人材マネジメントに必要な基本的な考え方
今回より、5回に渡って人材マネジメントについて叙述させて頂きます。今から継続してお話しすることは、ある一つの考え方に過ぎません。産業界においても、また福祉業界においても人材マネジメントには多様な考え方があります。私の考え方は、ソーシャルワークという専門性と、産業界における組織性を足して二で割った視点であると自己分析を行っているところです。私の考え方が全て正しいと認識しているものではありませんし、それを押し付ける思いも皆無です。あくまで一つの考え方として、捉えて頂き、取捨選択いただければ幸甚に思います。
まず、第一回目は、人材マネジメントの概要と基本的な考え方、そしてその目的について共通理解を図りたいと考えます。福祉業界における人材マネジメントの構成要素と大まかな流れは、�ゝ畤有∈陵儉G枌岫ぐ蘋��ド床銑�処遇と捉える事が出来ます。人材マネジメントと言えば、直ぐに管理・育成といった言葉がイメージされるかも知れませんが、これら6つのカテゴリーに対して、どの様な方針を持って、実際に何を行うのかを認識する必要がありますし、全体の流れをしっかりと理解する必要性があります。� 峙畤諭廚砲�いては、社会に対してどの様なメッセージを発信すれば繋がりたい人材と接点を持つことが出来るのか。�◆嶌陵僉廚任蓮∨/佑�求める人材の採用基準は何か。��「配置」では、どの様な基準で人を配置し、異動させるのか。�ぁ岼蘋�」では、その目的は何か、それをどの様な方法で達成するのか。�ァ嵒床繊廚任蓮△匹陵佑聞猝椶篁愽犬鰺僂い胴圓Δ里�。�Α崕莇�」では、給与・賞与の体系と福利厚生をどの様な視点で配分するのか。6つの視点で、その方針と実践内容をまず明らかにする必要があるでしょう。これは組織的に実践する必要があると私は考えます。因みに、「地域の絆」における方針と実践内容は当HPに示す通りです。
全体の流れを捉えて頂いたところで、人材マネジメントの目的について考えてみたいと思います。実は、これが不明瞭であれば、如上の6つのカテゴリーの内容が定まりません。何のために私たちは人材マネジメントに労力を割く必要があるのでしょうか。
一つは、産業界的な考え方になりますが、私たちの業種は、原材料を仕入れて、それを加工したり付加価値を付与して販売するという単純な経営内容ではありません。この経営活動においては、仕入先から原材料や商材を仕入れるという発想は無く、“販売”する“商品”は職員が提供する専門性と組織性に裏打ちされたケアやサービスそのものとなります。つまり、職員の皮膚の内にある専門性と組織性こそが“製品(product)”に当たるのです。ここの質を高めることが出来るか否かが経営の要諦である業態です。であるにも拘らず、我々の業界はあまりこの分野に熱心に力を注いで来なかったのではないかと思いますし、またそれが社会的評価の停滞を招いているとも分析しています。私たちの業界は、人材マネジメントに労力と時間、資源を投入しなければならない所であり、そのことが組織の発展と継続に欠かせない要諦であることをしっかりと認識することから行動しましょう。
さて、私たちは何のために人材マネジメントを行うのでしょうか。私は大きな2つの目的があると考えています。一つは、福祉専門職を育成するため、二つ目は、法人職員を育成するためです。私たち福祉や介護の分野には、数百年に渡って裏打ちされた専門性が存在します。その専門性は、法人によって大きく異なるものではないはずです。専門職である以上、どの職場であっても共通する価値・知識・技術が存在します。これが専門性に当たるのです。人材マネジメントを実践するに当たっては、この専門性を組織が理解していなければその管理や指導が出来ません。例えば、厚生労働省は、「求められる介護福祉士像」※1を示していますし、日本社会福祉士会は倫理綱領を明示しています。この様な内容が頭に入らずして、福祉・介護専門職の育成は出来ません。組織の人材マネジメントを担う方々はしっかりとこのことを認識しておく必要があります。
二つ目の法人職員としての育成については、専門性の中でも何を重点的に実践し得る人材を育成するのか、また法人組織人としてどの様な組織性を求めるのかを理解する必要があるのでしょう。この際最も重要視されるのは、法人理念です。法人理念は、組織の存在意義を示すものであり、職員の考え方の基準や拠り所を示すものです。組織は法人理念を遂行するためにあり、法人が求める人材は、法人理念を遂行するために必要な人材であると言えます。「地域の絆」では、「求められる職員像」を役職や職種ごとに可視化(文書化)して、各事務所内に掲示を行っていますが、その元になる考えは、「法人理念遂行のために必要な職員像」から構築されたものです。法人職員としての育成では、�\賁臉�の中の何処を重点的に実践するべきなのか、�∨/輿反イ留娠鎚�針・機能を鑑みて、どの様な組織性を求めるのか、をそれぞれ考えていく必要があると私は認識します。特に、組織性の考え方は重要です。私たちは個人で実践しているわけではありません。同僚・上司・部下、更には他職種としっかりと連携を図って、チームで対人援助活動を行っています。認知症ケアは一人で出来るわけではありません。私たちは労働者ですから、決められた労働時間しか利用者に接することは出来ませんので、公休や夜勤、早出、遅出といった変則業務の中で互いに情報共有を図って、利用者に接することが基本的なこととして求められています。しかし、その組織性を理解せずに多くの職員が業務に入れば、夜勤帯の出来事を記録に残さず報告しない、家族からの苦情を上司に報告しない、ミーティングで決まったことを守らない、記録に記載されている内容に目を通さないと言った状況が発生します。この様な組織性の不備は、ケアやサービスの低下を強く招くことになります。また、ケアやサービス場面においては、日々様々な課題が発生しているはずです。例えば、送迎のミスや、服薬管理のミス等の決して許されない失敗を職員がした際、それを個人の責任として処理するのではなく、組織全体の問題であると認識し、組織的に解決することが求められますし、その組織力を高めることが良質なケアやサービスには不可欠であると認識できるはずです。この様な、組織性の教育を行うことも、人材マネジメントの要諦であると私は考えています。
人材マネジメントの目的は、�\賁膺Δ箸靴討琉蘋�と、�∨/与Π�としての育成の視点があり、それは、専門性と組織性の二つの指標でなされるべきであるというのが私の考え方です。専門性と組織性の一般的定義としては以下のような事が言われているようです。「福祉職場においては、個々の職員がそれぞれ固有の専門性をもって活動し、業務を遂行することによって日常的な福祉サービス機能を高度化し(専門性の向上)、もう一方では、一個の組織体として目的に沿った意思統一が図られ、効果的に円滑化する仕組みにもとづいて相乗効果の発揮(組織性の充実)が図られている」※2。
人材マネジメント自体は、6つのカテゴリーから構成されている旨前述しました。しかし、6つのカテゴリーの中心は「育成」であると私たちは考えています※3。社会構造を鑑みれば、2025年の労働力人口は、2005年比で5〜12%減少すると言われている一方、必要な介護職員数は同90%〜130%増の人員確保が必要であると言われています。これを基に考えても、経験豊富で有能な人材を外から確保するには限界が生まれます。組織の継続・発展のためには、外部産業や新卒者等の未経験者に対する新規開拓も厭わず実践する必要があるのです。つまり、これらの方々を採用し、自法人で育成する仕組みが不可欠となることが明白です。その様に考えても、「育成」は人材マネジメントの第一義として位置づけられるべきでしょう。
介護保険事業等の社会福祉事業を担う組織は、社会的企業であると私は考えています。社会的企業とは、社会性の高い理念を持ってその遂行のために、ビジネスの手法を取り入れる組織であると考えますが、最も重要なのは社会性の高い理念を持っているということです。社会性とは、社会や地域に貢献すること、他者の役に立つことを重視する性質のことを指します。他の産業界の事業と社会福祉事業が大きく異なる点は、この社会性の高さであると自身は認識しています。人材マネジメントを実践するに当たっては、この社会性の担保も大事な視点となるようです。自法人の職員だけが育てば良いという視点ではなく、地域におけるあらゆる福祉専門職が育っていかなければ利用者は安心してその地域で生活することが出来ません。また、収益を上げる事業性の事ばかりを、職員に教育してもそのモチベーションは高まりません。職員の定着率やモチベーションを高め、福祉専門職の社会的地位を高めるためには、高い社会性の実践が出来る組織風土も必要なのです。
目の前の利用者への具体的支援が、どの様な社会貢献に繋がっているのか、この仕事が如何に社会的使命や責任を全うできる素晴らしい仕事であるのか、そのビジョンを示すことなくして福祉専門職の育成は出来ないと自身は考えます。「教育とは理想を語ることである・・・」。私の周囲にいる古参者の教えです。
※1 厚生労働省「介護福祉士養成課程における教育内容等の見直しについて」
※2 朝川哲一氏『改訂福祉職員研修テキスト 指導者編』全国社会福祉協議会P.98 2009年1月
初めて韓国に訪問したのは1990年であったと記憶しています。1988年にソウルオリンピックが開催され、その好景気がやや後退した頃に訪問したことを今でもよく覚えています。早いものです。もう、20年の歳月が流れたのですね。私にとっては、まだ新しい記憶の感があるのですが…。
この度は、日本人間関係学会が主催する「韓国 福祉・医療事情視察」に参加させて頂きました。全日程は、9月5日〜11日まで計6泊7日の旅です。因みに私は、10日の午後から東京で会議が有りました故、10日の午前中一人で引き揚げて羽田に降り立ちました。よって、私だけが5泊6日の視察となりました。「初めての訪中」同様に、今回も複数回に渡って以下思うところを叙述したいと思います。これまた訪中の際と同様、本報告は、韓国の内在的理論を理解していない若輩が、わずか数日間における体感を述べるに過ぎないことを強く付言しておきます。
9月5日の初日は、ソウル駅周辺のバリアフリーの状況等を視察しました。非常に有能な現地ガイドが、韓国の社会・文化について詳しく説明してくださいましたので、短時間で色んなことが意図して見えるようになりました。
ソウル駅に着いたのは現地時間の15時前後でした。駅の周辺には50代後半から60代のホームレスの方々が沢山おられました。若い人が多いと、参加者からは声が上がっていましたが、日本のホームレスの平均年齢を鑑みれば同じぐらいではないかと思って歩いていました。ただし、彼らは皆、日本のホームレスよりも胸を張って歩いている様には伺えますので、その分若く見えたのかも知れません。私たちが視察をさせて頂いている間、何度か幾人かの方が、私たちに所謂「物乞い」をされました。有能な現地ガイドが、お金を当たり前のように渡されたのが心証的でした。これらは日本では見られない光景ではないでしょうか。日本よりも寄付文化が発達している韓国では、「物乞い」に応じる民衆を多く見かけました。このように応じてくれる民衆がいるからこそ、韓国のホームレスは「物乞い」をされるのでしょう。日本の場合は、最近は特に応じる民衆がいなくなったように見受けられます。その帰結として、日本のホームレスは「物乞い」をされなくなったのかも知れません。日本のホームレスは、民衆を当てにすることを諦めているのかも知れません。この人たちは何も助けてはくれないと。
最近読んだ暉峻淑子氏の著書から、次の行が頭を過りました。「私はイラクの救援活動をしたときに、エジプト人の通訳を頼みました。エジプト人は一人あたりの所得がかなり低く、経済的にはとても貧しい国です。いっしょにイラクに行ってもらったのですが、イラクでは死にかけている子どもを抱いている人達や、飢えたりケガをした悲惨な人々にぶつかりました。エジプト人の通訳は私に、エジプトのカイロからイラクまでの往復の航空運賃、ホテル代を除き、通訳料として『一日六〇〇〇円欲しい』と言うのです。普通、通訳料はもっと高いです。
ところが、そのエジプト人の通訳は貧しい人達に会うと、その六〇〇〇円の通訳料をポケットから出して、惜しげもなくその人たちに渡すのです。そのとき、私のほかにも日本人の学者が二人行ったのですが、私達は、いざというときのために何万円か持っていました。ところが私達は、その通訳の取ったような行動を、まず反射的にとることができないのです。聞いてみると、その通訳の生家も金持ちではないようです。それで私は、『どうしてそんなことするんですか。あなたはカイロに帰って、何か必要なことがあるからこの仕事(通訳)をしてお金を稼いでいるんでしょう』と尋ねると、『喜捨する(喜んで捨てる)ことが、私の喜びだ』と言うのです。確かに、日本人はいつも収支を計算して、損がないように堅実にやっていきます。私はエジプト人のその姿を見て、私達のそういう考え方が何かすごく貧しく思われました」※。続いて、暉峻氏は以下の様に説明します。「人のことを慮るということは豊かさのひとつです。豊かな気持ちというのは、やはり人のことが思えるということです。貧しいということは、自分のことしか考えられないということです」※。
韓国の寄付文化は、日本よりも醸成されているようです。サムスン電子等の大企業は、挙って売り上げを寄付するのだとか。トヨタ自動車のリコール問題で、韓国でもレクサスが大打撃を受けた年に、現代自動車は売り上げを大きく伸ばしたといいます。しかし、その利益幅の殆どを寄付金に充てたと現地ガイドはおっしゃられていました。それが事実とすれば、これは、日本企業にも是非見習っていただきたい営みと言えます。
先月訪れた中国に比べ、街は比較的綺麗でした。道路や公共機関の室内の床・壁・天井すべてに渡って汚れが目立たず清潔に保たれた印象です。公衆トイレなどは、比較にならない程綺麗な場所が多かったと認識しています。しかしながら、例えば、清潔に保たれた歩道の端にある溝内などは、タバコの吸い殻が積み上げられ綺麗であるとはとても言えない状況にありました。トイレにしても、日本に比べて、行き届いているとは言えない状況です。
黄砂の影響があるとはいえ中国の車は、外観及び内装ともに汚れが目立ちましたが、韓国の車はその点綺麗に磨かれていました。日本程ではありませんが、それほど差異を感じないレベルと言えます。日本人が、トイレや車も綺麗に磨きすぎているとも言えますが…。
ご多分に漏れずソウル駅構内も清掃が行き届き、多くの人で賑わっていました。夜になるとホームレスの方々が構内に入って休まれるそうです。トイレ等の水を使って体を毎日清拭されているホームレスの方もいらっしゃるとか。日本の場合、間違いなくホームレスの方々は夜間構外へ締め出されることでしょう。韓国では今のところそうではないらしい。但し、韓国においても昨今は、そのような対応に対する賛否は丁度半々になっていると現地ガイドはおっしゃられています。しかし、半分であっても、韓国においてはホームレスの方々に対する“寛容さ”があるようです。日本においても10年ほど前まではその様な考えが残っていたのですが、現在は皆無となっています。私の記憶によれば東京都知事が、新宿区のホームレスを強制退去させてしまった辺りから、国民意識の変遷と同時に、ホームレス支援の力が衰退し始めたと認識しております。日本の民度よりも、この点、韓国の民度の方が高そうだと、ソウル駅構内を歩きながら考えました。
そうそう、バリアフリーの状況を視察に来たのでした。いつも与えられたテーマから外れたことに目が行ってしまう性格です。ご宥恕ください。
階段の横に、階段傾斜に沿ったスロープがありました。これは中国でもよく見かけた設えです。無いよりはあった方が良いと思いますが、これを利用して重たいキャリーバックを転がすと場合によっては怪我をします。一度中国で試してみたのですが、大男の私ですら転がり落ちる荷物を制御するのがやっとでした。日本の建築基準法上ではまず認められない造りだと、同行していた建築会社の役員はおっしゃられていました。それでいて、階段の傾斜は普遍的に日本のそれより急勾配です。地下道への階段も大変急で目視でその違いが認識できるほどです。
その他特筆すべきは、注意喚起や標識が多様で、分かりやすいことではないでしょうか。人を表わす標識も子どもや妊婦、高齢者などが一目でわかる標識となっています。駐車禁止区域の標識も、車がレッカー車で運ばれる絵が描かれていました。若者のファッションも日本の若者と大差なく、ファッションやデザインはアジア諸国の中でも洗練されている心証です。
ソウル駅の周辺に拘わらず、韓国の市街地では、ガムやチョコレートといった小さなお菓子を売って歩かれている女性と男性が沢山いらっしゃいました。私たちにも売りに来られたのですが、どうしてよいかわからず対応はしませんでした。後々、夜の街等でもこの様な場面に何度も遭遇しました。例えば、夜お店で食事をしていると、店内まで入ってきてガムを売りに来られた女性もいました。営業権等の考え方が浸透している日本では中々考えられない光景ではないでしょうか。
バスの車中から、高級百貨店を多く見かけることがありました。例えば、日本の三越百貨店の跡地に、サムソン電子が経営している百貨店があります。外観からしか伺えなかったのですが、日本のものと比べて遜色ない煌びやかさを感じました。実は、韓国においても生活格差の拡大が顕著らしい。高級住宅街では、高級車が行きかっていますし、駐車場にも殆ど全て高級車が並んでいました。その地域のレストランで食事をしたのですが、楽器の演奏や舞踊を生で見ながら食事をとることが出来るお店です。車は全て新車で高級車ばかり、さらにどれも綺麗に磨かれたものばかりです。高級住宅街の中には、住民の寄付等の支援を受けながらハード・ソフトともに高品質な体制が整った学校があります。そのような恵まれた環境にある子どもと、そうでない子どもとの間で、生活格差の世代間連鎖が巻き起こっている様です。
韓国では一日に約45名の方が自殺していると現地ガイドの説明。説明を聞いて自身も、そして、参加者一同驚きの反応を示していましたが、冷静に電卓を弾いて計算すれば、人口比で考えれば日本と然程変わらないか、少し多い程度であることが理解されました。日本や韓国のように効率優先の社会はストレスを醸成するのではないでしょうか?
そう言えば、韓国人は歩くのが速い。何かに急ぎながら忙しく生活している感じを受けました。日本の大阪と少し似ているところがあるようです。中国においても、自己主張がはっきりしている点が大阪に類似していると思いましたし、以前インドネシアに伺った際も、車の運転が大阪と酷似していたのを思い出しました。大阪のせっかちさは、アジア一かも知れませんね。しかし、性急な社会はストレスを増殖するので注意が必要です。次回の大阪市長選では、一福祉専門職として、冷静なる投票を要請したいと思っている昨今です。
※暉峻淑子氏『豊かさへもう一つの道』かもがわ出版 P.45-46 2009年4月
ソウル駅外観
時間帯にもよるのでしょうか。思ったよりも人は疎らでした。
ソウル駅外観
ミニ東京駅のような建物が…。
階段の傾斜に沿うようなスロープ
中国でも、同様の設えを見かけました。重たいキャリーバックを抱えて昇降するよりは楽なのですが、傾斜が急で、荷物のコントロールが難しいといったところでしょうか。
ソウル駅構内
ホームレスの方々は夜間も構内で休むことが出来るのだとか。トイレ洗面台のお水等で、清拭されているそうです。日本とは、違いますね。
ソウル駅構内のエスカレーター
注意喚起がわかりやすい設えです。表示物の掲示角度や、位置の高さ等配慮がなされていました。
ソウル駅構内の階段
階段の勾配は、日本よりも急ですね。
ソウル駅構内のエレベーター
標識の種類が豊富で、わかりやすいと思いました。
ソウル駅周辺の道路標識
駐車禁止!よく分かりますよね。
側溝には煙草の吸殻が…。
路面は日本と変わらぬぐらい綺麗でしたが…。
小姑のようなブログですね。いけません。
三越百貨店の跡地にサムソン電子のデパート
煌びやかな建物は珍しくはありませんね。
いわゆる「高級住宅街」にある「高級料理店」で食事
この度最高級の食事を一番最初に頂きました。経済格差を噛みしめながらの食事でした。
「ちじみ」です。
見た目もお上品。お味もお上品でしたね。
多くの車は綺麗に磨かれていました。
各ドアに緩衝用の「スポンジ」が貼付されていますね。これは車を大切にしている証拠だと思ってシャッターを押させていただきました。