東日本大震災から1年となる今日、政府主催の「追悼式」が東京(国立劇場)で開催されました。朝日新聞によれば、そこで野田総理は3つの誓いを立てられたそうです。
「一つ目は、被災地の復興を一日も早く、成し遂げることです。
今もなお、多くの方々が不自由な生活を余儀なくされています。そうした皆様の生活の再建を進めるとともに、生まれ育ったふるさとをより安全で、住みよい街として再生させようとする被災地の取り組みに最大限の支援を行ってまいります。
原発事故との戦いは続いています。福島を必ずや再生させ、美しいふるさとを取り戻すために全力を尽くします。
二つ目は、震災の教訓を未来に伝え、語り継いでいくことです。
自然災害が頻発する日本列島に生きる私たちは、大震災で得られた教訓や知見を、後世に伝承していかなければなりません。今般の教訓を踏まえた全国的な災害対策の強化を早急に進めてまいります。
三つ目は、私たちを取り結ぶ「助け合い」と「感謝」の心を忘れないことです。
被災地の復興には、これからも、震災発生直後と同様に、被災地以外の方々の支えが欠かせません。また、海外からの温かい支援に「恩返し」するためにも、国際社会への積極的な貢献に努めていかなければなりません。
我が国の繁栄を導いた先人たちは、危機のたびに、よりたくましく立ち上がってきました。私たちは、被災地の苦難の日々に寄り添いながら、共に手を携えて「復興を通じた日本の再生」という歴史的な使命を果たしてまいります」※1。その後総理は、首相官邸にて記者会見を開き、交付金配分の見直しや瓦礫の処理、原発再稼働の地元理解に向け先頭に立つこと等についてその決意を語られたそうです。
この日各政党が震災一年で談話を発表していますが、民主党はこの追悼式の挨拶及びその後の記者会見を談話に代えるとのことです。つまり、民主党の震災一年の談話がこれにあたります。
私はこの談話に強い違和感を抱きます。何か大きなことが抜けているのではないでしょうか?なぜ、野田総理は原子力政策に対して方針を明示しないのか。本日の記者会見でも、原発の再稼働を急ぐ姿勢を見せていましたが、菅直人前総理から引き継いだ脱原発依存の方針はどこに行ったのでしょうか。震災から1年経つ今も、放射能は垂れ流され、一向に終息の目途が立っていない福島第一原発を目の当たりにしながら、なぜ脱原発の方針を強固に打ち出さないのか理解に苦しみます。
ピンチはチャンスの観点に立てば、この度の震災でお亡くなりになられた方、そして生活を奪われた方々のその痛みから得た“学び”を子孫に残していくことが私達には強く求められているはずです。一つは自然災害に対する防災体制の確立は言うまでもありません。災害に強いまちづくりも一つのテーマとなるでしょう。しかし、人災としてのこの原発事故に関しては、検証を重ね猛省の上、大きな方針転換を行うことが自明のはずです。方針転換として残された選択肢は脱原発しかありますまい。それをしなければ、この人災によって生活を奪われた福島県民を中心とした国民に政府は何と言って詫びれば良いのでしょうか。
本日発表された政党毎の談話を見れば、脱原発社会を明示したのは社民党の1党だけでした。政府と言うよりも、政治そのものに強い不信感を抱いてしまいます。
昨夜から京都市内に滞在していましたので、本日久しぶりに『京都新聞』を手に取りました。京都府下には原発の無いせいか、非常に歯切れの良い論調で、脱原発の方針を示さない野田政権を社説でぶった切っていました。国民の側に立って権力に立ち向かうジャーナリズム本来の姿勢が伺えます。
「原発事故がもたらす計り知れない災禍を直視すれば、この国が取るべき道は、脱原発しかあるまい。多くの国民が望む方向でもあろう。
再稼働を急ぐ前に、野田首相はやるべきことがある。国政の太い柱として脱原発を打ち立て、めざす道筋を示すことだ。(中略)
野田政権も脱原発の方向だけでなく、ゴールを掲げる必要がある。この目標があればこそ、原発を減らしながら電力供給の策も立てられる。
国内の原発54基のうち、現在運転中は2基だけだ。関西ではゼロ。それでも暖房に電気を使う冬を、乗り切れそうだ。電力各社が電力不足を訴えた昨夏も、事なきを得た。
企業や家庭での節電、自家発電の効果もあったろう。いずれにしても、原発ゼロの社会が絵空事ではなく、その気になれば手に届きそうな社会であることを実感できた。その意義は大きい。
原発は54基も必要だったのか、との疑問も湧いてきた。
原発がむやみに電気をつくるから、エネルギーを浪費する社会になっていなかったか。まず、そこを反省するのが、脱原発社会への一歩だろう。(中略)
それでも原発は危険であることを、忘れてはならない。原発の経済的優位性をいくら言い募っても、事故を起こせば取り返しがつかない。福島第1原発事故で痛いほど分かった。(中略)
福島第1原発事故を受け、これまでの原子力政策を根本的に改め、再生エネルギーへかじを切ってもらいたい。ところが、野田首相の方針は見えにくい。もう一度言うが、脱原発をはっきり掲げるべきだ。
原子力政策の大きな柱である核燃サイクルに、もっと目を向けたい。原発で使ったウラン燃料を再利用する。福島第1原発事故で使用済み核燃料がプールに貯蔵されていたのが分かった。
高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)では、核燃料を再処理したプルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を使うが、1994年の初臨界後は事故やトラブル続きだ。研究開発費など9400億円、運転中止中の現在も年間200億円前後の維持管理費がかかっている。
青森県六ケ所村の使用済み核燃料の再処理工場は、着工から18年経っても完成していない。投じた国費は2兆円を超す。
いずれも廃止すべきだ。いずれ原発をゼロにするのに、存続させる意味は全くない」※2。
「原発の経済的優位性をいくら言い募っても、事故を起こせば取り返しがつかない」。世界中を探しても、これほどハイリスクな事業が何処にあるのだろうか。リスクマネジメントの観点から言えば、事故はゼロにはならないのが自明の理です。しかし、原発にはそれが許されない。万が一の事故すらも許されない非常に危険な事業なのです。成り立つ訳がないと自身は認識しています。
本日の『京都新聞』では、もう二つの示唆が存在しました。一つは、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長が、10日に共同通信とウィーンのIAEA本部で単独会見を行った記事です。そこで天野氏は、この度の事故拡大の背景に国の「東京電力に対する監督不足など『数々の人為的ミスがあった』と強調」、「事故で世界の原発への信頼は大きく損なわれたとし、日本国内での原発建設をどうするかは日本の判断としながらも『日本では(運転停止中の)原発の再開さえ難しい。新規建設が困難なのは分かる』」と語られたそうです※3。
また別の記事では、「福島事故後も原発増加」と題し、中国やインドなどの新興国を中心に、依然として原発建設が急ピッチに進んでいる世界の情勢について知らせています。前出の天野氏も「事故後も、原発を持つほとんどの国が施設の稼働を続けている」との見解を、世界原子力協会(WNA)のイアン=ホアレーシー広報部長は「福島の事故後、各国の政治家が原発の稼働停止に言及したが、現実は違う」とした上で、「世界の流れは変わっていない」との意見をそれぞれ紹介しています※3。
我が国で生活を奪われた方々に思いを馳せれば、私たちの取るべき道は然程難しくは無いと認識しています。今こそ日本が脱原発社会の構築を率先垂範すべきではないでしょうか。ヒロシマとナガサキを経験した私達こそが、脱原発を強固に宣言し、世界をリードすることに大義名分があるはずです。我が国が世界をリードする絶好の機会が“ここ”にあるのです。
沖縄の基地問題も然り、原発を誘致して数々の補助金や交付金を受給しても、それが真なるまちづくりには繋がらないことは、ソーシャルキャピタルや地域福祉分野においては自明の理です。そんなものは断固と拒否することから、真なるまちづくりは始まることでしょう。
ピンチをチャンスに変え得る機会は今目の前にあります。残念なのは、そのぶら下がっているチャンスに気が付かないことではないでしょうか。野田政権は時代の流れに逆行するべく、原発の輸出にご熱心なのだとか。今の福島の状況を目前に、他国にその輸出を行う論理的思考や人文レベルの低さと、哲学の不在を政治に対して感じる私にとっては今日が節目となったようです。
この度の震災において、傷を負われた全ての方々を思い妙心寺にて今日は御祈りを捧げてきました。私たちが成すべきことはまだまだ沢山あることを改めてお誓い申し上げます。合掌。
※1 『朝日新聞』2012年3月11日
※2 「社説」『京都新聞』2012年3月11日
※3 『京都新聞』2012年3月11日
「特定非営利活動促進法(NPO法)改正に関する説明会」(広島県主催)が昨日福山市内で開かれました。当法人もNPO法人ということもあり、また旧来より社会的企業やコミュニティビジネスに関心のある身でもありましたので進んで参加させて頂きました。
法律が改正されることの説明が専らだったのですが、NPO法人新会計基準の説明に入った途端、私の中に猜疑心と不信感が芽生え始めました。引っかかったのは「ボランティア受入評価益」という勘定科目です。資料によれば「提供を受けたボランティアからの役務の金額を、合理的に算定し外部資料等によって客観的に把握でき、ボランティア評価費用と合わせて計上する方法を選択した場合に計上する」とあります。つまり、ボランティア活動で得た人件費等の見えにくい利益を数値化して決算書に挙げるという発想です。もちろんそれに伴って発生する経費は、「ボランティア評価費用」として計上するのだとか。
質疑応答の場で以下のように質問させて頂きました。NPO法人の活動はその社会性の高い理念がゆえに、目に見えない経費を払いながら多くの社会貢献活動を実践している。目に見えない数値化しづらい活動経費は数多ある。その中で、ボランティアの受け入れに関する利益とその経費にのみ焦点化して数値化する根拠を示していただきたい。また、ボランティア活動で得た利益を数値化し決算書に計上することで、決算書上の純利益等が実際の貨幣価値よりも大きな数字となることが予測される。そのことによって、NPO法人の財政状況は安定化しているので、公的支援は必要ないと判断される材料になりはしないかと危惧していると意見を述べました(述べた意見は議事録に残していただくよう要請しています)。
担当者の回答としては、飽く迄参考基準なので、この勘定科目を強要するものではないとご説明いただけました。しかし、根拠の無いものを基準に入れるべきではないとお答えしています。これは県レベルの話ではないことは十分承知していますが、この間NPO法の動向に目を見張ることなく過ごしておりましたので、寝耳に水の状況で思わず質疑をさせて頂いた次第です。
NPOは、市民が主体的にまちづくりを行うための強力な“武器”になることは否定しませんが、しかし、であるからと言って、政府や行政がNPOに公的責任を押し付けることにそれが帰結しては本末転倒です。公助をしっかりと担保しながらも、それでも不足する部分、更に充足させるために互助や共助があり、NPOの存在がそこで生きてくるはずです。
NPO等のボランタリーな組織は、継続性や一定性もしくは専門性に弱いと一般的には評されているところです。そのような弱みをしっかりとフォーマルな公的機関で支援及び補完していく必要があります。ましてや、欧米、韓国のように寄付文化が確立していない日本社会においてNPOが自立していく素地は極めて脆弱であると言わざるを得ません。NPOの自立性や責任性を担保しながらも、政府や行政が、それを側面的に支え、保持していく姿勢も欠かせぬ重要な役割となるはずです。
昨今では、「新しい公共」が叫ばれ出しました。しかしこの「新しさ」は、今までの公的サービスはしっかりと維持・継続されながらも、それに加えた形で、市民や事業者等が連携を図りより「豊かな」社会を構築するものでなければならないはずです。公的責任を減退させるために、共助・互助・自助を増幅させるためだけのものであれば、それは全くの「新しさ」を欠いた大時代の代物として世界の失笑を買うことでしょう。
育成方法の検討
人材マネジメントにおける育成の視座
本連載中、人材マネジメントの中心には育成があることを執拗にお伝えしてきたつもりです。育成のための求人であり、育成のための採用、配置、評価、処遇であると。ここで特に強調しておきたいことは、評価は育成のためにあるという一点です。私の周囲にいる人材育成の専門家も皆口を揃えてその様に認識されていますが、一般的には、評価は処遇のためにあると思われがちではないでしょうか。評価と処遇が強く結びつき連動しているのが普遍的なあり方かも知れません。しかし、冒頭にあるように、地域の絆では、評価と処遇は全くとは言いませんが、あまり強く連動させてはおりません。そこに私たちの育成に係る基本的な視座が見て取れます。
産業界でも、好景気な時代においては、専ら、評価と処遇を強く連動させる手法が取られてきました。「いい結果を出しなさい!そうすれば給与を倍にしてあげるから…」。そんな時代があったものです。しかし、いま不景気の中、産業界においても、高い評価を与えたとして、全ての社員に高水準の処遇を保証することが難しくなっているのが現状です。この様に処遇水準に際限があることが顕著な場合、それを評価と連動させるには危険が伴います。なぜなら、社員の評価が上がっても、それに見合った処遇の保証が十分に出来ない状況が発生するからです。もはや、処遇の水準を高めることで社員のモチベーションを向上させる情勢ではないことが理解できます。
福祉・介護業界においても、介護保険制度に則って実践を行っている限りは、どれだけ質の高いサービスを提供しても、一定以上の収入を得ることは不可能です。つまり、質の高いサービスを提供する為に職員を育成し、高い評価を与えたとしても、それに見合う処遇体系を維持することは容易ではありません。如上の不景気中の産業界と似通った状況があるわけです。斯かる私たちの業界においても、評価と処遇の連動性を高めれば、評価に処遇が追い付かない状況が生まれ、却って職員の不満が増大することにも成りかねません。
では、評価は必要ないのかと言えば、そんなことは無いわけです。専門職として、組織人として、求められる人物像を示し、そこに近づくための指標を示すことは組織として最低限求められることでしょう。ただし、その指標は、処遇のためにあるのではなく、育成のためにあることをしっかりと明示する必要があると私は考えているのです。つまり、専門職・組織人として職員を育成するために評価は存在し、その為に今どのような組織性と専門性が具体的に必要なのかを示すことで、職員のキャリアアップを法人として支援する姿勢が求められています。そのことを通して、社会福祉理念や法人理念の体現者として、社会に貢献できる人材を育てていくことが評価の目的であると。その様に地域の絆では、捉えているものです。
ですので、育成の中では、求められる人物像及びそれを到達してもらうための指標が不可欠となります。地域の絆においては、資料�,里茲Δ法峙瓩瓩蕕譴訖Π�像」を職員に明示していますし、それらを実践するための評価項目(組織性と専門性各300項目)を用意しています。「求められる職員像」に近づくため、今やらなければならないことを評価項目で明示し、「求められる職員像」に近づくことを法人として支援します。結果として、「求められる職員像」に近づくことのできた職員は、どの福祉分野でも通用する専門性と組織性を身につけた人材になることが出来ますし、自己実現に大きく近づくことが可能となるでしょう。
福祉人材の育成はOJTが基本
福祉・介護分野における人材育成に当って最も重要なことは、OJTであると私たちは認識しています。特に認知症ケアの現場では、その場面を見せて、その後説明を加え、意味づけを行うことを反復しなければ、人は育たないと認識しています。そこで大事になってくるのは、OJTの実施ができるOJTリーダーの育成ですが、これも一朝一夕に育つものではありませんので、日々のOJTを大切にしながら時間をかけて育てる必要があります。特に、新規事業の立ち上げの際は、このOJTリーダーを確保して事業運営を行わなければ、何年経っても人が中々育たない事態が生じますので注意が必要です。これは飽く迄も私の経験則ですが、5名の出勤職員に対して最低でも1名以上のOJTリーダーの配置が必要です。OJTリーダーの定義は、5年以上の経験者であり、その間勤勉に専門性を高めてきた職員をイメージしています。経験年数ではありません。どのような姿勢で業務に携わってきたのかが問われている訳です。
実効的・効果的な人材育成の在り方
ここでは管理職の立場でも可能なOJTの方法を幾つかお示ししたいと思います。
一つ目は、報告書の書き方を指導することです。報告書と言っても多様なものがありますが、ここでは、経営の要諦でもある苦情処理・インシデント及びアクシデント・破損等の報告書が重要であると伝えておきます。「失敗は成功の母」と言われるように、これらの報告書を分析することは良質な経営のヒントになると認識しておりますが、それと同等に、これらの報告書を用いた職員に対する指導・教育が重要であると考えるからです。
「状況」「要因分析」「対策」といった流れで、報告書を作成しますが、記入された内容の精度を指導します。重要なのは特に「要因分析」で、「利用者」「職員」「環境」の3つの視点で分析し、個別具体的な分析結果を書いてもらいます。実は、これが中々書けないのです。なぜかと言えば、やりっ放しの実践が多く、立ち止まって自らの実践を分析することや、深く考えて実践することに欠けた職員が多いからでしょう。当法人では、書けるまで、つまり、その視点が芽生えるまで、何度も指導を行います。その結果、6ケ月から1年程度で多くの職員は再提出なく書けるようになります。これが出来るようになれば、利用者の行動についてもその背景にある要因を分析する習慣が自然と身に付き、日々考えて仕事をする職員が増えます。結果、ケアの質も向上すると認識しています。
二つ目のご紹介。利用者の尊厳の保持が叫ばれて久しい昨今です。当法人においても、権利擁護に関する研修等を行っているところですが、OJTにおいては、利用者への接し方に3つのルールを課しています。�〕�用者と敬語で話す、�¬楡�を同じ高さかそれ以下にして話す、�L仁畄舛痢屐�○して下さい」を使わずに、依頼形である「○○していただけますか?」を使う。人間が同時に覚えることができ、且つ瞬時に想起出来る項目数は3つであると私たちは認識しています。ですので、様々な業務の目的は3つまでにして表現する等、3を上限に多くの決め事を行っているところです。3つであれば、自己評価も他者評価も瞬時に可能になります。また如上は具体的な項目ですから、誰の目から見ても出来ているか否かが明らかです。現場に滞在する時間の少ない管理職であっても、その都度評価が可能なやり方ではないでしょうか。
最後に、「便利な言葉」を使わないことを私たちは指導します。私たちの業界に溢れている「尊厳の保持」「その人らしさの支援」「利用者本位」「自立支援」等を自分の言葉で説明できるようになることを求めているのです。専門職の発達に欠かせないのが、実践の言語化であると言われています。如上の抽象的言語を実践レベルの言葉に置き換えることが出来なければ、その実践は成されないものと認識できます。「その人らしさ」や「尊厳の保持」とは何かと問われて、答えられなければ、その人はその実が分からぬまま援助活動を実践していることになります。それでは、いつまでたってもその実践が成されるはずもありません。例えば、ケアマネジャーに、「貴方にとってのケアマネジメントとは何を指しますか?」と問うた際、それに答えることが出来なければ、そのケアマネジャーは、自分の職務を理解せずに日々業務についていることになります。そこを常に、言語化させるよう、文書や面談の中で指導をしています。もう一つ言えば、「徘徊」「離設」「不穏」「入浴拒否」といった抽象的言語も排すよう現場には指示を出しています。ひとつは、これらの言葉が本当に利用者の状態を如実に表しているのかに疑問を持っているからです。もうひとつ大事なことは、では、今朝の「徘徊」と昼間の「徘徊」の行動の背景にある要因は同じなのか?といった疑問に依拠しています。人の生活であれば、そんなことは有り得ないのではないでしょうか。であれば、その違いを具体的に捉えて、実践する必要があります。私たち福祉専門職は、援助活動という関わりの中で、その時々の利用者の思いを察して知り、その思いをもとに援助活動を展開する専門職であるはずです。画一的な実践に繋がりかねない抽象的言語は排していくべきではないでしょうか。
組織性と専門性、二つの指標による育成
福祉・介護人材においては、二つの指標で職員を育成する必要があります。専門性とは、社会福祉専門職として必要な価値・知識・技術を向上させるためのものであり、延いては、他法人でも通用するスペシャリストを養成することにも繋がる指標となります。組織性では、法人理念という目的遂行のため、目的と方法を共有化し、効果的・効率的に組織を動かすこと、また、職員間の相乗効果を促進することが求められています。
換言すれば、専門性では専門職の育成を、組織性では組織人の育成を担う形になります。その双方の視点で育成する必要があるわけです。我々の業界では、専門性の教育は当たり前になされていますが、組織性の教育が等閑にされている感を抱きます。また、大学や養成校のカリキュラムにあっては、専門性10の組織性0の配分となっているのではないでしょうか。
例えば、利用者や家族に対して、気持ちの良い挨拶の出来ない職員に良いケアが出来る訳がありません。地域包括ケアを実践するに当たって、来客者の対応や、電話の応対が真面に出来ない職員に、外部連携が図れるとは考えられません。利用者の生活は24時間365日繋がっているものですから、私たちの仕事においてもその継続性が不可欠です。週40時間の労働時間でその情報を繋いでいく、情報の伝達と共有が欠かせません。であるにも拘らず、情報を伝達しない、もしくは、記録を読んで情報を共有しない職員がいれば、その生活支援の質は低下します。
如上のように、専門性と組織性は相互作用の関係にあり、両者の視点における育成が不可欠です。特に、昨今では、組織性が等閑になっている傾向がありますのでご留意ください。
人材育成のまとめ
人材育成の在り方は、その法人が置かれている規模等の環境によってその内実を変えざるを得ない状況があるようです。大規模法人には、人事部等の人材マネジメントの担当部門が設けられ、人材育成を担う専属の職員が配置されているようですし、小規模法人では、現場の中でそれがシャドーワーク化されていることが多いようです。
いずれの法人においても使える方法としては、�/Π�教育に有効な業務を優先順位化、特定し、そこに焦点化した指導を行うこと、�⊃雄牋蘋�に繋がるルールを設け、それを順守させること、�6般海魍萢僂靴�OJTという視点ではなく、OJTのための業務という視点で業務の導入を考えてみる、の3つがあるように考えています。
すぐに辞めない職員を採用するコツ
〜人材育成の要諦は採用にある〜
採用の目的
人材マネジメントの中心には「育成」があります。特に私たちの業界では、そのことを強く意図した実践が求められているのです。そのことを再認識していただきながら本号では、「採用」についての考え方と、その方法について触れてみたいと思います。初回でお伝えしたように、人材マネジメントには6つの項目(求人・採用・配置・育成・評価・処遇)があります。連載とは言え、紙幅に制限ある中、敢えて1項目に過ぎない「採用」について紙面を1号分割くにはそれなりの理由があります。それは、人材マネジメントにおいて最も重要な「育成」の要諦は「採用」にあると考えるからです。
私たちの業界は、恒常的な人材不足であると言われています。そこには大きく2つの理由があると思われます。�|噂磴某夕蠅�足りない、�⇒�能な人材がいない。�,鉢△呂發舛蹐鸛蠍澪醉僂隆愀犬砲△襪海箸詫動廚僕�解できるでしょう。求人をかけた際、多くの人が応募して下さらなければ、�/夕蠅�足りませんし、分母が少ないと“選考する”余裕がありませんから、結果�⇒�能な人材の“獲得”は出来ません。しかしながら、私たちは人材育成を考えた際、採用時には�△望播晴修靴審萋阿�求められているのだと認識しています。つまり、人手が足りないから兎に角人手の確保を…、などと考えずに、有能な人材の確保を第一義に選択する必要があると思うのです。ここで言う「有能」は何を示すのかと言えば、法人が求める人物像のことを指すのでしょう。法人がその理念を遂行するために必要な人物像と整合性の高い人材を基本的には「有能」な人材と認識すべきでしょう。
採用時に最も大切にしなければならないのは、第一に人手の確保ではなく、法人が求める人物像に合致した人材の確保なのです。なぜこのようなことを冒頭より、執拗にお話するのかと言いますと、この採用という人材マネジメントの“入口”の部分で、しっかりと“篩にかけて”おかなければ、後の「育成」で大変な労力を費やしても成果が出ないという状況が発生してしまうからです。単純に言えば、打っても響かない人間をザルのように採用しておいて、後の育成で「人が育たない」と嘆いていてもそれは本末転倒ではないかと考えるのです。もちろん、人手の確保は重要です。私たちには法定人員がありますので、その確保へは尽力が必要です。しかし、法定人員を切らない範囲であれば、どれだけ忙しくともじっと堪えて我慢して必要な人材が来るまで待つことも重要ではないかと言いたいわけです。
表題にも挙げております通り、「すぐに辞めない職員を採用する」には、「すぐに辞める職員を採用しない」方法しかありますまい。それは、法人が求める人物像を明らかにし、それに合致した職員を一定の労力と時間を投入して、採用することでしか解消できないのではないでしょうか。つまり、採用の目的は、法人が求める人物像と整合性の高い人材を採用することにあります。そのための具体的方法を以下に叙述してみます。
採用のポイント(基本的な考え方)
地域の絆では採用面接時には所定の評定表を用いて、18項目からなる調査項目をもとに質問を行っていますが、中でも重点項目として下記の4項目を位置付けています。
➊第一に、経営理念に対して高い共感を有している。
➋他者に対する配慮や、気配りが出来る等思いやりの精神を持っていること。
➌専門職及び社会人として、職務に対して前向きで、意欲の高い精神を持っていること。
➍上記の価値はもちろん、それを実施する能力として、実践力を持っていること。
➊が最も重要で、同じ方向に走るバスに一緒に乗れる人を採用することにしています。組織の中で色んな価値観のある人がいても良いとは思っていますが、大局では同じ価値を共有できる人以外は排しても良いと考えています。端的に言えば、利用者本位ではない提供者本位の価値や考えが端々に出ている人はまず採用しません。多様な考えや価値観が職場内にあっても良いと考えますが、大局は同じ方向を向いている必要があります。つまり、例えば45度から1度の誤差も無いその角度を向きなさいという話ではなく、少なくとも前180度の範囲は同じ方向を向いて欲しいと言うことであって、逆に後へ180度から360度向いている人は「合わない」(採用しない)と言った考えです。右斜め前でも、左斜め前であっても同じ前を向いてさえいれば、喧々諤々と議論を重ねながらも必ずや前に進むことが出来るでしょう。しかしながら、一人でも後ろを向いている人がいれば、前後ろと対角線上に引っ張り合う形となり、互いに一生懸命頑張っても前にも後ろにも進まない現状が生じてきます。これは、目的を持った組織の在り方からは逸脱した様相でしょう。そうならぬ為にも同じ“前”を向いている方を採用するように心がけているのです。“前”の指標は当然、法人理念となるわけです。
➋では、察する力があるかどうかを測ります。私たちのクライエントは、自分のやりたい事や困っている事を口に出して訴えてくる事例は非常に少ないですね。関係性や、判断能力、コミュニケーション力に課題があるためそのように帰結するのですが、であればこそ、私たちにはその思いや考えに、気づいて、察することが求められるのです。認知症のBPSDも端的に表現すれば、ご本人の思いと環境との齟齬から生じているわけですから、クライエントの思いを察して知った後、周囲の環境を整えて差し上げることが大変重要です。そのような力があるのかどうか、またその可能性があるのかを探ります。
➌当法人では、意欲の高い人材を登用することにしています。例えば、その人材が管理職としての業務をこなすことが出来るか否かは、実はやってみないと分からないところがあります。その際にも大事にしているのは、意欲が高いか否かを見ることです。意欲が高いと成功率は向上すると経験則から認識しているからです。少なくとも、意欲が低いと成功率が低下することは間違いありません。
またこれは、プロ意識とも連動している事でして、地域の絆ではプロ意識を持っている方しか採用しないことにしています。プロの定義は、「目標をもってその実現のために弛まぬ努力を日々重ねている人」としています。つまり、今出来ているかどうかを問うているのではありません。今出来ていないが、いつ何時までに、目標を達成したい、だから今あることを一生懸命に学んでいるといったその姿勢をもって判断を行っています。逆に言えば、ある程度の高い専門性を有していても、その日々の研鑽を怠っている人はプロではないと認識します。そのような姿勢を持っている、もしくは、持とうとしているか否かを見させて頂きます。
➍は考え方としては、単純なことですね。口だけ良いことを言って、実際に行動しない人はいらないと言った考えに依拠した項目です。
採用の方法
如上までは、考え方についてのお話をしてきましたが、これからはそれをどのような方法に基づいて行っていくのかについてお話します。
地域の絆における採用の流れは、「採用フローチャート」に示す通りですが、求人を受付後、まず代表理事及び現場責任者の立ち会いによる面接及び筆記試験を行います。面接試験は上記評定表に基づいて、法人理念及び概要、業務内容についての説明と、評価項目の内容を把握するための質問を行います。
筆記試験では、一般常識(漢字・諺・敬語・礼儀作法)と事例問題(BPSDに対する対応問題)、心理テスト(持続性を測る問題)を用意しています。またその際、法人理念を読んでいただき後に感想をお伺いするようにしています。
面接試験を合計60分、筆記試験を30分と設定しています。これは、常勤・非常勤等の雇用形態に拘わらず同様の方法で採用活動を行っています。私たちの専門性は、結果ではなくプロセスを問われる仕事です。そこで重要になってくるのは、専門職として適確なプロセスが成されているか否かにあります。その証拠を残す作業として、またこれからの実践(プロセス)に向けて、記録が不可欠となっています。昨今では、外部の方々とも、メールや手紙等の文書によるやり取りが増えています。また、社会人としての基本的なマナーやコミュニケーション力が無ければ、専門性を学ぶ以前に課題があることが事前に分かります。そのようなことを測る材料として、一般常識に関する筆記試験を行っています。事例問題では、決して答えの無い問題を考えて頂き、受験者の感性を見させていただくようにしています。先ほどの➋で挙げていた察する力、気づける力があるかどうかをみる指標にさせて頂くのです。同じく筆記試験の中で、法人理念を読んでいただき、感想を述べて頂くのは、➊の理念を共有できる人か否かを測るためです。当法人では、理念を画餅にしていないので、共感・共有する自信が無いのであれば“辞退”して頂くことをお勧めしています。理念を第一義に法人運営をする以上、共有・共鳴出来ない人を採用しても、それは法人にとっても、また、採用された本人にとっても不幸であるとしか言いようがありませんので。
そして、その中で採用の可能性のある方に今度は、3日間の体験ボランティアにお越しいただいております。ボランティアの目的は大きく4つあります。�〔し亳骸圓吠〇磧Σ雜遒了纏�について理解して頂く、��経験者に対して、当法人の業務特性について理解して頂く、��受験者の体験後の意向を大切にする、�づ�法人の選考データーにする。
�,任蓮�経験が無くこの職務にイメージが持てない方に対して、そのイメージを持っていただき判断して頂くことを勧めています。�△砲弔い討眛瑛佑如�経験があっても法人や事業形態によって業務内容は随分と異なります。その違いを理解した上で最終判断をお願いしています。��では、体験を通して、雰囲気や風土が肌に合わないと感じられた方や、向いていないと考えられた方には、容易にご辞退が出来る様受験者のご意向を大切にしています。最後の�い砲弔い討蓮�➍を測る材料にもしているところです。
如上の長いプロセスを経て、採否の通知は出されることになります。それでもなお、採否の通知を即日出すことはありません。短くても2・3日、最長で1週間後に通知を出すことにしています。そこにも下記の4つの理由があります。�ー�験者が、再検討・再認識する期間を設ける、�∨/佑�、適性の可否を判断する期間を設ける、��上記期間を通して、採用された受験者は、“選ばれた者”としての認識を強め、新任時より高いモチベーションが期待できる。また、法人理念と整合性の無い受験者の採用辞退を促進できる、�し覯未箸靴董∪催戮旅發ず陵儼覯未�見込める。
人材不足が顕著である私たちの業界では、面接時に即日・即時採用をするケースがあるとよく伺います。その場で即答して頂ければ、受験者もその時は嬉しいに違いありません。しかし、職務に就いた後、自身のモチベーションが下がった際などにひょっとすると心をよぎるやも知れません。「あの時人手が足りなくて、誰でもよかった中で私は採用されたのではないか?」と。また、自明のことですが、人はモノではありません。私は人を一人採用することは、法人として大変な責任を負うことになると強く認識しております。であるからこそ、採用を大切にしているともいえます。採用試験では、こちらのビジョンや思いを懸命に説明し、受験者のお話を傾聴します。そして、如上の多様なやり取りの中で、双方の意向を尊重した上で、慎重に結論を出すのです。それこそが、これから重要なパートナーになり得る受験者へのせめてもの誠意であると認識しています。
以上地域の絆における採用の在り方について、基本的な考え方とその方法についてご説明させて頂きました。連載タイトルにもあるようにこれは「中島流」であり、一つのやり方に過ぎません。環境因子は法人によって様々ですから、部分的に使えるものがあれば使うと言った姿勢で捉えて頂けましたら幸甚に存じます。ただ一つ執拗に強調するべきことは、人材マネジメント上採用は重要なプロセスであるということです。職員が90名程度の法人規模だから可能なのかもしれませんが、どれだけ多用であっても採用面接には必ず代表理事が立ち会うのが当法人の採用スタイルです。私自身の実践の中でも、職員採用は組織運営の重要なファクターであると認識しております。人と人とが初めて出逢う時、その時間は何事においても掛け替えのない場面であると言えるのかも知れません。
4月に実施される介護報酬の改定案の全容が明らかになりました。予想はしていたのですが、しかし、これ程ひどい改悪となるとは「想定の範囲外」でありました。
介護報酬改定率は1.2%のプラス改定とされていますが、ほんの少し目を凝らせば、そこには、従来から介護報酬外に存在する「介護職員処遇改善加算の創設」が含まれてのことですので、実質としては大きなマイナス改定となっています。しかも、「介護職員処遇改善加算」は職員の給与等にしかその用途が認められないため、本改定に反映されるマイナス部分は事業所経営に打撃を与えるものとなるでしょう。事業所が打撃を受ければ、中小法人の割合の多い本業界です、各事業所は体力を消耗し、やがてそれは、職員の処遇であったり、利用者の生活にもマイナスの影響を与えることが予測されます。私は、社会福祉事業を経営している者の多くは、他分野の経営者よりも、より社会性の高い視点で経営をされている方が多いと認識していますが、体力を失ってしまっては、その理念も半ばで途絶えることになるでしょう。
例えば、通所系サービスの単価。「所要時間6時間以上8時間未満の場合」をとっている事業所が専らなのですが、その事業所が取る選択肢は次の2つとなります。� 崕衢彁�間5時間以上7時間未満の場合」、�◆崕衢彁�間7時間以上9時間未満の場合」。�,鯀�択すれば減算になりますので、多くは�△鯀�択することになるでしょう。しかし、約1時間近くサービス提供時間を延ばしたところで、1時間分の報酬単価が加算されるわけではありません。これは単純に電卓を叩いてみれば容易に理解できると思います。少しでも事業所から安価に労力を抽出しようと言う魂胆が丸見えです。これであれば、1時間単位の単価設定にしてもらった方が、事業者サイドとしても蟠り少なく仕事が出来るのではないでしょうか。
「そもそも民主党は(マニフェストにおいて)『4万円の賃金アップ』を掲げており、責任を持って、安心して(介護職が)働ける環境を整えねばならない」※( )内は中島、にも拘わらず、この度の改定もまたもや政策的ビジョン無くして終わりを迎えそうです。今の政府からは、社会保障に対する政策論が見えてきません。見えてくるのは、今までの経済成長路線をただ単に継承した惰性的理論でしょうか。いや、高齢化が進捗し、これだけ普遍的に社会保障費が必要不可欠となっている昨今、マイナス改定を行うことは、高齢者の切り捨てを豪語しているに等しい行為であると断言できます。
そもそも、「措置から契約へ」と謳われてスタートした介護保険制度です。いや、介護保険制度に拘わらず現在実施されている民間の社会福祉サービスは、もともとは行政が主体的に行っていたものです。それは、行財政の負担軽減を目論んだ実践でした。なぜ民間委託を測れば行政負担が減るのか。それは、公務員の給与体系では財政負担が大きいことが第一義としてあったからです。民間であれば、給与体系や雇用形態(非常勤や非正規雇用等)において、公務員の様な負担を考えなくても良いため安く上がるとの考えが根底にあったはずです。以前スウェーデンのソレンチューナ(Sollentuna)市で介護福祉局長に質問したことがありますが、スウェーデンでは、民間委託しても行政には財政上のメリットが無いと話されていました。なぜか。委託した民間法人に対しても行政事業と同等の委託費を支給しているからだとか。よって、民間事業者が増えても、市(コミューン)の負担は減らないと仰られていたのを今でも鮮明に記憶しています。日本の場合は、福祉サービス等の社会保障費の抑制のために民間委託が行われてきたのは明白です。しかし、一方では、憲法25条や13条には社会福祉や権利擁護にかかる国の責務が謳われています。いっそのこと、その原点に立ち返って、民間委託ではなく、政府や行政主体の事業として位置づけ直してはどうでしょうか。
※ 愛媛新聞「社説 介護報酬改定 抑制ありきでない在宅推進を」2012年01月30日