政府自民党の政権公約通り生活保護費の削減が決定されました。政権公約を着実に進めるジッコウリョクは前政権の轍を踏んでおらずある意味流石にと思われます。しかしながら、このジッコウリョクは国民の利益を擁護する真なる実行力ではないことは明白です。
13年度分だけで約670億円の削減(就労支援強化や医療扶助の見直し約450億及び生活扶助削減約220億)が見込めるらしい※1。言うまでも無く、生活保護制度は国民の最低限度の生活を保障する最後の砦と言えます。仮に、「真面目に」働いている人々の所得水準が、生活保護水準を下回っているとすれば、生活保護水準に問題があるのではなく最低労働賃金の設定に問題があると捉えるべきでしょう。最低賃金法では、両者の水準の連動性について謳われているのですから※2。斯くの如く生活保護制度は最後の砦というに相応しく、この水準が下がれば、それに連動して最低労働賃金も下がるということにも帰結するのです。となれば、これは生活保護受給者だけの問題ではなく、全国民的な問題として議論が必要なテーマとなるハズです。そのようになっていない事こそが第一義的な問題であり、ハズとカタカナで明記する所以でもあります。
いみじくも同日中国新聞の裏面、「防衛費は400億円増」の見出しが目に飛び込んできました。社会保障と安全保障は対立概念では無いかも知れませんが、ソーシャルワーカーとしては社会保障の充実を第一義として叫びたいと思います。これから2%のインフレターゲットによる物価上昇と、消費税増税が始まります。例えば、経団連の反応を見ても労働賃金の増加は見込めないのが現状です。収入が増えないのに物価が上がるという最悪の事態が目前に迫っているわけです。そこで、経済格差は更に増大することになるでしょう。
国とは何かと問われれば、私は国民であると答えます。目前の窮地に追い詰められた国民の生活を守らずして、何処の国から何を守ろうとしているのか。国民の生活を一体誰が守ってくれるのか。私には分からなくなってきました。当政権は自助と自立を強く謳っているようですが、であればそもそもその様な政治は必要なのでしょうか。政治の役割とは何か、といった本質論こそが今問われているようです。
外交については全くの素人ではありますが、米国を押さえて、中国は今や最大の貿易国であることは理解しています。2011年度の貿易総額は約27兆円と言われており、輸入輸出ともに全体の2割を占めている国です。その様な隣国に対して、対峙・対立を避け、双方に有益な議論を重ねる事こそが国民の利益となるはずです。
やっぱり、政治にもソーシャルワークの視点が必要なのではないかと思える昨今です。
※1 2013年1月28日『中国新聞』
※2 最低賃金法
第九条 賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障するため、地域別最低賃金(一定の地域ごとの最低賃金をいう。以下同じ。)は、あまねく全国各地域について決定されなければならない。
2 地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない。
3 前項の労働者の生計費を考慮するに当たっては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする。
本日が一年の始まりであったり、今年が2013年ということに関しては、世界には多様な考え方のある中、ソーシャルワーカーとしてはそのことを尊重したいと毎年この時期に思っています。普遍化された価値規範としての「普通」や「常識」、「公理」といったものから距離を置いて、猜疑心をもってそれを見ることが出来なければクライエントの権利擁護は出来ないと、自明のことではありますが、それを大切に日々暮らしております身にございます。
そんな考えの私ではございますが、定期的にお立ち寄りいただいております皆様方に若輩の今の考えを少し吐露させて頂きたく存じます。
私たちの仕事は、まさに生活支援の現場であります。生活は、質的にも時間的にも幅の広いもので、そこには多様な捉え方がある分、多様な出来事が付きものであるとも言えるでしょう。私たちの現場では、様々な問題が日々起こっています。他分野・領域・業界では、大よそ考える必要のないような、厳しい問題とも直面しなければならないこともあります。人々の命を間接的にでも支えていく仕事であり、その人生に寄り添う仕事である以上、それは軽々しいものではなく、重く、時に苦しいものであると認識しています。そんな中、つらく、逃げ出したくなるような出来事に遭遇することもあるかも知れません。しかし、若輩浅学ながらいつも思っています。その様な重く、苦しい経験をし、そして、多くを感じ、考えることが何よりも尊く、それが、私たちを人間として成長させてくれるのではないかと。であればこそ、私たちはこの仕事を誇り得るのではないでしょうか。この仕事を3Kなどと一度たりとも思ったことは無く、むしろ、他の業界と引けを取らぬ素晴らしいものであると思ってきました。全ての仕事は尊いとは思っていますが、中でも、我われの仕事は如上の意においてそれを凌ぐほど尊いのではないか思う訳です。社会福祉の仕事に携わるあらゆる人々にお伝え致したいのは、つらい時、悲しい時こそ、前を向いて仕事をすること、そして、上を向いて仕事をして頂きたいと思っております。誇りを持って、そして、専門職としての研鑽・成長を促していくことが、大変な時こそ、求められていると、それを信条に今まで仕事をして参りました。
そして、もう一つ大切にしている信条が、常に大局を見ながら仕事をするということです。今現在の大きな社会構造を捉えながら、そして、時間軸を超えた100年先を見据えながら目の前の仕事をこなすということです。これは、社会的企業家として、ソーシャルワーカーとして、そして自称ジャーナリストとして不可欠な営みです。そもそも、社会福祉は、特に、自助では自立した生活を送ることが出来ない人々の権利を守ることを支援することがその仕事であるはずです。であれば、その様な人々の人権を軽視しないこと、つまり、多少の「犠牲」も許さないことをその信条としなければなりません。しかし、現下の社会はどうでしょうか。福島や沖縄における問題も然り、社会福祉専門職が目指すべき社会とは程遠い状況にあるのではありませんか。また、その意において、わが国の社会構造は、国際社会から見ても多分な遅れを取っていると認識しています。これは、経済的な後退以上に実は大きな問題であり、巷で言われている以上に大きく国益を損ねています。
更に大切なことは、私たちはその人々の人権を丁寧に支えていくことによって、反人権としての侵略や戦争といったものを抑止する役割も担っていることを改めて確認しておきたいと思います。過去の過ちを振り返ってみても、人々の人権や精神・信教・思想の自由が守られている状況で戦争に陥った国は無いはずです。そこを大切に守っている私たちの仕事は間違いなく世界の平和に寄与しているはずです。
年頭の辞として、お伝えしたいことは、我われの仕事は斯くの如く尊く、素晴らしいということです。そして、毎日の仕事から前向きに多くを学びとり、研鑽を重ねることを通して誇りを持って今年も仕事に取り掛かりたいと思っています。