2010/03/26 12:00:00
地域密着型サービス 今回は、「通い」「訪問」「宿泊」の定義と、その調整方法についてご一緒に考えてみたいと思います。例えば、行政指導の場や、運営推進会議の場、国保連合会への請求業務、また、ご利用者への請求書の作成場面において、「通い」「訪問」「宿泊」の回数を把握しておくことが必要となります。その際に、それぞれの定義が曖昧であるがゆえに、回数の把握に、迷いや混乱を抱えていらっしゃる方も多いのではないかと思います。地域の絆でも、当初は迷っていましたし、同じ法人でも、事業所によって微妙に定義が異なっていたため、例えば、「訪問」回数の事業所間格差が見られるといったこともありました。地域の絆での実践の中で、厚生労働省や市町村への確認等を通して一定の整理が出来ましたので、少しお示ししてみます。
いつかお話しした通り、解釈通知や省令などにそれらの定義の詳しい表記は見受けられません。一つは、雁字搦めに定義化してしまうと、臨機応変性を阻害してしまうため、小規模多機能型居宅介護の良さが損なわれてしまうので、裁量権を事業所側に委ねている側面があるのではないかと推測されます。しかしながら、事業所としては報告義務がありますし、自身の取り組みを評価していくためにも、一定の定義の存在が不可欠となります。基本的な考え方は、事業所内のサービスは「通い」と「訪問」しかないという事です。そして、その境界線は、運営規程に明記されている「通い」のサービス営業時間に依ると言われています。つまり、通いサービスの営業時間が延長を含めて、9:00〜19:00であった場合、それ以外の時間帯が「宿泊」となります。このルールに則ると、20:00〜22:00の間だけ、事業所でサービスを受けられた方は、「宿泊」サービスを受けたことになります。
事業所によっては、「通い」の延長時間を運営規程に明記していない所も見受けられますので、その場合は例えば、9:00〜16:00が「通い」で、それ以外は「宿泊」となるわけです。では、9:00〜20:00までご利用者がおられた場合は、「通い」+「宿泊」となるのかと言えば、このような場合は、「通い」の延長と見なすことができるので、「通い」のみカウントするとのことです。細部に関しては、居宅サービス計画における位置づけと、サービス全体の構成を見て判断することが求められます。
「訪問」に関して言えば、通院乗降介助は、小規模多機能型居宅介護で対応するべきか否か?で議論が分かれている自治体も未だ多く見受けられます。家族からの求めに応じて対応しなければならないのか?対応するべきか?判断に迷うことも多いのではないかと思います。厚生労働省の見解は、通院乗降介助は、小規模多機能型居宅介護のサービスには含まれないとしているそうです。つまり、介護報酬とは別に、自主事業として、ご利用者から別途料金を頂いて実施しても差し支えないのですが、その際には、タクシーの陸運局の許可が必要となるという事です。つまり、してはいけないというのが、本来の姿なのでしょう。自治体の中には、小規模多機能型居宅介護で、通院乗降介助を対応するように指導している所もあるようですが、「サービスの一環として、やりなさいというのは行き過ぎ」だと、厚生労働省の担当者も言われておりました。無論、緊急性のある場合は、小規模多機能型居宅介護事業所でも、対応するべきであるのは言うまでもありません。
また、「通い」サービス中の買物は、「訪問」に算定できるのか?や、計画作成担当者が「訪問」に行った場合は算定可能か?といった質問をよく耳にします。厚生労働省の担当者に質問した際は、介護員が自宅に行って、(安否確認を含めて)何らかのサービスを提供した場合、「訪問」サービスに算定できると回答がありました。つまり、計画作成担当者が、計画作成担当者として訪問した際は、「訪問」には算定でいないこととなります。「通い」時間中の買物は、「訪問」ではなく、「通い」のみの扱いとなると聞いております。
私たちが一番悩んだケースは、「通い」のお迎えにうかがった際、おむつ交換と更衣介助を行って送迎車に乗車して頂いた際、「訪問」と「通い」が両方算定できるのか?といったことですが、通所介護と訪問介護の関係では、双方の算定が可能なはずですから、小規模多機能型居宅介護においても、「訪問」と「通い」双方の算定が可能だと思っていましたが、厚生労働省の担当者からこのように言われました。「居宅サービス計画上に『訪問』と『通い』の位置づけが明確になされていれば、双方の算定は可能であるが、『通い』のお迎えが他にもある場合、1人のご利用者に30分ずつ時間をかけてお迎えに回ることはよろしくない。基本的には、そのような対応の必要な方は別便でお迎えにあがるべきではないか」と御尤もなご意見を頂きました。
詳細部分の線引きはやはり物理的にも不可能なので、居宅サービス計画上の位置づけで調整するしかないようです。2009年4月より、「サービス提供が過少である場合の減算」の設定がなされました。「通い」「訪問」「宿泊」におけるご利用者1人当たりの平均回数が、週4回に満たない場合は、減算の対象とされます。そのような観点からも、それぞれの定義について正しい理解をすることと、居宅サービス計画において、ご利用者の生活全体を支援する上で真に必要な、サービスを位置づけていく必要があるのです。
学生の折、私はジャーナリストになることを志していました。意見とは全て主観であり、その意味において正しいものなどこの世には存在しません。正義などあり得ません。であるならば、民意のバランスを取ることこそが、ジャーナリストの使命であると認識していました。民意のバランスを取るとは、いわゆる少数派の声を掻き消さず、丁寧に聴きとって世に伝えていくこと。社会構造から排他・排斥された少数派の声を代弁することにあるとずっと信じていました。
時が移って今、私が社会福祉の仕事をしているのは、その時の思いを実践することができるのが、この仕事だからです。社会福祉の仕事は、端的、核心的に言えば、少数派の側に立って社会と対峙することであると私は認識しています。少数派の代弁者として、社会に異議申し立てる仕事であると。
3月14日に社団法人広島県社会福祉士会が主催した公開講座に参加させて頂いて、私は強くこのことを再認識させられました。『更生保護の現状と地域生活定着支援センターの役割〜社会復帰ネットワークの形成に向けて〜』と題された山田憲児氏の講演において、―――刑務所に入りたいから犯罪を起こす。刑務所に戻りたいから犯罪を起こす人がかなりの数いる。社会が刑務所のように冷たく、刑務所が社会のように暖かい。刑務所に入れば、三食が保障され、雨露が凌げるという。この社会の現状をどのように考えるのか―――、―――優良な刑事政策とは、優良な社会政策である。優良な社会政策は、優良な刑事政策である。社会福祉だ、更正保護だ、という区分は明治時代にはなかった。社会的弱者に対する働きかけという点において、更正保護も社会福祉も同じではないかと思っている―――、―――人と人との関係性の中で、人間は生きている。たった一人でいい、真剣にその人を受け止めている人がいれば、その人は救われる。ソーシャルワークの原理は人権と社会正義であると言われている―――旨の話を胸に落としました。
如上のお話を拝聴した際、自身の立ち位置を深く自問自答しました。今私は、何のためにこの仕事をしているのでしょうか。
広島県福山市にようやく帰ってきました。スウェーデンに旅発つ前より持っていた問題意識について、ここで整理し、この話題を終結しようと思います。
過日のブログに掲載した様に、当初からの問題意識は下記の通りでした。
�(〇禮餡肇好ΕА璽妊鸚�策の帰結としての総体的な現場の状況
�▲ぅ鵐侫�ーマル(親族・地域住民等)ケアをどのように取り入れているのか及びそのことに対する考え方
��ケア専門職の医療行為に対する行政方針と、現場の実践状況
�ぅ螢魯咼蠅藩�用者の自立(自律)の関係について
�ッ楼茱吋△紡个垢觜佑�方
�ν�用者やケア専門職は、生き生きと暮らしているのか
全ての部分について聞き取ることが出来なかったのですが、感じ取れた範囲で整理を試みます。
�々睥霄圓帽發だ験茲亮舛鯤歉磴垢訐�策は、市の行政担当者はもちろん、ケア現場においても確実に浸透していました。「政策が市民の意識をつくる」といった見方があると、大学院で教わりましたが、どちらが先かは分からずとも、政策と市民の意識に整合性を感じることが出来ました。それこそが、スウェーデンにおける良質なケアの礎となっているように感じました。
�△海譴砲弔い討蓮�介護付き高齢者住宅を訪問した際、その副所長に尋ねることが出来ました。地域住民が頻繁に訪れることや、利用者と職員が積極的に地域へ外出していることを仰っていましたが、具体的なインフォーマルケアの実践を耳にすることはできませんでした。
��については、利用者の継続的ケア・リロケーションダメージの緩和に重きを置かれており、病院での看取りではなく、施設(高齢者住宅)での看取りが主流であることから、准看護師と正看護師がケア職員に占める割合が9割を超える状況を知りました。日本でも、施設での看取りを真に推奨するのであれば、介護福祉士に対して一定の医療行為を認めるための制度的整備を実施するか、看護職員の配置を手厚くする等の方策が求められることとなります。
�な幻イ砲茲譴弌�日本で言うところの理学療法士や作業療法士は、医師の指示を受けずともリハビリテーションの実施が可能であると聞きます。つまり、医療からより生活にシフトしたリハビリテーションの実施がなされているようです。残念ながら、短い期間でそのことを窺い知ることは出来ませんでした。ただし、訪問させていただいた2つの施設(住宅)では、市から派遣された理学療法士と作業療法士が各1名ずつ週に2回訪問しているらしく、制度・政策においても重要視されていることを垣間見ることが出来ました。
�イ亡悗靴討蓮∩杼�以上に家族等の近親者によるケアがなされていると感じました。個人主義が発達している国では、家族介護は希薄化すると聞いていましたが、それ程では無いように見受けられました。ただし、地域の絆が目指しているような、地域ケアの実践に触れることはありませんでした。
�ν�用者や専門職は、実に生き生きと暮らしているように思われます。コミュニケーションにおけるお国柄の違いは当然ありますが、スウェーデンのケアの中心的な役割を担っている准看護師の養成カリキュラムには、コミュニケーション技法のカリキュラムが重要視されていると聞いています。専門職として、利用者や、職員間における円滑なコミュニケーションの実践が出来るよう、個々が自己研鑽をされているのも事実のようです。
そして、政策・制度が現場職員の仕事を後押ししていることは既に言うまでもないでしょう。社団法人日本介護福祉士会では、利用者対職員の人員配置を2対1の水準まで上げることを、政府に要望していく旨、会員の方が教えて下さいました。専門職団体として正しい運動であると認識しております。
最後に、スウェーデンに訪問する直前から限られた文献しか当たっておらず、なお且つ、1日半と言う“一瞬”に近い訪問の中で、全てを断じることは非常に危険ですし、それは即ち悪意に満ちた文書と化してしまいます。あくまで、正しい視点としてではなく、一人の専門職が短期間訪問した際に感じた率直な思いを記した報告であることを強く最後に付言しておきます。
積雪の市街地でも、車イスや歩行器姿の高齢者を多数見かけました
ホテルのロビー。
この一角で現地時間の朝4時からPCを開いて、仕事をしていました。非常に捗りました。
見学に行った先の法人理念。センスの良さに思わずシャッター!
スウェーデン視察研修は、実質1日半で終わりました。非常に長い移動時間を経て、たった1日半の体験でしたが、想像以上に得るものの多き研修となりました。お声をかけて下さった県立広島大学の山岡 喜美子教授及び社団法人福岡県介護福祉士会の皆様に厚く御礼申し上げます。
残り半日は、ストックフォルムの市街地及び旧市街地の観光に出かけました。観光を通しての、気づきと、二日間の総括をしてみたいと思います。
スウェーデンに対する心象については、大きく3点のことが感じられました。一点目は、訪問する前から分かっていたこととして、税金が高いことです。消費税は25%、所得税は県によって異なるものの約30%以上、一定の年収者には国税が比例制で課税されることとなっています。そのため、夫婦は共働きが主流であり、殆どの子どもは保育所に預けられることとなります。一方で、義務教育から大学までの授業料は完全無料であり、その意味において、教育のための積立貯金は必要ありませんし、自らが介護を必要とする際も、年金受給者の約8割は、介護サービスのみならず、住宅保障まで受けることができると聞きます。そうなると、日本のようにタンス預金をする必要はありませんね。
そして、福祉が雇用を創出していることを鑑みると、これは、循環型社会ではないかと痛感しました。ここには、社会的弱者の人権にも、環境にも配慮した循環型社会があります。
二つ目は、国民の民度の高さです。高齢者や障害者に優しい社会は、自らに優しい社会であることを理解し得る民度です。私益と公益は循環して繋がっているのですが、そのことを理解している国民の意識がここにありました。そして、その民度の高さが、介護サービスの現場を支えているのです。この点が、スウェーデンと日本の大きな違いです。なぜここまで、民度の違いがあるのか。私たちはその検証を求められることでしょう。
最後は、この国は200年間戦争をしていません。だから、古い街並みが至る所にあり、古い家を改修して住み続けることに誇りを抱いている方が多いと聞きました。また、移民の受け入れがスムーズで、移民に対する偏見が弱いように見受けられました。この様に、自国民の人権のみならず、他国民の人権に配慮ができる市民の意識が感じられます。戦争をして、他国の民衆を蹂躙することが、実は自国の民衆を最も蹂躙することに繋がることをスウェーデン国民は知っているような気がします。
無論、私は日本民族の誇りを持っています。この国に生まれて良かったと思いますし、この国に住み続けようと思っています。年金受給後は、海外で生活する何てことは全く考えておりません。ですので、日本の良さも感じ取ることが多々ありました。
勤勉で、仕事に対して直向きで、一生懸命である点。きめ細やかな他者への配慮のある点。これについては、日本に軍配が上がります。
ケアの現場においても、スウェーデンの職員さんは人員配置の多い分、ゆとりがあり過ぎるようにも見受けられました。日本の介護職は、限られた人員配置の中で、毎日創意工夫を繰り返しながら、ケアの効率と効果について弛み無い検証を行っています。無論、日本は余裕がなさ過ぎる人員配置であることは否めませんが、日本の介護職は頑張っていることを痛感しました。そして、この厳しい環境の中で、日本の介護職は技術や知識を高めていることと推察されます。つまり、現場職員の知識や技術レベルは、スウェーデンと比べても遜色ないように感じたのです。直向きさ、一生懸命ぶりは、日本の介護職の方が上かも知れません。
ただし、決定的に異なることは、如上に述べた通り民度の差です。民度の差は、すなわちその国民が持つ政府の差となります。そしてそれはすなわち、その政府が打ち出す政策の差へと変遷していきます。
日本の介護職の知識や技術は徐々に底上げが図られており、このまま定向進化を遂げれば、スウェーデンを凌ぐことが予測されます。しかし、理念や価値の浸透、その徹底ぶりについて、また、介護職が誇りを持ってこの仕事についているのかについては、スウェーデンに遠く及ばないことも窺い知ることができました。日本の福祉の課題は、政策であり、国民の意識であることが分かったのと、介護職ひとり一人の頑張りはスウェーデンを凌いていることを実感できたことは、何よりも得難い収穫でした。それは、スウェーデンに匹敵する理念を日本国民が手にした時、一流福祉国と言われるスウェーデンを上回り、我が国が世界に君臨することを物語っています。
ストックフォルム市街地にあるレストランで1600年代?の建物
ストックフォルム 「女王様通り」
非常に短い滞在です。今日は午前中に、ソレンチューナ市における認知症グループホームに伺いました。と言いますか、そのつもりで伺ったのですが、直接見学できたのは、同じ建物の違うフロアにあるナーシングホームでした。しかし、その理由に重要な視点が存在しました。カルメン所長は、下記のように説明しました。
「訪問者を受け入れても良いかどうか、認知症の方は決められません。職員が勝手に判断するのは、利用者の個人の尊厳を侵すことになります。ナーシングホームの利用者には判断能力があるので、日本からの来所者を受け入れることにOKか張り紙と口頭で事前に聞いてみました。全会一致で承認をしてくださったので、本日皆さんを受け入れています。だから、皆さんの来所を、利用者は心待ちにしています。そして、皆さんは、利用者中で、既に有名人です」。
私たちは、実習生や、事業所見学者があることを事前に利用者に知らせているでしょうか?承諾を得ていますか?私は、改めて自問自答させられました。利用者の尊厳の、その重さ、その奥行きの深さにため息が出ました。
この施設は「リーベンバッケ」という名前で、「テーマボー」という民間法人が市の委託を受けて事業を運営しています。スウェーデンでは、民間の委託法人は全体の十数パーセントに過ぎないと文献では書かれていますので、日本にくらべそれほど多い割合ではありません。その中で、私は2つの質問を所長さんにさせていただきました。
一つ目は、日本のグループホームは「転居型」と「居住型」に分かれているが、スウェーデンにおけるグループホームはどのような方針で臨んでいるか尋ねました。「転居型」とは、ADL(日常生活動作)がほぼ自立されており、BPSD(認知症の方の行動・心理症状)が多くみられる利用者へのケアに特化した運営を行っているグループホームのことで、ADLが低下し寝たきり状態になった際は、それに特化したケアの実践ができる施設へ移っていただくことを前提に、運営をしている法人があること。一方、「居住型」はターミナルケアまで実施し、寝たきりになってもそのグループホームで暮らし続けるものであり、日本ではこの両者が混在化している旨も説明させていただきました。
それに対して所長は、―――人生の最後の場所としてのグループホームと考えています。私たちは、ADLの差は見ていないが、診断(前頭葉・脳血管性・アルツハイマー型等)の違いは見ています。また、場合によっては、「徘徊」(「無断外出」)の人は別の空間で対応することもあります。が、ADLの状況に応じて、グループを変えることは、利用者に良い影響を与えないと考えています。一つのグループに所属すると最後まで一緒のグループで対応します。入居者本人が安心して活動できることが大事であると考えるからです。
リロケーション(環境の変化による)ダメージに対する配慮や継続的ケアを非常に大事にされていることは、昨日の介護付き高齢者住宅を訪問した際も感じたことでした。そして、この答えからは、知識や技術よりも、価値や理念が最優先されていることを、一つの指標として導き出すことができます。専門職には、価値・知識・技術が存在すると言われていますが、その中でも、価値を何よりも重要視しているのがスウェーデンではないかと私は考えました。
続いての質問。テーマボーの実践は、聞けば聞くほど社会性の高いものでしたので、民間法人がなぜこの様な社会性の高い実践ができるのか。所長さんの見解をお伺いしました。
その答えを次の様にご教示くださいました。―――経営陣には、他の会社から集まった方が多いのです。また、行動科学の専門家からソーシャルワーカー、正看護師等様々な分野の専門家が集まっています。5種類の会社から集まって、新しいものをつくりだそうとしています。経営陣は、高齢者を価値ある存在と認識しています。社会性の高い実践をしているので、利益率は低い。また、必要以上に法人規模を拡張しようとは思っていません。法人規模が拡張すると品質管理が難しくなるからです。
なるほど頷けました。法人の理念が明確であり、その理念が末端まで浸透している様に見受けられました。質問とは関係ない所長さんからの説明の中で、テーマボーの理念のお話がありました。「テーマボーの理念とは、利用者の健康なところに焦点を合わせることであり、入居者の方それぞれが持っている機能をできるだけ維持することです」。経営陣の考えが、社会性の高いものであり、その理念が浸透していることが理解されました。そして、もう一つ重要な視点があります。「新しいものをつくる」ことです。他の法人では実践していない「新しい」取り組みを実践しているという自負感が、その実践をより尊いものに変えていくのではないでしょうか。
その様に考えると、地域の絆と何か似ているなあ、と感じました。法人の理念を何よりも大切にし、職員は頑張っています。そして、他の法人では実践できない「新しい」取り組みを目指していること。また、テーマボーは2年間で4つの事業所を立ち上げていますが、地域の絆は4年間で4つの事業所を立ち上げようとしています。だからこそ、所長さんは、「品質管理が難しくなる」と課題を述べられました。地域の絆でも、同様の課題が発生しています。また、法人幹部職員であるカルメン所長は、ソーシャルワーカーの資格を持っておられました。私と同様ソーシャルワークの視点が、そこにあるのではないかと推察されます。
スウェーデンにある民間法人と、日本にある民間法人における共通の課題を見ることができ、強い親近感を得て施設を後にしました。
集会室(ミーティングルーム)
カルメン所長の手作りシュークリーム
施設内には手すりはありません
地域の絆でも、各センター内に手すりは設置していません。
施設内のみならず、街中でも頻繁に見かけた歩行器
仕切りの無い、向かいの敷地に、他法人が運営している幼稚園がある
1F 地域交流スペース
3F ナーシングホーム 居室