、個室料の支払いが出来るか否かで判断をするという思想に立っているのです。個室を希望し、また、個室が相応しい利用者の方が、個室料の支払いが出来ないがために、相部屋での処遇を強いられるこのことに対して、違和感を持たない発想なのかも知れません。これに対しては、本当にユニットケアや個室が利用者にとって有益なものとなるのであれば、そこに一定の財政投入(低所得者支援や手厚い職員配置に見合った報酬設定)を行えばそれで済む話ではないでしょうか。それをせずして、欺瞞的な形で、ユニットケアや個室を導入してもそれを現場で定着させることは非常に困難です。また、「相部屋」か「個室」かを利用者に選択していただく余地はありません。

 個人的には、やはり個室が良いと考えています。たとえグループホームであっても、入居(入所)サービスは集団生活の中にあります。限られた空間の中、他者との接点を否が応でも受け入れざるを得ない状況です。そのような生活においては、やはり一人になって、ホッとする空間が必要ではないでしょうか。入居(入所)生活において、一人になれる空間は殆ど用意されていない現状を鑑みると、やはり自分の居室は個室であって欲しいと私なら思うところです。無論これには、個々人の嗜好がありますので、それを強要するべきものではないでしょう。

 昨今、福祉国家としてのスウェーデンや、デンマークの国々がマスコミに取り上げられています。高福祉の礎には、国民の政治に対する高い信頼度があることを上げた報道も見受けられました。無論全てに目を通したわけではありませんが、残念ながらその多くは皮相的な取材に終始しているように認識しております。スウェーデンやデンマークでは低所得者にどれほど手厚い支援が成されているのか。現場の職員配置は如何なるものか。政策を含め、社会保障や福祉の観点から取材をするのであれば、利用者や家族、地域住民、福祉現場に携わる職員に焦点化した取材が求められるはずです。トップダウンではなく、ボトムアップから取材を開始することがジャーナリズムの鉄則ではないかと素人は考えるのですが…。取材力とはおそらく、その場に何日滞在したのかではなく、どの様な問題意識を持って取材に当たったのか。所詮は、その如何によるのでしょう。

※2010年9月4日『中国新聞』「『過払い』疑い返還求めず 厚労省方針 特養の個室・相部屋併設」

中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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