立教大学新座キャンパスで28日〜29日に開催された表題大会に参加してまいりました。色々と出入りをしていたもので、全てを把握しているわけではありませんが、一参加者として思うところを叙述しておきます。
まず率直な思いとしましては、ソーシャルワークに関する位置づけが不明瞭な印象を受けました。自身は、ケアマネジメントはソーシャルワークの一部として機能すべきものであると解釈・実践しておりますので、もう少しソーシャルワークに言及した発表が多くてもよさそうなものですが、認知症ケア・ストレスマネジメント・スーパービジョン・実践報告等の末端的なお話が多かったように見受けられました。私の立ち位置と致しましては、ケアマネジメントがソーシャルワークの一部であればこそ、ケアマネジメントの確立を狙うには、ソーシャルワークの確立が不可欠であると認識している次第です。よって本質的なソーシャルワークの在り方を問う議論は避けては通れないと思っておりまして、そのあたりのお話が聞こえてこなかったことは、残念な気がしております。若輩浅学の私の捉え方に問題がないとは言えませんが・・・。
だからなのか、二日目の「シンポジウム�掘廚砲�ける池田利惠子氏(東京都福祉保健財団高齢者権利擁護支援前センター長・いけだ後見支援ネット代表)のお話にはやはり、感銘を受けました。
要旨としては、�,海譴�らの実践は、生存権だけでなく、自己決定の保障が重要になってくること、�▲法璽困�ないと世間は簡単に言うが、利用者が自ら声を上げることは難しい。よって、私たちが代弁機能を果たさなければならないこと、��成年後見活動の在り方として、(法律の専門家ではなく)、暮らしの視点を持っているのが、私たちであることをもっと自覚すべきであること、�げ搬音抉腓飽預犬垢襪里任呂覆�、個人の尊厳を「社会で支える」必要性があること、に共感したところです。
流石にソーシャルワーカーとしての大先輩のご発言でした。
現在では、介護支援専門員の基礎資格は6割が介護福祉士で占めている状況。ソーシャルワークとケアマネジメントの関係を今一度、明確化しておく必要性を感じています。そのためには、私たちソーシャルワーカーが、実践の中で、その理論を確立していくことが何よりも求められていることでしょう。
話は逸れますが、本出張中に東京・埼玉周辺を書籍の沢山入った重たいキャリーバッグを引きずって歩きました。エレベーターやエスカレータの如何に少ないことか。また、スロープを使おうにも非常に大回りを強要されますし、幅の狭いものが多かったと記憶しています。何だか、欺瞞的に付けているに過ぎないような…、と言ったら言い過ぎでしょうか。私は若者ですから、気合があれば何のその、荷物も担いで階段を昇降しますが、気合を出してもエレベーターやスロープでしか移動できない方々もいらっしゃるのです。完全に健常者最優先のまちづくりの設えとなっていることに改めて気づかされました。
これからは機会があれば、重ためのキャリーバックを持って、まちに出ることをお勧めします。あなたの住むまちの本質が見えてくるかも知れません。
本当は苦手な空の移動。
鉄の塊が宙を浮くということに、未だ抵抗のある稚拙な発想の持ち主で、今まではどんなに遠いところでも新幹線を利用していました。
しかし、移動時間が短いことが飛行機の最大の魅力でして、唯一その魅力の呪縛に陥っているのが現状です。