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NPO法人 地域の絆

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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

被害者支援と加害者支援の視点

2012/03/17 22:08:30  社会福祉
法人本部にも春の便りが届きました。
 「判決によると、下村被告は2009年5月に自らの浮気がきっかけで離婚した後、長女桜子ちゃん(当時3歳)と長男楓ちゃん(当時1歳)を引き取って三重県から名古屋市、大阪市西成区と移り住んだ。風俗店で働き始めてから2ヵ月後の10年3月以降、現実から逃避してホストクラブの男性宅に連日外泊。6月9日に帰宅した際、衰弱した2人に十分な食事を与えずに再び外出し、6月下旬に死亡させた。
 判決は、被告が何度か帰宅した際に2人が外に出て事故を起こさないよう、玄関と居間をつなぐドアに粘着テープを貼ったと指摘。『2人はクーラーがきいておらず、ゴミが散乱する居間から出られなくなった。死亡させる可能性が高い危険な行為ということを常識的に理解できたはずだ』と述べ、殺意を認定した。
そのうえで、『2人が苦しんでいる時、現実から目を背けて男性と遊び、遺体発見後も遊興した』と批判。1人で子どもを育てるという孤立感の中で心身を癒す場を求めた事情を考慮しても、犯行態様の残酷さと結果の重大性から見れば責任は重いと判断した。
最後に『子育てに苦しむ親に社会が理解と関心を示して協力することを願う』とし、裁判官と裁判員の総意として西田裁判長が被告に『社会復帰したら支えてくれる人は必ずいる。子どもらの冥福を祈ってほしい』と述べた」※1。

 東京都内での今朝の移動中何度も読み返しました。改めて活字には、テレビ等の映像にはない力があることを知りました。何度も何度も読み返し多くを感じ考えました。24歳の被告がとった行動は社会的に許されるものではありません。しかし…、と私は思います。なぜ彼女はこの様な行為に及んでしまったのかと。

 何度か自宅に帰っていること、そして、放置されていたにしては永らく子どもたちが生きていたことを鑑みると、被告の子どもに対する愛情が皆無であったとは思えません。恐らく何かが彼女をそうさせるに至ったと想像してしまうのです。これは、福祉専門職の性でしょうか。

 事件として取り沙汰されることのないケースであっても、この様な環境で傷を負った子どもたちが将来どの様に成長し、大人になり、そして子どもを育てていくのかを想像すれば、そこには負の循環が待っているようにも思えます。現に同日死刑が確定した山口県光市「母子殺害事件」の大月被告(犯行当時18歳)も父親による暴力と12歳時に母親が自殺した経験の持ち主でした。秋葉原事件の加藤被告も児童期に虐待の経験があるというのは著名な話です。

 その様に考えていくと、私はいつも加害者の被害者性と言う論点から目を逸らさずにはいられなくなるのです。自身の子どもを平然と残虐死させることの出来る母親がどれほど多くいるのでしょうか。そんな非人間的な存在はこの世に本当にあるだろうか。そうではなく、多くは社会的課題や抑圧の中で、そのような状態に追い込まれた帰結としてあるのではないか。その様に思いたいし、考えて行きたいと私は思っています。

 ソーシャルワーカーとしての私は、公益と私益は何処かで繋がっていると考えていますし、その意において自己責任は論理的に破綻していると思っています。人々は社会化され、社会の価値規範、環境の影響を多分に受けて生きています。個人が起こす問題に、社会が無関心でいられるはずもありません。

 ソーシャルワーカーの私は、死刑廃止論者です。理由は、単純明快です。例えどのような人間であっても、その人の人権・生命を軽んじてはならないと考えているからです。例えどのような人間であってもです。人の人権や生命に例外などありません。その営みこそが、社会に安定感を醸成し、全ての人々の人権が守られる社会構築へと繋がるものと信じているからです。

 一方で、犯罪被害者に対する支援も実に重要であると説きます。大切な人をしかも、不当な理由で喪失した憤り、悲しみは想像を絶するものであると認識しています。司法やマスコミ、世論はその正当な感情に応え、支持し、時には鼓舞します。しかし、それだけでは支援にはなりますまい。やはり、労働的・経済的な支援も含めて具体的かつ実効性ある支援が不可欠です。そして、それを法制化・制度化する必要があるでしょう。被害者及びその遺族の感情に共鳴するだけでは、全く支援の意味を成しません。実効性ある支援が必要なのに、それが成されていない状況が我が国にはあるわけです。

 不当に被害を受けた犯罪被害者とその遺族に対する手厚い支援が必要です。そこには、感情的支援にとどまらず、実効性ある具体的な支援が不可欠でしょう。その一方で、加害者の中にある被害者性に着眼できる慮りを社会に強く求めたいと自身は考えます。


※1 「大阪2児放置死 母親に懲役30年」『朝日新聞』2012年3月17日


 

従来の生活と生きていた証を立てるために

2012/03/12 00:02:32  社会全般
母校と関係の深い妙心寺。
 東日本大震災から1年となる今日、政府主催の「追悼式」が東京(国立劇場)で開催されました。朝日新聞によれば、そこで野田総理は3つの誓いを立てられたそうです。

 「一つ目は、被災地の復興を一日も早く、成し遂げることです。
 今もなお、多くの方々が不自由な生活を余儀なくされています。そうした皆様の生活の再建を進めるとともに、生まれ育ったふるさとをより安全で、住みよい街として再生させようとする被災地の取り組みに最大限の支援を行ってまいります。
 原発事故との戦いは続いています。福島を必ずや再生させ、美しいふるさとを取り戻すために全力を尽くします。
 二つ目は、震災の教訓を未来に伝え、語り継いでいくことです。
 自然災害が頻発する日本列島に生きる私たちは、大震災で得られた教訓や知見を、後世に伝承していかなければなりません。今般の教訓を踏まえた全国的な災害対策の強化を早急に進めてまいります。
 三つ目は、私たちを取り結ぶ「助け合い」と「感謝」の心を忘れないことです。
被災地の復興には、これからも、震災発生直後と同様に、被災地以外の方々の支えが欠かせません。また、海外からの温かい支援に「恩返し」するためにも、国際社会への積極的な貢献に努めていかなければなりません。
 我が国の繁栄を導いた先人たちは、危機のたびに、よりたくましく立ち上がってきました。私たちは、被災地の苦難の日々に寄り添いながら、共に手を携えて「復興を通じた日本の再生」という歴史的な使命を果たしてまいります」※1。その後総理は、首相官邸にて記者会見を開き、交付金配分の見直しや瓦礫の処理、原発再稼働の地元理解に向け先頭に立つこと等についてその決意を語られたそうです。

 この日各政党が震災一年で談話を発表していますが、民主党はこの追悼式の挨拶及びその後の記者会見を談話に代えるとのことです。つまり、民主党の震災一年の談話がこれにあたります。

 私はこの談話に強い違和感を抱きます。何か大きなことが抜けているのではないでしょうか?なぜ、野田総理は原子力政策に対して方針を明示しないのか。本日の記者会見でも、原発の再稼働を急ぐ姿勢を見せていましたが、菅直人前総理から引き継いだ脱原発依存の方針はどこに行ったのでしょうか。震災から1年経つ今も、放射能は垂れ流され、一向に終息の目途が立っていない福島第一原発を目の当たりにしながら、なぜ脱原発の方針を強固に打ち出さないのか理解に苦しみます。

 ピンチはチャンスの観点に立てば、この度の震災でお亡くなりになられた方、そして生活を奪われた方々のその痛みから得た“学び”を子孫に残していくことが私達には強く求められているはずです。一つは自然災害に対する防災体制の確立は言うまでもありません。災害に強いまちづくりも一つのテーマとなるでしょう。しかし、人災としてのこの原発事故に関しては、検証を重ね猛省の上、大きな方針転換を行うことが自明のはずです。方針転換として残された選択肢は脱原発しかありますまい。それをしなければ、この人災によって生活を奪われた福島県民を中心とした国民に政府は何と言って詫びれば良いのでしょうか。

 本日発表された政党毎の談話を見れば、脱原発社会を明示したのは社民党の1党だけでした。政府と言うよりも、政治そのものに強い不信感を抱いてしまいます。

 昨夜から京都市内に滞在していましたので、本日久しぶりに『京都新聞』を手に取りました。京都府下には原発の無いせいか、非常に歯切れの良い論調で、脱原発の方針を示さない野田政権を社説でぶった切っていました。国民の側に立って権力に立ち向かうジャーナリズム本来の姿勢が伺えます。

 「原発事故がもたらす計り知れない災禍を直視すれば、この国が取るべき道は、脱原発しかあるまい。多くの国民が望む方向でもあろう。
 再稼働を急ぐ前に、野田首相はやるべきことがある。国政の太い柱として脱原発を打ち立て、めざす道筋を示すことだ。(中略)
 野田政権も脱原発の方向だけでなく、ゴールを掲げる必要がある。この目標があればこそ、原発を減らしながら電力供給の策も立てられる。
 国内の原発54基のうち、現在運転中は2基だけだ。関西ではゼロ。それでも暖房に電気を使う冬を、乗り切れそうだ。電力各社が電力不足を訴えた昨夏も、事なきを得た。
 企業や家庭での節電、自家発電の効果もあったろう。いずれにしても、原発ゼロの社会が絵空事ではなく、その気になれば手に届きそうな社会であることを実感できた。その意義は大きい。
 原発は54基も必要だったのか、との疑問も湧いてきた。
 原発がむやみに電気をつくるから、エネルギーを浪費する社会になっていなかったか。まず、そこを反省するのが、脱原発社会への一歩だろう。(中略)
 それでも原発は危険であることを、忘れてはならない。原発の経済的優位性をいくら言い募っても、事故を起こせば取り返しがつかない。福島第1原発事故で痛いほど分かった。(中略)
 福島第1原発事故を受け、これまでの原子力政策を根本的に改め、再生エネルギーへかじを切ってもらいたい。ところが、野田首相の方針は見えにくい。もう一度言うが、脱原発をはっきり掲げるべきだ。
 原子力政策の大きな柱である核燃サイクルに、もっと目を向けたい。原発で使ったウラン燃料を再利用する。福島第1原発事故で使用済み核燃料がプールに貯蔵されていたのが分かった。
 高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)では、核燃料を再処理したプルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を使うが、1994年の初臨界後は事故やトラブル続きだ。研究開発費など9400億円、運転中止中の現在も年間200億円前後の維持管理費がかかっている。
 青森県六ケ所村の使用済み核燃料の再処理工場は、着工から18年経っても完成していない。投じた国費は2兆円を超す。
 いずれも廃止すべきだ。いずれ原発をゼロにするのに、存続させる意味は全くない」※2。

 「原発の経済的優位性をいくら言い募っても、事故を起こせば取り返しがつかない」。世界中を探しても、これほどハイリスクな事業が何処にあるのだろうか。リスクマネジメントの観点から言えば、事故はゼロにはならないのが自明の理です。しかし、原発にはそれが許されない。万が一の事故すらも許されない非常に危険な事業なのです。成り立つ訳がないと自身は認識しています。

 本日の『京都新聞』では、もう二つの示唆が存在しました。一つは、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長が、10日に共同通信とウィーンのIAEA本部で単独会見を行った記事です。そこで天野氏は、この度の事故拡大の背景に国の「東京電力に対する監督不足など『数々の人為的ミスがあった』と強調」、「事故で世界の原発への信頼は大きく損なわれたとし、日本国内での原発建設をどうするかは日本の判断としながらも『日本では(運転停止中の)原発の再開さえ難しい。新規建設が困難なのは分かる』」と語られたそうです※3。

 また別の記事では、「福島事故後も原発増加」と題し、中国やインドなどの新興国を中心に、依然として原発建設が急ピッチに進んでいる世界の情勢について知らせています。前出の天野氏も「事故後も、原発を持つほとんどの国が施設の稼働を続けている」との見解を、世界原子力協会(WNA)のイアン=ホアレーシー広報部長は「福島の事故後、各国の政治家が原発の稼働停止に言及したが、現実は違う」とした上で、「世界の流れは変わっていない」との意見をそれぞれ紹介しています※3。

 我が国で生活を奪われた方々に思いを馳せれば、私たちの取るべき道は然程難しくは無いと認識しています。今こそ日本が脱原発社会の構築を率先垂範すべきではないでしょうか。ヒロシマとナガサキを経験した私達こそが、脱原発を強固に宣言し、世界をリードすることに大義名分があるはずです。我が国が世界をリードする絶好の機会が“ここ”にあるのです。

 沖縄の基地問題も然り、原発を誘致して数々の補助金や交付金を受給しても、それが真なるまちづくりには繋がらないことは、ソーシャルキャピタルや地域福祉分野においては自明の理です。そんなものは断固と拒否することから、真なるまちづくりは始まることでしょう。

 ピンチをチャンスに変え得る機会は今目の前にあります。残念なのは、そのぶら下がっているチャンスに気が付かないことではないでしょうか。野田政権は時代の流れに逆行するべく、原発の輸出にご熱心なのだとか。今の福島の状況を目前に、他国にその輸出を行う論理的思考や人文レベルの低さと、哲学の不在を政治に対して感じる私にとっては今日が節目となったようです。

 この度の震災において、傷を負われた全ての方々を思い妙心寺にて今日は御祈りを捧げてきました。私たちが成すべきことはまだまだ沢山あることを改めてお誓い申し上げます。合掌。



※1 『朝日新聞』2012年3月11日
※2 「社説」『京都新聞』2012年3月11日
※3 『京都新聞』2012年3月11日



NPO法人の新会計基準に対する疑問

2012/03/07 16:36:08  社会全般
地域福祉センター鹿川 冬祭りの打ち上げにて。ブログにアップされることを願っていらっしゃるようでしたので…。約束通りアップしておきます。


 「特定非営利活動促進法(NPO法)改正に関する説明会」(広島県主催)が昨日福山市内で開かれました。当法人もNPO法人ということもあり、また旧来より社会的企業やコミュニティビジネスに関心のある身でもありましたので進んで参加させて頂きました。

 法律が改正されることの説明が専らだったのですが、NPO法人新会計基準の説明に入った途端、私の中に猜疑心と不信感が芽生え始めました。引っかかったのは「ボランティア受入評価益」という勘定科目です。資料によれば「提供を受けたボランティアからの役務の金額を、合理的に算定し外部資料等によって客観的に把握でき、ボランティア評価費用と合わせて計上する方法を選択した場合に計上する」とあります。つまり、ボランティア活動で得た人件費等の見えにくい利益を数値化して決算書に挙げるという発想です。もちろんそれに伴って発生する経費は、「ボランティア評価費用」として計上するのだとか。

 質疑応答の場で以下のように質問させて頂きました。NPO法人の活動はその社会性の高い理念がゆえに、目に見えない経費を払いながら多くの社会貢献活動を実践している。目に見えない数値化しづらい活動経費は数多ある。その中で、ボランティアの受け入れに関する利益とその経費にのみ焦点化して数値化する根拠を示していただきたい。また、ボランティア活動で得た利益を数値化し決算書に計上することで、決算書上の純利益等が実際の貨幣価値よりも大きな数字となることが予測される。そのことによって、NPO法人の財政状況は安定化しているので、公的支援は必要ないと判断される材料になりはしないかと危惧していると意見を述べました(述べた意見は議事録に残していただくよう要請しています)。

 担当者の回答としては、飽く迄参考基準なので、この勘定科目を強要するものではないとご説明いただけました。しかし、根拠の無いものを基準に入れるべきではないとお答えしています。これは県レベルの話ではないことは十分承知していますが、この間NPO法の動向に目を見張ることなく過ごしておりましたので、寝耳に水の状況で思わず質疑をさせて頂いた次第です。

 NPOは、市民が主体的にまちづくりを行うための強力な“武器”になることは否定しませんが、しかし、であるからと言って、政府や行政がNPOに公的責任を押し付けることにそれが帰結しては本末転倒です。公助をしっかりと担保しながらも、それでも不足する部分、更に充足させるために互助や共助があり、NPOの存在がそこで生きてくるはずです。

 NPO等のボランタリーな組織は、継続性や一定性もしくは専門性に弱いと一般的には評されているところです。そのような弱みをしっかりとフォーマルな公的機関で支援及び補完していく必要があります。ましてや、欧米、韓国のように寄付文化が確立していない日本社会においてNPOが自立していく素地は極めて脆弱であると言わざるを得ません。NPOの自立性や責任性を担保しながらも、政府や行政が、それを側面的に支え、保持していく姿勢も欠かせぬ重要な役割となるはずです。

 昨今では、「新しい公共」が叫ばれ出しました。しかしこの「新しさ」は、今までの公的サービスはしっかりと維持・継続されながらも、それに加えた形で、市民や事業者等が連携を図りより「豊かな」社会を構築するものでなければならないはずです。公的責任を減退させるために、共助・互助・自助を増幅させるためだけのものであれば、それは全くの「新しさ」を欠いた大時代の代物として世界の失笑を買うことでしょう。



中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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