サッカーアジア杯で2大会ぶり4度目の優勝を果たした日本代表。本日も朝からメディアはそれ一色です。久しぶりの平日休暇でテレビを見ていると、ザッケローニ監督の組織マネジメントを賞賛する声を多く耳にしました。中には、「これは程日本代表の監督に合った外国人監督はいない」「日本文化に合ったイタリア人」と評する声もあります。
スポーツ記事は時折しか読まない私ですが、この監督は大人しい監督だとの印象を持っていました。自身の色を前面に出さない方だと。事実、専門家も下記の様にコメントしています。
「チームとしてすり合わせをする時間の少なさから新しい戦術を植え付けるとか、新しい布陣を採用するとか、大きな変化をチームに持ち込むことをしなかったのも奏功した。
監督という人種は、自分の色をできるだけ早く出したがるものだ。代表チームなら選手を大幅に入れ替えたり、前任者との違いを強調したりするもの。イタリア人監督は就任してから半年近くたついま、まだ自分のスタイルをチームに当てはめるようなことはしてはいない。W杯でベスト16に入った流れを尊重して、その遺産をごく自然な形で受け入れている」※1。
現時点において彼の監督としての就任期間はわずか2年。その短い期間の中で結果を出すことが求められている状況下で、敢えて、彼は自分の色を出すことではなく、既存のチームの色を上手く活かすことを考えたのではないでしょうか。この任された組織づくりが20年30年と続くのであればそこにはまた、違った手法も有効視されなければならないかも知れませんが、短期間で結果を出さなければならない組織づくりにおいては、特に既存の組織構造やメンバーの個性をしっかりと踏まえた上で、その特徴を最大限生かした組織づくりが求められるはずです。だから、そのことを徹底した。
つまり、メディアのコメンテーターが述べているように、「日本に合っている」のではなく、徹底して「日本に合わせた」のではないかと考えるのです。これは、ソーシャルキャピタルで著名な先生よりご教示いただいた内容にも通じるものですが、開発途上国の経済成長や復興を目指すODAの活動などにおいても、その地域の文化や住民ニーズに即した援助が最も効果を発揮すると言われているそうです。ザッケローニ監督はこのことの重要性を意図した実践をされているように思えてなりません。
と言うのも、彼は監督就任時下記の様に述べたと言われています。
「今、一番興味があるのは日本人と日本文化。『これほどまでよく働くとは思わなかった。選手も全員チームのために動く。イタリアでは考えられないからね』と話す。またイタリア時代には画家のゴッホに傾倒。日本で行われていた展覧会にも出かけたが今はゴッホよりも『武士道を勉強したい』という。一番の好物はすしだ。『刺し身も大丈夫。和食の方が、断然に私の口にあう。刺し身はイタリアでも食べていた』と笑う。
また昨年末の協会幹部との忘年会では『掘りごたつに入ってみたい。それがある店を探してほしい』と協会スタッフにリクエストして驚かせていた」※2。
明らかに意図して、日本文化に多く触れ学ぼうとする姿勢が読み取れます。その中で、日本の文化構造に合った強いチームを構築することを狙っているのではないでしょうか。
また、チームの構成員ひとり一人に声をかけ、その個性を把握し、それを有効に活用する視点も見受けられます。であればこそ、控えの選手が本番で日の目を見るのでしょう。これは恐らく偶発的なものではありません。
「同監督はドーハ入り後毎朝、欠かせないことがある。朝食会場で、各テーブルを歩き回り、控え組の選手1人1人に必ず声を掛ける。『困ったことはないか? ベンチスタートが続くけど、必ず出番が来るから。困ったことがあったら、いつでも相談においで』。カタールとの準々決勝で初先発した伊野波、韓国戦で途中出場した細貝と、控えだった選手が、得点を決めて日本を救っている。日替わりヒーロー出現の裏には、細心なところまで気を配る指揮官がいた」※3。
チームやその背景にある社会構造をしっかりと捉えた上で、その個性や特性を踏まえながら、組織マネジメントを行った帰結として、どうやらこのアジア杯の優勝はあるようです。
※1潮智史氏WEBRONZA「まじめなイタリア人の英断、選手も一人前になった」2011年1月31日
※2『夕刊フジ』2011年1月26日
※3『日刊スポーツ』2011年1月30日
近頃私の尊敬してやまない古参者との再会を果たしました。喜ばしい限りですし、まだその余韻に浸っている様な毎日です。また、示唆に富んだ様々なお話を伺うことができ、深く感謝もしているところです。
その中で記憶に清明として残っている事柄が幾つかあります。一つは滅私奉公のお話。元来滅私奉公とは封建的マイナスの意味合いが強い言葉ですが、自身を守るためにもこの発想が必要な時もあると彼は仰られました。組織人共通の悩みとして、縦軸と横軸のバランスを取りながら組織の歯車として働かなければならぬ現実があるわけです。「○○したいのに出来ない」「◎◎したくないのにしないといけない」様々な葛藤を抱えながら、職務を全うしなければならない。特に、優秀な人材ほど、様々な意見や気づきを持っているためその葛藤に駈られ易く、燃え尽きてしまう事があると。
そんな時、敢えて自分の意思や思いを黙殺し、目の前の仕事に没頭する。もしくは、大局の中の歯車として、自身の仕事を捉え直して、そのことに徹する。社会や組織の役に立っていることを実感しながら、目の前の仕事を、私心を捨てて潔く受け止める。そのような営みを通じて、実は自分を守ることが出来ると仰られるのです。
無論全ての組織、全ての過程において滅私奉公が必要でないことは自明の理でしょう。滅私奉公というマイナスイメージの凝着している考えも、状況や見方に応じてプラスに作用することがあるということです。ご多忙の極に達する中、自身を守られる術を、負のイメージの強いこの言葉から見出されたのだと、感慨に浸ってしまいました。
また、「専門職とは自身の限界を知っている人」であると言うのも古参者の口癖です。ジェネラリストソーシャルワークが謳われ出して久しい昨今ですが、社会福祉分野の専門性も今や従来の福祉分野から司法・教育分野まで多岐に渡っています。どの分野でも通用する共通の基盤を持ちつつも、「餅は餅屋」を自覚した実践が不可欠となるはずです。自身の得意分野と限界を理解すること、そしてその限界を補ってくれる他者・他機関と連携を図り利用者の支援を行うことが求められているわけですから、当然の発想と言えばそうですが、実践の中でつい忘れがちな原理原則かも知れません。そう言えば、ある先生から、自分の弱さを自覚しているからこそ、人は外部と連携を取ろうとする。ネットワークを作る第一歩は自分の弱さを自覚することから始まるとご教示いただいたことがあります。
私は元来コツコツと積み重ねることが苦手なタイプです。FFS理論等のタイプ分析でも、顕著にそのことが表れています。「飽きっぽい傾向があり、コツコツと几帳面に取り組むことを苦手」とするのだそうです。もちろんこれに対して恥ずかしながら自覚があります。
だからこそ、私は多くの方と様々なお話をすることが大好きですし、それが私の生命線だと認識しているのです。如上の様な素晴らしい諸先輩が私の周りには沢山いらっしゃいます。時に何気ない話から、時に叱咤激励、指導を受けながら、多様な感化を頂戴します。その方の経験や生き様を肌で感じることが出来るからです。
そして、それは私にとって、どのような本や教科書よりも優れた“教師”なのです。
2008年にベストセラーとなった 『悩む力』(姜尚中氏)を今再読しています。いつまでも記憶に残っている優れた著書は、最低でも2度は読むことにしています。優れた著書は、自身の成長及び置かれている状況によって、読み取れる内容が大きく異なると考えているからです。
「強制収容所に入れられた体験を持つことでも知られる精神医学者V・E・フランクルは、『Homo patiens(苦悩する人間)の、価値の序列は、Homo faber(道具人)のそれより高い』『苦悩する人間は、役に立つ人間よりも高いところにいる』と述べています」※1。
「いまでは『まじめ』という言葉はあまりいい意味で使われませんし、『まじめだね』と言われるとからかわれているような気分になります。でも、私はこの言葉が好きですし、とても漱石らしいと思います。すべてが表面的に浮動するような現代社会に楔を打ちこむような潔さがあると思います。
まじめに悩み、まじめに他者と向いあう。そこに何らかの突破口があるのではないでしょうか。とにかく自我の悩みの底を『まじめ』に掘って、掘って、掘り進んでいけば、その先にある、他者と出会える場所までたどり着けると思うのです」※2。
なぜ私が今この部分に引っかかるのかと言いますと、これは私たちの仕事と深く関係のある箇所だと思うからです。私たちの仕事は、目に見える「結果」や「成果」が日々得られるとは言い難い仕事かも知れません。目の前の認知症高齢者に懸命にアプローチを試みても、その「成果」が目に見えて分かりづらい仕事です。そもそもどのような「成果」を私たちは求めて利用者に関わっているのか。そのことすら問われる仕事です。利用者ご本人が求めていらっしゃる「成果」と私たち専門職が求めている「成果」が異なってはいないか。迷い・悩みながら行う仕事です。
私たちは、利用者の生活に関わる仕事、利用者の人生に携わる仕事をしています。他者の生活や人生に携わることで、恐れや不安を抱くこともあるはずです。そして、他者のそれだからこそ「正解」は何処にもありません。あくまで、その時その時の「答え」を察して導き出し、これで良いのか不安を抱えながら、実践するしかないのです。それが私たちの仕事です。
しかしながら、不安や恐れ、迷いを抱かずしてこの仕事は行うべきものではありません。他者の人生に対する畏敬の念を抱きながら、ある意味恐る恐る携わるべき仕事なのだと思います。一見良い「成果」が見られたとしても、これで本当に良かったのか?一抹の不安を常に抱きながら実践するべきものでしょう。であるからこそ、「間違い」にもいち早く気づくことができ、「修正する」ことが可能になるのです。
予てから、私はこの仕事は悩まない人には向いていないと思っていました。他者の生活を、人生を、簡潔に決めつけてしまうような人には向いていないと。しかし、その実践は暗中模索の状況に陥りやすいことも事実です。如上の通り、不安と迷いからの脱却が困難であり、「成果」が見られないことから達成感が得られ難い傾向があるからです。私は、この辺りの支持体制を、組織や制度の中で支えていく仕組み作りが不可欠であると認識しています。このことは今後の課題としてあるわけです。
それでも敢えて、私たちの仕事は悩むことにこそ意義があると考えます。そして、そこから逃げ出すことなく、「まじめ」に向き合うことで、専門職として、一人の人間として成長できる気がしています。表層的・皮相的なものが蔓延る市井の中で、「まじめ」に悩むことは人類にとって今非常に大切なことだと認識しています。そんな中で、私たちの仕事は、その実践を通して、その大切な「悩む力」を培うことのできる素晴らしい仕事であると言えるのではないでしょうか。
悩むことを通じはじめて、自分と向き合い、そして他者と向き合うことが出来ると本書は教えてくれているのです。
※1 姜尚中氏『悩む力』集英社新書P.10 2008年7月
※2 姜尚中氏『悩む力』集英社新書P.42 2008年7月
2011/01/16 12:00:00
地域密着型サービス 今朝の福山は氷点下5度。日中になっても然程気温が上がらぬ冷え込みでした。そんな中、朝8時前から仁伍町内会主催の「とんど火祭り及び新年互礼会」に参加させて頂きました。
熟達された大工さんが多くいらっしゃる仁伍町内のとんどは、煌びやかな佇まいで市内でも著名な存在です。しかし私は、煌びやかであることのみが仁伍とんど火祭りの誇りではないことをこの度の参加で再認識しました。
活動の中で、参加者ひとり一人に対して多様な居場所と役割が見られました。とんど火祭りという行事の中で、小さな集団がそれぞれの役割を担っているのです。とんどの準備をしている方、餅つきの準備をしている方、善哉・おつまみ・飲み物の準備をしている方、椅子やテーブルの設置をされている方、 備品を借りに出ている方等、それぞれが思い思いに各小グループ活動に参加できる状況にあり、その小グループ活動がとんど火祭り全体を織りなしている様でした。高齢者には高齢者の、子どもには子どもの、女性には女性のそれぞれの役割があるのです。仁伍とんど火祭りは、全住民参加型のイベントであると言えます。
つまり、イベントの運営がまちづくりに繋がるという発想、イベントの運営そのものが目的ではなくその営みを通じて地域住民同士が交流促進を図るという実践がここには見られます。イベントの運営を経て、住民がそれぞれの役割を担い居場所を確保しているのです。日本の歴史の中で、行事がまちづくりの一翼を担っていたことは周知の事実です。それに整合する実践であると言えそうですね。
注視すべきは、これらの実践を意図的には行っていないことにあります。無論、一部のリーダー的存在の住民はそうではないかも知れませんが、大きく戦略的に意図してなされている実践ではないと認識しております。むしろ、ごく自然に、当たり前のように実践されているのです。これは、長らく続いた歴史・伝統・文化の中から育まれた姿勢ではないでしょうか。行事を開始した先人たちは、どの様な思いでこの活動を始めたのでしょうか。地域のリーダーの話によれば、古い資料の中には、とんど火祭りの目的として「地域住民の交流促進」が一つ挙げられているそうです。それなりに意図され始動したことが伺えます。しかしそれは何処まで緻密に戦略を持って、実践が始まったのかは定かではありません。これは私の勝手極まりない推測ですが、おそらく、そこまで強い意図や戦略を持って始められたのではないものと認識しております。住民が一致団結してとんどを運営すれば、住民同士が仲良くなるだろうと。その様な思いだったのではないでしょうか。だからこそ、今至極自然に、住民に引き継がれた実践となっているのではないかと思うのです。その帰結として、リーダーが変遷しても久しく続いているのかも知れません。
斯くの如く、地域には奥行き深い財産と誇りがあります。おそらく皆様方の地域にも、誇り得るものがきっとあるはずです。そのことをしっかりと認識し、明日への実践に繋いで頂ける事を切に願います。
数人がかりで設置するテーブル��
これは本当に優れた叡智だと認識しております。既製品の長机ですと、これは一人で運んで一人で設置が可能です。この場合、個人作業になってしまうのですが、仁伍町内会の机は違います。写真の通り、協働作業で机の設置がなされるのです。
物がなくても、いや、物がないからこそ交流の促進が図れるのではないでしょうか?
見事としか言いようがありません。
数人がかりで設置するテーブル��
善哉・おつまみ・飲み物の準備をされる方々
主に子ども会の方々と、元女性会の方々が活動されています。
子どもと高齢者は焚火の準備をされています。
備品の設営をされている方々
子どもたちは車に乗って、とんど火祭りのアナウンス��
立派に呼びかけをしていました。住民に伺うと、読み文のたたき台は町内会で作成したが、実際の文章は子どもたちに考えてもらったとのこと。
子どもたちにも立派な役割があるのです。
子どもたちは車に乗って、とんど火祭りのアナウンス��
餅つきの準備をされる方々
それぞれに多様な役割があり、思い思いの場所で“仕事”をされていました。
短冊に願い事を…。
地域の小学生が書いた短冊。毎年恒例の実践ですが、「お母さんの病気がよくなりますように…」の短冊に、ひとりの住民が「あの子のお母さん体調悪いんだなぁ」と思わず反応されていました。
地域交流の営みがここにもあります。
地域住民と職員の交流��
職員も朝早くから参加し、地域住民との談笑が絶えませんでした。
地域住民と職員の交流��
イノシシのお肉を切っているのが、地域福祉センター仁伍の管理者・名越さんです。
子どもの役割が豊富です��
とんどの点火に合わせた太鼓を子どもたちが演奏。
子どもの役割が豊富です��
とんどの感想を子どもたちが披歴しました。堂々としていて、内容も立派なコメントでした。
とんどの点火です。来年も皆様にご多幸あれ!
緻密な計算に基づいて作られた竹酒の筒。
地域のリーダーにこれは知っといてもらいたいとお話をお伺いしました。
酒を注いだ際、ポンポンときれいな音が出るよう、竹の切り方と、穴の大きさを何度も試行錯誤し、現在の形に辿り着いたそうです。
その試行錯誤の際にも、住民同士が顔を合わせ、意見を出し合ったのでしょう。
これこそが、まさに日本の伝統文化としての行事の醍醐味なのです。
「駕町 どら家」(熊本市下通)
からしレンコン
からしレンコンの発祥の地が熊本であることを知りませんでした。また、からしレンコンを食べたのも実は今回が初めてかもしれません。食欲をそそるウコンの入ったカリカリの黄色い衣に、からしの効いた味噌の風味とレンコンの歯ごたえの調和がバランスよく絶品でした。
「駕町 どら家」(熊本市下通)
馬肉のヒレ
馬肉に対する印象も全く変わりました。牛肉よりも臭みがなく、甘みがあって非常に美味しいのです。馬刺しも、生レバーも甘みとうま味しか感じぬ代物です。
素材のみならず、調味料の配合等の調理方法が良いのでしょう。このお店に伺うためだけに、思わず熊本まで足を運んでしまいそうです。
店主の腕前に感謝!!
「桃源 銀杏通店」(熊本市花畑町)
太平燕
確か、タイビーエンと読むのだと思います。熊本は四川料理のお店が多く、そこで賄い食として作られ始めたのがこの太平燕。熊本の方は、この太平燕は全国にあるものだと信じている方が多いくらい熊本では著名な料理だとか。
残り野菜に春雨を入れて賄いで食べていたものが、庶民の料理となっているのです。
地域によって食文化が異なります。グローバル化し画一化した社会の中でも、この様な多様性が残っていることを心より嬉しく思います。
「桃源 銀杏通店」(熊本市花畑町)
皿うどん
私たちが連想するのは、パリパリの揚げ麺に餡かけがあるものですが、熊本の皿うどんは全く違っていました。
甘辛い味で、お箸がどんどん進みます。
他の文化は画一化が進んでいるのに、食文化の多様性は残っています。それは美味しいものを食したいという人類の願望がそうさせているのかも知れません。