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NPO法人 地域の絆

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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

創造性を発達させない学び

2011/06/11 12:00:00  社会全般
3月に開通したばかりの阿賀マリノ大橋(呉市)。これがあることで江田島までのアクセスが5分は短縮されました。
 6月8日(水)の22時25分〜22時50分放送のNHK『仕事学のすすめ』(出演:川口淳一郎氏(「はやぶさ」プロジェクトマネージャー)・聞き手:勝間和代氏)を拝見しました。

 ビールを片手にほろ酔い状態で、テレビのチャンネルをクルクル回していた際、終盤を拝見したのですが、そこではオリジナリティについての議論が展開されていました。

 川口氏によれば、オリジナリティは文献等の他者からの情報からは生まれないのだそうです。オリジナリティを発揮させるためには、最低3ヵ月間他者の文献等に目を通さずに、他者の意見を聞かずに、自分の内にある思考を絞り出して構築する作業が必要なのだとか。入社したての若者にもそのことをまずは求めるのだそうです。

 そこで一つの疑問が湧き上がってきました。では、文部科学省のカリキュラムに則った大学までの勉強は一体何だったのでしょうか?そもそも学びとは、社会をより良くするために、あらゆる人々が幸せになるために、そのための方策や理論を学ぶべきものでしょう。そこには一つの答えなどなく、創造性と独創性がその過程において、必要不可欠なのは自明の理です。つまり、創造性や独創性の無い学びなど、全く不毛なものだと私は認識しています。

 であるにも拘らず、大学を卒業したての新卒者に創造性や独創性を改めて教育せねばならぬとは全く解せません。私が受けたニュアンスとしては、むしろ大学までに受けてきた教育の在り方を改めさせるため、そこから脱却させるために、川口氏はその様な指導を行っているのではないでしょうか。

 であれば、文部科学省の教育下では、真に「有能」な人材は育成されないことになります。創造性や独創性こそが国際競争社会で生き残れる重要な指標であると私は考えています。ゼロから物事を生み出すことのできる力、既存の選択肢を時に全て却下し、新たな選択肢を構築する力、この様な力が組織や社会を動かすためには必要不可欠となるはずです。独創性や創造性とは、「普通」や「常識」、「公理」から脱却した新たな考えや理論を構築することだと私は認識しています。その為には、「普通」や「常識」に捉われない自身の考えや思いに真摯に耳を傾ける時間と機会が不可欠であることは言うまでもありません。少なくとも大学においては、そのような真なる勉強が行われるべきだと私は考えます。

 もちろん偏差値教育下では、独創性や創造性が培われないことは常識的に言われていることだと認識しています。記憶をインプットし、アウトプットする能力を高める学習方法でしか、好成績を修めることができない代物ではないでしょうか。しかし、その似非勉強は大学入学時に終焉するものだと私は思っていました。

 この度問題だと強く感じたことは、川口氏のお話をお伺いするに、その似非勉強がどうも大学のカリキュラムにまで浸透しているかも知れぬという事実でした。

 自民族の誇りを持ち、国際社会での立ち位置を確立するべく人材は、記憶のインプットとアウトプットではまず育成出来ません。その意味において、今後現在の偏差値教育の在り方は変革を強く求められることになるでしょう。少なくとも、大学での教育は、自身の考えや思いに耳を傾け、そのことを確立するためのものでなければなりませんし、自分の考えや思いを他者に吐露し、その理論に一定の責任を持つことまで出来て始めて最低限の学びが成されたことになります。



こうなったのは一体誰のせい!?

2011/06/07 12:00:00  社会全般
わが街福山市の象徴福山城。夕方はライトアップがされています。


 今になって菅直人首相の退陣論が激しく表出している世論。東日本大震災への対応の不備や、政治的リーダシップの不足において、マスコミからも退陣論一色の報道がなされています。この重要な局面で、またもやトップの交代、そして、ここ数年短期間でコロコロとトップが交代する国際的信用度の凋落。官僚が悪い。政治家が悪い。そして、政府が、首相の能力が不足している。全く好き勝手な議論が取り沙汰されています。

 政治家、官僚、政府の要職についている人間と私たち一般市民の人権は異なります。これは民主主義の基本的な考え方に則れば、彼らに人権は狭く私たちに広いのは「常識」的な見解でしょう。つまり、現在の社会における閉塞感を生み出した直接の張本人は彼らであることは間違いありません。

 そのことを大前提としながら、私は思うのです。この社会を構成しているのは彼らだけであって、私たちは全くそこに参画していないのか、と。官僚がいけない。政治家がいけない。政府がいけない。それは誰もが共感する事かも知れません。しかし、その社会を私たちひとり一人が構築していることを考えると、市民の責任も皆無では断じてないはずです。ましてや、政治家は選挙によって私たちが選択することができるのです。誰がこの政治家を選択したのでしょう。そして、非常に低い投票率の中、組織票で出来レースのように決まってしまう選挙に誰がしたのか。民主主義社会において、選挙に行かないことはその否定に繋がることは明らかですが、多くの国民は投票活動を拒否しています。

 マザーテレサは言います。愛の反対は憎しみではなく無関心であると。そう鑑みれば、市民の無関心が、この国のトップの無能さを誘発しているとも言えるのではないでしょうか。

 菅総理を挿げ替えれば、多くが上手くいくとは到底思えません。なぜなら、本質的な課題は、私たち市民自身が背負っていると私は考えるからです。その国の国民は、自らの民度を超える政府を持てないことは、もはや自明の理なのです。



他者の実践と思考から教えを乞う

2011/06/06 12:00:00  社会福祉

 第19回日本社会福祉士会全国大会・社会福祉士学会(京都大会)の二日目は、分科会から始まりました。私はD分科会「地域支援」に参加をさせて頂き、多くの実践事例に触れる中、気づきや学びを何点か頂くことができました。この様な場は自身の学びの場ですので、極力質問をさせて頂く中で、学びを深めるように心がけております。

 まず一つの視点として、小規模多機能型居宅介護の現状と課題についてのご発表がありました。利用者にとって、慣れ親しんだ環境がつくれるか否かが、その運営の成否であることを認識することができました。また制度上の課題も浮き彫りになっており、この辺りも再認識させて頂いた次第です。

 私の方と致しましては、昨日の湯浅氏の言葉にならって、「制度の守り手」に甘んじるのではなく、行政と利用者と事業所でローカルルールを作っていく実践が求められているのだと認識し、そのような事例が無いかご質問させていただきました。小規模多機能型居宅介護の良いところは、厚生労働省令に細やかな守るべき基準が明示されていないことにあります。つまり、保険者と利用者、事業所が、市民にとって有益なシステムに変えていくことができる素地があるわけです。なので、既存のルールに縛られることで不満を表出するのではなく、ルールを守ることで機能不全に陥るのではなく、それを逆手にとって、ルールを変えていく、システムを変革する実践が求められていると思っております。それこそが、ソーシャルワークに基づいた組織運営に繋がるのではないでしょうか。質問させて頂いたからには、自らの実践の戒めとさせて頂きたく存じます。

 また、社会資源の創出の実践についてもご教示いただけました。多様なニーズに多様な社会資源を創出した実践で、その実践内容に触れ感服致しました。これは、地域の絆でももがいていることであり、中々一筋縄ではいかない現状があります。

 社会資源の創出をするためには、まず、クライエントや地域住民のニーズをもとに行わなければなりません。そこで、一つの課題は、地域住民のニーズをどのように把握するのか。その方法論が難しい点にあります。そして、もう一つの課題として、色んなニーズが抽出されていく中で、どのニーズを仮説的・暫定的に、ニーズと定めるのか、という問題があるのです。もちろん、やってみないと分からないところがあるのですが、仮説的に暫定的にニーズを特定しなければ、社会資源の発掘・開発・創出には繋がらないと考えております。この辺りの実践のヒントを頂けたと感謝しております。

 地域福祉計画に基づいた個別支援と地域支援の実践研究では、個別支援と地域支援の実践の中から、地域福祉計画では挙げられていない地域課題を認識することができたとご報告がありました。素晴らしい実践であると感銘を受けました。

 そのことについて、市町村全域の地域性と、その圏域内であっても管轄地域の地域性は異なるものだと認識していますので、地域福祉計画におけるニーズと、担当地域におけるニーズに齟齬があるのを前提として、その理由を質問させていただきました。�々埓�がより深くニーズを捉えることができていなかったのか?��行政と発表者の捉えている地域性に齟齬があったのか?

 そのご回答は、地域福祉計画の策定委員の専門性によって、抽出されるニーズが異なっているのではないかとのことでした。なるほどまさに、ニーズは捉え方によって変化するということなのだと認識した次第です。捉える専門性によって、捉えるニーズは変わってくる。捉え方によって、ニーズの抽出精度は変化するということなのでしょう。やはり、実践の中においては意識化や意図した実践を展開しなければ、私たちの知りたい情報や思いは捉えることができないのだと認識致しました。

 午後の基調講演では、大阪大学総長の鷲田 清一氏がご登壇されました。最も感銘を受けたのは、出来ることと出来ないことの関係性についてのお話しでした。

 鷲田氏によれば――――今の社会では、何かが出来ないということは、マイナス点でしかない。出来る方から見たら、出来ないことはマイナスかも知れないが。出来ない方から、出来る方を見た場合。出来ない仕組みの方が見えてくるのではないか?出来ないことを出来ない方から考えることで、その仕組みの方が見えてくる。
援助は、出来ないことを出来るようにすることはもちろん重要なのだが、さらに重要なのは、出来ないことを出来ないことにさせないことではないか。出来ないことを出来ないことでなくすることではないか―――とのことです。

 クライエントが生活課題を抱えている際、それはなぜできないのかをクライエントの側から見ることで、出来ている側(社会)の課題が見えてくるということでしょう。そして、出来ないことを出来ないことにさせないとは、そのように社会が条件整備をおこなうことで解消することが第一義であると自身は認識したところです。要するに、「出来る」「出来ない」は飽く迄「出来る」側の視点で分別されているので、「出来ない」側からの点検も必要であるとのご指摘ではないでしょうか。

 また、―――出来ないことを出来ることに変える道と、出来なくなることで初めて出来るようになることのシーンが開けてくる道もあるのではないか?「出来る」を基準に考えると、出来ないことを欠損と捉えてしまう傾向がある。すると援助者は、出来ないことに対してしてあげるという視点になってしまう。“欠損”のある方に対して、援助者は、してあげる立場なのだろうか?出来る人が出来ない人を、強い人が弱い人を支援する立場で考えられがちだが、そのような一方的な関係は殆どない。ケアの反転が現実では沢山おこっているのではないか?―――ともおっしゃられます。

 分刻みで多忙な職務の中で、グループホームの玄関でご利用者と顔を合わせることがあります。何気ない一声を掛けられ、そして、その緩やかな時間の流れの中で、自身が癒されているのを感じることが多々あります。ケアをする立場の者が、実は、ケアをされている現象がここにあるのです。その様な多様な関係性が存在する社会こそが、健全な社会と言えるのでしょう。

 多くの志高い実践者の実践内容に触れ、古参の研究職の教えに触れる中で、また一つ二つの大きなヒントを得ることができたと感謝しております。本ブログは、時にはこのように自身のためのメモ書きとしても機能しております。今日感じたことをありのままに、吐露しておいて、少し時間を空けて再読する。同じ文脈を捉えていても、その文脈から取り出せる内容は、もちろん私の成長度に応じて異なります。ですので、数年たって本文を読んだ時、きっとまた違った内容を取り出すことができるのです。

 もちろん、私が成長していればの話ですが…。




ソーシャルワークの条件

2011/06/05 12:00:00  社会福祉
ウエスティン都ホテル京都、懇親会にて。


 本日から第19回日本社会福祉士会全国大会が京都で開かれています。全国大会へは久しぶりの参加をさせて頂きましたが、その参加者数の多さに驚かされました。流石全国大会です。

 多様な講師陣が登壇されましたが、最も印象に残ったのはやはり、湯浅誠氏の講演でした。湯浅氏の思想や立ち位置自体に元来共感を覚えている若輩ですので、お話の内容は全て腑に落ちるものでしたが、中でも以下の2点はなるほどと再認識をさせて頂くことができ、深く感謝しているところです。

 一つ目は、夢を見るためには、頑張るためにはそのための条件の整備が必要であるというお話です。夢を見るためには、誰もが総じて、努力すれば夢や目標に到達できる可能性を担保する条件が必要なのだと言うことです。社会がそれをせずして、夢を見なさい、頑張りなさいと子どもに言うのは酷であるとおっしゃられていました。

 いわゆる自己責任論に対する反論です。「女性が差別されるのは、女性の努力が足りないからだ。女性はもっと努力すべきだ」という理論をテレビで展開していた評論家が、厚生労働大臣になったことのある国です。自己責任論は、我が国の社会構造に根深く存在しているのではないでしょうか。障害者の生活の質が高まらないのは、障害者の努力が足りないからだ。母子家庭が生活苦なのは、簡単に離婚してしまったからだ。この様な少し頭を働かせば、その欺瞞性を見抜けることのできる理論が蔓延っているのではないでしょうか。

 障害者や女性に圧倒的に不利な、社会構造を作っておいて、その生活の質が低いのは自らの努力が足りないからだと喝破する論理。そして、当事者及び社会全体がそのこと信じ、当事者のパワーレス状態が生じているのが社会福祉の現場なのだと私は認識しております。

 もう一つは、制度の狭間にいる人たちの支援が出来ない現状に対して、その様な課題を解決していくことが社会福祉士の役割であること。制度の守り手だけになるのではなく、外を見て、ソーシャルワークの力を強め、社会に働きかけ、個人にも働きかける。ひとり一人の頑張れる条件をつくっていく役割が求められているのだとおっしゃられます。

 そうです。私たちは、制度の守り手の立場を享受するのみがその使命ではないはずです。クライエントの側に立ち、その制度がクライエントの利益に繋がるよう適宜点検を行い、状況に応じて変更への提言を行うことがその仕事となるはずです。現実的には、基礎自治体等でなされているローカルルール程度のものは随時変更するよう提言することがその仕事となるのではないでしょうか。

 法令遵守はもちろん重要ですが、そこに必要以上に縛られて硬直化した実践をするのではなく、時に制度やルールを変える提言を行っていくことが私たちにしか出来ぬ実践なのでしょう。その意味において、湯浅氏の実践はまさにソーシャルワークそのものでした。社会福祉士ではない、またその専門教育を受けていない湯浅氏がソーシャルワークの実践を行い、社会福祉士で、専門教育を受けている私たちがその実践を怠っているとするならば、これほど恥ずかしいことはありません。

 問題なのは、その彼の話を聞いて、恥ずかしいと思えた参加者が何人いたのか、また、自らの実践とは少し違った分野の実践であると他人事に捉えてはいないか、にあるようです。話を聞いて、恥ずかしいと感じ、ソーシャルワークの役割に危機感を抱くことができなければ、私たちの実践に明日はありません。



『まちづくりとしての小規模多機能ケア』

2011/06/04 12:00:00  地域密着型サービス

『小規模多機能ケアに求められる人材マネジメント�◆�

 
 小規模多機能型居宅介護(以下「小規模」)経営の要諦は人材マネジメントであり、その中核を成すのが人材育成である旨前回ではお伝えしました。今回は「地域の絆」における人材育成の取り組みについて叙述してみたいと思います。

 当法人では、内部研修を定期・不定期に開催しています。事業所ごとに週1回30分の開催と法人で不定期に研修会を開催します。現在は不定期開催の法人研修ですが、12月からは法人本部に職員研修室を設けましたので、来年度から年間20回以上の研修を計画的に実施する予定です。事例検討や、職員個々のスキルに応じた個別具体的な学習は事業所ごとの研修に委ね、法人職員として専門職として必要不可欠な一般的スキルの向上を法人研修の目的としています。開催時間については、事業所ごとの研修は平日のお昼に時間を取っており、なるべく多くの職員が勤務時間内に参加ができるよう配慮しています。その間利用者への対応が手薄になることは否めませんが、利用者に対する良質なケアを実践するために必要な時間であるとの認識で取り組んでおります。利用者に対するレクリエーションやアクティビティ同様に大切な時間であると私どもは認識しているのです。週に1回30分はそのような時間を頂いております。一方法人研修では、平日の夜間行うことが多く勤務の時間内における参加が難しいのが現状です。今後はDVDによる聴講や、日中時間における開催等の調整を検討しているところです。

 研修内容は、組織性と専門性の双方の指標を持って検討します。組織性とは、組織人として社会人として必要なスキルを指し、専門性とは、福祉専門職として介護職として介護支援専門員として不可欠なスキルを指します。組織性では、社会人としてのマナーやルール(ホウレンソウ・挨拶・メモ・電話・名刺交換等)の履行から、組織内における業務改善の実施や、経営者の立場に立った判断や処理に至るスキルが具体的には求められます。専門性においては、利用者の尊厳保持の理解から、基本的な介護技術の習得や、BPSDへの対応方法、地域における専門職教育の担い手に至るスキルを求めています。従来の専門職教育においては、専らこの専門性だけが注目を集めてきましたが、チームケアや家族支援の視点が重視されている昨今では、組織性の向上も欠かせません。「地域の絆」では双方の研修をバランスよく実施することを心がけています。ただし、専門性の方がどうやっても手間と時間を要しますので、専門性8に対して組織性2の割合でバランスを取っているところです。

 また、私たちは人材育成の有効性を発揮させるため次の3つの視点を大切にしています。❶採用が育成の肝要であること、❷モチベーションを高めるのはビジョンであること、❸評価は、育成のためのものであり、処遇のためのものではないこと。

 ❶については、理念に共感し、意欲があり、思いやりのある方の採用に時間を要しています。面接時間を1時間と筆記試験(一般常識と事例問題、心理テスト、理念の黙読)を30分、計1時間30分から2時間程度のお時間を頂き、時間をかけて選考させて頂きます。またその場での即答は避け、最短でも3日後に採否の通知を出すようにしています。これは、理念に共感を示さず、意欲や思いやりもない人材を当法人では育て上げることが出来ないとの判断に拠った実践でもあります。しかし、考えてみてください、皆様方の職場でそのような人材を育成される自信がおありでしょうか?介護の職場は人手不足です。ですから、率先して採用したいと思えない人材を採用せざるを得ない状況があるわけです。そこで、選球眼を凝らして、ぐっと我慢して選別できるかが、後の人材育成における成否を分けることに繋がるのではないでしょうか。私は、法人の理念に共感することも、意欲も、思いやりもなさそうな人材を採用することは致しません。それは、私自身のみならず、誇りを持って懸命に働いている職員に対して失礼な行為にあたると思っているからです。

 採否の通知についても、選考期間を敢えて設ける理由は、�〜�ばれて法人職員になったという矜持の醸成、��入職応募者に逃げ道を用意することにあります。採否の判断を即答されると、嬉しくないわけではありませんが、誰でも良かったのかな?と思われないでしょうか。そうではなく、一定の選考期間が設けられそこで喧々諤々の議論がなされた結果選考された方が、モチベーション高く入職をすることが出来るのではないでしょうか。また、ハローワークや求人票に明示されている法人情報は極僅かです。実際の採用面接場面で改めて理解することが殆どでしょう。その中で、人によっては考えが甘かったので辞退したいと思う人もいるのではないでしょうか。そのような方には、辞退を考える期間を設けて差し上げることも大切であると考えています。入職時のミスマッチを防ぐことが、後の人材育成の効率化に繋がるのではないでしょうか。

 ❷と❸は、介護報酬と介護職の給与体系の問題から派生している観点です。一般企業においても、バブル期と異なり、賃金を倍増させて職員のモチベーションを高めることが不可能になっています。ましてや、報酬の決まった介護職の場合、一部の職員に対する賃金の飛躍的上昇は可能であっても、全ての職員の報酬を飛躍的に高めることは不可能でしょう。そこでは、賃金以外にモチベーションを高める何かが不可欠となるのです。それが福祉専門職としてのビジョンであると認識しております。如何にこの仕事が、社会的使命や責任に則り、社会性の高い仕事であるのか。目の前の高齢者のケアをすることにどの様な社会的意義があるのか、如何に家族や地域住民が喜んでくださっているのか、その様なビジョンを明確に示すことが職員のモチベーション向上に繋がるものと認識しております。

 キャリアパスが声高に叫ばれているのですが、賃金のための評価や育成ではあまり機能しないのではないかと自身は考えております。介護職は賃金のためだけに勉強し、評価を受けているのでしょうか。無論、そのようなケースも皆無だとは言いません。しかし、それが前面に押し出されることによって却ってモチベーションを下げる結果を招くのではなかろうかと危惧しているところです。

 先ほど申し上げた通り、賃金の向上は全面的には望めない業界です。であるからこそ、法人独自に効率的な経営を図り、それを職員に還元していく視点は欠かせません。しかし、マクロ的には限界があるのも事実です。その時、賃金以外の評価軸を用いて如何に職員のモチベーションを高めていくのかが各法人に求められているのではないでしょうか。

 等級制を用いたとしても一等級上がったところで精々5,000円〜10,000円程度の昇給ではないでしょうか。金額だけを基準に鑑みれば、それに見合った仕組みを作ることは不可能でしょう。つまり、等級を一つ上げるためにこれだけ頑張らなければならないのに、賃金はたったこれだけしか昇給しないという関係性が生じてしまうのです。であれば、評価は処遇のためにあるのではなく、専門職としての人材育成のための評価であると位置づけられるべきでしょう。法人としては、あくまで個々人の人材育成を後方支援するための評価でしかないと捉えるべきではないでしょうか。職員ひとり一人の自己実現のために育成や評価はあるのです。


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中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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