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中島康晴

地域の絆 代表理事 中島康晴

地域の絆の今日までの歩み、そして、これからの道筋【創立10周年誌コメント】

2016/01/23 21:40:12  社会全般

 「地域の絆の今日までの歩み」を、一言で述べるならば、介護保険事業所に、社会変革を志向した真のソーシャルワーク実践の展開ができるのか、その挑戦の堆積にあったといえます。私たちが、なぜ、ソーシャルワークにこだわり続けてきたのか、そして、どのようなソーシャルワークに今後頓着し続けていくべきなのか、その掲げてきた方針と今後の決意を叙述し、創立10周年の挨拶の言葉に代えさせて頂きたいと思います。

 大学では社会学を学び、ジャーナリストを志望していた私が、社会福祉実践の道に足を踏み入れたのは、ジャーナリズムとソーシャルワークに強い親和性を感じたからでした。

 公正中立・不偏不党な立場や事実はこの世に存在しない。逆に、実在するのは、100人いれば100通りの立場と事実であるということを様々な経験を通して学んできました。であればこそ、全ての人びとの尊厳ある社会を構築するためには、この多様な人々の立場と言い分を共有する必要が生じてきます。しかし、現下の趨勢はどうでしょうか。一部の大きな声を発することのできる人たちの「立場」と「事実」が普遍化し、まるでそれこそが客観的事実であり、不偏不党であるかのように巷間では捉えられているのではないでしょうか。

 この要因として私は、資本主義社会の力学的必然として、また、権力構造を背景とした少数者意見による席巻がなされていることと(例えば、生活保護を「贅沢保護」と捉える風潮や、原発・電磁波の安全神話の問題などと)、既存の社会の秩序や規範に馴化させることに重きをおいた誤った教育のあり方にその端緒をつかんでいます。

 いずれにせよ、世間で言われている「普通」や「常識」、「公理」というものは、全ての人びとの立場や意見を反映したものでは断じてなく、一部の人たちから見た事実を普遍化したものに過ぎないと言えます。ここで問題視すべきことの一つは、この「一部の人たち」は、社会に多大な影響を行使することのできる力を有する権力者や富裕層など優位的な立場にあることが専らであることと、今一つは、これら「普通」や「常識」がまるで客観的事実であるかの如き錯覚が蔓延していることにあります。

 全ての人びとの尊厳ある暮らしを守るためには、これら「一部の人たち」の立場はもちろんですが、それ以外の人びとの言い分にも耳を傾ける必要があります。この場合、「一部の人たち」は、自らの論理を普遍化する力を有していますので、ソーシャルワークとジャーナリズムは、むしろ、そうではないそれ以外の人たちから捉えた事実に着眼しなければなりません。つまり、「一部の人たち」の立場が席巻した帰結としての「普通」や「常識」といったものとは異なる別の〈普通〉と〈常識〉があることを提示することがジャーナリズムの役割であり、この〈普通〉や〈常識〉の立場から、時に、「普通」と「常識」と対峙し、その改善と変革を促進することがソーシャルワークそのものであると私はとらまえているのです。そして、これらの活動を推進する基底には、「普通」や「常識」が真に客観的事実を捉えたものではないという見識を、ソーシャルワーカーとジャーナリストが包含していなければなりません。その意味で、これらの取り組みは、不偏不党や公正中立の存在を信じて疑わないジャーナリストには、そもそも期待できない実践かもしれませんし、ソーシャルワーカーにおいても然りです。

 以上の様にソーシャルワークもジャーナリズムも、現に社会から排他・排斥されている人びとの立場から社会的活動を展開し、彼らの尊厳の保持された社会を構築すること、その様な社会への変革を成し遂げることの進展に貢献し、これらの営みを経由して、「一部の人たち」を含む全ての人間の尊厳保障へと帰結する社会を描いていくことにこそ共通する真骨頂があります。ここで、確認しておきたいことは、ジャーナリズムもソーシャルワークにおいても、「排除する側」と「排除される側」の分断を決して生み出すことなく、「(全ての)人間の利益」としての普遍的価値に着眼した戦略的実践が不可欠であるということです。排除ではなく、連帯と連携を基盤に据えたあるべき社会への接近こそが私たちの志向する社会変革であるからです。

 さて、ソーシャルワークに如上の崇高な使命を含意した時、この様なソーシャルワークの展開が可能な機関や組織は全国に如何ほど存在するのでしょうか。ソーシャルワークでは、個人の課題を、個人の内部と、外部にある社会環境との相互作用のあり方に見いだすわけですが、その課題解決にあたって社会環境の改善と変革を意図した実践がどれほど展開されているというのでしょうか。2005年6月高松市で開催された日本社会福祉士会全国大会における記念講演で、当時岩手県立大学のラジェンドラン=ムース氏が話した内容であり、講演中最も心証に残った一部をここでは紹介しておきます。
 

「ソーシャルワーカーの目標はソーシャルチェンジを行う事。ソーシャルチェンジとは、個人・グループ・地域社会の変化を行う事。ソーシャルワークは変化を行う道具である」※1。


 そして、ムース氏は語り続けました。「その意味において日本に本物のソーシャルワーカーはいない」。
 
 私は「本物のソーシャルワーカー」でありたいし、そして、これからの若い人たちにも「本物のソーシャルワーカー」であって欲しいと切望します。そして、このソーシャルワークの理念と理論を礎に書き上げたのが、私たちの経営理念であるし、その実践を敷衍するために創設したのが私たちの「地域の絆」なのです。

 私たちの支援を必要としている人びとの最も身近にあり、その暮らしに多大な影響を及ぼしている社会環境は地域です。人びとが、自分らしく安心して暮らせるその尊厳を保障するための重要な条件の一つには、この地域における人びとの互酬性と信頼に裏打ちされた関係の構築が挙げられます。これを遂行するためには、実に多様な人びとが同じ地域で暮らしていることの共通理解を果たす必要があるでしょう。特に、貧困や、障がい、差別、虐待などにより暮らしに課題のある人びとの困難を地域で共有していかなければなりません。この共通理解を推し進めるために、私たちは、私たちの支援を必要とする人びととその支援をする私たちの仕事を意図して地域に「ひらいて」きました※2。そのことを通して、認知症や介護にかかる苦悩を地域の人びとに、身近なものと捉えてもらい、延いては、自らのことと実感してもらうこと、かてて加えて、認知症のある人や介護をしている人に対する理解と慮りへと意識・感情・行動の変容を促進し、地域変革と地域包摂を狙った実践を展開してきたのです。これらの取り組みは、支援を必要とする人びと個人に焦点化した実践ではなく、その人びとと、人びとの背景にある地域社会を一体的に捉えた支援としてもソーシャルワークと整合する実践であることが確認できます。

 一方で、私たちの実践はまだ緒に就いたばかりといえます。まちづくりや地域包摂といったカテゴリーの実践は、10年で成し得るものではなく、世代の連続性を認識しながら更に長い期間を経て実践を堆積していく必要があるからです。そして、従来の他機関や組織では、あまり展開されてこなかったこれら先駆的・開拓的な実践は、今後さらに省察を繰り返しながら、その実践の精度を高めていく必要もあります。そのためにも、私たちは、現在の実践を、臆することなく変革させ、実践分野や圏域を越えて更に「ひらいて」いく必要があるのです。

 以上「今日までの歩み」として、地域包摂と地域変革を意図したソーシャルワーク実践を一定程度確立してきたことを取り上げ、そして、「これからの道筋」では、この取り組みが更なる成長を遂げていく必要を確認しました。

 しかし、私たちの実践は、決して、地域包摂や地域変革に留まるものではありません。信頼と多様性の確立がなされた地域の創出に貢献するということは、社会全体のあり方にも多分な影響を与えることを意味します。また、地域の中で、様々な人びとの直接的な関わりの創出を経て、多様な他者に対する理解や慮りを促進することができたならば、その人びとは、未だ直接出逢ってはいない圏域と時代を越えた人びとへの理解と慮りを始めるのだと思います。私たちの実践が、絶えず、地域を越えた社会の変革へと連なっていること、そして、このことを意識した実践が求められていることも付言しておきたいと思います。

 斯くの如く、ソーシャルワークは、そして、ケアワークも内含したあらゆる社会福祉実践は、現下の社会のあり方に代わる新たな社会の創造に資する中核的な役割を担う確たる潜在的機能と力を有しています。惜しまれてならないのは、その潜在力あることを多くの社会福祉実践家自身が気づいていないことにあります。この自覚が生まれなければ、私たちが自らの仕事を誇り得ることはできないと考えますので、このことは「地域の絆」の職員のというよりは、全ての社会福祉実践家の課題であると捉えています。この社会変革を射程に収めたソーシャルワークの展開は、社会福祉実践家が自らの仕事に対する真なる価値を発見し自負することにも大いに貢献することとなるでしょう。私たち地域の絆の「これからの道筋」には、この様な新しい社会を切り「ひらく」展開が待ち受けているのです。

 最後に、今ほど「一部の人たち」の声が伸張し、それ以外の人びとの声の稀釈された時代は、少なくとも戦後70年の道程においては存在しませんでした。こんな時代だからこそ、いま真のソーシャルワークとジャーナリズムが求められています。どのような立場から、如何なる方法で社会の変革を遂げていくのかが問われていることは、ソーシャルワークも、そして、ジャーナリズムも、その含意する課題は全く同様であるように思えます。この重大な危機を乗り越えるために、「地域の絆」が成し得ることは何か、職員の皆さんと共に考えていきたいと思いますし、分野と圏域を問わず志を一にするあらゆる人びととの実効ある連携を加速度的に進めていきたいと思います。この決意の体現こそが、「地域の絆」の、そして、私自身の「これからの道筋」にあたるのです。


※1 ラジェンドラン=ムース「アジアにおける日本のソーシャルワーカーの役割」第13回日本社会福祉士会全国大会・社会福祉士学会 記念講演 2005年6月4日(土)サンポート高松
※2 ここでは、「開く」と「拓く」の双方の意味を併せ持つという意で「ひらく」と表記しています。



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中島康晴 特定非営利活動法人 地域の絆 代表理事
1973年10月6日生まれ。大学では、八木晃介先生(花園大学教授・元毎日新聞記者)の下、社会学を中心に社会福祉学を学ぶ。巷で言われる「常識」「普通」に対しては、いつも猜疑心を持っている。1億2千万人の客観性などあり得ない事実を鑑みると、「普通」や「常識」は誰にとってのそれであるのか、常に思いを巡らせておく必要性を感じる。いわゆる少数派の側から常に社会を捉え、社会の変化を促すことが、実は誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の構築に繋がると信じている。
主な職歴は、デイサービスセンター生活相談員、老人保健施設介護職リーダー、デイサービス・グループホーム管理者。福祉専門職がまちづくりに関与していく実践の必要性を感じ、2006年2月20日特定非営利活動法人地域の絆を設立。学生時代に参加した市民運動「市民の絆」の名前をヒントに命名。
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