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NPO法人 地域の絆

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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

社会構築の中心的な役割へ!

2011/02/27 12:00:00  社会福祉
過日 広島県安芸高田市にお伺いしました。県北は非常に寒く、まだ積雪が見られました。
 民主主義社会においては多様な価値観が尊重されているはずです。社会構造の捉え方も当然様々ですが、私は以下の論理に共感を持つ者です。

 「歴史家A・トインビーは『歴史の教訓』と題する論考で、英国人が歴史の中で学んだことは『君主制と共和制の血なまぐさい闘いを通じた節度を重んじる穏健な態度の重要性』と『米国の独立戦争などを通じた植民地主義の限界についての認識と自治容認の大切さ』の二つであり、全人類が歴史の教訓として学んだことは『一人の人間が他人を支配し所有する奴隷制はよくない』ということだと言及していた。
 21世紀に入り、歴史はさらに進化している。混迷しているかに見えるが、大国や特定の権力が支配し秩序を維持する時代から、多くの参加主体が自己実現を図る『全員参加型構造』へ静かに移行しつつあるということだ。つまり、この10年で世界が学んだことは『力の理論の限界』ということである。力の理論で自国の利害を実現しようとしても、結局は反発と消耗を招き、孤立するということである。
(中略)全員参加型秩序においては道筋の通った理念性が重要になる。参加者が限定された先進国主導の合意形成と異なり、多くの参加者が丸テーブルを囲む会議においては、参加者の納得を得られる『中心となる価値』の発言力が求められる。
(中略)本来、グローバル化とは特定の国の覇権による均質化ではなく、多様な参加主体による多次元な交流を志向するものであろう」※1。

 このことは、一国内における社会構造についても同様のことが言えるでしょう。今まさに全員参加型の社会構築が求められているのです。特定の企業や機関、政治家や官僚が中心となって社会構築を行うのではなく、老若男女問わず、健常者、障害者を問わず、国籍を問わず、生活歴を問わず、全ての市民がその多様性を認め合い、それぞれが社会構築の主体性を発揮していく、そんな社会の在り方が求められているのでしょう。これはおそらく全世界的な潮流であると私は認識しております。

 我が国においても、過去の高度経済成長では、正の側面のみならず、負の側面として特定の人々の犠牲を強いて“成長”してきた歴史があります。現在はどうでしょう?

 全員参加型社会とは、そのような市井と決別した社会を指すのだと認識しています。「多少の犠牲はやむを得ない社会」から、「多少の犠牲も許さない社会」への変遷が求められているのです。それが全世界的な流れであり、人類が生きながらえるために取るべき道であると私は考えます。

 そして、社会福祉専門職はまさに「多少の犠牲も許さない社会」構築を最前線で担っている専門職なのです。時代の潮流を読めば、今まさに社会福祉専門職こそがその中心的役割を担う時期に来ています。

 その潮流の促進者と化してこそ、私たち社会福祉専門職は100年先に評価を受ける専門職となれるのです。以下は、中曽根康弘元首相の言葉だそうです。

 「政治家の人生は歴史という法廷において裁かれることでのみ、評価される」※2。


※1 寺島 実郎氏「サンデーオピニオン」「今を、読む」『中国新聞』2011年1月16日
※2 『毎日新聞』東京 2011年2月16日



『まちづくりとしての小規模多機能ケア』

2011/02/18 12:00:00  地域密着型サービス

『まちづくりに繋がるコミュニティケアの実践�Α�

地域の絆における共生ケアでは、主たる対象者を高齢者と定め、それ以外の分野には社会福祉専門職としての共通の基盤で対応することにしています。それでも対応不可能なスペシフィックな領域は、外部のスペシャリストと連携して対応するところに特色があります。
 前回より共生ケアとしてのコミュニティケア実践について叙述しておりますが、この度は、高齢者の居場所と役割づくりについてのお話です。高齢者と言っても、小規模多機能型居宅介護(以下「小規模」)の利用者のことではありません。「小規模」の利用者以外の地域に住んでいらっしゃる高齢者のことを指しています。「地域の絆」の各センターでは、非常に多くの地域高齢者が活動されています。

 各センターで実施している地域交流事業と称した様々なイベントの運営に協力して下さっている方の半数は60代〜70代の方々です。ペットボトルキャップ・プラスチックトレーの回収や、庭木の剪定・草取り、建具の修理などにおいても地域高齢者より多くのご支援をいただいております。如上の高齢者の殆どは、介護を必要としない元気な高齢者ですが、中には、要介護1・要支援2といった要介護認定を受けられている方や、軽度認知障害(MCI)のある地域高齢者の活動が見られるのも特徴です。

 最初のきっかけは、地域住民Aさん(要支援2)の来所でした。人のお世話をするのが生き甲斐だとおっしゃられ、特に掃除が得意で、センターの掃除のお手伝いがしたいと突然言って来られました。初めは、単に協力的な地域住民と認識し、快く活動に取り組んでいただいたのですが、どうも認知症があるようだとある時職員より報告を受けたのです。掃除のお手伝いをしていただくのはよいが、何度も繰り返し同じ指示を出しても伝わらない。地域包括支援センターに連絡を入れると、要支援2の方で、近隣にある居宅介護支援事業所のケアマネジャーが担当であることが分かりました。協議を重ねた後、当センターにおける週1・2回のお掃除ボランティアの活動が正式に始まりました。Aさんのケアプランの中に、介護保険以外のフォーマルな社会資源として位置付けられたのです。その後Aさんは認知症が進行し、他法人の介護サービスを受けると同時に当センターにおけるボランティア活動は終息しました。その後、Bさんという要支援高齢者が、当センター利用者を昔の歌を歌って勇気づけたいと、自ら定期的にボランティア活動に来られるようになったり、大正琴の元先生をされていた要介護1の高齢者が、大正琴の演奏をするため月に2回ほど来所されることもありました。

 要介護・要支援高齢者が、利用者としてではなくボランティアとして来所している事実に、外部の方は非常に驚かれるのですが、「小規模」の対象利用者像と、収入面を鑑みれば、要支援の方や要介護1の方に登録を促進することは困難を要する場合もあるわけです。また、見守り及び軽微な家事支援程度で在宅生活の継続が可能となる要支援高齢者に「小規模」の登録が必要かといったアセスメント上の問題もあります。現に、当センターに通って来られている方々は、その殆どが、押し車・歩行器・杖等を用いて自ら自由に屋外の移動が出来る方々です。以前お伝えしましたように、「地域の絆」では要支援の方の登録も受け付けておりますが、アセスメントの結果、登録した方が良い利用者には登録を進め、ボランティア活動のための通所で十分な方には、そちらを進めております。

 登録者25名の内、要支援の方が多く含まれればその事業所は赤字になります。これは制度設計上の問題ですから、どうしようもない事実です。だからと言って、地域の要支援高齢者を寄せ付けない対応をとる必要はありません。利用者としてではなく、地域住民として、遊びに来ていただいたり、お手伝いをしていただけば良いのです。それこそが、地域の中で居場所や役割が担える活動として、真の介護予防の取り組みに繋がります。当法人では、まだ経験はありませんが、ボランティア活動をされている要支援高齢者が、やがて「小規模」の利用者として登録することも考えられますし、それはすなわち、利用者の継続的支援に繋がると言えます。

 下記に紹介する事例も、如上の発想で取り組みを行ってきたことによる産物と言えます。Cさん(要支援2)が食事作りと掃除のボランティアに毎日通って来られたことがありました。近隣で一人暮らしをされており、一人で一日中家にいると良くないことを考えるようになるので、自分の居場所と生き甲斐を求めて当センターにやって来られたのです。食事作りと、掃除、利用者のお話し相手をして下さるなど、人手としても職員は非常に助けられました。

 また、元学校教師のDさん。「何でも良いからボランティアをさせてもらいたい」と突然やって来られました。厳格そうな方で、何をお願いして良いのか躊躇っていると、「草取りでもいいから、やらせて欲しい」とおっしゃられたので、有難く活動に参加していただくようになりました。この方も、毎日来られるようになり、やがてセンターの敷地には雑草一本生えていない状況に。問題となったのは、次にしていただく活動でした。管理者の提案で、元学校教師という能力を生かした活動として、地域の子どもたちを対象にした書道教室の先生役を担っていただけないかとDさんにお話をしたところ快く引き受けて下さいました。子どもたちに呼びかけを行った回覧板の文書には、Dさんの顔写真と呼びかけのコメントを載せました。私は当初、参加者はゼロになるのではないかと推測していたのですが、当初より5名の子どもたちの参加があったので正直驚きました。その後、子どもの人数が増え、教室の回数も増えていきました。夕方になると、お母さま方が子どもを連れて当センターにやって来られます。なぜ、子どもを連れてこられるのかをお聞きしたところ、「お年寄りの考え方や、学ぶ時の姿勢を子どもたちに触れさせたいから」といったご意見を多くの方から聞かされました。つまり、そもそもが、私や、管理者にはない能力をDさんはお持ちだったということになります。

 このように共生ケアの場面においては、多様な人間関係の中からその能力が引き出され、それが誰かを支える社会資源となり、やがて地域を活性化させることにも繋がっていくのではないでしょうか。コミュニティケアの実践は、やはり、まちづくりに繋がっていると感じる毎日です。



『まちづくりとしての小規模多機能ケア』

2011/02/09 12:00:00  地域密着型サービス

『まちづくりに繋がるコミュニティケアの実践�ァ�


 「富山型」に代表される共生ケアや共生介護が謳われて久しい昨今です。これらの取り組みは、宅老所の取り組みに端を発していると言われていますので、小規模多機能型居宅介護(以下「小規模」)が制度化される以前の礎も宅老所の実践であることを鑑みると、「小規模」と同じ系譜をたどる存在としても位置付けることができます。コミュニティケアの一概念として、対象者を限定しないケアという視点があると認識していますが、その意味において共生ケアはコミュニティケアであると言えます。

 今回は、共生ケアとしてのコミュニティケア実践についてご報告します。平野隆之氏によれば共生ケアとは、「�|楼茲里覆�で当たり前に暮らすための小規模な居場所を提供し、�⇒�用の求めに対しては、高齢者、子ども、障害者という対象上の制約を与えることなく、��その場で展開される多様な人間関係を、共に生きるという新たなコミュニティとして形づくる営み」※1とされています。

 共生ケアについての「地域の絆」の取り組みは、全国の先駆的な実践には遠く及ばないものがあります。また、これを共生ケアと言えるのかどうか、微妙な点もあります。その要因は、やはり“度量の狭さ”にあるようです。高齢者ケアを中心に据えながら、どこまで児童や障害者のニーズに対応していくのか、不安を抱えながらの実践なので、思い切りの良さがないのです。しかし、私たちはそのことを一概に忌避してはおりません。高齢者ケアや認知症ケアは、非常に奥行きが深く、実践するにあたり経験の積上げと自己研鑽が不可欠です。その上、児童・障害分野の経験と技能をどこまで積上げるのかを鑑みると、何でもありの対応は困難であると考えました。そこで、主たる対象としての高齢者(認知症)ケアの質の低下を招かない範囲において、また、それらの質を向上させる範囲において、児童・障害分野のニーズにも対応していくという方針にまとめた次第です。ですので、職員はあくまで、高齢者ケアのプロフェッショナルを目指すことに傾注し、事業所に通所する児童・障害者に対しては、福祉専門職としての共通基盤の範囲で対応を行い、それでも対応困難な範囲においては、外部の児童・障害分野の専門職と連携を取って対応するということが基本的な方針となります。であるならば、私たちの共生ケアの実践は、外部の専門機関との連携があってこそ成り立つ実践とも言えます。

 そもそも私たちが行う共生ケアの目的は、地域住民の信頼を勝ち取ることにあります。高齢者のケアや相談にしか対応しない姿勢ではなく、「地域の絆」に相談すれば、あらゆる福祉分野の対応や相談を受けることができるといった関係性を結ぶための実践でもあるわけです。そこで生まれた信頼関係を用いて、利用者が安心して暮らせるまちづくりを実践することが最終的な目的となります。その意味において、共生ケアとしてはあまりインパクトのない実践かも知れませんが、実践例をいくつかご紹介します。

 「地域の絆」の各事業所には、高齢者に限定しない福祉の総合相談窓口を設けています。高齢者分野以外の相談で圧倒的に多いのが、児童の発達障害に関する相談です。小児科医院の医師より、不登校の傾向にある発達障害児のボランティアの受け入れができないか相談を受け、医師からの情報提供と、本人・家族との面接を経て、受け入れを行いました。その後、そのお子さんの友人が活動するようになり、現在では3名のお子さんの受け入れを行っています。また、家庭裁判所と連携し、触法少年・少女のボランティアの受け入れについても同様に実施しています。共通した対応としては、�ヽ萋袷阿防�ず本人・家族・関係者と面接を行い、活動内容に対する同意を得た上で活動を開始すること、�∨萋�、ボランティア日誌を書いて提出してもらうこと、�D蟯�的に本人・家族とモニタリング面接を行うこととしています。�,任蓮∨/佑伴�け入れる事業所の概要を説明し、法人・事業所として出来ることと出来ないことの説明と同意を得ることを要旨とします。また、家族にもボランティアとはいえ、事業所へ大切な子どもを預けても良いか否かの判断をいただきます。本人・家族の不安を払拭することも大切にしている視点です。�△鮃圓Π嫂泙蓮∋�童なりの活動の振り返りを行ってもらうことや、事業所で活動した証を残してもらうことで、やがて事業所が本人の居場所になるのではないかという期待、自分の思いを文章にする練習等がありますが、一番のねらいは、学校の出席日数が足りない際の代替出席として、当事業所のボランティア活動を認定していただくために用意したものでもあります。いずれの児童も、ボランティア活動に来るようになって、学校の出席率が向上したため、そのような活用方法に至ったことはありませんが、そのような思いで日誌を書いてもらいました。��においては、やりっぱなしの活動ではなく、活動経過の確認と、課題の把握及び対応策について協議します。職員の業務負担軽減と本人・家族の緊張緩和に配慮して、面接のためだけの日程調整は行わず、家族が送迎の際事業所に立ち寄った時などに、声をかけて面談を行います。そこで、活動が途絶えてしまいかねない事例のフォローや、事業所の負担が増えている際の調整を行っています。例えば、活動になかなか集中できない児童に対しては、自宅でお手伝いを行っている内容の聞き取りを通して、事業所での活動に取り入れるなどの調整を行うわけです。家でお風呂掃除と食器洗いを行っていると聞けば、それを事業所の活動に取り入れます。受け入れ日時の設定は、本人・家族の意向に沿って行っています。実績としましては、土日祝祭日、春夏冬休みの受け入れが多く、お子さんの状況にもよりますが、一日2名までの受け入れを基本としています。前述の通り、高齢者ケアの質が、低下しないもしくは、向上する範囲においての受け入れを原則としていますので、そこには職員の負担についての考慮も必要となるからです。

 開設以来、課題を抱えた児童数名と関わりを持つ中、そこに共通の課題があることに気が付きました。�ー�分の居場所がないこと、�⊆�己有用感が持てないこと。�,蓮�学校や家庭、地域の中で、腹を割って話をすることができる他者を持っていない子どもが多いこと。�△蓮�他者から褒められた経験が圧倒的に少なく、自分は必要ない人間だと思う傾向が強い子どもが多いことを指します。

 「小規模」の利用者(高齢者)を中心に据えたケアであったとしても、そこに共生ケアの視点を導入することで、地域の様子が見えてきます。その営みが、まちづくりへと繋がっていくのです。


※1 平野隆之氏 編著 『共生ケアの営みと支援 富山型「このゆびとーまれ」調査から』 全国コミュニティライフサポートセンター P.14 2005年10月




中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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