9月6日は、ソウル市の最北西部に位置する恩平区(ウンピョン区)のリハビリテーション病院の視察に伺いました。韓国国外でも著名な、社会福祉法人恩平天使園の系列の病院です。私達がここ数日間でお伺いした法人は、国内外ともに著名な施設であり、見学者が非常に多く、その受け入れ態勢や仕組みの様なものが確立しているように見受けられました。
まずは、責任者や担当者の方から施設概要の説明を受けます。流石は、IT大国。どの法人でも恐らく専用のパワーポイントを用いて説明をされていました。1時間程お時間を頂けた中で、私が留意した点は以下の5点です。
�)/佑陵�念や、ビジョン、ミッションのお話が冒頭にあって、しかも丁寧に時間をかけて説明がなされていること。
��家族による利用者支援の重要性を認識し、専門職としても家族支援を念頭に置いた実践を行っている点。
��在宅支援に焦点化した実践が多い点。
�ぅ哀蝓璽鵐螢魯咼螢董璽轡腑鵝平憧超�リハビリ)という概念と親穏感というコンセプト。
�ド賊‘發如�多職種間連携が意図されていること。
当然のことかも知れませんが、法人理念についての説明が非常に長かったと記憶しております。「当然のこと」と言いながら、なぜに留意したのか。それは日本の福祉施設に見学の際、これほど長時間にわたって懇切丁寧な説明を受けたことが無いと記憶しているからです。どちらかと言えば、どのような方法で何をしているのか、利用者の利用負担金額は幾らか、どのような設備があるのか、と言った方法論の説明が専らですし、見学者の関心にもそれと整合性があるようです。それでも敢えて、「当然のこと」と書いたのは、本来はやはり、そこを理解せずしてその施設の実践は理解できないだろうと再認識したためです。伝える側も、そして見学側もその法人・施設の理念や方針をしっかりと理解することがまずは求められるのでしょう。そのことが出来ていない現状を自戒の念をもって振り返ることが出来ました。
日本と文化圏が近いこともあって、家族による利用者支援の視点はやはり強く認識されていました。障がい児のデイホスピタルでは、25名の子どもが通院していました。毎日6時間治療を行い、その他は自宅で日常生活を送っています。その際も、「母親の愛」を子どもの支援に活用することが謳われていました。子どもの支援にとって、「母親の愛」が最善の支援でると担当者も説明されています。であれるからこそ、家族支援も我々専門職の大事な仕事であると。
捻くれ者の私は、母親がいない子どものことはどの様に考えるのかと、質問したい思いを押さえながら説明を聞いていました。
この度ご一緒させて頂いた日本の医師によれば、韓国はリハビリテーション病院の床数が、日本に比べて極端に少ないそうです。そのような社会環境と、如上の家族による支援を重要視する文化が相まって、在宅重視の支援体制が取られているようです。
親環境リハビリでは、デザインによる治療を意図しているとのこと。家庭環境を髣髴させる物理的環境の中でのリハビリテーションを重要視していると説明がありました。それに合わせて、運営コンセプトとして、親穏感を標榜していると説明されます。親穏感とは、コンクリートや鉄筋の剥き出しになった設えではなく、木目をふんだんに使った親環境のハードを作ることによって成されると教えて下さいました。後の見学で気が付いたのですが、火災通報装置や熱帯魚の入った水槽の台、エレベーター、自動販売機の全てに木目のシートが貼付されていました。日本でもこだわりを持った施設は存在しますが、その徹底ぶりには驚くばかりでした。また、空間が狭い中で長らく生活するとストレスを感じるので、それを緩和するために建物を広く、より広く作っているのだそうです。この点は、日本の認知症ケアとは真逆の発想であると認識しました。感情等の感覚に敏感でいらっしゃることが多い認知症の方が、だだっ広い空間よりは寧ろより仕切りが多く空間的に狭く感じられる場所を好まれることは日本では定説となっています。また昨今の日本の施設の場合、朝から晩まで365日施設内で過ごすことが前提ではなくなってきています。当たり前のように日常的な外出があり、外部との交流が推奨されているわけですから、ストレスを意図して施設内を広く設える必要が無くなっているのも事実でしょう。
今年に入ってお付き合いさせて頂いている同業者の先輩に物理的環境が利用者のケアと、職員の仕事にどのような影響を与えているのかを研究されている方がいらっしゃいます。また、一昨年前訪れたスウェーデンにおいても、施設の内装は非常に瀟洒な作りになっていたのを思い出しました。私の組織運営に対する基本は、ハードよりソフト重視です。どちらかと言えば、ハードはどうでもよい位に思っていました。しかしながら、特にこれからは、サービス付高齢者向け住宅が主流になることが予想されます。住宅であれば、なおのことハードの重要性を認識せざるを得なくなるところです。ソフト重視の路線を変える必要はありませんが、ハードにも一定の効果と効力があることを認識した運営が求められているのかも知れません。
その他留意したのは、物理療法室と作業療法室が隣同士にあり、自由に往来が出来る設えになっていたことです。これは、患者同士が話し合い支え合うことが大事であると同時に、専門職同士も話し合って自由に意見交換ができるようにしているためだと説明がありました。日本で言うところの多職種間連携が重要視されていることは言うまでもありません。
その後実際に施設内を案内いただいて感じたことは、如上の説明の通りであろう実践が成されていたことです。疑似家庭環境を作って、そこでリハビリテーションを実施する親環境リハビリテーションや在宅支援を念頭に置いた実践。子どもの支援に「母親の愛」を重要視しており、家族がゆっくりと過ごせる空間を設けている点。小児科病棟では、間接照明や非常に可愛らしいデザインの設えになっていることなどが目に留まりました。
見学終了後には、質疑応答の時間を30分ほど設けて頂くことができ非常に有意義な訪問でした。質疑応答における要旨は以下の通りです。
�‖仂歇堊�はどの様な方が多いのか?
⇒富裕層ばかりではない。ここは社会福祉病院なので、治療費は安い。低所得者層も治療が出来る。
問題なのは、待機者が多いこと。1年から2年待っている人がいる。デイケアは特に希望者が多いので、2・3年間待たされるのが普通である。リハビリテーションプログラムの基礎を作ったのが当病院であり、それは現在全国の病院で広まっている。言わば、国内でも先駆けの存在で人気も高い。
��入院可能な期間はどのくらいか?
⇒最大が3ヶ月の入院が可能で、それを過ぎれば一般病院へ移行する。
��職員の中でクリスチャンはどの位いるのか?
⇒韓国の総人口は約4800万人で、その国民の5分の2ぐらいがクリスチャン。職員の70%がクリスチャンである。
�ぅ椒薀鵐謄�アの受け入れはどのぐらいあるのか?
⇒ここは病院であるため、短期ボランティアの受入は行っていない。1年ごとの長期ボランティアを受け入れている。現在108人が登録している。また、法人で3つのセクションがあり、リハビリチーム・医療チーム・社会福祉チームそれらが連携の上ボランティアの受入調整を行っている。
�タΠ�の労働時間数について
⇒1日8時間が基本である。8:30〜17:30が基本時間。月曜日から金曜日まで働ける。病院では労働時間が守られており、残業は少ない。毎週木曜日のケースカンファレンスや勉強会等は勤務時間外で行われている。
��人材の確保について
⇒韓国には社会福祉学科がある大学が50校ある。そのうち150人の学生を選抜して、実習してもらってその中から良い人を選抜している。
�Э雄牋蘋�の取り組みについて
⇒全職員がテーマごとに勉強をして、一年に一回発表会がある。その他、開国医療研修(海外の事情を学習)がある。大学在学中採用予定者を2ヶ月間研修。入職後また研修がある。法人の中に教育センターがある。
�┘螢魯咼衂賊,離宗璽轡礇襯錙璽�ーの配置数と業務内容について
⇒MSWは2人だったのだが今は1名。法的にMSWの配置基準は無い。業務内容は、低所得層の方々の経済的な相談。子ども用の教育プログラム等のプランニング。
⇒ボランティアの方々が、教育プログラムの一部を担っている。例えば、料理プログラム。インドカレー等の変わった作業の場合は、そのボランティアに依頼する。多様なボランティアが登録しているので、その特技に応じた活動をお願いしている。ボランティアコーディネーターのような仕事を担っている。
��人権教育について
⇒経営者も管理者、職員も金銭的報酬だけに価値を求めていない。慈善の精神をもってやっている。
�イ砲弔い討蓮�系列の児童養育施設天使園のことが手元の文献で次のように書かれています。「天使園は小舎制をとっていて、(中略)男女別に10〜16人の子どもたちを二人の生活指導員が担当する体制である。(中略)生活指導員は午前10時から次の日の午前10時までの出勤で、二人で交代するという勤務体制となっている。これはかなりハードな体制だ。ただ、補助金の関係でこういう体制にせざるを得ないという。事務局長は、国の定めた職員数では、労働基準法で規定されている労働時間を守ることさえできないし、サービスの質も当然落ちざるを得ない。国が労働基準法を制定しておきながら、国の定める最低基準では労基法さえも守るのがむずかしい現行施策を批判していた」※1。
例えば、日本においても小規模多機能型居宅介護の解釈通知には、次の様に基本方針が定められています。「指定小規模多機能型居宅介護は、通いを中心として、利用者の様態や希望に応じて、随時訪問や宿泊を組み合わせてサービスを提供することにより、利用者の居宅における生活の継続を支援するものである」。ここで言う「利用者の様態や希望に応じて」サービスの提供を行うこと自体が、実は、休日出勤や時間外労働を推奨していることになります。その手当を十分に支給できる、それに耐え得る報酬設定になっているかと言えばそうではないところに問題があるのでしょう。4月からの介護保険制度改正の指針の一つとして、「労働法規の遵守の徹底」が掲げられていると聞きます。であれば、遵守できるだけの十分なる人員配置と報酬設定が成されなければならないのは自明の理です。どこの法人も、遵守を図りたいのは山々ではないでしょうか、その中で、利用者のニーズに応えるために何処まですべきか、ギリギリの経営判断を強いられながら運営をしているところが殆どであると認識しております。また、そうであって欲しいと思っています。韓国の実情は知りませんが、日本の場合、いみじくも厚生労働省という一つの部局で、介護保険法と労働基準法が動いている訳ですから、その辺りを是非ともご協議いただきたく思います。机上の空論による整合性ではなく、実務レベルにおける整合性のとれた介護保険制度の在り方を是非ご検討いただきたいものです。
�Э雄牋蘋�について感じたことですが、人材育成には、OJTや、Off-Jt、SDSなど多様な実践があると思われますが、人材育成=単なる研修と位置付けておられるように自身は受け止めました。つまり、人材育成に関する多様な方法論が確立していないのではないかと類推しながら話を聞きました。
病院が掲げる「中心となる価値」の中で、「高い専門性」と、「価値の覚醒」として「新しい治療の領域を開発する」というお話がありました。私たち地域の絆が実践の中で大切にしていることの一つとして、「他者が取り組んでいない新しいことに取り組む時、容易に実現し得ない夢や理想に近づく実践時に、人の行動はより尊いものになる」というものがあります。今作成中の新しい法人パンフレットには、「地域の絆 経営ビジョン」として記載される予定です。
国内津々浦々、何処の法人や施設に行っても、福祉専門職として同様の視点で頑張っている仲間がいると強く思って仕事をしてきましたが、どうやら国外においても、また同様の仲間がいるようです。
※1 金永子氏『韓国の福祉事情』新幹社P.18-19 2008年10月
グリーンリハビリテーション(親環境リハビリ)という概念と親穏感��
病院なのですが、家庭的な設えがされています。
グリーンリハビリテーション(親環境リハビリ)という概念と親穏感��
病院内ですが、木目調に対するこだわりがありますね。
グリーンリハビリテーション(親環境リハビリ)という概念と親穏感��
ここまでこだわるか〜、と思いました。
グリーンリハビリテーション(親環境リハビリ)という概念と親穏感��
外観ももちろん木材を使用。日本の施設や病院でも見られる光景です。
小児科病棟は可愛らしい設えで…。
日本の小児病棟でも、同様の設えは見られますが…。
韓国の焼き肉��
牛肉の焼き肉です。お肉はまあまあですが、たれや味付けが素晴らしい。昼からビールを飲んでましたよね!?懐かしいです。
韓国の焼き肉��
京都ノートルダム女子大学の三好先生お勧めの焼肉屋さんを訪れました。この焼肉のお肉は、何と、鶏肉なんです。もっとも、韓国では一般的だそうです。
しかも、とてつもなく美味しいのです。岡本榮一先生ともご一緒させて頂きました。本当にお世話になりました。
紛失防止のためチェーンキーで車いすを固定
こちらは日本ではお目にかかれない光景。深読みして、利用者が車いすを持ちながら伝い歩きをされる際、車いすが転倒して危険なので、固定しているのかと思って、そうではないかと聞いてみましたが、単なる紛失防止だそうです。
手すり本来の目的ではない形で使われています。当法人の各センターにも手すりは基本的にはありませんが、このような使い方もあるものだと感慨深く見させていただきました。
日本人間関係学会の皆様
大変お世話になりました。多くのご示唆と学びの機会に感謝です。
最近は結構忙しく本ブログの更新も等閑の状況です。そのような状況下においても、ブログの更新を迫られる事態が発生しました。日本経済新聞はあまり読む機会がありませんが、出張先のホテルでたまたま目にした記事が原因です。
12月4日付のその社説によれば、「審議会(社会保障審議会介護保険部会)は両論併記ではあるが、介護サービスの必要性が低い人の自己負担を増やすことや介護計画作成の有料化などは先送りし、大企業とその従業員に負担増を求める方向だ。(中略)働く人の処遇改善は大切だが、事実上、赤字国債で手当てしている現状は改めるべきだ。介護施設などの収益は改善している。介護報酬の引き上げよりも、事業者の経営努力で対処すべきではないか。
介護保険制度改革は、来年の通常国会へ提出する法案に何を盛り込むかが焦点になる。自己負担も含めた介護保険の総費用は2000年度の3.6兆円から11年度当初予算では8.3兆円になった。こんな状態では消費税を上げても制度を持続させられない。まずは徹底した効率化が必要だ。
軽度者の利用が多い生活援助サービスは、掃除や買い物の手伝いなどが大半だ。こうしたサービスは保険の対象からはずすべきだ。すぐに無理なら将来の廃止を前提に、軽度者の自己負担を1割から2割に上げ利用の抑制を図る必要がある。一定の所得がある人の利用料も上げていい。介護計画作成も有料にして、利用者にコスト意識を持ってもらう必要がある」※。
社説、つまりこの新聞が、誰の側に立ってジャーナリズムの実践を展開しているのかは明白です。
2007年度の有効求人倍率は全職業では、0.97でしたが、介護業界は2.10を標しています。同じく2007年度のデーターでは、全労働者の平均給与額は、男性が5,118,800円で女性が3,276,800円でした。それに比べ、福祉施設介護職の男性の平均給与額は3,077,400円、女性は2,771,200円です。またホームヘルパーの男性は2,782,700円であり、女性は2,632,800円でした。これらは厚生労働省のホームページからシロウトでも抽出できるデーターです。経済は数字が命だと認識しておりますが、この事実をどう捉えれば如上の論調になるのか理解に苦しみます。産業界も不景気で給与額が下がっているので、介護職の給与額はそれに比べて然程悪くは無いとの意見も聞きますが、事実誤認も甚だしく、感情論で数字を見てない方々の迷言でしょう。
現場を担っている私にとってみれば、介護保険制度そのものが万能ではなく、利用者の生活支援に十分対応できていないと痛切に感じている毎日です。介護保険制度の限界を、インフォーマルな社会資源を発掘・創出しながら、それを利用者の支援に繋げて行くことで補っているのが関の山で、福祉専門職は少ない社会資源の中で日々もがき苦しんでいます。
人の生活は質的にも時間的にも幅広く、介護だけで守れるものでは到底ありません。家事等の生活支援を介護保険制度から外すことは看過できたとしても、では誰がそれを支えるのか、その受け皿論も無いまま切り捨てるのであれば、これは弱者切り捨ての批判を逃れることが出来ない行為となります。この社説はそのような論調に拠っているのです。
当然にして日本は福祉国家ではありませんが、北欧を代表する福祉国家の特徴は、経済状況が悪化しても社会保障費を担保する姿勢にこそ存在します。事実、一昨年3月に訪問したスウェーデンのソレンチューナ市の行政職は、はっきりと私たちにその姿勢を示されていました。医療や福祉、年金と言ったものは、人が生きていく上で、空気や水と同様に重要なものです。その空気や水を捨て去れば、やがて社会はどうなるのか、推して知るのは子どもにでも出来るはずです。なぜそれができないのか、私は不思議でなりませんでしたが、本社説を拝見して少しわかった気がします。その意味において、本社説は丁度良い“教材”と言えるでしょう。
それは経済指標のみで社会を捉えることによる限界です。経済指標に焦点化して社会を捉えてもそれは、一部であって全てを捉えたことにはなりません。自明の理ですが、そのことに気付いていないことが病理であり、不幸を招いているのではないでしょうか。
現在の私の経営哲学の要諦は、「情けは人のためならず」です。自分一人が良くなればと思って行動すればするほど、“利益”は遠のいて行くものです。過日訪れた東北の被災地で、集落の中で一軒だけ奇跡的に無傷であったご自宅があり、その住民とお話をしたことがあります。私がつい「御無事で良かったですね」と配慮に欠ける発言をしてしまった際、「自分の家だけが無事で、何一つ良いことなんてない」と涙を浮かべておっしゃられたのが今でも脳裏に焼き付いています。同じ社会を構成している以上、自分の幸福と他人の幸福は常に何処かで繋がっているのです。
一部の“不幸”な人たちのためではなく、今は“不幸”ではない私たちのために社会保障は存在します。そして、その存在をうまく活用することにこそ、経済の活性化を見出すことが出来ると考えるのが私の持論です。日本の介護技術は世界に誇れるレベルに到達しつつあります。これを“輸出”し、福祉後進国の援助を積極的に展開することをもって、経済活性化の“武器”にすることも可能でしょう。経済にとって、社会保障は足枷ではなく、ピンチをチャンスに変える起爆剤の要素をもっていると私は認識しています。
社会構造や、社会政策等、そのマクロの視点で社会を捉え、その上で、数々のミクロな事象を分析することがジャーナリズムには求められています。経済という指標一本でのみ捉えた視点は脆弱と言わざるを得ません。今求められているのは、マクロの視点で社会を捉える力なのかも知れません。そして、それはそのままソーシャルワークに今求められている視点でもあるのです。
※『日本経済新聞』「社説 介護保険は給付抑制と効率化に切り込め」2011年12月4日
2011/12/05 12:00:00
地域密着型サービスやる気を引き出す指導法〜福祉専門職育成における要諦
職員の仕事に対する動機づけを維持・強化し、職場定着率を高め、更にそれが育成にも連動するといった少し“高尚”なお話をさせて頂きます。福祉・介護業界では職員の定着率の低さが問題として取り沙汰されています。厚労省の調査結果を大略で見てみますと、主な入職の理由は、「働きがいのある仕事だと思ったから」及び「自分の能力・個性・資格が活かせると思ったから」が大半であり、主な退職・転職の理由としては、「給与等の労働条件が悪いため」や、「仕事の内容がきついため」、「仕事にやりがいがない」、「職員間の人間関係が良くないため」が挙げられているようです※1。これは、「働きがい」のある職場であると認識して入職したが、実際に働いてみると「働きやすさ」と「働きがい」の無い職場であるとの認識に至り退職した事例が数多あることを物語っています。
まずは少し「働きやすさ」と「働きがい」について考えてみたいと思います。このことを思い起こすと「ハーズバーグの動機づけ・衛生理論」が私の脳裏に浮かんできます。この理論では、「行動の動因は2つの欲求にもとづく」ことを前提としています。2つの欲求では、「第1の要因【衛生要因】」として「賃金や労働条件、人間関係、作業条件等の内容」に対する欲求を指し、「第2の要因【動機づけ要因】」として「やりがいのある仕事、自己成長、目標の達成、達成の承認、責任の増大など」に対する欲求を指すと言われています※2。私は端的に、「働きやすさ」が「衛生要因」、「働きがい」が「動機づけ要因」に其々関係することであると認識しているところです。
であるならば「働きやすさ」の充足は、例えば、給与水準の向上や、残業時間の削減、有給休暇の取得のしやすさ、手厚い人員配置、福利厚生の充実といったものが挙げられるのではないでしょうか。また、「働きがい」の実感においては、人材育成システムの充実や、法人理念の明確化、所属意識の醸成、適切な権限移譲、福祉専門職としての矜持を持った実践が出来ること等がそれに該当すると思われます。
ここで注目をしておきたいのは、むしろ「働きがい」の方です。「働きやすさ」を充実するためには法人や事業所独自の努力において、若干は対応できる部分がありますが、その全てにおいては範疇ではないと私は考えております。介護報酬にて、収入の大半はどの法人も同列の状況にありますので、このことに対する取り組みは、一法人・事業所では解決し得ない問題でしょう。だからといって、無論何もしないわけではありません。ただ、いくら努力を重ねても限界があると申し上げたいのです。では、「働きがい」の方はどうでしょうか。その多くは組織的・体系的な問題であり、こちらは法人・事業所努力で多くは対応が出来るものと考えています。「地域の絆」では、「働きやすさ」はもちろんですが、「働きがい」に最も焦点化した人材マネジメントを行っております。法人努力でどうにもならない要素が強い「働きやすさ」よりも、努力によって改善の余地の広い「働きがい」へのアプローチに力を入れているのです。
多くの職員が求める「働きがい」の中核は、福祉専門職として社会性(社会に貢献すること)の高い実践ができることにあると私は考えています。利用者や家族、地域住民に喜んで頂ける実践がしたいと多くの職員は思っています。そのためにも、自身の専門性をより高めていきたいと。そのような社会的責任や使命感の高い仕事であるからこそ、給与水準が低くとも、労働条件が多少悪くとも、この仕事を選ばれているのだと私は認識しております。
先ほど挙げた厚労省の調査結果を見ても、そのような動機で就職先を決めていることが読み取れます。また、退職の理由としては、給与等の労働条件の悪さや、人間関係の不味さ等が挙がってはいるものの、やはり仕事にやりがいが無いと言った声も多くある様ですし、一番気になるのは、どの項目にも該当しないその他の項目が一番高率であるということです。かてて加えて、仕事に対するやりがいや矜持が減退すると、金銭的価値を人は求めるのではないかと私は考えておりますので、入職時は「働きがい」を求めて、退職時は「働きやすさ」を求めて辞める構図には、当初の期待の裏切られた感覚が影響を与えているものと推察されます。つまり、多くの職員は、仕事に対する夢や誇りも持てないのなら、せめて、賃金等の処遇で補填してもらいたいという気持ちになるのではないかと考えるのです。
2000年に介護保険制度が導入され、営利法人も非営利法人も同じ土俵で相撲を取ることが強要されました。その際、社会福祉法人等の非営利法人も、事業性(事業の継続・発展を求めるため収益を上げること)の強化を図ってきたように伺えます。利用者が何人利用して、いくら収入が入ると言った現実的な話が現場の中でも飛び交うようになったのは介護保険制度が導入されてからではないでしょうか。しかし、それは管理職と言われる人たちがしっかりと認識して舵を取ればよい話で、現場で利用者の直接ケアに携わっている職員には伝えるべき話ではないと私は思っています。それを多くの経営者は、現場の職員に求め出したのではないか。
先ほど申し上げましたように、現場の職員の多くは、専門職としての社会性の高い実践を行い、利用者・家族・地域住民に喜んでもらいたいと思って必死に働いています。経営陣が出来ることは、その思いを大切にすることではないでしょうか。であるにも拘らず、多くの経営陣は現場に社会性ではなく事業性を求め過ぎているのではないかと考えます。それが、職員のモチベーションを下げ、離職率の上昇へと繋がる大きな要因としてあるものと認識しております。
求人票を見る限り、この業界の給与水準が低いことは一目瞭然です。それでもこの業界の求人に応募し、入職する職員の動機は、給与等の処遇にはないはずです。処遇は良くないが、社会性の高い業務内容に魅力を感じ入職しているのです。であるのに、職場では社会性の高い取り組みが推奨されず、事業性のことばかりを追求される。そのことで、モチベーションを下げて離職する人が多いのではないかという仮説を立てているのです。要するに、給与も安く、夢や希望も感じられないのなら辞めた方が良いと判断されるのでしょう。福祉専門職としての夢や理想、希望を見ることが出来ないのなら、この仕事には何のメリットも見出すことが出来ないのではないでしょうか。
では、社会性の高さを感じる仕事はどの様になされるのでしょうか。その要諦は、ビジョンを明示することです。目の前の認知症高齢者へのケアが、ご本人はもとより、ご家族や地域にどのような幸福をもたらしているのか、そのことを見せていくことが求められています。また地域住民の理解や協力を促進することが、目の前の利用者の幸福に如何に繋がるのかを見せるのも然りです。
過日拝読した姜尚中氏の著書においても次のように記されています。
――――「経営者は、これまでのような金融工学的なマネーゲームでは、企業活動の意味を語れなくなったのです。
こうした風潮にともなって、いま、アメリカのビジネススクールなどでは、従来型に代わるテーゼを見つけようと必死になっている気配が見えます。その彼らも、まだ『これだ!』というストーリーは見つけきれていないようですが、こう言いはじめたことだけは確かです。
『なぜ、何のために働くのかという意味づけを、社員にきちんと示せないリーダーは失格である』と。たとえば、『いま、ここでこうやって作っている製品が、十年後の豊かな森林を作るのですよ』とか、『いま、この労働で流している汗が、病気のおじいちゃん、おばあちゃんの心の支えになるのですよ』とか、そのようなビジョンを、フォロワーが納得できるかたちで示せなければならないのです」※3。経済における成長戦略に陰りが見え始めた昨今、産業界においても処遇の向上ではなく、ビジョンを見せることで社員のモチベーションを高める手法が受け入れられつつあるのです。
目の前の利用者への具体的支援が、どの様な社会貢献に繋がっているのか、この仕事が如何に社会的使命や責任を全うできる素晴らしい仕事であるのか、そのビジョンを示すことなくして福祉専門職の育成は出来ないと自身は考えます。
また、福祉専門職の育成では、原理原則論や理想・理念を伝えることが不可欠です。人員配置等の多くの制約ある中、理想の福祉実践が出来ず悩んでいる職員が多い中、敢えて、原理原則論と理想を語る必要があるのではないかと私は考えています。「出来ていない」現在を基準に、理想を諦めるのではなく、今「出来ていなくとも」いつかは実現させるための前向きな実践を後押しすることが重要です。恥ずかしいのは、今「出来ていない」ことではありません。今「出来ていない」ことに開き直ったり、居直ったりすることが、専門職として最も恥ずかしい行為であると言えるのではないでしょうか。「出来ていない」現実から、僅かであっても日々改善を図り、前に向かって取り組んでいく姿勢が必要です。それを強化するためにも、経営陣や人材育成担当者には、信念を持って、弛み無く理想を語り続け、その実践を後押しする姿勢が求められています。専門職としての価値・理念や法人理念を、しっかりと理解した上で、それを現場の職員に分かりやすく理解できるよう再言語化することが求められているのです。
他者が取り組んでいない新しいことに取り組む時、容易には実現し得ない夢や理想に近づく実践時に、人の行動はより尊いものになると認識しています。斯くの如き職場風土でこそ、人は育つし、その職場に誇りを持って留まり続けるものであると認識しているところです。
※1 厚生労働省
「福祉・介護人材確保関係主管課長会議 資料」
(参考資料「介護福祉士等現況把握調査の結果について」)
平成20年12月25日
福祉・介護分野で働こうと決めた理由
福祉・介護分野の仕事を辞めた理由について見ると、社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士のいずれも「給与等の労働条件が悪いため」の割合が最も高かった。この他、社会福祉士・介護福祉士については「仕事の内容がきついため」、精神保健福祉士については「職員間の人間関係が良くないため」の割合も多い。
厚生労働省
「福祉・介護人材確保関係主管課長会議 資料」(参考資料「福祉・介護サービス従事者の現状(データ集)」「介護職員の定着の状況等」)
平成20年12月25日
介護職員の現在の仕事や勤務先を選んだ理由
働きがいのある仕事だと思ったから64.6%・自分の能力・個性・資格が生かせると思ったから36.8%・通勤が便利だから35.2%
介護職員の現在の仕事や勤務先を選んだ理由は、「働きがいのある仕事だと思ったから」、「自分の能
力・個性・資格が生かせると思ったから」が多くなっており、「給与」や「労働条件」の割合よりも、本人の仕事内容に対する意欲の割合が高くなっている。
介護福祉士の転職理由
仕事にやりがいがない20.5%・職場の人間関係17.1%・給与が低い15.0%・その他30.2%
介護福祉士の転職理由は「仕事にやりがいがない」、「職場の人間関係」、「給与が低い」の順で多くなっている。
※2 田中久夫氏『改訂福祉職員研修テキスト 管理者編』全国社会福祉協議会P.82 2008年5月
※3 姜尚中氏『リーダーは半歩前を歩け』集英社新書P. 56-57 2009年9月